東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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もうすぐこの作品投稿して一年。なんか記念に書こうかな…特段思いつかないけど。
そうか一年か。正直打ち切りエンドになると思ってたから、ここまで飽きっぽい自分が頑張れたのはびっくり。みなさんのおかげです。感謝。


第128季/夏 人間の里with希望を得た無貌モノ②

「ふむ、それにしても付喪神が暴れだし、普段はおとなしい妖怪が暴れだすと来ましたか…」

 

 羅万館を出て、人間に向かう道中。私は歩きながら思考を回します。

 隠岐奈曰く、不気味な魔力が影響しているとのこと。おそらくはその発信源を隠岐奈が確認し、黒幕が何者かを突き詰めてくれると思いますが…

 

「一体、何が動機なんでしょう?」

「あっ、見つけたぞ」

 

 話を聞いた限り、異変自体は前から起こっていたとのこと。となると、もしかしたら青行燈の仕業だったのかもしれません。どうやら、面霊気である秦こころさんの希望の面を地割れに捨てたのは彼女だったようですし。もしかしたら、私たち賢者の預かり知らぬ所で悪事を働いていた…なんてこともありえます。

 

 まぁ、異変の原因、その追究は他賢者に任せるとして、重要なのは私が何をするべきかです。行動指針を決めなければ…

 

「とりあえずは里で古びた道具たちの確認を…」

「おい、止まれってば」

 

 注意していれば、付喪神の存在を感知するのは容易いはず。無論、ある程度近づかなければなりませんが。となると、ある程度の目星を付けて回らなければ…稗田家は昔からの良家ですし、訪ねるとして。他は…慧音の寺小屋も行っておきましょう。後はパラパラと探していくぐらいですかね。

 

「無視をするなぁ!」

「うわぁ、びっくりした。って、こころさん?」

 

 目の前に現れたのは、感情を司る六十六個の面を持つ面霊気――秦こころさんでした。

 普段の彼女なら、能面のように無表情か、あるいは面の隙間から覗くわずかな感情の揺らぎを感じさせる程度なのですが……。今の彼女は、背後で円を描くように浮遊している面たちが、まるで見えない火花を散らすかのように高速で、かつ不規則に回転しています。

 

(噂をすればなんとやらと言いますが、いや、別に噂はしてませんけど。ちょっと思い浮かべただけですけど…)

 

「そうだ!私こそが秦こころ!さぁ、そこのお前、私と最強の称号を賭けて戦え!」

 

 …スペルカードルールにはある決まりがあります。それは、勝者は敗者の再決闘要求を積極的に受け入れる事。私は、ついこの間の異変でこころさん相手に勝利を収めています。つまり、私は彼女の再戦を受け入れなければならない。一応は、“積極的”であるため拒否しても良いのですが…

 

(この調子だと、こころさんは私が了承するまで何度も戦いを挑んできそうですね。…私が紫と決めたルールだというのに、それを何度も破るというのは)

 

 一度ぐらいなら良いかもしれません。ですが、何度も拒否を続けていると、作った本人が決まりを軽視しているという事になり…ひいては、スペルカードルールの軽視に繋がりかねません。

 

 いやいや、こころさんが私の事を憶えているか怪しいですし、もしかしたら見逃してくれないかなー、なんて。

 

最強の称号(幻想郷で最も力を持った妖怪)、ですか。生憎と私はしがない普通の人間でして、そんな大層なものは持ち合わせていないのですが……」

「嘘、マミゾウが言っていた。羅万館の店主である夕雲とやらが私を一番最初に倒したって。殆ど最強である私を倒したのだ。普通の人間なはずがない」

「…マミゾウさんがそんなことを。あのお節介で厄介な古狸、余計な種を蒔いて回るのが趣味なんですかね。今度、尻尾の毛を数本抜き取って差し上げましょうか」

 

 マミゾウさん。良い狸ではあるんですが、わるい狸でもあるんですよね。こう…相手にも得をさせるけど、自分はもっと得できる状況を作り上げたり、相手が拒否できないことを良い事に面倒な事を押し付けたり、異変解決の手伝いもやってくれるし、人間性…いや、狸性?も高く信頼できる方だと思いますが、それはそれとして厄介な方です。

 

 私は面倒を押し付けたであろうマミゾウさんへの毒を吐きつつ、目の前で戦意を滾らせるこころさんに向き直りました。

 

「いいでしょう。少し揉んであげます。とは言え、私にも仕事があるんでね。手早く終わらせましょう」

「そうこなくては!」

 

 こころさんが手を大きく振りかざすと、彼女の周囲に漂う六十六の面が一斉に共鳴し、空間を震わせるほどの霊気が吹き上がりました。

 

「憂符『憂き世は憂しの小車』」

 

 開始と同時、いきなりのスペルカード。彼女の背後で回っていた姥の仮面が、紫煙のような霊気を引き摺りながらこちらへと射出されました。小車、という言葉の通り、それは幾重にも重なる悩み憂鬱と言った感情を車輪のように回転させ、触れるもの全ての「やる気」や「希望」を轢き潰そうとする凶悪なスペルカード。

 

(うぅむ、厄介ですね。希望の面を手に入れたからなのか、それとも力の掌握に成功したのか…以前よりも巧く強い)

 

 私は迫りくる紫の軌跡を見据え、軽く指先を回しました。

 空気を、そして空間そのものの回転軸を僅かにずらす。私の「回す程度の能力」は、飛来する弾幕のベクトルを強引に捻じ曲げるのに適しています。私の顔を掠めるようにして通り過ぎた姥の面が、背後の大木を瞬時に枯れ果てさせたのを見て、私は少しだけ頬を引き攣らせました。

 

(さてさて、どうしたものか)

 

 私の戦い方は、「回す程度の能力」の使用とありがたい光による調伏、後は伊奘諾物質による武器の作成です。この三つを主軸にして私は戦闘を行なっています。

 

 ですので、今回もこころさんに対して有効な武器を用意したいのですが…

 

(面霊気、倒されたり退治される逸話はないんですよね…)

 

 面霊気は鳥山石燕が書いた百器徒然袋の妖怪です。それ以前はただの付喪神であり、固有の名前が与えられたのは百器徒然袋が書かれた天明4年(1784年)、つまり最近の妖怪。逸話が少ないんですよね。強いて言うのならば、世阿弥の風姿花伝なんですけど…あっ、山怪散楽図*1なんてのもありましたね。

 

(まあ、一つ試しです。やってみるとしましょうか)

 

 私は思考の歯車を高速で回し、目の前の狂騒を独自の理論で解体していきます。

 秦こころという存在は、六十六の仮面が意志を持った集合体――すなわち、六十六の付喪神による群れ。言い換えるならば、彼女一人が「百鬼夜行」そのもの……いえ、『独り六十六鬼夜行』とでも定義すべき異形なのです。

 

(少々どころか、かなり強引な解釈な気もしますが……ええい、ままよ!失敗したら、別の案を考えればいいんです)

 

 私は懐から取り出した伊弉諾物質を、手のひらの上で激しく回転させました。虹色の光を放つその物質は、私の意志に従い、みるみるうちにその輪郭を書き換えていきます。

 

 顕現させたのは、かつての異変で空を舞った聖輦船を彷彿とさせる宝船。とは言え、サイズは極小。手のひらサイズです。

 

 面霊気が初めて描かれた百器徒然袋。その終幕は、()を支配した付喪神たちが、暁の光と共に現れた宝船によって退散すること。

 

「この時の宝船は、闇を払う『太陽』の象徴。そして太陽とは、天を回る巨大で根源的な『回転』の主……陽符『アウェイキングトレジャーシップ』!」

 

 私の指先から放たれた小型の宝船が、眩い黄金の光を撒き散らしながら、こころさんの放った憂鬱の霊気を焼き払っていきます。

 

「なっ……! 光が、回って……!?」

 

 こころさんが驚愕に目を見開きます。彼女が放った弾幕は、宝船が作り出した光弾に飲み込まれました。付喪神たちが恐れるのは、自らの存在を白日の下に晒す真昼の輝き。姥の面をはじめとする面たちが、太陽の象徴である宝船の光に怯え、陣形がバラバラに崩れ始めました。

 

(よし、まずは陣形を崩しました。……ですが、解釈が強引すぎましたか。それほどダメージは与えられてないみたいですね)

 

 私は、空中を旋回する宝船の回転軸を指先で微調整しながら、次の手を打つべく思考を回しました。

 

 こころさんは回避に専念し、崩れた面の陣形を立て直しています。そして、私の弾幕が終わった後、彼女は背後に浮遊する六十六の面の中から、一際どす黒い魔力を放つ「般若」の面を手に取り、自らの顔へと装着しました。うへぇ、般若…つまりは鬼女面。うへぇ、どうしも青行燈の事を思い出してしまいます。

 

「怒符『アングリー・カスケード』」

 

 こころさんが般若の面越しに叫ぶと、先程までの姥の面による弾幕は一瞬にして消え去り、代わりに真っ赤な「怒り」の霊気が彼女を中心に爆発しました。背後の面たちが、般若の面に同調して赤い炎を纏い、巨大な滝となって宝船を、そして私自身を飲み込もうと迫ります。

 

「うぅむ、今度は怒りですか。こころさん、アンガーマネジメントです、六秒数えて…ほら、6,5,4…」

「3,2,1…はっ、あやうく騙されるところだった。…よくも騙したな!!!」

 

 流石に駄目ですか。それどころか、先ほどよりも怒りに満ちている気がします。

 

 それにしても(カスケード)と来ましたか。私の「回す程度の能力」でも弾幕を弾き、回避するのは難しい物量。宝船でも滝を乗り越えるのは難しいでしょうし…となると。

 

「渦動【メエルシュトロームの旋渦】」

 

 私は大滝に対抗するほどの弾幕を狙いを持たずに放ち続けます。

 以前、こいしちゃんと共に地底に行くための縦穴で、土蜘蛛の少女と戦った時に使ったスペルカード。相手が滝のような物量でこちら側に攻め込むのならば、私は渦を作り、それを纏めればいいだけ…私の放った渦動『メエルシュトロームの旋渦』が、こころさんの弾幕を飲み込み、混濁した渦を作り出しています。

 

「さぁ、これで仕舞いに」

 

 視界の全てを埋め尽くす弾幕の奔流。勝利を確信したその刹那、私は決定的な違和感に気づきました。こころさんがどこにもいない。先ほどの弾幕は囮!

 

「しまっ……!?」

「後ろ、がら空き」

 

 耳元で、感情の抜け落ちた、けれど研ぎ澄まされた刃のような声が響きました。

 傷を負いながらも、私の背後に回り込んだこころさんは既に般若の面を外し、代わりに鋭い笑みを浮かべた「狐」の面を装着しました。その手には妖力を結晶化させた冷たい白刃の薙刀が握られています。

 

「『仮面喪心舞――暗黒能楽』」

 

 どこからともなく、地鳴りのような「喝采」が響き渡ります。

 刹那、視界が何万という仮面の奔流に埋め尽くされました。姥、猿、般若……無数の面が川のように空を流れ、私と彼女を包み込むように世界を暗転させます。

 

 ――カカッ、カカッ!!

 

 静寂を切り裂く、鋭い拍子木の活音。暗転した視界に、激しいフラッシュのような閃光が走ります。

 

 そこは、色彩を失ったモノクロームの舞台。

 白と黒の明滅の中で、舞い踊るこころさんの姿が断続的に浮かび上がります。驚くべきことに、彼女の肉体も服もすべてが白黒に染まっているのに、その顔に付けられた「面」だけが、鮮血のような赤や毒々しい青の色彩で浮かび上がっているのです。

 

「一、……ッ!」

 

 閃光と共に、こころさんが私に「ひょっとこ」の面を強引に押し付けました。

 

「ちょっと、私にこの面を……っ!? 冗談ではありませんよ!」

 

 無理やり道化の役割を与えられ、体の自由が奪われます。

 次は「大飛出」の面をつけたこころさんが、白黒の世界で紅の残像を引き連れ、薙刀を振り下ろします。

 

「二、……三、……!」

 

 拍子木の速度が増していきます。舞台がクライマックスへ向かうように、加速する演舞。彼女が装着する面が、目まぐるしく入れ替わります。怒りの般若、狂乱の猿、悲哀の老婆――と入れ替わり、そのたびに薙刀が私を襲います。

 

「これで、幕引き!」

 

 拍子木が最大音量で鳴り響き、真上から振り下ろされる、激情を孕んだ般若の一撃。白黒のフラッシュが世界を寸断し、静止した時間の中で、こころさんの主演(シテ)としての気迫が、私の喉元を突き刺さんばかりに迫ります。

 

「ここ!」

 

 強制的に与えられたひょっとこの役割。手足は鉛のように重く、見えない糸で縛られたかのように自由を奪われている。これでは回避することも難しい……ですが、それは人間並みの回避方法を選択した場合の話です。

 

 私が選択したのは弾く(Parry)事ではなく、ギリギリで避けること(Graze)

 

 「回す程度の能力」を使って自身の体を回せば避けることが出来る!

 空気を切り裂く鋭い風裂き音と共に、薙刀の切っ先が私の羽織の袖を、わずか数ミリの差で空振ります。

 

「なんと!」

 

 白黒の世界に、こころさんの驚愕の声だけが色彩を持って響きます。振り下ろされた薙刀の重み、そして主演としての全霊の演舞。その勢いがあまりに強すぎたがゆえに、空を切った一撃は彼女の体勢を無防備な前傾へと引き摺り込みました。

 

 私はその無防備な隙を見逃さず、能力を使い自分の体を無理やり動かす形で、蹴り飛ばし、距離を置きます。

 そして、こころさんのスペルカード(演技)が終わると共に外れるひょっとこの仮面。自由はここで取り戻しました。

 

「まさか私がここまで追いつめられるとは…仕事中の彼女を呼ぶのは気が引けますが、致し方なしですね。召神『幻想郷の摩多羅神』」

 

 体に降ろすのは友人である隠岐奈。

 その瞬間、背後の空間が、湿った古びた扉が無理やり抉じ開けられるようにギィ……と不気味な音を立てて裂けました。それは紫のスキマとは似て非なるもの。世界の裏側、根源的な後戸へと続く、底知れぬ深淵の口です。

 

「からの…『正面の虎、背面の猿』」

「これは……河勝の……!?」

 

 こころさんが絶句し、その動きが初めて止まりました。

 こころさんの背後、開かれた後戸から溢れ出したのは、隠岐奈の分霊が放つ圧倒的な「格」の暴力。彼女の分霊は、彼女の背後にどっしりと居座り、感情の嵐を嘲笑うかのように舞い始めました。

*1
東方鈴奈庵第十話「暗黒の伝統芸能」より




本当は紫と隠岐奈の共同スペカみたいなのにしようと思いましたが…流石にずるくない?と思ったので、こんな形で。
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