東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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執筆のお供は優雅に咲かせ、墨染の桜でした。滅茶苦茶いいよね。六面ボスでもトップレベルに好き。


番外 数百年前、現世にて⑤

「……分かった。その仕事、この妖忌が受け持つとしよう」

 

 俺がそう応えると、部屋を支配していたどことなく重苦しかった空気が、ふっと軽やかなものへと形を変えた。八雲紫は満足げに目を細め、静かに扇を広げた。その傍らで、幽々子殿は憑き物が落ちたように柔らかな笑みを浮かべ、そっと胸をなでおろした。

 

「そうこなくてはね。……さて、相手はこの世の理から外れた妖樹よ。闇雲に斬りかかっても、その死の香気に魂を吸い尽くされるのが関の山。役割と手順を決めましょう」

 

 八雲紫は指先で宙に境界の線を引き、作戦を提示した。

 

「何をおいても成すべきは『西行妖』の討伐。最低でも、その封印ね。そのために必要なのは…」

 

「花を散らして、力を削ぐことかしら?」

 

「正解よ、幽々子。花を全て散らすのは最優先事項だわ。他にも枝や根の切断をして、再生のための力を使わせて、弱らせたいわね」

 

 紫はそう言うと、手にしていた扇をパチンと小気味よい音を立てて閉じた。

 

「まず、私が張っている結界とは別の結界を張り、西行妖を現世から隔離するわ。理由は余計な被害を出さないため、そして西行妖に新たな『餌』を与えないためよ。その後、私はそのまま遊撃に回り、花を散らしていくわ」

 

「俺も同じだな。この二振りで、あの枝と花を片っ端から削ぎ落としてやる」

 

「それじゃ、私は西行妖が振りまく『死誘いの魔力』を食い止めましょう。西行妖は、美しさで人の心を惑わし、自ら死の淵へと歩ませる……私の『死を操る能力』を逆に使って、死へと向かおうとする魂を、全力で生の方角へと繋ぎ止める」

 

 死を誘う存在へと変質してしまった少女にとって、己の存在を真っ向から否定するような過酷な役目だ。死に誘う桜に対し、死を操る者が「死なせない」ために抗う。毒を以て、毒を制すような…そんな危うい均衡。

 

 俺がそう考えていると、幽々子殿はふわりと立ち上がり、迷いのない足取りで障子へ手をかけた。

 

「行きましょう、紫、妖忌さん。春を取り戻すために」

 

 幽々子殿がその細い指先で障子を滑らせ、八雲紫がそれに答える。

 

「――そうね、さっさとあんな奴を倒して、お花見をしましょ」

 

 縁側の空間が音もなく裂け、どろりとした闇が口を開けた。此処に来た時と同じ感覚。一瞬、意識が掻き混ぜられたが、次に足裏が捉えたのは死の香気に満ちた冷たい土だった。

 

 見上げれば、視界のすべてを埋め尽くしていたのは、天を突くほどに巨大な死誘桜――西行妖。ありとあらゆるを混ぜ込んだような黒色の花弁は、月の光さえも呑み込むほど。またその枝ぶりは、まるで空を掴もうともがく死者の腕かのように禍々しく蠢いている。そして、呼吸置くごとに肺の奥まで侵食してくる、甘く、それでいて臓腑を腐らせるような濃厚な死の香気。

 

 だが、それも一瞬、幽々子殿の力と俺の種族もあり、既にその魔力の影響から抜け出している。

 

「手筈通り、結界を張るわ…渡岸『彼岸と湖岸の境界』!」

 

 八雲紫がそう叫ぶと同時に、西行妖を取り囲む空間に新しく何重も結界を張る。現世との繋がりを断たれた妖樹が、苛立たしげにその黒い枝を大きく蠢かせる。

 

「開幕の狼煙よ、受け取りなさい!」

 

 西行妖の直上、夜空そのものが裂けたかのような巨大な「スキマ」が無数に口を開けた。そこから降り注ぐのは、時代に忘れ去られた朽ちた石塔、主を失い錆びついた数多の刀剣――歴史の残骸という名の圧倒的な質量。

 

「逃がさないわ……!」

 

 降り注ぐ瓦礫の雨の中、幽々子殿が両手を広げた。彼女から放たれた白く輝く妖力弾が、散らばる黒い花弁を次々と撃ち落としていく。それは死を操る彼女が、西行妖の死に誘う魔力そのものを相殺し、消滅させるための光。

 

「――斬る」

 

 二人の攻撃が作る一瞬の隙。俺は地を蹴り、スキマからこぼれ落ちる石塔を足場に、俺は空を駆けた。

 

「断命剣『冥想斬』!」

 

 鞘走る音が、戦場の喧騒を一瞬だけ静寂へと変える。渾身の抜刀。放たれた斬撃は、幽々子殿の妖力弾と交じり合い、螺旋を描いて西行妖の幹へと突き刺さった。斬撃は西行妖の幹を深く抉る。その抉り取られた傷口から、「血」の代わりに溢れ出したのは、どろりとした濃密な妖気の濁流だった。

 

「――ギ、…………ィ」

 

 声にならぬ西行妖の悲鳴が、隔離された空間そのものを震わせる。幹を深く抉られた衝撃に、妖樹が激しく身悶えした。刹那、傷口から噴き出した霊気が、枝の先に宿る無数の蕾へと一気に流れ込んでいく。

 

「来るわ、身を構えなさい!」

 

 八雲紫の鋭い警告が響く。 次の瞬間、西行妖が「爆発」した。

 

 弾けるように、一斉に黒い花弁がその身を広げたのだ。墨をぶちまけたような黒、あらゆる罪の色を混ぜ込んだ絶望の黒。そこから放たれる妖力弾が猛吹雪のように、俺たちを呑み込もうと殺到する。

 

「……私の前で、それは通じないわ。望郷『孤郷-贖罪-』」

 

 幽々子殿が凛として一歩前へ踏み出す。扇から放たれる桃色の閃光が、狂い咲く黒の花片を鮮やかに散らす。だが、西行妖の四方八方の攻撃に、幽々子殿は防ぎ切れていない。

 

「断剣『圓融無碍』」

 

 息を大きく吸い、俺は二振りの刀を円を描くように振るった。斬撃の風が防壁となり、わずかに漏れ出た死の香気を、物理的な圧力で叩き伏せる。黒い吹雪が荒れ狂う中、俺たちの周囲だけは、まるで聖域のように静寂を保っていた。

 

「よくやったわ、二人とも。捌器『全てを八つに別ける物』」

 

 八雲紫が不敵な笑みを浮かべ、手にした扇を鋭く振るう。刹那、彼女の背後の空間が瞳のように裂け、八つの「スキマ」が一斉に開かれた。そこから躍り出たのは高速回転を刻む、銀光に輝く八つの円月輪。

 

 キィィィィィィィン――!!

 

 大気を切り裂く高周波の唸りが、西行妖の騒めきをかき消す。隙間から放たれた円環は、空間そのものを削り取るような凄まじい軌跡を描きながら、迫り来る巨大な枝へと殺到した。八つの円環は互いに連動し、幾何学的な殺意を持って西行妖の巨体を網の目のように包囲する。触れるものすべてを文字通り「八つ」の破片へと分断する断罪の輪が、禍々しく蠢く黒い枝を、抵抗の余地もなく次々と細切れにしていった。

 

 だが、次の瞬間。

 

 腹の底に響くような地鳴りが、結界内の空間を激しく揺さぶった。それは、己が振り撒いた死の魔力が霧散させられたことへの、西行妖の憤激の咆哮。

 

「……!死誘いの魔力が通じぬと見て、力押しに来るか!」

 

 俺が叫ぶと同時、天を覆っていた巨大な枝ぶりが、これまでとは異なる禍々しい音を立てて軋み始めた。ミシミシと音を立てて捻じ曲がるその様は、まるで巨大な生物の筋肉が膨張していくかのようだ。ただでさえ太い枝がさらに硬質化し、先端が鋭利な矛のように変形していく。

 

「――来るわよ、上と下!」

 

 八雲紫の警告が飛ぶ。刹那、空を裂く風切り音と共に、鉄槌の如き枝の槍が、俺たちを串刺しにせんと雨のように降り注いだ。それだけではない。足元の地面が爆ぜ、地中深くから這い出した太い根が、土塊を撒き散らしながら下から突き上げられた。

 

 逃げ場のない、純粋な質量による物理攻撃による圧殺。なりふり構わぬ妖樹の猛攻に、俺は二振りの刀を正眼に構え直す。

 

「幽々子殿、俺の背から離れぬよう!」

 

 叫ぶと同時に、俺は地を這う根を刀で断ち切り、直上から降り注ぐ枝の槍を大太刀で弾き飛ばす。一太刀で数本の枝を粉砕し、返す刀で地中から突き上げた根を細切れにする。だが、数が多い。斬っても、折っても、西行妖は間髪入れずに次の一撃を送り込んでくる。

 

 視界の端で、八雲紫が「スキマ」を幾重にも展開し、自身に迫る枝を空間の彼方へと転送しているのが見えた。しかし、彼女もまた西行妖の凄まじい攻勢を正面から受けていた。結界の維持と、自身を狙う枝の処理に追われ、こちらを援護する余裕は殆どなさそうだ。

 

「くっ、……これほどまでの……ッ!」

 

 幽々子殿も、懸命に扇を振るい、槍や鉾と化した枝や根の対処をするが、効果は薄い。俺は彼女の周囲、わずか数歩の円を死守するために、全力で刀を振るい続けた。右で断ち、左で払い、全霊を注いで鉄壁の守りを維持する。

 

 ――だが、西行妖の執念は、俺の想定をわずかに上回っていた。

 

 無数の枝が俺の剣筋に弾かれ、粉砕されたその破片。その乱舞する木屑の影に潜ませるように、一際鋭く、死誘いの魔力を纏った根が穿たれた。それは俺を狙ったものではない。俺の防御がわずかに開いた瞬間を、そして紫の注意が逸れた刹那を狙い澄まし、幽々子殿の胸元へと一直線に牙を剥いた。

 

「 幽々子!!!」

 

 八雲紫の悲鳴のような叫びが響く。剣を引いて受けるには、一歩遅い。思考よりも先に、俺の体が動いていた。

 

「―――ッ!!」

 

 俺は刀を振るう勢いのまま、幽々子殿の前にその身を割り込ませた。

 

 ドシュッ、という鈍い音が戦場に響く。熱い鉄を押し当てられたような衝撃が左肩を突き抜け、鋭い痛みが脳髄を駆け巡った。

 

「が、はっ……!」

 

 左肩を貫いた衝撃。本来、半人半霊の身である俺にとって、肉を穿たれる程度は継戦の支障にはなり得ない。だが、その黒い根に纏われた死誘いの魔力が、穿たれた傷口から毒液のように血管を伝って脳髄を侵食する。意識が白く濁り、握る刀さえも遠く感じる。

 

「妖忌さん……!?」

 

 背後で幽々子殿が悲痛な声を上げ、俺を支える。言葉を紡ごうにも、唇は凍りついたように動かず、代わりに熱い鉄の味だけが舌の上に広がる。

 

「幽々子、西行妖の封印は失敗よ。一度、逃げましょう」

 

 視界の端から、色が、音が、感覚が、墨を流したように塗り潰されていく。

 

 重力が消失する。落ちていく。落ちていく。

 

「いや、まだよ。妖忌さんはまだ死んでいない」

 

 そして、落ちきったその末に…

 

 不意に冷たい風が吹き抜け、懐かしい匂いが鼻腔を突いた。嗅覚はとうに機能を止めているはずなのに、魂の奥底がその香りを強烈に識別する。 混濁し、死に誘われていた意識を、冷徹なまでに清澄な気配が貫いた。先ほどの死を誘う桜の香気ではない。 幽世のどこまでも生の輝きを放つ…橘の匂い。

 

「久しぶりですね。剣バカ」

 

 懐かしい声がした。




博麗神社例題祭に、ZUNさんの名が…
情報チキチキレースは御免なので、更新のスピード上げます。
おそらく次で終わり。多分、明日更新できるはず…出来たらいいな。
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