解説が多い…
ヨジババ。
それが今回私たちが遭遇した都市伝説でしょう。所謂、4 時 44 分 44 秒に現れる怪異であり、本来ならば、夕方…つまり誰そ彼時に現れる怪異ですが、まさか明け方…彼は誰時でも現れるとは思いもしませんでした。時刻が合ってさえいれば何でも良いんですかね。それとも、朝でも昼でも夜でもない、空白の時間であれば可能とかでしょうか?
それはともかく…ヨジババについて。巷に流れる噂では、「四次元ババア」や「四時ババ」とも呼ばれ、その出現場所は四番目の個室、あるいは誰もいない教室の黒板だったりと多岐にわたります。現れる時間も、午後四時であったり、四月四日の午後四時丁度であったり……。
各地で枝葉は分かれていますが、共通項は、「
ヨジババの元となった話は、ある都市の神社、その境内に書かれていた古びた着物を着た老婆の絵馬が基となっています。その老婆は山姥とも夜叉とも言われています。今回のケースはそんなにシンプルではなく、より複雑なモノとなっていますが…
「とりあえず、向かう必要があるのは音楽室ね。有ればいいのだけど…」
「確か三階でしたよね。それで、何が良いんです?やっぱり和太鼓ですか?」
「うーん、和太鼓で在る事にはもう飽きたからね。違う打楽器が良いかな」
先ほど宇佐美さんが気絶している間に、私たちは先ほどの老婆の正体について話し合っていました。
結論としては、先ほどの老婆はヨジババをベースとして、黄泉醜女や三時ババア、厠神などを習合した姿である…と言うものです。黄泉醜女は勿論、厠神だって穢れに関する存在です。
己を知り敵を知れば百戦危うからず…と言うわけではありませんが、相手の正体を知れば、対策を積むのは簡単です。御札による浄化は効き目が悪かったですし、無理矢理祓うのも効率が悪い。
そこで私たちが考えたのは、太鼓を叩く事。
太鼓は楽器としての一面だけではなく、祭具としての一面も持っています。そして、祭りで使われる際、主な役目は神様を招き、穢れを祓うことでした。
元々、穢れは『気枯れ』とも言い表されます。これはあながち間違いではなく、気枯れも数ある穢れの一つであり、特に老衰や病、出産によって、エネルギーが摩耗し、枯れ果ててしまった状態を指します。
そもそも『穢れ』とは、単なる不潔さではなく、生物の「生」と「死」、そしてその連鎖そのものを意味します。生きるために他者を食らい、争い、そして
生があるから死があり、死があるから生が存在する。私がかつて世界に敷いたこの法則は、一見すれば残酷なようですが、その実、停滞を打ち消し、世界を撹乱するための大いなる「巡り」の一部なのです。
そして、地上の者はその穢れの中で足掻きながら、この瞬間瞬間を必死に生きています。
だからこそ、太鼓を打ち鳴らすのでしょう。
太鼓を鳴らすことで、「私たちは今、ここにいて、確かに生きているんだぞ!」という生命の凱歌を、天へ、大地へ、そして神たちに誇示するのです。
そんな太鼓の響きは、停滞し『気枯れ』た魂に力強い振動を送り込み、身体に活力を行き渡らせます。それは神道の魂振りの儀式や相撲の四股にも通じ、衰えた生命力を奮い立たせ、内なる穢れを
このような論理のもと、私たちは穢れの集積体であるヨジババに対し、太鼓の震動で対抗するのが最も有効だと考えたわけです。
雷鼓さんの本体である和太鼓を叩くのも考えましたが、和太鼓を突然取り出したりすると、宇佐美さんに不審がられますし、和太鼓が鬼の魔力に侵されている以上、どんな副作用があるかわからなかったので、こうして現地調達することにしました。
そんなこんなで、辿り着いた音楽室。
能力を使い、ドアノブを回転させ、ドアを開きます。そういう概念です。横引きのドアだろうと知りません。
「どうです?気に入ったのはありましたか?」
「そうだね…これとかいいかも!」
雷鼓さんが不敵な笑みを浮かべ、迷わず手を伸ばしたのは、埃を被ったまま隅に置かれていたドラムセットでした。彼女がそのスティックを握りしめた瞬間、シンバルが微かに震え、これまで校舎を支配していた空気を撥ね退けるような、清冽な振動が走りました。
「宇佐美さんは雷鼓さんについていってください。それを手にした以上、雷鼓さんの周りが一番安全ですから。私はもう少しやることがあるので、先に行ってください」
不安げに眼鏡の縁を直す菫子さんを促し、二人の背中が廊下の闇に消えていくのを見届けます。……さて、静まり返った音楽室で、私はアフロヘアーを一度ボフリと揺らし、袖を軽く捲り上げました。
(ヨジババとの戦いで、破損したりする可能性は大いにありますからね。先んじて作っておきましょう)
伊弉諾物質を使い、先ほど見たドラムセットを造り出します。打楽器を作るのは久しぶりですが、楽器を作る事なんて目じゃありません。私レベルになると、ストラディヴァリウスも裸足で逃げ出すような楽器を作れますから。
(…どうせなら性能上げちゃいましょう。どうせ誰も使ってなかったみたいですし、不審に思われることもない筈)
よし。雷鼓さんと宇佐美さんを追いますか。
「お待たせしましたー」
音楽室に完璧以上の代品を設置した私は、階段前で待つ二人に軽やかな足取りで合流しました。
「あ、夕雲さん。あんま待ってないから、全然大丈夫。……それで、本当にそのドラムなんかでヨジババを倒せるの?確かにオカルト的に考えれば、行けそうだけど」
菫子さんが、雷鼓さんが抱えるスネアドラムを疑わしげに指差します。ふむ、どうやら私が裏工作に勤しんでいる間に、雷鼓さんが大まかな作戦を伝えてくれたようですね。手間が省けてありがたいことです。
「大丈夫ですよ。絶対うまくいきますから」
私は宇佐美さんを安心させるべく、満面の笑みを浮かべて見せます。
……ところが。
「菫子、菫子。騙されちゃダメだよ。夕雲はね、普通にポンコツだから。あんなイイ笑顔で格好つけてるけど、かなりのヘッポコだから」
雷鼓さんが、私の背後から冷や水をぶっかけるような声を上げました。しかも、親指で私を指しながら、ひどく呆れたような顔をしています。
「ちょっと!雷鼓さん、何を仰るんですか!今は宇佐見さんの戦意を高める大事な場面ですよ!?それに私はポンコツでは…」
「いやいや、根拠のない自信を持たせて後で絶望させる方が残酷だろ。それに私のこと忘れてたし、おっちょこちょいなのは否定させないよ」
「ぐぅ」
ぐぅの音しかでません。
「えぇ~……。何それ、夕雲さん、本当は大丈夫じゃない系の人なの……?」
菫子さんの視線が、一気に不信な目へと変わりました。
さっきまでの「プロフェッショナルな謎の美女」という私の虚像が、ガラガラと音を立てて崩れ去っていくのを感じます。…アフロの時点で今更でしたね。
「こほん、それはさておき早くやりましょう。さぁ、レッツゴー!バスターズ!」
私は無理やり明るい声を張り上げ、指を差して先導します。
「逃げたな」
「逃げたね」
背後から、雷鼓さんと菫子さんの容赦ないツッコミが飛んできました。息ぴったりですね、貴女たち。私は聞こえない振りを決め込み、階段へと足をかけました。
一段、二段……。
昇るごとに、空気の質感が目に見えて増していきます。
肺に流れ込む空気は、鉄錆と、古いおしろいのような、鼻の奥をツンと刺す不快な臭いを帯び始めていました。
そして、最後の十三段目を上り終えた瞬間。
世界がぐにゃりと反転するような感覚と共に、私たちは再び、あの「死」に支配された四階の廊下へと足を踏み入れました。
「さぁ、雷鼓さん。手筈通りに」
私が合図を送ると、雷鼓さんは不敵な笑みを浮かべて大きく一歩踏み出しました。
「あいよ。四股『ランドパーカス』」
雷鼓さんは手にしたドラムのスティックを天に向け、その場で力強く、力士が邪気を払うかのように片足を高く振り上げました。それはまるで、どっしりと地響きを立てて床を踏み抜く四股。そのたびに、彼女が抱えたスネアドラムが物理法則を無視した音圧を放ち、廊下の空気を一気に震わせました。
鳴り響くドラムの響きが波紋となって広がるたびに、異界が雪のようにシュルシュルと消滅していきます。廊下を満たしていたドロドロとした死臭が、雷光に打たれたあとのような清浄な空気に塗り替えられていきました。
「止めろぉ!その耳障りな音を止めろぉ!」
廊下の突き当たり、四番目の個室。
そこから、黒い瘴気を霧のように吹き出しながら、あの老婆が姿を現しました。
先ほどよりもさらに巨大に、さらに醜悪に。穢れを継ぎ接ぎしたその体は、雷鼓さんの放つ清らかな振動に焼かれ、ボロボロと崩れ落ちています。
「おや、おいでましたか。隠れているよりは賢明な判断です」
老婆の白濁した瞳が、憎悪を込めて私を射抜きます。穢れにまつわるモノを習合し、死への恐怖を食らって肥大化したその存在は、この狭い廊下を埋め尽くさんばかりの瘴気を放ち、ギチギチと関節を鳴らして私を威嚇していました。
「生意気なんですよ。死と穢れを纏っているその様が」
私の唇から漏れたのは、慈悲など微塵も含まれない、自分でも驚くぐらい凍てつくような声音でした。私は羽織の袖を優雅に払い、一歩、前へ進みます。
「董子さん。援護をお願いしますね」
「えっ? あ、私!?……あ、あっ、うん! も、もちろんよ! 任せて」
恐怖で震える声を、虚勢という名のメッキで必死に塗り固める彼女。その瞳の奥には、恐怖を上書きし始めた「未知への渇望」というべき燐光が小さく揺らめいていました。
ふふ、良い返事です。
さて――。
この歪んだ古い鏡ともいうべき存在を、どう叩き割ってやりましょうか。
おまけ
ヨジババという怪異の根源――
それは単なる子供たちの噂話が形を成したものではなく、古の時代、ある高名な修行者(験者)が描き残した一枚の「絵馬」に端を発します。
その験者は、山岳修行の果てに六神通の位にまで達したと言われる、正真正銘の超常者でした。
彼女は『天眼通』を用いて、この世ならぬ遠方の理を見通し、さらに『宿命通』によって、自身の魂因果を読み解こうとしました。その結果、見えたのが泣きながら、苦しみながら、怒りながらも死体を運ぶヨモツ。
彼女は自分たちが何をしたのか、彼女に何を託してしまったのかを理解し、いつか彼女に救いがあらんことを願い、筆を執り、自分が見た光景を遺しました。いつか、彼女の事を救ってくれる誰かを求めて。
ですが、絵馬は風化し、謂れは忘れられ――やがてその祈りの残骸は
ちなみに、験者と老婆の基となった存在は別の形ですが、幻想郷で再会を果たしました。私家版百鬼夜行絵巻を書いたり、妖怪の山を案内したり、時折交流しているらしいですね。よかったね。
話変わりますが、桷の花言葉は追憶らしいです。橘と同じだ。