東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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書くぞーー!
お供は、ぱらどっとさんの「GOCHA GOCHA Ensemble」でした。可愛らしい絵柄と聞き心地が良いアレンジが好き。


幕間「徊」 騒霊を造り出す程度の能力。

 遠い遠い過去の記憶。

 

 きっと阿求さんと奈弥さんの…二人の仲睦ましい姉妹を見たが故に、心の奥底に沈んでいた古いフィルムが、勝手に回り出してしまったのでしょう。

 

 それは、私が神格を月の髪飾りに封じ、一人の人間として幻想郷に降り立ってから、数年が過ぎた頃のこと。私たちが心血を注いだ「博麗大結界」がようやく完成を見せ、幻想郷が外の世界から切り離された最初の春でした。

 


 

 桜の花びらが結界の端で淡く光り、新しい世界の誕生を祝うように舞い散っていた、あの日。私は博麗神社の縁側に座り、のんびりと春の陽気に目を細めながら、湯呑みから立ち上る茶柱を眺めていました。

 

 当時はまだ羅万館を構える前。私は神社に住み込み、賢者たちや里の人間からの依頼をこなしたり、血気盛んな妖怪たちの仲裁に入ったりと、いわば幻想郷の「便利屋」のような、あるいは「調整役」のような立ち位置で日々を過ごしていました。

 

「……平和ですね。結界が完成してからというもの、里の空気もどこか落ち着いた気がします」

 

 そんな私の独り言に応えるように、不意に隣の空間が裂けます。

 

「あら、そうかしら? 安定するということは、停滞の始まりでもあるのよ。夕雲」

 

 いつの間にか、私のすぐ隣には紫が座っていました。彼女は私の湯呑みを覗き込み、さも当然のように私の手から茶を奪うと、一口啜って満足げに目を細めます。

 

「……紫。神出鬼没なのは相変わらずですが、人の茶を奪うのは感心しませんね。それで、今日は何の用ですか? 私は今、ここ一番の穏やかな春を満喫している最中なのですが」

「ふふ、そんな貴女にぴったりの『散歩』の口実を持ってきてあげたわ。霧の湖から少し離れた場所……本来なら何も無いはずの場所に、一晩にして大きな洋館が建ったの」

 

 紫はそう言うと、扇で湖の方角を指し示しました。

 

「洋館ですか?」

「そう、洋館。海の向こうのモノが幻想入りするのは少し珍しいわね。もしかしたら、海外の妖怪が幻想郷に攻め込んできたかもしれないから、貴女に調査を依頼するってわけ。対処については……そうね、貴女に任せるわ」

「…随分と投げやりな依頼ですね」

「あら、信頼と言ってほしいわ。それに神社に住んでいる以上、そういう役割なのよ。じゃ、頼んだわね」

 

 紫はそれだけ言うと、茶を飲み干した湯呑みを私の膝に置き、ひらひらと手を振ってスキマの中へと消えていきました。

 

「…折角、桜が綺麗だというのに」

 

 私が植えた梅は既に散ってしまいましたが、代わりに今は桜が満開。空はどこまでも高く、春のうららかな陽気に包まれて、本来ならこのまま昼寝でも決め込みたいところなのですが。

 

 私は膝の上の空っぽな湯呑みを見つめ、ふぅ、と重い溜息を一つ。

 

 神社という場所で暮らしている以上、こういう「外」からの厄介事に真っ先に駆り出されるのは、もはや逃れられない役目のようなもの。紫のあの一切の責任をこちらに放り投げるような態度も仕方ありません。あの投げやりな態度も彼女なりの信頼でしょうし。

 

「やれやれ。いつまでも座り込んでいても、湯呑みに茶が湧いてくるわけではありませんしね」

 

 私は立ち上がり、乱れた袴の皺を軽く払うと、部屋から伊弉諾物質を取り出しました。手のひらに収まるその小石には、葡萄や竹、そして桃のレリーフが精緻に彫り込まれています。指先でその凹凸をなぞれば、馴染み深い冷たさが肌に伝わってきました。

 

「さて、さっさと面倒な仕事を終わらせて、昼寝にしゃれ込みたいところですね」

 

 …

 ……

 ………

 

 神社を離れ、湖に近づくにつれて、辺りの空気が目に見えて変質していくのが分かりました。春の風の騒めきも、春を謳歌していた鳥たちの囀りも、音という音がある一点を境にぷつりと途絶えてしまったのです。

 

(……静かすぎますね)

 

 耳に届くのは、自分の足音が湿った地面を踏みしめる音だけ。吹き抜ける風は不自然なほどに冷たく、まるで冬が未練がましくこの場所に居座っているかのようです。

 

 博麗大結界が完成し、この世界が「内」と「外」に分かたれてから最初の春。どうやら、相当なモノが幻想郷に紛れ込んだようですね。

 

「ふむ、これが」

 

 霧の向こう側、本来なら何も無いはずの湖畔の森に、その異形は佇んでいました。重厚な石造りに、天を突くような鋭い煙突。門を覆う蔦は枯れ果て、時間の流れから取り残されたかのように色彩を失った扉。和の情緒とは一切相容れない巨大で、孤独な洋館。

 

「……話が通じる住人だと助かるのですが」

 

 私は重たい扉を押し開けました。

 錆び付いた音が沈黙を切り裂き、冷たい風が中庭から這い出してきたその瞬間、私は感じたのです。鼻腔に突くどこか懐かしく、そしてひどく苦々しい、願いが捻じれた後の残滓のような匂い。

 

「……まさか。そんなはずはありません」

 

 私は思わず、手に持っていた伊弉諾物質を強く握りしめました。

 この洋館の奥から漂ってくる、周囲の体温も、空気も、魔力も……すべてを啜り上げ、それでもなお満たされない。底の抜けた器が発するような、浅ましくも凄まじい『渇望』の気配。

 

 それはかつて、私が黄泉神として死した国に君臨していた遥か遠い過去。荒廃し、死の色に染まりきった黄泉の国を甦らそうとし、私が伊弉諾物質を使い生み出したレプリカの神宝。

 

 そして、そのレプリカの元となった宝は。打ち出の小槌

 

 どうやら、この館の主は私が作った小槌のレプリカを使い、この幻想郷に入り込んだようですね。

 

(うぅむ、どうしたものでしょう)

 

 大黒天の小槌ならば、七福神としての彼の力も合わさり、金銀財宝や福程度ならば幾らでも出すことが出来ました。けれど、私が作ったレプリカは違います。私が求めたのは「回帰」……つまり、失われた時間を無理やり巻き戻し、かつての姿に固定して、元に戻すための独りよがりな道具だったのですから。

 

 何かを新しく生み出すことよりも、一度失われたものを無かったことにする方が、この世界の理(天常)においては遥かに困難で、莫大な対価を必要とします。私は結局、黄泉の国を蘇らすための代償を払うことが出来ず、黄泉の国に放置していました。そういや、いつの間にか見かけなくなっていましたね。まさか、こんなところで見つかるとは…

 

「……まったく。自分の未熟さが、数千年の時を経てこれほど鮮明な形で目の前に突きつけられるとは。もしや………紫め、性格が悪いにも程があります」

 

 どこからともなく紫の「勘違いよー」という言葉が聞こえてきましたが、きっと気のせいです。

 

 

 

 

 玄関を抜け、廊下の突き当たり、ひときわ大きく重厚な扉を押し開けると、そこは広々とした寂しげな少女の部屋でした。そこには可愛らしい装飾の棚が並び、そこには数えきれないほどの人形が並べられています。本来ならば、持ち主の愛情を受けて色鮮やかであるはずのその空間は、しかし今、窓から差し込む陽光さえもが白く透け、部屋の隅々までがモノクロームに塗り潰されていました。

 

 まるで、世界から色彩という名のエネルギーを根こそぎ奪い去ったかのような、冬の底の静寂。

 

 その白黒の光景の真ん中で。

 不格好な小槌を、壊れ物を扱うように大切に抱きしめて、一人の少女が座り込んでいました。

 

「……だめ。まだ、消えないで……。せっかく、お姉さまたちが戻ってきてくれたのに……」*1

 

 少女の震える声。彼女が紡いでいるのは海の向こうの言葉――おそらくは英語でしょうか?生憎、私は外の世界の言語には詳しくありませんので、彼女が具体的に何を言っているのか、正確な意味までは分かりません。新聞を読むぐらいならばなんとかなるのですが、咄嗟に出た震える生の声を聞き取れるほど、私の耳はあちらの文化に馴染んでいないのです。今度、知り合いに翻訳の魔法でも教えてもらいましょうか。

 

 それでも解かることがあります。

 耳で言葉が分からずとも、小槌が何を感じ、何を生み出したのか、なんとなくわかるのです。私が、小槌の制作者だから?…それとも、彼女が私と同じ願いをしたから?

 

 彼女の背後に揺らめく、淡く、けれどどこか温かな三つの影。それは彼女が愛した「家族」の残影であり、小槌の『元に戻す』という力によって、無理やりこの世に引き留められている記憶の断片。けれど、小槌は冷酷です。願いが深ければ深いほど、それが理を外れていればいるほど、その『代償』を容赦なく食らっていく。

 

 小槌が震えるたびに、私の脳裏にはかつての黄泉の国の光景が重なります。

 あの子が抱きしめているのは、私の「後悔」そのもの。

 この不自然な寒気も、静寂も、そしてあの子の顔から生気が失われているのも……すべては小槌が、昨日を繋ぎ止めるために、あの子の明日を啜っている証拠なのです。

 

「……お嬢さん。悲しいのは分かりますが、そのままでは死んでしまいますよ」

 

 私は、手に持った伊弉諾物質の小石を指先で弄び、ゆっくりと彼女の方へ歩み出しました。

 床を踏みしめる音が、やけに重く響きます。

 

「言葉が通じないのは不便ですが……怖がらないでくださいね」

 

 私は、あえて彼女を怖がらせないよう、ゆっくりと腰を落として視線を合わせました。

 そして、手の中にある伊弉諾物質の石を、彼女に見えるように掲げます。

 

「……大丈夫ですよ。安心してください」

 

 私が指先に力を込めると、無機質だった小石が、私の意志に呼応して脈動を始めました。それは見る間に輪郭を崩し、眩い「虹色のナニカ」へと姿を変えていきます。七色に煌めく光の渦は部屋の淀んだ冷気を吸い込み、不気味なほどに激しく回転し始めました。

 

 少女は、その得体の知れない輝きに怯え、小槌をより一層強く抱きしめて身を震わせます。無理もありません。解からない、知らない物は怖いですもんね。

 

 ですが、その恐怖は長くは続きませんでした。伊弉諾物質は近くにいる人の願いに呼応し、形が変わります。今回、私は特に何も考えず、無心で伊弉諾物質を元の姿に戻しました。この場合、呼応元は目の前の少女となります。つまり、彼女が欲しいモノとなる。

 

 そうして現れたのは三体の人形。

 

 少女は三体の人形を、壊れ物を扱うような手つきで、けれど何よりも愛おしそうにその細い腕で抱きしめました。

 

 白黒だった彼女の瞳に、その人形たちが持つ微かな色彩が反射します。

 それは、私の作った歪な小槌が啜っていた「命」の代わりに、伊弉諾物質が彼女の「願い」を純粋な形へと回し直した証。

 

「……大丈夫です、大丈夫ですよ」

 

 私はそう優しく、さざ波のような声で語りかけ、静かに少女の頭を撫でます。そうしている内に、彼女の細い肩から張り詰めていた強張りが消えていきました。そして、私の手のひらに身を委ねるように、少女の小刻みな震えは穏やかな寝息へと変わり、春の陽だまりに溶ける雪のように、その瞼はゆっくりと、そして重たく降りていきます。

 

 最後の一筋まで零れていた孤独な涙がその睫毛に吸い込まれ、彼女は今度こそ、誰にも邪魔されない安らかな夢の淵へと沈んでいきました。

 

 完全に閉じたその瞼の向こうで、彼女はきっと、色彩に満ちた懐かしい姉妹たちの笑顔に再会しているのでしょう。それを見届けるように、白黒に染まっていた部屋の隅々から、本当の春の色彩がじわりと、静かに蘇り始めていました。

*1
...No. Please don't disappear yet... You've come all the way back..




打ち出の小槌(レプリカ)ねぇ。うーーーむ、プラスチック製かぁ。
↓↓↓

小槌の伝説は全国にあるし…そうだ!
↓↓↓

大黒天にをオリジナルにそれ以外は全部レプリカ。だが、効能や伝承は本物であり…つまり、本物でもあるが、レプリカでもある。これで行こう。

Fateの原罪(メロダック)勝利すべき黄金の剣(カリバーン)のような関係性…喩えが絶望的に下手だ。もう少し、解かりやすくいくと…ヴォルスンガ・サガのグラムとニーベルングの指環のバルムンク?あんま変わらないな…
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