この世界は、あまりに美しく、そして静寂に満ちていました。
地底でもなければ、地獄でもない。現世のどこにもない既に終わった冥界。
空には薄暮と黎明が混ざり合ったような、極彩色の橙が漂い、地面には純白の橘の花が雪のようにどこまでも敷き詰められています。その白い絨毯のあちこちから、三千年に一度だけ咲くという優曇華の花が、青白い燐光を放ちながら咲き誇っていました。
永遠に日が沈まない国、夜を喪った都。私が憶えていないと世界から忘れてしまうような民のいない死んだ世界。
そんな世界の端。東に私はいました。千引き岩の前で微睡み微睡み、
それだけ、本当にそれだけの私の日常。
いずれ擦り減り、摩耗し、消えていくレコードのように。薄れ、ほどけ、千切れるフィルムのように。
「……ぁ」
微睡の中、不意に耳朶を打つ音がありました。
それは橘の花が散る音よりもずっと、不躾で、けれど温かい「生」の響き。
「やぁ、お母さん。って、寝てるんじゃない」
聞き覚えのある、少しおどけた声。
霞む視界の端で、「誰か」が笑っている気がしました。
「さっさと起こしましょ。で、さっさと帰る。……早く寝たいのよ」
続いて聞こえたのは、鈴を転がすような、けれどどこか投げやりで、今にも溜息が漏れそうな声。紅白の布地。
「ずっと夜だったんだし、寝る時間はたくさんあったのに?」
「ええ、貴女とルーミアのおかげでそれはもうたくさん……けど」
雪のように降り積もる橘の花を無造作に踏み荒らし、神聖な静寂に生きている音が響く。
「けど?」
「わかってるんでしょう。早く終わらせて帰るわよ」
その言葉と共に、二人の「誰か」は何かを翳す。刹那、夜喪都の世界を塗り潰すほどの、白磁の閃光が爆ぜた。
その眩い光が網膜を焼き、閉ざしていた私の瞳を無理やり開いた。
頭が…痛い。否応なく情報が流れ込んでくる。私の知らない、私の記憶。
あまりの痛みに頭をブンブンと回す。その拍子に月の髪飾りが落ちた。砕けた。砕けていた。砕け散っていた。それを握り、私は目の前の二人の人間を見つめる。
私は、掌を刺す破片の痛みを抱えたまま、ゆっくりと立ち上がる。周囲には、数多の神々の記憶の断片が、極彩色の光の粒子となって渦巻く、その光は慈しむように、あるいは呪うように、私の髪を優しく撫で、空へと昇っていった。
「あぁ、度し難い。全くもって許し難い……。私の眠りを妨げるとは何様のつもりでしょう」
私の言葉に、二人の巫女は顔を見合わせて、可笑しそうに笑う。
「巫女様よ」
「元巫女様です」
目が慣れてくる。どうやら、この誰かたち…巫女らが掲げているのは陰陽玉。おそらくは伊弉諾物質で作られている。籠められた霊力は大きい。
(元に戻すことは…出来ないですね)
「その光を止めるつもりはありますか? 眩しくてたまりません。今なら、大人しく帰るというのなら、許してあげますが」
「それはこっちの台詞よ。あんたこそ、さっさと幻想郷に戻ってくるつもりはある? 今なら、説教だけで許してあげる」
帰る?どこに?私の居場所は此処しかないというのに。
頭が、痛む。千切れたフィルムが、陰陽玉の光に焼かれ、新しい物語を紡ごうと暴れている。
手を、握りしめる。砕けていた月飾りの破片が、私の手の平を刺し、血を流す。私の血が橘の白を汚していく。私はその痛みの中で知らない
「知らない、そんな場所は知らない……!私の世界は、この静寂と、微睡みと、死だけ!」
片手で目を抑え、極彩色の光の嵐の中で、二人の紅白の巫女を見つめる。
「お母さん、もういいのよ。アナタがそこで朽ちるのは誰も望んでいない」
誰かの声は、黄泉の底まで届くほどに澄んでいた。
誰も望んでいない?そんなはずはない。そんなはずがないのだ。私は……私たちは、私たちを取り戻すために。あと少し、あと少し。伊弉冉さえ見つければ…月の賢者もその記憶を私に差し出す。伊弉冉を見つける事が出来れば…!
目の前の二人の巫女が伊弉冉と重なる。輪廻転生。荒御魂と和御霊。紅白、生と死。
あぁ、いた。やっと見つけた。
「おかえりなさい、伊弉冉。一緒に取り戻しましょ?私たちの国を」
私は二人の伊弉冉に微笑みと共に、手を差し出す。
「…処置なしと言ったところね。無理やりにでも連れて帰った方がいいんじゃない?気は引けないけど」
紅白の衣を翻した、一人の
「それは…そうね。そのために異変を起こしたんだ。いいわ、二人で思い切り親不孝しましょ」
「親孝行よ。間違った道を正すのも子供の役目だわ」
橘の花が嵐のように舞い上がる中、二人の「巫女」が不敵に笑い合いました。陰陽玉の輝きが増し、この世界に日を齎したかのよう。あぁ、きっとこの国はようやく明日を進めることが出来る。なんて、残酷で美しい輝き。
「あんたが私に言ったことは殆ど嘘だった。……『レイボ』という名前だってそう。結局、こいつのものだったじゃない」
実体を持つ巫女が、隣の幽かな巫女を顎で示しながら、糾弾の言葉を紡ぐ。
「紫の部下だって話も、紅魔館のメイドだって話も、私の事を知らないってしらばっくれていたのも……全部嘘」
彼女たちを取り巻く神意が吹き荒れる。橘の花が空を舞い、優曇華の燐光が彼女たちの瞳を照らし、決意の光を迸らせる。
「さぁ、名乗りなさい!あんたの本当の名前を!」
自身の根源を。原初の名を。我が身に宿す。
「………良いでしょう。不遜なる巫女よ。これほどの光で迎えられては、名乗らぬわけには参りません。……お聞きなさい。我が
中ボス戦です。
もしかしたら、今回の話はBadエンド√かもしれないんでね。本作品ではこの通りに進まないかもしれない。√確認には夕雲が自分をどう名乗るかで判断できるぜ!ピチューンしまくったらBadエンドです。ぜーんぶ忘れて、どうしようもない感じになって終わりです。多分、名前が無い状態になります。