一日で更新出来なかったなぁ。楼観剣のせいで超難産です。設定考えたり、詰めたりするのは好きなんだけどね。楼観剣はマジで、ほんま…
「おお、死んでしまうとはなにごとか…と言っても聞こえませんか。それにしてもいつにもまして、重傷ですね」
「えっーと。少名毘古那神で小槌を振らせればいいんですが、何処に行ったんでしょう…無い物ねだりしてもしかたないですし、何かしらの霊薬を…そう言えばいい薬がありましたね」
「が、あ、……っ!!」
焼けるような熱さが全身を駆け巡った。黒く壊死しかけていた肉が、強引に編み直され、血管の隅々にまで白熱した命の鼓動が脈打ち始める。西行妖の魔力が残していった凍てつくような死誘いの魔力が、内側から爆ぜる熱量によって無残に焼き払われていくのが分かった。
「今塗ったのは、かつて
氷のように冷たかった血が沸騰し、麻痺していた神経が悲鳴を上げて蘇る。死の静寂に沈んでいた耳に、風に揺れる葉のざわめきと誰かの声を感じる。墨で塗り潰されていた視界が鮮やかに割れ、橘の木と何十年かぶりのヨモツの姿が目に飛び込んできた。五感が、現世のそれよりも遥かに鋭敏な強度で、俺という存在を再び形作った。
混乱に構わず、俺は荒い息を吐きながら、動くようになった左腕で地面を突き、無理やり立ち上がろうとした。一刻でも、少しでも早く、西行妖の元へ。
(早く、早く、戻らねば…)
「ふむ、どうやら早急に現世に戻りたい様子。…ですが、許可できません」
ヨモツは、呆れたように、けれど射貫くような冷徹な眼差しで俺を見下ろす。俺が尚も立ち上がろうとすると、彼女は一歩踏み出し、逃れようのない重圧で俺の動きを縫い止めた。
「冷静になりなさい、剣バカ。何があったかは知りませんが、今の貴方が戻ったところで、同じ結果を繰り返すだけです。……いいですか、二度目はありませんよ。次に死んで此処に戻ってきても、私はもう貴方を治したりはしません。そのまま土に還っていただく。……それでも往きますか?」
その言葉は刃よりも鋭く俺の魂を叩いた。焦燥で焼け付いていた頭が、冷水を浴びせられたように静まる。そうだ、ただ闇雲に戻っても、西行妖に通用しなければ再び果てるだけ。とすれば、今、俺がしなければならないことは…西行妖を討伐する方法を知ること。
俺は拳を握り締め、膝を突きながらもヨモツを真っ直ぐに見据えた。
「……その通りだ。ヨモツ、不躾ながら、あの敵に抗うための知恵を……助言を貰えないか」
「…良いでしょう。とりあえず話してみなさい」
その言葉を聞き、俺は一呼吸置いて、努めて客観的にあの地獄の有様を話す。
「相手は『西行妖』。万の死を吸い上げ、あらゆる霊の色を混ぜ合わせた黒き花弁を散らす、死誘桜。状況としては、味方の一人がその魔力を抑え、もう一人が結界で隔離している。攻撃は苛烈で、俺らでは防ぐので手いっぱいだ。…何か助言は無いか?」
ヨモツは橘の枝を揺らす風に目を細め、俺の言葉を静かに吟味していた。
「なるほど、死誘桜…花に霊を…散らずに溜め込むという形でしょうか?…………そうですね、差し当たり考え付く案としましては」
彼女は静かに歩み寄り、かつてヨモツが俺に渡した二振りの刀を指さす。
「刀に銘を付けなさい」
その声は、風もないのに俺の鼓膜を直接震わせた。俺は思わず、無骨な柄を強く握りしめ、眉間に皺を寄せる。
「……銘、だと?」
「ええ、銘です。その刀たち、まだ銘がないでしょう?」
「あぁ。そうだが…」
刀に銘をつけたところで、それが斬れ味を鋭くするわけでも、鉄の強度を上げるわけでもない。意味があるのだろうか?そんな俺の疑問が顔に出ていたのだろう。ヨモツが丁寧に解説を始めた。
「私は敢えて、貴方に『無銘』の刀を渡しました」
「私が生まれたころ、この世の森羅万象は名前が付いていおらず、ありとあらゆるモノが混ざった混沌の世界でした。そこで、私たちはその混沌を切り分け、この世のモノ一つ一つに名前を付けていきました。モノに名を付けることで、境界が生まれ、生まれ初めて一つの物として認識されます。そして、その刀らは未だ『無名』です」
「無名……それすなわち、境界が定まっていないということ。それは神を斬る呪物にもなれば、人を守る神具にも成り得ます。名を持たぬがゆえに、その二振りの刀は未だ、力が定まっていません」
「ですから、その桜を斬るための『銘』を付けなさい」
俺が納得の意を示していると、ヨモツは少しだけ眉を下げ、慈しむような、けれどどこか寂しげな笑みを浮かべた。
「とはいえ、いきなり言われても難しいでしょう?私が手本を見せます。大太刀ではなく、最初に渡した刀は私が銘を入れるとしましょう。元となった刀があるがゆえに、貴方では銘を付けるのが難しいでしょうし」
ヨモツは俺の腰に差したもう一振りの刀――曰く、死と生の両面の性質を宿し、気質を斬る剣に手を添える。
「……そうですね、白桜では、少々恰好が悪いですし、、、黒き桜の花を漂白し、白に染め上げるための剣…という意を込めて『白楼剣』なんてどうです?」
その名が紡がれた瞬間、重厚だった刀身が、月の光を閉じ込めたような清廉な白銀の輝きを放つ。まるで、この名前を待ち望んでいたかのように。
「…白楼剣、か」
その名を、唇の中で転がすように低く反芻する。花に閉じ込められた
「どうやら、気に入ってもらえた様子。もう一つの大太刀の銘は、貴方自身で考えてください」
ヨモツはそう言い残すと、俺から背を向け、数歩先の古びた橘の木へと歩み寄った。
俺は手元に残された無銘の大太刀を見つめる。重く、荒々しく、未だどの境界にも縛られていない混沌の残滓。西行妖を斬るための刃として相応しい銘…桜切り?いや、白楼剣と対の剣だ。となると、楼裂剣?どれもしっくりこない。
ふと、橘の枝に手をかけるヨモツの背中が目に留まった。
そう言えば、白楼剣にも含まれている『楼』――。この字は、大地を覆う木を象る「木」と、長い髪を巻き上げ、装飾を施した高貴な女性を示す「娄」から成るという。それはまさに、白き花を咲かす橘の木々と、そこに君臨する彼女、すなわち「黄泉の国」を象徴しているように思えた。
白楼剣が花びらを漂白させるのなら、花に宿っていた霊は何処に行くのだろうか?地獄か?天界か?はたまた、輪廻の輪に戻るのか。俺は行き着く先を知らないが、おそらくは
「……決まった」
俺は重厚な柄を力強く握りしめた。
「銘は――『楼観剣』」
言葉が刃に触れた途端、大太刀は静かに、だが力強く呼応した。鮮烈に輝く白楼剣とは対照的に、それは腹の底に響くような重く静かな共鳴。名前がなかった混沌に境界が引かれ、俺の手の中にあるものは、「楼観剣」として産声を上げた。
「……良い名前ですね。その刀も、どことなく誇らしげに見えます。それはそれとして、はい、これをあげます」
夕雲は、手にした枝とその先端に揺れる小さな実を、ポイと放るような気軽さで俺に差し出した。
「それは
俺は手渡されたその枝を受け取り、不意に指先を止めた。非時香果とやらが生える枝の陰、節のあたりに、白く小さな塊がひっそりと張り付いている。これは…繭か?まぁ、良い。俺はそれを一つの些事として意識の隅に追いやり、枝を握りしめる。
「それでは、行ってきなさい。貴方の武運を願ってますよ」
ヨモツがふわりと袖を翻すと、周囲の橘の香りが一際強く舞い上がった。視界が万華鏡のように歪み、足下の境界が融解していく。ヨモツは、まるでお節介な客を追い出すように、けれどその背を慈しみと共に力強く突くように、俺を現世へと放り投げた。
「ありがとうよ、ヨモツ。……この礼は必ず返すぜ」
薄れゆく意識の淵で、俺はそんな言葉を黄泉の静寂へと残した。
私の計算では、彼は死んでいた。
境界を操るこの身は、彼の魂がこの現世から外れ、死後の世界に行ったのには気づいていた。ヨモツの日記からいつかは現世に戻るだろうことはわかっていたが、いつ頃になるかはわからない。おそらくは相当な時間がかかるはず。そう考え、幽々子に「逃げよう」と申しでたのだが、幽々子は「彼はすぐに戻ってくる」と拒否されてしまった。
「……っ、限界、かしら……」
指先が震える。 無数に展開した「スキマ」は、西行妖の鋭利な枝や根を飲み込み続けている。が、私の力は底を突きかけ。視界の端では、幽々子が力を使い、死誘いの魔力を遠ざけている。だが、その表情には焦りが浮かんでいる。幽々子も限界が近いようだ。このままでは、二人揃って死ぬのが目に見えてる。無理矢理にでも幽々子をスキマに入れて、逃げるべきか。
そう考えたその時、最悪の「死」が鎌首をもたげた。私の死角、幽々子の背後から、墨色の太い根が音もなく肉薄する。他の攻撃を止めるのに手いっぱいな私は動けない。
「幽々子、危ない!!」
声だけが虚しく響く。その刹那、もたらされるであろう悲劇を、一筋の「銀」が両断した。
「断命剣『冥想斬』!」
重厚な、それでいて一切の濁りがない抜刀音。私の目ですら捉えきれぬ速さで、幽々子を貫くはずだった根が紙細工のように切り伏せられた。
舞い散る黒い花弁の中に、あの「庭師」が立っていた。
(……ありえない。確かに死んでいたはず……?)
私の驚愕を余所に、彼は手にした枝を迷いなく地面に突き刺した。その瞬間、西行妖の魔力が押し返され、私たちの周囲だけが、まるでこの世の理から切り離された絶対的な神域へと変貌していく。
「…先ほどとはまるで別人、いや、別物ね」
私は思わず声を漏らした。妖忌の剣の技量は元々限界まで高められていた。これ以上、一寸の無駄も削ぎ落とせないほどに完成された剣理だったのだ。だが、その純粋な技の冴えだけでは西行妖を斬る事は叶わなかった。しかし、今目の前で空気を切り裂くその一閃は、以前のそれとは決定的に何かが違った。変わったのは、彼の腕前ではない。その手に握られた、あの二振りの刀なのだろう。形は変わっていないが、先ほどの刀とはまるで違う。
「ふふ、やっぱり。紫が何を言っても、妖忌さんは必ず戻ってくるってわかっていたわ」
幽々子が、まるで春の陽だまりのような笑みを浮かべる。…私も黄泉から帰ってくるとは思っていたが、まさか半刻ほどで戻るとは思わないじゃない。
「……いいわ。予定変更よ、幽々子」
私は指先を鋭く交差させ、空中に無数の「スキマ」を奔らせる。もはや防御に回る必要はない。この不変の芳香が死を拒絶する領域において、私の役割はただ一つ。彼という刀を、最短距離で西行妖の喉元へ送り届けること。
「妖忌! 前だけに集中なさい。西行妖の攻撃は私たちがどうにかする!」
「――わかった!」
妖忌が地を蹴る。彼が踏み込んだ瞬間、私は彼の足元と、西行妖の中つ枝の目の前にスキマを直結させた。
距離という概念を失った妖忌が、次の瞬間には巨大な幹の直近へと出現する。西行妖が防衛本能で放つ、数千の黒い触手のような枝。だが、それらが彼に触れるより早く、私は彼の周囲に極小のスキマを網目状に展開した。
「残念。彼には枝一本とて触れさせないわ」
迫りくる枝が、私のスキマを通過した瞬間に明後日の方向へと転送され、自らの幹を打ち据える。その隙を、妖忌は逃さない。
「瞑斬『楼観から花をも断つ心の眼』」
「死生剣『六花清浄斬』」
半霊が大太刀を振るい、妖忌はもう一振りの刀で剣技を繰り出す。
まず、半霊が振るう大太刀が、西行妖を守る鎧
間髪入れず、妖忌自身の振るう刀が剥き出しになった傷口へ吸い込まれる。そこから溢れ出したのは、数多の魂を啜り、腐らせ、凝縮させたドロドロの怨嗟の塊。それに触れたら、恐らくは私も無事では済まない。
力を振り絞って、スキマを開き、その怨嗟の塊をどこかに投げ捨てようとした。
だが、私がスキマを開くより先に、妖忌の刃がその怨嗟に触れる、その刹那。「シュウッ――」と、凍てつく魂が焼けるような、凄絶な音が戦場に響き渡った。熱湯に投じられた雪の如く、あるいは朝陽を浴びた影の如く。西行妖が溜め込んできた夥しい「色」が、刃の導きによって一瞬にして純白へと漂白される。
「グ、ゥ、オォォォォォン!!」
妖忌の猛攻により、死を予感した西行妖が、天を衝くような断末魔の咆哮を上げた。 直後、西行妖が残された全魔力を暴走させ、全方位への死の波動が放つ。触れるものすべてを瞬時に朽ち果てさせるであろう最悪の「死誘いの魔力」
しかし、妖忌が地面に突き立てた橘の枝が、それを断じて許さなかった。
橘の花が咲いてないせいで気づかなかったが、あれは黄泉の国にだけ存在する非時香果。きっヨモツが妖忌に渡したのだろう。西行妖から放たれた死の波動を真っ向から打ち消していく。
世界が軋む中、妖忌は静かに息を吐いた。半身である半霊が背後に重なり、二振りの太刀が異なる軌道を描いて構えられる。
腰を落とし、刀を構え、大きく息を吸う。
視界から余計な情報が削ぎ落とされ、眼前にそびえる巨大な妖樹だけが、研ぎ澄まされた感覚の中で浮かび上がる。
周囲の音が遠ざかる。
構想だけはあった。だが、今までは出来なかった奥義。生と死の「あわい」に立つ半人半霊――その矛盾した存在だからこそ成し得る、魂を分かつ同時抜刀。
地を蹴る。
橘の結界から飛び出し、死の波動が渦巻く暴風域へ、自ら肉薄する。皮膚を焼くような怨嗟の声も、今の俺の集中を乱す雑音でしかない。
間合いに入った刹那。俺は捻りこむようにして、二振りの刃を逆袈裟に振り上げ、天空の彼方まで斬り上げた。
「奥義――『桜斬り・西行葬』」
放たれたのは、斬撃という名の嵐。楼観の大太刀が放つ重厚な衝撃波が、無数に絡み合った枝の結び目を粉砕し、白楼の刃が描く幾千の銀閃が、花弁を精緻に切断していく。
一瞬の静止。
直後、世界から時が止まったかのように静寂が訪れた。
俺の頭上、都の空を覆い尽くしていた西行妖の樹冠から、狂い咲いていた黒い花弁が、まるで雪崩のように一斉に剥がれ落ちた。白楼剣の力によって、落ちていく最中に墨色が漂白され、純白の雪へと変わっていく。視界を埋め尽くす億千万の花吹雪。
俺は、花弁の豪雨の中でゆっくりと刀を振るい、残心をとる。眼前に残されたのは、すべての花を散らし、赤裸な骨組みだけとなった、巨大な枯れ木の姿だけだった。
霊…漂白…刀……脈絡ない話ですが、一番好きなのは神殺鎗です。
それにしても、楼って本来は幽々子の事なんだろうなぁ。都合が良かったので、ヨモツにさせてもらいましたが。えっ?そもそも白桜から白楼が出てくるのはおかしい?桜と楼はほとんど関係ない?…きっとヨモツは楼桜から連想したんだよ(苦し紛れ)
想像の5倍は長くなった番外編はいったん終わりです。次からは幻想郷の記憶の続きからです。110話から挿入投稿するので、最新話ではないです。ご注意ください。後、西行妖の封印についてはまた今度。ちょっと疲れたぜ。