この作品書いててずっと思ってるのですけど、どこかしたミス犯してそう。
コン、コン。
しーんとした暗い玄関に、ちょっと遠慮してるみたいな、でもしっかりした音が響く。
おそるおそるドアをあけると、そこに立っていたのは、多分この土地固有のシスターみたいな、不思議な格好のお姉さん。雰囲気があってるし、あながち間違ってないと思う。
白と赤の、見たこともない服。ハカマっていう名前のひらひらしたスカートみたいなのは、風に揺れるたびに春の良い匂いがした。
「……また来たんですか?ユウグモ」
私が震える声できくと、ユウグモは困ったみたいに眉を下げて、ふふ、って優しく笑う。これで、ユウグモが私の家に来たのは三回目。
一回目は、ここ……「ゲンソウキョウ」っていう場所に迷いこんだ、一番最初の日。私はユウグモに会うとなぜか安心して眠ってしまい、話す事は出来なかった。夢かとも思ったのだが、姉さんたちによく似た三つの人形と幾分かの食料が、確かに彼女が私たちの家に訪れた事実を示していた。
二回目はその二日後。お姉さんは魔法?を使ったみたいで、私と会話する事ができるようになっていた。ここは「ゲンソウキョウ」だと教えてくれて、人間の里に引っ越さない?と提案されたけれど、私はこの家族の記憶が詰まった家を離れたくなかったため、断った。それからは、特に注意するべき「妖怪」を教えてもらった。
「ええ。このあたりは妖怪が多いですからね。これほど立派なお屋敷が建ってしまっては、妖怪たちも気になるでしょう。私が訪れることで抑止力としてるのですよ」
……………よくし、りょく?
正直、この人の言う事は少し難しい。私が頭を捻っているのを見てからか、ユウグモは言葉を言い直す。
「抑止力というのは、『もし嫌な事したら、自分も酷い目に遭うぞ!』と思わせる事です。そしたら、相手は此方に嫌なことをしてこないでしょう?」
「なるほど。ユウグモが来ることによって、その妖怪?とやらは私の家に入ってこないんですね」
「ええ。だいたい合ってますよ。そういうわけで、お邪魔しますねー」
ユウグモはそう言うと、私の返事も待たずに、まるで自分の家に帰ってきたみたいに自然な動作で、薄暗い廊下へと足を踏み入れた。
本当なら「勝手に入らないで!」って怒るべきなのかもしれないけれど、彼女の後ろ姿はどこか懐かしくて温かい匂いがする。だから私は何も言えずに、彼女の赤いハカマの裾を追いかけるようにして、奥の部屋へと向かった。
「さて、今日は勉強の時間です。まず、この間の復習をしましょうか」
私の部屋に着くと、ユウグモは使い込まれた机の上に、持ってきた籠を置いていた。中から出てきたのは、丸くて小さいボールが棒に三つ刺さっているモノが入っていた。多分だけど…お菓子?
「まるで家庭教師のようね。ユウグモは」
勉強は嫌いではない。解からないところはお姉さんが教えてくれたし、難しい問題を解くことが出来た時は褒めてくれた。それほど苦手意識は持っていない。
「そうです、今日の私は先生。という事で、早速第一問。『レイラが迷い込んだこの土地の名前は?』」
「『ゲンソウキョウ』でしょ」
私の回答に、ユウグモはどこからともなく取り出した眼鏡をつけて「正解です」と言う。
「もっと正確に言えば、日本…レイラがいた国からずっと東にある国、そこの山奥にある土地です。幻想郷は忘れられたモノが流れ込んでくる場であり、楽園でもあります。ですが、そんな楽園でも人間たちにとっては怖いモノがたくさん…その代表例が『妖怪』です。この『妖怪』について、覚えてる事を教えてくれますか?」
「えっーと、大きく三分類出来て、『人間じゃないモノ全般』と『この国で”妖怪”と言われる存在』、『その他としての存在』だったような…」
正直、暗記したことをそのまま言っただけ…けど、ユウグモは「まずは覚える事が大事なんです!」と言っていたし、大丈夫だと思いたい。
「花丸です。よく覚えてましたね。ご褒美に私が持ってきたお団子をあげましょう」
なるほど、ユウグモが持ってきたモノはお団子と言うらしい。私は、串に刺さった三つの色の丸い塊を、壊れ物を扱うようにそっと持ち上げた。…うーん、どうやって食べるのだろう?
そう思案していると、ユウグモがいつの間にかお皿を用意して、私のお団子をさらに移し、日本特有の二つの棒…お箸も用意していた。
「……あ、ありがとうございます。ユウグモ」
お皿に乗せられた、淡い桃色、白、そして若草色の三つの丸。
どうにかして、お箸を正しく持ち、お団子とやらを摘まむ。洋館の静かな空気の中で、お団子の表面が窓からの光を弾いて、宝石みたいにツヤツヤと輝いてた。
「一口で食べようとすると喉を詰まらせます。ゆっくり食べてくださいな」
ユウグモはそう注意すると、棒に刺さったまま食べていた。行儀が悪いと思ったが、もしかしたらあれが正しい食べ方かもしれない。私も一番上の桃色のお団子をかじってみる。
……あまい。
もちもちとした食感と一緒に、優しい甘さが口いっぱいに広がる。私の知っているケーキの甘さとは全然違うけれど、不思議と胸の奥がじんわりと温かくなるような、そんな味。
「……おいしい」
「それは良かった。糖分は頭の燃料ですからね。では、今日のお勉強に移りますよ。食べながらでもいいので、聞いてくださいね。今日の題材は、『魔法』についてです」
ユウグモは眼鏡を指先でクイッと押し上げながら、またもやどこからともなく取り出したボートにペンで書き込んでいく。極東の日本の教育はすごい。教え方はともかく、こんな書いても消せるボートなど私の国にはなかった。
それにしても、魔法…か。正直、あんまり興味がない。魔法と聞くと思い浮かべるのは
「ユウグモ、本当に私は魔法について勉強しないといけないの?」
「あら?あんまり興味がない感じですね。…うーん、私としてはレイラは興味津々だとおもったのですが」
「私が?なんで?」
「だって、もう魔法を使っているじゃないですか。その小槌で」
「???」
「ふむ、あんまり自覚はない様子。…これが素質の為せるモノというのでしょうか」
ユウグモはそう言って、眼鏡の縁を軽く触りながら、私の膝の上にある小槌を指差しました。
「レイラ、貴女はその小槌で何を願いましたか?」
「何をって……。お姉さまたちと一緒にいたい、寂しいのは嫌だ、って……」
私が答えると、ユウグモは優しく目を細めました。
「それも『魔法』ですよ。私は魔力とは魔法を操るための方式のようなものだと考えています。おそらく、レイラは打ち出の小槌を魔法の杖として扱い、お姉さんたちを…自分の記憶を具現化させる魔法を無意識に発動したのでしょう」
「人間が最初に忘れるのは音だといいます。ですから、貴女の背後に揺らめく影は騒霊として現れているのでしょう。それは貴女が、その小槌を媒体にして、消えゆくはずの『記憶の音』をこの世界に繋ぎ止めているからですよ」
「騒霊」やら「魔法」、「記憶の音」やら難しい単語が多く出て、頭が混乱する。だけど、一つ確かなことが分かる。
それは魔法を勉強すれば、お姉さまたちともっと一緒に居られるかもしれないという事。
「ユウグモ、私、魔法について一杯勉強するわ!」
「おや、やる気は十分ですね。それじゃあ、授業を始めていきますよー」
それから、めちゃくちゃ魔法の勉強した。
「うーーー、疲れた~」
「えぇ、お疲れ様です。よく頑張りましたね」
魔法について、今日はずっと勉強を続けた。自分でもこんなに集中が続くとは思っていなかったから、ちょっとびっくり。おそらくは、今日食べた団子のおかげでもあると思う。ユウグモの言っていた通り、甘いものは頭の燃料なのかもしれない。
「…ちなみに、甘いモノは太りやすいですからね。摂取量には気をつけて」
「え!!!言うのが遅いわよ!ユウグモ」
思わずお腹の肉を摘まむ。大丈夫だよね。ポッコリしてないよね。
「まぁ、一日ぐらい大丈夫ですよ。気にしない気にしない」
「うがー!勝手な事言って!」
「まだまだレイラは子供ですからね。いっぱい食べる事が大事ですよ」
「子供じゃないわ!私はしっかりとしたレディよ!」
「ふっ」
「あっ、笑ったわね!今、鼻で『ふっ』て言ったでしょ! 失礼しちゃうわ!」
私が頬を膨らませて抗議すると、ユウグモは眼鏡を外して、わざとらしくハンカチでレンズを拭き始めた。無視する形だ。だけど、その口元には、まだ隠しきれない小さな笑みの形が残ってる。
「いえいえ、笑ってなどいませんよ。ただ、レディを自称するのであれば、もう少し落ち着きというものを知ってほしいなと思っただけです。ほら、口の端に餡子がついていますよ?」
「えっ、うそ……っ」
慌てて袖で拭おうとすると、「お行儀が悪いですよ」と窘められ、彼女の手によって白いハンカチで優しく拭き取られた。その指先からは、この家の冷たい空気とは違う、お日様のような温もりが伝わる。
……あぁ、やっぱり。
お父様もお姉様たちもいなくなって、色彩を失ったこの屋敷で、私を「子供」として扱ってくれるのは、もう世界でこの人だけなのだろう。
だから、私はついつい、甘えたくなってしまう。
この温もりに、ずっと浸っていたくなってしまう。
「……ねぇ、ユウグモ。あのね」
「はい、何でしょう? 質問ならいつでも受け付けますよ、レイラ」
私は、彼女の赤いハカマの裾を、そっと指先で摘まむ。
視線を落として、足元の影——まだ形を成しきっていない、でも確かにそこにいる三つの影を見つめながら、一番奥に隠していた言葉を零そうと…
「いや、なんでもないわ。それで、今日の授業はこれで終わり?」
「ええ、終わりです。…あっ、いや、一つだけ残っていましたね。打ち出の小槌を貸してくださいな」
私はユウグモの言うとおりに打ち出の小槌を渡す。
「打ち出の小槌は魔力の回収期に入っています。本来、無作為な魔法の行使は莫大な魔力を消費するものです。レイラの素質も相まって、今は周辺の音や温度を啜り、回収に充てているようですが……このままでは、いずれレイラの魔力まで飲み込みかねません」
ユウグモは、私の手から小槌を受け取ると片手でしっかりと握りしめる。
「ですので、私が不足分の魔力を籠めましょう。ついでに、暴走しないように少しばかり改造を…」
それは、まるで時間が逆回転を始めたかのようだった。
ユウグモの白い指が小槌の柄を滑ると、肌を刺すような冷気は霧散し、代わりに芯の通った温かな魔力の鼓動がレイラの掌に伝わってきた。持つだけで明日が奪われそうだった絶望的な重みは、ユウグモが魔力を「回し」て定着させた瞬間、重力から切り離されたかのようにフワリと浮き上がる。
尖っていた角は削られ、鈍い光を放っていた小槌の表面は、滑らかな宝玉のような質感へと昇華されている。あんなに怖かった小槌が主であるレイラの願いを待つだけの、従順で美しい小槌へと成り果てていた。
「これでよし。ちょっと材質が変わって、柔らかい素材になりましたが…レイラが”魔法の杖”として使う分にはこれで十分です」
「……わぁ」
返された小槌を両手で受け取ると、そのあまりの軽さに私は声を上げる。
先程までの、まるで鉛を抱えているような、持っているだけで指先から体温を奪っていくような冷たさはどこにもなかった。指先に触れる感触は、ユウグモの言う通りどこか柔らかく、まるで春の陽だまりで温められた真綿を丸めたような、不思議な安心感を宿していた。
正直、今までの打ち出の小槌は持ちたくなかったけど、離したら離したらでお姉さまたちがいなくなっちゃう気がして、放すことが出来なかった。だけど、この小槌は逆に放したくない。私に安心感を与えてくれというのか…持っているとなんというのかホッコリするのだ。
「これなら、振り回されて肩を凝らすこともないでしょう。……さて、長居をしすぎましたね。今日の授業はここまで。私が授業で渡したグリアモールと幻想郷縁起、しっかり読み込んでくださいね。さもないと、次の授業で倍の宿題を出しますからね」
ユウグモはそう言って、かけていた眼鏡を指先でクイッと押し上げ、いつもの少し意地悪で、けれど凛とした微笑みを浮かべた。
「……ユウグモ、ありがとう」
私がそう言うと、彼女は一瞬だけ、遠くの空を見るような切ない瞳をしたが、すぐにいつもの涼しげな顔に戻って私の頭をポンポンと叩く。
「礼には及びませんよ。……さあ、その『杖』を大切に。貴女の願いが正しい円を描いて回り続ける限り、その小槌は貴女の良き理解者であり続けるでしょう。……では、また」
ユウグモは赤いハカマをひらひらとさせながら、夕闇に染まり始めた廊下へと消えていきった。
独り残された部屋。けれど、もう寂しくはない。
私の背後では、安定した魔力の波に乗って、三つのお姉さまたちの影が楽しそうに、けれど静かに寄り添っていた。
レイラの話し方、本当に分からないな。原作では登場してないから当たり前ではあるのだけど、幼い且つ外国人で日本に不慣れな子の地の文だもんなぁ…マジでわからない。
ん?紅白の袴?