東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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今思えば、ヨモツの黄泉の国から帰った人がいない云々はもう少し詳細詰めたかったな。古代人は屈葬(死者が蘇るから、予め骨折って、動けないようにしたろ!)を信じてたのだから、幾人かは蘇りに成功し、迫害される。もしくは屈葬されていたため、黄泉の国に出戻りする事になった…とかだったら、面白かったかも。


第128季/夏 羅万館with賢者s

意識の底からゆっくりと浮上してきた私の視界に、最初に入ってきたのは、使い込まれたカウンターの馴染み深い木目でした。

 

「……ん、……ぁ、……」

 

 固まった体をゆっくりと起こすと、肩から薄い毛布が滑り落ちました。首筋に残る鈍い凝りと、頭の奥で小さく鳴り響く微睡みの余韻。どうやら私はカウンターに突っ伏したまま、かなり深い眠りに落ちていたようです。

 窓から差し込む陽光は既に濃い橙色を帯び、床に長い影を落としていました。晩夏の陽光特有の肌にまとわりつくような熱気と、どこか寂寥感を誘う斜光。……って、もう夕方じゃないですか。

 

「……寝すぎ、ましたね。紫のやつ、本当に容赦がありません……」

 

 私はこめかみを押さえながら、重たい瞼を瞬かせました。

 

「あら、起きたのね、夕雲。大分ぐっすり寝てたわね」

「おかげさまで。久しぶりによく眠れましたよ。というか、まだいたんです?」

「まぁまぁ、たまにはいいじゃない」

 

 紫はそう言って、私の隣を座りながら、いつも使っている扇子をくるくると回していました。ピザ生地のように。……何をやっているんだ、この賢者は。日本舞踊のような優雅な所作なら分かりますが、なぜ人差し指一本で回しているのか。まぁ、彼女の奇行は今に始まったことではありません。あんまり気にしない方面でいきましょう。それにしても…

 

「んーーー、よく寝た」

 

 私は固まった身体をほぐすために、大きく背伸びをしました。バキバキと節々が鳴る音が、静かな館内に響きます。カウンターで寝るのは少々無理があったようです。

 

「どうせなら、ベットで寝かせてくれればいいものを。おかげで首から肩にかけての凝りがひどいですよ」

「あら、運んであげてもよかったけれど? 途中で落としてしまうかもしれないし、起こしてしまうかとしれなかったからね」

「……嘘をおっしゃい。単に面倒だっただけでしょうに」

「せいかい」

 

 私は溜息をつきながら立ち上がり、いつの間にか空となった珈琲のカップを片付け、お茶を新しい湯飲みに注ぎます。やはり私は無理に珈琲を嗜むより、温かいお茶で一息つく方が好きですね。

 

「そういや、久しぶりに夢…というより、昔の記憶を見ました。紫も出てきましたよ」

「ふーーん。なんの夢?」

「128年前のレイラです。ほら、プリズムリバー姉妹の」

「あー、騒霊の。あの子たち、最近はまた一段と賑やかに演奏会を開いているわよ。…百何年も前の事を思い出すなんて、よっぽど寝心地が悪かった?それとも、私のおまじないが効きすぎちゃった?」

 

 紫は扇を回す手を止めず、意地悪な光を宿した瞳で私を覗き込んできました。私は首を回し、コリコリと鳴る関節の感触に顔をしかめます。「回す程度の能力」を意識し、滞った血液の循環を促せば、ほどなくして凝りは消えるでしょう。

 

「おまじない、ね。どうせ私の意識に関する境界を弄っただけでしょうに。まぁ、ぐっすり眠れたことに関しては感謝しますが…それはそれとして」

 

 私は新しく淹れたお茶の香りを楽しみながら、彼女の指先を指差しました。

 

「……何故、先程から扇子をピザのように回しているのですか?」

 

 煎茶を一口啜り、ようやく人心地ついたところで尋ねると、紫は高速回転する扇を止めようともせず、事も無げに答えました。 

 

「これ? 暇潰し……と言いたいところだけれど、なんだかこれ、妙に怪しい雰囲気してるのよね。ほら、見てごらんなさい」

 

 彼女が指を僅かに揺らすと、回転する扇子は伸縮を繰り返し、大きくなったり縮んだり……まるで異界の生き物のように脈動しながら回っています。なるほど、物理法則を「ピザ生地」のように捏ね回すその様は、確かに今の私の目には少々毒々しく映りました。

 

「ちなみに傘の方はもっと暴れてたけど、少し痛みつけ…お仕置きをしたら大人しくなったわ。ほんと、バッサバッサとうるさかったんだから」

 

(付喪神化でもしているとかでしょうか?…それにしても、紫の持ち物だけ一気に付喪神になるのはいささか不可解ですが)

 

 紫は回す手を止め、付喪神化したかもしれない扇を様子見します。扇はどうやらまだ懲りていない様で、地紙*1を開き、執拗に紫の顔を隠そうとします。紫が良く使うやり方を踏襲しているとかでしょうか 

 

 紫が自分の扇と戯れている様子を頬杖をついて眺めていると、突如、彼女の背中にまるで見えない筆で描かれたかのように、不自然な四角い輪郭を帯び始めました。

 

「えい!」

 

 第六感で嫌な予感を察知した私は、思わず椅子から身を乗り出し、能力を使用します。紫の背後で回り出そうとする「扉」の回転軸を強引に逆方向へねじ伏せ、ドアノブを逆回転させる要領で無理やりこじ開けようとする外圧を力ずくで押し戻し、招かれざる客の侵入を拒絶しました。

 

 しばらく能力を使っていると、扉の向こう側…ぶっちゃけ、二童子か隠岐奈は紫の「後戸」を開けるのを諦めたようで、扉が消えてなくなります。

 

「ふぅ……なんだか嫌な予感がしますよ、紫」

「やめてちょうだい。縁起でもない。今、結界を張ったわ。この店に居れば、外の情報は入ってこないし、現実を見なくて済む。後は他の連中に任せましょ」

「ですよね!いやぁ、ついこの間まであんなに働いたんです。他の賢者たちに…

『何言ってるんだ、馬鹿者』《/b》

「うぅ、見つけるの早いですよ、隠岐奈」

 

 私が思わずカウンターに顔を埋めると、羅万館のカウンターの裏、キッチンから現れたのは同僚の一人、摩多羅隠岐奈でした。んー?私を神に、カウンターを祭壇に見立て、キッチンを後戸とした…そんなところでしょうか。私自身もよく使っていた手ですが、こうも鮮やかに踏み込まれると堪りませんね。

 

 隠岐奈の行いに考えを深めていると、それを咎めるように隠岐奈が唇を尖らせます。 

 

「夕雲、後戸を無理やり閉めるのはやめてくれ。二童子が困惑していたぞ」

「はーい、善処しまーす」

「紫もだ。わざわざ結界で隠そうとするな。私じゃなきゃ見つけられなかった」

「だって、面倒だもの。どうせ、また異変でしょ?私たちは十分働いてるのだから、偶には貴女たちに任せたいわ」

「文句を言わない…せっかく、多くの賢者がいるのだ。もうここで会議をするか」

 

 隠岐奈はそう言って、キッチンの入り口……使い込まれた暖簾の奥から、自前の椅子を滑らせてカウンターの内側へと侵入してきました。狭い。

 

「じゃあ、とりあえず手が空いてそうな華扇も呼ぶわね」

 

 紫が指先で空間の境界を軽く弄った瞬間、空間がジッパーを開くように裂けます。そこに両手を引っ張り、引きずられるように現れたのは、右腕を包帯で巻いた、いつになく険しい表情の華仙でした。

 

「ちょっと!紫、いきなり何をするのよ!…って、夕雲と隠岐奈もいるのね」

「いらっしゃい、華扇。お茶を淹れますので、落ち着きなさいな。隠岐奈、ちょいと失礼」

「あぁ、すまぬ」

 

 私はキッチンに移動し、人数分のお茶を注ぎます。立ち上る湯気と共に、羅万館に穏やかな茶の香りが広がりました。

 

「…まぁ、いいです。賢者たちが集まっているという事は今回の異変について?」

「あぁ、そうだ。幻想郷中に不気味な魔力が拡散されているのが原因だ。その結果、突然大人しい妖怪が暴れだし、道具が勝手に動き出す現象が起こっている」

 

 お茶を汲み終える頃には、華仙も少し落ち着きを取り戻したようです。

 ……にしても。私も含め、賢者四人がこの狭いカウンター内に詰まっています。とんでもなく手狭です。ぎゅうぎゅうに詰め込まれている幻想郷の重鎮たちの姿は、客観的に見ると少々シュールで面白い。

 

「こほん、華扇。狭いですから、私と一緒にカウンターの外側に行きましょう」

 

 私は一番外側に居た華扇に声を掛け、二人でカウンターの外側に移動します。これでカウンター内部には隠岐奈と紫、外側には私と華扇いう、多少は風通しの良い配置に落ち着きました。

 

「それにしても、今年は立て続けに異変が起こりますね」

「そうねー、全く面倒だわ。異変なんて数年に一度でいいと言うのに…」

「ちょっと夕雲と華扇、貴女たち腑抜けすぎですよ」

「いや、おそらくこれも異変の影響だろうな」

 

 隠岐奈が鋭い声で指摘しました。

 

「おそらく、付喪神になりかけの『道具』を所持している者は、危機感が希薄になる。おい、夕雲。自分に向けてリザレクションを使え。おそらく、それで元に戻るはずだ」

「……まぁ、そんぐらいならいいですけど」

 

 私は溜息を吐き出し、右手の指先を自身の胸元へと向けました。

 意識を内側へ、自身の「時間軸」を回します。

 

 『Antichronal Rotationリザレクション』

 

 瞬間、視界が七色の光に爆ぜました。

 心臓が一度だけ、物理法則を無視した不自然なリズムで逆拍動を打ち、全身の血液が、細胞が、そして思考の回路が、正常だった状態へと強引に巻き戻されます

 

「感謝します、隠岐奈。おかげで頭がすっきりしましたよ」

 

 大きく息を吸い込むと、先程までの泥のように重たかった思考が、嘘のように霧散していました。代わりに、針で突かれたような鋭い危機感と賢者としての責任感が、今の私の意識を支配しています。

 

「話を戻そう。今思えば、今回の異変については少し前から兆候はあった。とは言え、巫女の大幣が勝手に動いたり、白黒の魔女が持つ八卦炉が火を放つ不具合程度の、異変とは言えない物だった」

 

 隠岐奈はそう言いながら、私の淹れたお茶を啜り、満足げに喉を鳴らしました。そして空になった湯呑みをコトリとカウンターに置きました。その微かな振動に呼応するように、棚の隅に置かれた年代物の目覚まし時計が、「ジリ……」と短く鳴り、すぐに沈黙します。

 

「そして、ここ数日のうちに事態は急速に悪化した。原因はおそらく、先日の騒動で青行燈……ひいては『淡くする程度の能力』がこの地から消えたことにある」

「あの能力が、外部から流れ込む、あるいは内側から噴き出す異変の魔力を――私たちが察知できないレベルにまで希釈し、霧散させていたというわけね。……けれど、青行燈がいなくなったことで魔力の濃度が一気に跳ね上がり、均衡が崩れた」

 

 紫も何かしらの境界を弄ったのか、先ほどの腑抜けた表情はどこへやら、真剣な表情で会議に臨んでいます。

 

「……皮肉なものですね。幻想郷を破壊しようとした青行燈の能力が、結果的に異変をおくらせていたなんて。前回の異変と今回の異変が同時に発生してたら、流石の霊夢でも苦労したでしょう」

 

 隠岐奈は腕を組み、カウンターの木目を鋭い眼差しで見つめながら言葉を継ぎました。

 

「博麗の巫女が苦労する程度で済めば安いものだろう。このまま魔力濃度が上がり続ければ、道具共が持ち主を喰らい、妖怪が己の存在意義に振り回されることになる。……さて、長話はここまでだ。我々も重い腰を上げるとしよう。私はいつものように後戸の国から調査と幻想郷全体の監視を行おう」 

「それじゃあ、私は結界を目を光らせるわ。今回の異変の黒幕が何を考えているかわからないけど、警戒するに越したことはない」

 

 紫が不敵に微笑みながら、再び扇子を広げました。今度はピザのように回すことはせず、優雅にその顔半分を隠しています。その所作一つとっても、先程までの弛緩しきった空気は微塵も感じられません。

 

「それでは、私は妖怪たちを見て回りましょう。なにか助けになる情報があれば、共有します。夕雲、貴女はどう動く?」

 

 華仙が凛とした声で私に問いかけました。彼女の右腕の包帯が、微かな魔力の高まりに反応して僅かに震えているのが見えます。

 

「私は人間の里をパトロールしましょう。暴れ出した道具や妖怪が里に流れ込めば、取り返しのつかないことになりますから」

 

 晩夏の西日が、店内に並ぶ古道具たちを不気味なほど赤く染め上げます。格子窓を抜けて差し込む斜光は、埃の舞う店内に血のような鮮烈な筋を引き、湿り気を帯びて道具たちの影を長く、そして濃く床に伸ばしています。

 

 その影はまるで意志を持つ生き物のように、主人の動きに合わせてゆっくりと、這いずるように蠢いて見えました。この季節特有の、生暖かい風が店内の風鈴を一つ、狂ったような速度で鳴らし、羅万館全体がまるで巨大な付喪神の胎内に変貌したかのような錯覚を覚えさせます。 

 

「……よし、決まりね。今回の異変、少し長引きそうだけれど……各々、抜かりなく」

 

 紫の言葉を合図に、羅万館の空気が一変しました。

 空間が裂け、後戸が開き、修行者が風を纏う。

 

 幻想郷の賢者たちが、今回の異変に対して動き始めました。

*1
扇の面の部分




レイラ・プリズムリバーに関しては、
一応、『外伝 博麗霊夢の学校生活』では(パラレルワールド?とはいえ)夕雲がプリズムリバー姉妹が普段住んでいる廃洋館を管理している事。
『第123季/冬 人間の里with難解で退屈な半獣教師』で夕雲に対して強い印象を持つ妖怪…ちょっと言い換えるならば、交流があった妖怪として、プリズムリバー姉妹を挙げている。
『第124季/春 魔法の森with最も美しいボク』では「とりあえずの応急処置で、レイラのいた館に誘導したと言うのに、一週間も経たずにあの子を除いて全滅していました。」という発言から、レイラと交流があった事がわかる

…などと言った伏線がありました。
もしも自分が読者だったら「覚えているわけないだろ!いい加減にしろ!」と思いますね。まさか、幕間までこんな期間が開くなんて思わないじゃないか(被害者面)
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