東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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とんでもないミスをしでかしている事に気づき、書き直すことに。
視点は董子です。スゴイ難産でした。本当に。


第128季/秋 外の世界with超高校級のサイキック②

「ちょっと、信じられない……」

 

 私の視線の先、廊下に並ぶプレートはどれもこれも『4-4』。まるで誰かが悪意を持って書き換えたみたいに、その忌々しい数字が続いている。

 

(四階に、存在しない四番目のトイレ、四つの4-4の教室……)

 

 オカルトを嗜む者として、嫌でも頭をよぎるのはこの国の「数」にまつわる不吉な暗黙了解だ。

日本において『4』は、その音が『死』に通じることから避けられる忌み数。自動車のナンバープレートで「42(死に)」や「49(死苦)」が欠番にされたり、アパートの「4番」区画が空き地にされたりするのが良い例。

 

 この空間は明らかに「4」という数字に固執している。不吉、忌み数、死の暗示。オカルトの定石をこれでもかと詰め込んだようなこの舞台に、私の「秘密を暴く者」としての血が沸騰するのを感じていた。

 

(これよ。これこそが、私が求めていたオカルト)

 

 日常の皮を一枚剥いだ先に広がる、誰も知らない非日常。

 少しだけ……いえ、かなりワクワクしている自分がいる。

 

(……でも、ちょっと悪いことをしちゃったかな)

 

 荒くなる呼吸を整えながら、私は隣にいる謎の二人組を盗み見た。

 私は彼女たちに、いくつもの嘘をついている。

 

 今の私は東深見高校の一年生を名乗っているけれど、本当はまだ中学生。この高校の生徒ですらない。それに『秘封倶楽部の初代会長』なんていうのも、ただのハッタリ。いつかはそんな格好いい名前の部活を作りたいと思っているけれど、今はまだ、たった一人の空想に過ぎない。

 

 だから、忘れ物なんてのも真っ赤な嘘。

 夜の学校に忍び込めば、何か「本物(オカルト)」に会えるんじゃないかって、ただそれだけの理由で忍び込んだ。……まさか、アフロの和服美女とそれに付き添う江戸っ子風のお姉さんが出てくるなんて、想定の範囲外もいいところだけど。

 

(……この人たちも普通じゃない。私と同類(超能力者)なのかな。それなら、ほんとのことを言うべきだったかも)

 

 私がそんな観察を巡らせる余裕を、オカルトは一瞬で奪い去った。

 

 

 

 ――ギギギギギギッ……。

 

 

 

 廊下の最果て、あの「存在しない四番目」のお手洗いの扉。

 分厚い木製の扉が、内側から押し留めようのない力でゆっくりと開いていく。錆びついた蝶番が悲鳴を上げ、その隙間から、凍てつく冬の夜気よりもさらに冷たい、死臭の混じった古い埃の匂いが溢れ出す。

 

(なんだか嫌な感じがするわね)

 

 私は夕雲さんの羽織の袖をそっと摘まむ。

 

 扉からずるりと姿を現したのは、赤い吊りスカートをはいた少女……そんな甘っちょろい都市伝説じゃなかった。

 

 そこにいたのは、腰の骨がバキバキに折れて固定されたかのように、直角以上に深く折れ曲がった一人の老婆。

 

 振り乱された白髪の間から覗くのは、耳元まで裂けた口と、執念深さに血走った双眸。背中は異常に膨れ上がり、四肢は節くれ立った枯れ木のように異様に長く伸びている。その長く鋭い爪が床を撫でるたびに、リノリウムの床が「キィィィ」と悲鳴を上げた。

 

 その禍々しくも醜悪な姿。そして放たれる、生命を拒絶するような濃厚な死の臭気。

 

「……なんなのよ!あれ!」

 

 怖い。怖い。怖い怖い怖い怖い!!

 

 脳髄が痺れるような、暴力的なまでの拒絶反応。

 今までネットの掲示板や古本で「知った気」になっていたオカルトなんて、全部、ただの安全な場所から眺めるおままごとのようなものだった。

 

 肺に流れ込んでくる空気は、氷を直接飲み込んだみたいに冷たくて、それなのに吐き気がするほど生臭い。鼻をつくのは、カビた土と、何百年も放置された死体が腐ったような匂い。

 

 心臓が、耳元で太鼓を叩いているみたいにうるさくて痛い。

 膝の震えが止まらない。止めようと思えば思うほど、ガタガタと自分の意思を無視して揺れ動く。

 

(嫌だ、見たくない。あんなの、見ちゃいけないもの……!)

 

 視界が、恐怖のせいで歪んで白濁していく。

 あの老婆の爪がリノリウムを削る「キィィィ」という高い音が、私の鼓膜を、神経を、直接カミソリで切り裂いていくみたいで。

 

「……ひ、っ……あ、ああ……っ」

 

 喉がひきつって、まともな悲鳴すら出ない。

 ただ、夕雲さんの羽織を、ちぎれんばかりの力で握りしめることしかできなかった。

 

 そして、老婆の白濁した瞳が、真っ直ぐに私たちを捉えた。

 

――「見ィ、つけたァ……」

 

 脳髄に直接、氷の楔を打ち込まれたような衝撃。

 老婆の裂けた口がさらに横へ広がり、どろりとした、どす黒い涎が床に滴り落ちる。その瞬間、私の生存本能が、恐怖という名の爆鳴気を点火した。

 

「ひ……きゃあああああああああああ!!!」

 

 半分、意識が飛んでいたかもしれない。

 私はなりふり構わず、夕雲さんの羽織の袖と、雷鼓さんの逞しい腕をひったくるように掴んだ。

 

「逃げる、逃げるわよ!夕雲さん!雷鼓さん!!」

 

 全力で地面を蹴る。けれど、走っても走っても、景色が変わらない。

 右を見ても左を見ても、錆びついた『4-4』のプレートが、嘲笑うように私たちの横を通り過ぎていく。

 

 背後からは、あの音が。

 

「ギチャッ、ギチャッ、ギチャッ、ギチャッ……」

 

 四拍子。一定のリズムで、けれど確実に距離を詰めてくる、濡れた肉塊が廊下を這い回る音。

 

「こっち!ここに入るわよ!!」

 

 私は一番近くにあった『4-4』の教室のドアを、壊れんばかりの勢いで引き開けた。二人を中へ突き飛ばすように押し込み、自分も滑り込んで、全体重をかけて扉を閉め切った。

 

「はぁ、っ、はぁ、っ……っ、……死ぬ。死ぬかと思ったわ、私」

 

 喉の奥がヒリヒリして、肺が火傷しそうに熱い。

 真っ暗な教室。机も椅子も、まるでお葬式の参列者みたいに整然と並んで、私たちがあの老婆に捕まるのを待っているみたいだ。

 

 そんな絶望的な沈黙の中で、夕雲さんが——あの、ふざけたアフロヘアーをボフッと揺らしながら、暗闇の中で事も無げに言った。

 

「……とりあえず、軽く結界を張っておきますか」

 

 彼女は懐から、古びた一枚のお札を取り出すと、こともあろうに扉の隙間にペタッと貼り付けた。

 

「ちょっと、夕雲さん!! なんでそんなに冷静なのよ! それにそのお札……何!? そんなの、気休めにもならないわよ!!」

 

 私の絶叫と同時だった。

 扉の向こう側から、扉を突き破らんばかりの勢いで「ドォォォォン!!」と凄まじい衝撃が走った。お札が青白く発光し、バチバチと火花を散らす。

 

「ギ……ィ……ギィィィィィィッ!!」

 

 あの老婆の、鼓膜を抉るような絶叫。でも、不思議。あれだけ狂暴だった老婆が、その紙切れ一枚を突破できずに、扉の向こうで地団駄を踏んでいるみたいだった。

 

「まぁまぁ落ち着いて、宇佐美さん。で、雷鼓さん。あの老婆の正体は何だと思います?」

「うーん、トイレの花子さんではないよね。没落した厠神とか?」

「あると思います。ついでに言うのならば、黄泉醜女のエッセンスも感じたんですよね。多分、醜女が本来の意味の”頑強さ”ではなく、文字通りの醜い女として使われているんでしょうねぇ。嫌な歪みですよ、全く」

 

「ヨモツシコメ……? 日本神話の?」

 

 私が呆然と呟くと、夕雲さんがこくりと頷いた。

 ダメだ、頭が追いつかない。でも、一つだけ確かなことがある。この人たちは馬鹿みたいに落ち着いている。それはきっと、オカルトに詳しいから。私もいつか…

 

「あっ、宇佐美さん。そこ危ないですよ」

「えっ?」

 

 扉を見ると、貼られたお札がボロボロと崩れ始めていた。

 

「三匹のお札に出てくる山姥は黄泉醜女と似ていますので、お札は有効と踏んだのは正解でした。ですが、その代わり、伝承通りに時間稼ぎだけになっちゃいましたけど」

「どうすんのよ!このままじゃ捕まっちまうわよ!」

「簡単ですよ。ほら、雷鼓さんはもうやってるみたいですし」

「……え?」

 

 言われて後ろを振り返ると、そこにいたはずの雷鼓さんの姿はなかった。

 代わりに、夜の暗闇を孕んだカーテンが生き物のように大きく舞い、窓がこれ以上ないほど全開に放たれていた。

 

(まさか。……まさか、飛び降りたの!? ここ、四階よ!?)

 

「ほら、行きますよ」

 

 その言葉と同時に、夕雲さんは私の細い腕を、驚くほど力強く掴んだ。

 

「ちょっと、待って! 夕雲さん! 冗談でしょ!? ひっ、やめて、離してぇぇぇ!!!」

 

 私の絶叫なんて、夜風と夕雲さんのアフロの弾力に吸い込まれて消えてしまったみたいだった。

 夕雲さんは、私の腕を驚くほど確かな力で掴んだまま、一切の躊躇なく窓枠を蹴り上げた。

 

 重力が、消えた。

 

 肺の中の空気が一気に絞り出されるような、あの嫌な浮遊感。

 視界がぐるりと回り、つい数秒前まで私を追い詰めていた、錆びついた『4-4』の教室が、窓の向こうへ高速で遠ざかっていく。

 

(ああ、死ぬ。死んじゃう。私、まだ中学生なのに……そういや、昔、どこかで似たような…)

 

 背後?で、扉を完全に粉砕した老婆の「見ィィィィ逃さねェェェ……!!」という絶叫が聞こえた気がしたけれど、それすらも耳元を叩く激しい風の音にかき消された。

 


 

「……て。起きて、起きてください、宇佐見さん」

 

 頬をぺちぺちと叩かれる、少し痛いけれど確かな感触で、私は意識の底から引きずり出された。ゆっくりと目を開けると、そこにあったのは漆黒の闇ではなく街灯に照らされたアスファルトだった。

 

「……え、私……生きてる?」

「おやおや、縁起でもない。ちゃんと宇佐美さんは生きてますよ~」

 

 覗き込んできたのは、相変わらず涼しい顔をした夕雲さんだ。あのアフロヘアーは、四階から飛び降りた直後だというのに、少しの乱れもなく完璧な球体を維持している。

 

 私は震える手でポケットからスマートフォンを取り出した。

 液晶画面に表示された時刻は――『4:44』

 

「……私、無事なんだ。それにもう朝…助かったわ」

 

 スファルトの硬さと、肺に流れ込む冷たい空気が、私がまだ生きていることを証明していた。安堵のあまり膝の力が抜け、無様にその場へへたり込む。

 

 けれど、その安堵は一瞬で塗り潰された。

 視界の端で、二つの影が動く。夕雲さんと雷鼓さんだ。彼女たちは、地獄のような四階から命からがら飛び降りてきたばかりだというのに、事も無げな足取りで再び昇降口へ戻ろうとしている。

 

「ちょっと! 二人とも、どこに行くのよ!? せっかく逃げ出せたのに!」

 

 叫ぶ私の声は、夜明け前の静寂に虚しく吸い込まれた。足を止めた雷鼓さんが、不敵な笑みを浮かべて振り返る。

 

「多分、まだオカルト?は終わってないんだよ。ほら、あの時計台を見てみな」

 

 言われて見上げた視線の先。校舎の中央にそびえ立つ古びた時計台。ナトリウム灯のオレンジに照らされた文字盤の上で、不吉な数字を指していた。

 

「……董子が気絶してから、明らかに何分か経っているんだけどね。あの時計、一秒たりとも動かないんだよ」

 

 嘘でしょ。私は震える手でスマートフォンの画面を点灯させた。液晶に浮かぶデジタル数字もまた、非情な『4:44』を刻んだまま微動だにしない。

 

「それにさ、脱出も試みたんだけど。校門から出られなかったんだよね」

 

 雷鼓さんの言葉に、「そんなわけない!」と叫びそうになった言葉は喉で凍りついた。灯りは街灯だけ。月や星さえも見えないことに気づいたからだ。

 私は縋るような思いで、背後の校門へと視線を投げる。校門の柵を境界線にして、世界が断絶しているみたいだった。此処から見えるはずの景色が何も見えない。黒いナニカに覆われているというのだろうか…言葉にできないが、おぞましいナニカだ。

 

「校舎と学校全体、二つの空間を閉じ込めているってわけだね。多分、どちらも無理矢理突破する事は出来るだろうけど、本体(老婆)を叩いた方が今後の被害もなくなるし、何より手っ取り早い」

「そこまで出来る怪異はなかなかいません。おそらくはこの学校の七不思議を全て吸収(習合)して、力を蓄えた…とかでしょうか」

「ま、理屈はどうでもいいさ。要は、あの老婆をぶっ叩けばこの異界も閉じるって事だろう?」

「その通り、単純明快でとてもシンプル、簡潔明瞭で明白な答えですね」

 

 雷鼓さんは不敵に笑うと、迷いのない足取りで再び昇降口へと向かって歩き出した。夕雲さんも、羽織の裾を揺らしながらその後に続く。

 

 漆黒の闇に沈む校舎が、巨大な獣の口を開けて彼女たちを飲み込もうとしているように見えた。

 

「ちょっと……! 本気なの!? またあそこに戻るなんて……!」

 

 叫んだ私の声は、夜の静寂に虚しく吸い込まれた。

 校門の向こうの「虚無」と、校舎の中の「地獄」。

 

「……わかったわよ!行けばいいんでしょ、行けば!私も行くわ!」

 

 私はガタガタと震える足に鞭を打ち、地面を蹴った。

 背後に広がる「ナニカ」から逃げるように。そして、目の前を歩く、あまりにも不可解で頼もしい「非日常」の背中を追いかけて。




過去董子の口調が分からないな…と董子について調べてたら気づいた二つの事実。
「この時の董子は中学生だった」
「この時点で董子は秘封倶楽部を作っていない」
この二点が前書きで書いた大きなミスです。前話を改変してもよかったのですが、混乱の元となると考え、今回で(少々無理矢理な)フォローを行いました。
(よく考えたら東深見高校は董子の地元から離れたところなんだよなぁ…)
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