東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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報告書書くの最初は楽しかった。…これ幾らでも凝ろうと思えば、凝れちゃう。時間泥棒だ。
東方智霊奇伝最新話、恐怖に震えてます。あかん、ほんまにあかん。急がねば。



第128季/夏 羅万館with神出鬼没の困ったちゃん⑤

【報告:異変名称『宗教戦争』について】

 

1. 異変の概要と推移

面霊気「秦こころ」が保持する『希望の面』を消失したことに端を発し、人里において極度の厭世観が蔓延。度重なる天変地異や抗えぬ天災への根源的な恐怖がこれに拍車をかけ、住民の精神停滞は集団自死すら予見される危機的状況に陥った。

 

事態を重く見た賢者・八雲紫の要請に基づき、賢者・夕雲が「回す程度の能力」を使用。人里に淀んだ空気を強制的に循環させ、停滞を打破することで最悪の結末を回避した。しかし、本質的な『希望』の不在は解消されず、一新された空気は「刹那的な享楽」へと変質。人々の空虚な心を埋めるべく、各勢力(博麗神社、命蓮寺、神霊廟等)の宗教家たちが信仰獲得競争に乗り出した。結果、幻想郷の地上全域においてスペルカードルールの行使を伴う、無秩序な闘争が頻発する事態となった。

 

 

2.宗教家による人気獲得戦(スペルカード戦)

里の各所および博麗神社、命蓮寺、神霊廟の各拠点を舞台に、スペルカードルールに基づく決闘が展開された。

 

(参戦勢力)(主要構成員)(動機)
(博麗神社)(博麗霊夢)(信仰心獲得→異変解決)
(命蓮寺)(聖白蓮、雲居一輪、雲山)(末法状態にある人里の宗教的救済)
(神霊廟)(豊聡耳神子、物部布都)(道教による民衆心理の掌握)
(外部)(霧雨魔理沙、河城にとり、古明地こいし)(個人の興味・私欲による介入)
(その他)(二ツ岩マミゾウ)(異変解決)

 

 

3.事後処理

3.1 人里の精神的安定化

豊聡耳神子が新たな「希望の面」を作成し、秦こころに譲渡したことにより、対象の感情制御能力が回復。これに伴い、人里に蔓延していた極端な厭世観および刹那的享楽は収束。また、新たな面との同調を完全なものとし、霊的な情動の再暴走を防ぐための暫定処置として、対象が感情を安定させるまでは博麗神社において能楽を執り行わせるものとする。

この舞は、人里に残存する不安感を払拭させるのみならず、異変中に発生・蓄積された強力かつ無秩序な感情エネルギーを霊的に鎮静・昇華させることを主目的とする。博麗神社の霊的磁場を介してこれらのエネルギーを無害化することで、人里の精神的土壌を平時へと再固定する。

 

3.2 秦こころの処遇と監視

対象(秦こころ)については、二ッ岩マミゾウによる指導監督を継続。彼女が獲得した新しい「希望の面」が結界の霊的均衡に及ぼす影響を観測するため、定期的な波長記録を実施する。

なお、紛失した「オリジナルの希望の面』については、捜索を継続することによる感情の再攪乱を避けるため、本報告を以て捜索を打ち切りとする。

今後は、現存する感情バランスの維持および固定を最優先事項とする

 

 

……

………

 

(以下、別紙/特一級機密:非公開追記)

 

1.宗教戦争の裏側について。

宗教家たちによる人気獲得戦が過熱する裏側で、深夜、特に丑三つ時において、人里住民の感情が消失する現象を確認。日中の享楽的な狂騒とは対照的に、深夜の住民は無機質な仮面を被り、意志を持たぬ徘徊を繰り返していた。幻想郷の賢者は本件を異変における核心的、あるいは並行して進行する重大な脅威であると認定。異変の解明のため、人里内での夜間偵察を実施。貸本屋「鈴奈庵」付近にて、他の里人とは明らかに異なる霊的波長を放つ個体に遭遇した。

 

2. 真犯人の特定と動機

事件の背後で暗躍していたのは、般若の面を被った妖怪「青行燈」。

その正体は、八代目御阿礼の子・稗田阿弥の妹である「稗田奈弥」。彼女は生前、妖魔本を編纂・蒐集する過程で、百物語に憑りつかれ、人妖(青行燈)へと変貌した。目的は、幻想郷の崩壊。動機は自身を封印した賢者・夕雲への強力な怨恨、および復讐心に起因するものだと思われる。彼女が長年維持・庇護してきた「幻想郷」そのものを瓦解させることで、彼女に対する精神的・構造的な報復を完遂しようとした蓋然性が極めて高い。

 

3. 対処と結末

面霊気の情緒不安定化に伴う事態の沈静化については、協力者である「二ッ岩マミゾウ」に一任。夕雲は稗田家へ赴き、青行燈との直接戦闘を開始、青行燈を再度封印下に置くことに成功した。しかし、青行燈は封印による拘束からの脱却を企図し、自身の保有能力である「淡くする程度の能力」を自らに対して過剰に適用。封印から逃れるために、存在の希釈を図った。

結果として、妖怪としての構成要素(青行燈)は完全に消滅。後に残されたのは、妖怪化以前の状態に近い、純粋な人間としての「稗田奈弥」のみであった。

 

4. 現状と処遇

現在、稗田奈弥は九代目当主・稗田阿求の全面的な協力のもと、稗田家にて保護・監視下にある。

 


 

 

 稗田姉妹が私の店を訪れた、その翌日。

 使い込まれたカウンターの上には、琥珀色の湯気を立てる珈琲が一杯。砂糖の甘さが染み渡るその一杯を一口啜り、重たい瞼を擦り、私は再び手元の報告書へと視線を落としました。

 

「ふーん、私が働いている裏ではこんな事が…それにしても、隠岐奈たちは仕事が早くて、助かります」

 

 私は報告書の最後の一行を読み終えると、ふっと吐息をついて背もたれに体を預けました。

 

 こうした異変の推移を逐一報告書に纏めるのは、隠岐奈の仕事です。後戸の国から幻想郷のほぼ全域を監視できる彼女にとって、事象を漏れなく把握し、正確な記録として整理することは、極めて適正な職務といえるでしょう。賢者という立場から均衡を維持するために情報を集約し、事実に基いて事態を定義する――それは彼女が担うべき、ある種の必然でもあります。……もっとも、大抵は二童子に任せているらしいですが。

 

(…今回は里乃が書いているみたいですね)

 

 里乃の書く報告書は丁寧で非の打ち所がありませんが、舞の書くものは圧倒的に早い代わりに誤字脱字が目立ちます。紙束の端々に残る小さな綻びから彼女たちの性格が透けて見えるのは、二童子には悪いですが少しばかり面白いものです。

 

 ちなみに、隠岐奈は幻想郷全域の監視をしており、紫は結界の管理、華扇は幻想郷の環境整理、私は幻想郷を終わらせないためのシステム作成などの仕事を賢者として行っています。

 

 最も、私の仕事は華扇と同じで既に殆ど終わっている、もしくは何十年に一度かの仕事なので、殆ど有名無実な、名ばかりのものですけどね。そのせいか、雑用係にされる事もしばしば。

 

「本当なら、もう少し人間としてゆっくり暮らせるはずなんですけどねー」

 

 私は珈琲の最後の一口を飲み干し、空になったカップを見つめながら、独りごちます。

 

 隠岐奈は椅子に座ったまま、二童子を使いこなして幻想郷を監視している。紫には藍と橙いうこれ以上ないほど有能な式神がいる。華扇ですら、数多の動物たちを使役して環境を整えている。

 

 翻って、私はどうでしょう。自分の足で里の路地裏を駆けずり回り、青行燈を追いかけ、挙句の果てに自分で淹れた珈琲で自分を労う。……賢者という響きから連想される優雅さとは、程遠い生活です。

 

 私にも部下が欲しいです。里乃のように理路整然と書類を整理し、舞のようにフットワークが軽く……。せめて私が不在の間に、羅万館の店番をこなしてくれる『看板娘』でもいれば…

 

「あら、溜息なんてついて。私の式神を一人、貸してあげましょうか?」

 

 不意にスキマが現れ、そこから滑り出るように姿を現したのは、毎度のことながら紫。彼女はいつものように扇で口元を隠し、愉悦に満ちた瞳で私の手元にある報告書を覗き込んでいました。

 

「紫…貴女の式神(八雲藍)は、主人(貴女)の身の回りの世話だけで手一杯でしょうに。私の店番まで藍に頼んだらきっと過労で倒れてしまいますよ。ただでさえ、毎回頑張っているのですから、ちゃんと労わってあげてください」

 

「あら、そう?案外、あの子にとってもいい息抜きになると思うけど。貴女の店、お客さん少ないし」

 

「なにおう!…って、否定できないのが辛いですね。無銭鑑賞をする妖怪は客とは言えませんし」

 

 私がむっとした顔で言い返そうとすると、紫はくすくすと喉を鳴らしました。彼女はスキマからともなく取り出した椅子で、私の真横に座ります。

 

「珈琲飲みます?」

「あら、頂けるかしら。砂糖は…」

「とにかく大量でしょう?ついでにミルクも用意しますね」

 

 私は手慣れ始めた手つきで豆を挽き、ドリッパーをセットしました。

 紫は「式神を貸す」という提案が却下されたことなど微塵も気にしていない様子で、優雅に扇を動かしています。

 

「もはや珈琲風味の砂糖湯ですが……。はい、どうぞ」

 

 差し出したカップの中身は、およそ「ブラック派」の人間が見れば絶句するほど白濁した代物です。紫はそれを満足げに受け取ると、琥珀色の瞳を細めて香りを楽しみ、「こくり」と可愛らしく喉を鳴らします。私ももう一杯ぐらい飲みましょうかね。今度は、ブラックにしましょう。

 

「そういや、丁度いい子がいるじゃない。今回の異変で妖怪から人間に戻った子。あの子なら、ここの看板娘出来るんじゃない?」

 

「…奈弥さんの事ですね…まぁ、正直、考えなかったといえば嘘になりますよ」

 

「ふぅん、じゃあ、なんでしなかったのよ」

 

「流石に数十年もの間、眠っていた女の子をいきなり人里の接客業に放り込むのは気が引けます。彼女には今、働くことよりも、温かい布団で眠り、美味しいご飯を食べて、阿求さんと楽しく暮らす……そんな当たり前の日常を噛み締めてもらうべきだからですよ」

 

 私も自分の分の珈琲を一口啜り、ふぅ、と静かな吐息を漏らしました。苦い……白状すれば、私は珈琲よりも断然お茶派なのです。こうして苦味を味わっていると、甘いものが恋しくなってしまいますから。

 

「はいこれ。お土産」

 

 紫がタイミング良く渡してきたのは、バターたっぷりの焼き菓子――バウムクーヘンでした。何層にも丁寧に重ねられた年輪のような生地はしっとりと重厚、封を開けた瞬間に芳醇なバターの香りを店内に広がり、珈琲の苦い香りと混ざり合います…なるほど、悪くない。

 

「流石は紫。気が利きますね」

「ふふ、なんとなく貴女が珈琲を飲んでいる気がしてね」

 

 私は、まだ温かみの残るバウムクーヘンを一口切り分け、口の運びました。

 口いっぱいに広がる上品な甘さと、木の年輪のような層が作り出すきめ細やかさ。砂糖をこれでもかと入れた珈琲を啜る紫の横で、私はブラックの珈琲でその甘さを追いかけます。……やはり、甘いものは心を穏やかにしますね。

 

「今回の異変は大変だったわねぇ」

「…主に動いてたのは私じゃないですか」

「あら、私も博麗神社で結界の監視をしてたわよ。少しだけど、効力がいつもよりも薄い気がしてね。もしかしたら、変なのが幻想入りしたかも」

 

 紫の言う「結界の希釈」という言葉に、私は心当たりがないわけではありません。青行燈が、自身の存在を淡くするために振るったあの力。あれが余波となって、幻想郷を包む大結界の端を僅かに削り取ってしまった可能性は十分にあります。それか、青行燈が私に捕捉される前に結界を破壊しようとしたか…まぁ、どうでも良いです。青行燈はもういませんし。

 

 それに、それも含めての「後始末」は、もう私の仕事ではないはず。

 

「その件は貴女に任せます。私は少しゆっくりしたいです」

「あら、冷たいわね。賢者としての自覚が、そのお菓子と一緒に溶けて消えちゃったのかしら?」

「紫がまたお菓子を持ってきてくれたら、復活するかもしれません。……それに、昨日の今日でまた新しい異変に首を突っ込むほど、私はお人好しではありません。本当に疲れたので、休みたいんですよ」

 

 私は最後の一切れとなったバウムクーヘンをフォークで刺し、名残惜しむように口へ運びました。幾重にも重なった層が舌の上で解け、濃厚なバターの風味が広がりました。

 

「…そんなに疲れてるの?」

「えぇ、昨日、少しばかり夜更かししちゃいましたから。眠たいんですよ。珈琲を飲んでもまるで効果がないぐらいには眠たいです」

 

 カフェインが血中を回っているというのに、こんなにも眠たいなんて。一通り、やることをやったら、羅万館を閉めて、ベットでゆっくりしちゃいます。

 

「なんだ、夜更かしなのね。少し心配したじゃない」

「…あら、心配させちゃいましたか。御覧の通り。私は元気です…本当に眠たいだけで」

 

 私は重たくなってきた瞼を無理に押し上げ、空になった皿を見つめました。珈琲のカフェインも、バウムクーヘンの糖分も、今の私の疲労の前では焼け石に水。…というより、バウムクーヘン食べたのは拙かったですね。余計に眠たくなっちゃいます。

 

「本当に、貴女という人は。さっさと寝なさいな」

「ん…紫?」

 

 紫は呆れたように溜息をつくと、手にしていた扇をパチンと閉じました。そして、私の額へと冷たい指先を伸ばしたと思うと、視界がぐにゃりと歪みました。天井がゆっくりと回転し始めます。それは私の「回す能力」とは違う、甘く、誘うような、抗いようのない微睡み。

 

店仕舞いは私がしとくから、貴女は早く眠りなさい

 

 紫の声が、遠くの霧の向こうで響いているように聞こえます。私は何か言い返そうとしましたが、唇が上手く動きません。ただ、彼女の手のひらの温度だけが、ひどく心地よく感じられました。

 

 


 

 カウンターに突っ伏した彼女の、規則正しい寝息が静かな店内に響き渡る。そんな寝息を聴きながら、私は伸ばした指先で、彼女の烏の濡れ羽のような黒髪をそっと撫で上げる。先程までの強がりが嘘のように、その寝顔はひどく無防備で、どこか遠い神話の時代に置いてきたはずの幼さすら感じさせた。

 

「……本当に。疲れてるなら早く休めばいいのに」

 

 夕雲の睡眠と覚醒の境界を弄った私はそう思う。報告書を読むことなど、別段後で構やしないと言うのに。私の友人は責任感が強いと言うか、休み方が下手というか。こう言うところはまだ人間が下手だと思う。

 

 私はそっと手を引き、彼女の代わりに冷めきったブラックコーヒーを手に取った。一口含めば、舌の上で転がる鋭い苦味。苦手だろうに、彼女が無理をして飲み干そうとしていた珈琲はいつもよりも苦く感じる。

 

 私はスキマを指先でなぞり、そこから一振りの薄い毛布を取り出し、そっと彼女の肩にかける。すると、夕雲は微睡みの中で小さく身じろぎし、心地よさそうに吐息を漏らした。黄泉の国を統治していた冷徹な神が、今ではこうして小さな店、一人の少女の幸せを願って眠りについている。この光景こそが、私が作り上げた「幻想郷」という名の揺り籠の…願いの一つなのだろう。

 

「さて……店仕舞い、だったわね」

 

 私はパチン、と指を鳴らす。

 すると、羅万館の入口に掲げられていた「準備中」の札がくるりと回り、「本日終業」へと変わった。

 

「おやすみなさい、夕雲」

 

 私は、彼女が眠るカウンターのすぐ横に腰を下ろし、開いたスキマから自分の分の、もっと甘いお菓子と何冊かの本を取り出す。

 

 彼女の寝息をBGMに、私はもう少しだけ、この静かな家の番人を務めることにしましょう。

 

 ……彼女が目を覚まし、「あら、まだいたの?」と呆れ顔で私を見る、その瞬間まで。

 

 

 




夕雲の「幻想郷を終わらせないためのシステム作成」という仕事ですが、詳しく言うのならば、博麗神社の本格的な創建、紫との共同プロジェクトである幻と実体の境界の作成、博麗の巫女の継承、同じく紫の共同プロジェクトである博麗大結界作成の実行役などが挙げられます。紫とかなり重なっている部分が多いので、互いに仕事を分けたりしてますね。

「霊的な〜」めちゃくちゃ便利説が自分の中で浮上中。
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