東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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第128季/秋 外の世界with超高校級のサイキック④

 さて、状況の確認を。

 

 敵はヨジババ。特筆するべき点は異界でしょう。

 

 異界に閉じこめられた私たちは彼女の手の中にいると同義。言わば「巨大な鬼の体内」に閉じ込められているも同然の状態です。この中では物理法則など二の次。ヨジババの意志一つで、壁が脈打ち、階段が無限に増殖し、時間が「4」という数字に縛り付けられる……まさに「何が起こってもおかしくない」彼女の独壇場なのです。

 

 しかし、そんな状況を根底から覆しているのが、雷鼓さんの放つビートです。

 彼女の叩き出す音圧は、この異界という名の巨体の中で暴れ回る針のようなもの。

 お伽話の『一寸法師』が鬼の腹の中で針を振るったように、雷鼓さんのドラムはこの異界をズタズタに引き裂き、ヨジババの支配権を奪い続けています。

 

 となると、ヨジババが起こす行動は…

 

「そうなりますよね!」

 

 雷鼓さんの排除!

 

 ヨジババは耳を劈くような絶叫を上げると、その異常に長い腕をしならせました。節くれ立った指の先、ケガレを宿した鋭い「爪」が、空間を削り取るような、そんな異様な音を立てて雷鼓さんへと迫ります。

 

 振りかぶられた老婆の爪。その軌道を、私は自身の指先の「回転」でヨジババの軸をわずかに逸らし、最小限の動きでその懐へと滑り込みます。

 

 そのまま私は重心を低く沈めると、全身のバネを一点に集中させ、老婆の無防備な胴体に向けて渾身の蹴りを叩き込みました。

 

 ――ドォォンッ!!

 

 鈍い衝撃音と共に、老婆の痩せこけた体は、まるでリールから弾け飛んだフィルムのように廊下の奥へと吹き飛びました。

 

 ヨジババの標的は浄化の音を響かせ続ける雷鼓さんあるいは彼女のドラム。それさえ、排除することが出来れば、異界の支配権(コントロール)を取り戻せますからね。積極的に雷鼓さんを狙うのは当然と言えます。

 

「おやおや、流石にしぶといですね」

 

 吹き飛んだ老婆は、壁にめり込みながらも、関節を不自然な方向に曲げて即座に起き上がりました。

 戦闘の基本は相手の嫌がることを積極的に行う事。私は演奏が終わるまで雷鼓さんを守らせていただきましょう。

 


 

 私は指先で空間に極小の渦をいくつも作り出し、老婆が放つ黒い飛礫や、壁から不意に伸びてくる爪を次々と「回し」て逸らし続けました。

 

 宇佐美さんも何かしらの力を用いて、迫りくる礫を強引に押し返したり、ヨジババの関節を固定して動きを鈍化させたりと、懸命にサポートをしてくれました。

 

「ちっ!想像以上に穢れが多い!夕雲さん、もう少し耐えてくれ!」

 

 雷鼓さんの大声が、激しいドラムの連打の合間に響き渡ります。

 音楽室から調達したドラムが放つ清冽な音圧は、確かに校舎にこびりついた穢れを力強く剥ぎ取っていました。しかし、数多の怪談を習合して練り上げられたヨジババの「怪異」は、削り取られた端から即座に肉を盛り、元の姿へと収束していくのです。まるで私のリザレクションみたいに。

 

(本当に気に障りますね)

 

 それにしても、底なしの沼をスプーンで掬っているような徒労感。

 私の極小の回転では逸らすだけで手一杯。大幣を…いや、宇佐美さんの記憶が戻って、私の正体がバレるのは避けたい…

 

(困りましたね…削り切れるかどうかわかりません。最悪、雷鼓さんのスタミナが切れるか、宇佐見さんの集中力が尽きるのが先に……)

 

 私が微かに冷や汗を流した、その時でした。

 

「四壁『死ろ()き世界』」

 

 ヨジババが耳を劈くような高笑いを上げると、その瞬間、彼女の背後の空間が、染み出すような「白」に塗り潰されていきました。

 

(ここに来て、新しい攻撃パターンですか)

 

 廊下の両端から、そして天井と床から、全ての色彩を奪い去るような無機質な白が押し寄せてきます。

 

「……これは、いけませんね」

 

 私は反射的に指先を回し、その白い侵食を押し戻そうと試みました。

 ですが、私の「回転」が手応えを返さない。

 私の「回す能力」は、対象に何らかの軸や方向性があって初めて成立します。ですが、この白い壁には上も下も、始まりも終わりもない。捉えどころのない霧を回そうとするような、空虚な手応えしか返ってきません。

 

(となると、物理的に破壊するのが一番手っ取り早いですかね)

 

 そう考え、私は拳を握りしめます。スクリューパンチの要領で迫りくる壁を…

 

「夕雲さん!触っちゃダメ!触ったら、異空間に飛ばされるわよ!」

 

 宇佐美さんの言葉に、拳を引き戻しました。危ない。危ない。

 

「……妖怪や伝承の類ならいざ知らず、こうした最近の都市伝説は、少々私の専門外なんですねぇ」

 

 私は微かに眉をひそめ、アフロを一度ボフリと揺らしました。

 雷鼓さんの放つビートさえも、その白い虚無に吸い込まれて減衰していくのが分かります。逃げ場は刻一刻と狭まり、廊下の隅、私たちの背後までもが白く塗り潰されようとした、その瞬間…

 

「……っ、そんな安いルールで、私を消せると思わないことね!」

 

 その言葉と共に菫子さんが、戦闘の余波で砕け散ったガラス片を拾い上げました。

 

「宇佐見さん、何を……っ!?」

「『白い壁』なら、白じゃなくしてやればいいんでしょ!」

 

 菫子さんは躊躇うことなく、その鋭い先端を自分の人差し指に突き立てます。

 痛みに顔を歪めながらも、彼女は溢れ出した鮮やかな「赤」を、目前まで迫っていた白い虚無の表面に叩きつけたのです。

 

 ――ビシャッ。

 

 無機質な白の壁に、生々しい生命の輝きが染みを作りました。

 その瞬間、白い壁が最初からなかったかのように消失します。

 

「ギ……ギャアァァァァァァッ!? ヨゴレタ……シロイ、セカイ、ガ……ッ!!」

 

 ヨジババの悲鳴が廊下に響き渡ります。

 先程の白い壁の根幹は、絶対的な「白」なのでしょう。そこに一滴でも「異物(赤)」が混ざれば、それはもはや完璧な白い壁ではなくなり、異空間へ飛ばすという呪いの定義が崩壊するのです。それに「赤」というのも良かったのでしょう。白は死を表す色に対して、赤は生命の色。相反する色であったがゆえに、効果は抜群でした。

 

「……見事な機転です、宇佐見さん!」

「へっ、ナイスだね董子!このまま畳みかけるよ!」

 

 雷鼓さんのドラムが、再び爆音となって廊下を揺らしました。先ほどまで白い虚無に吸い込まれていた音圧が、今は逃げ場を失ったヨジババへと、物理的な質量を伴った衝撃波となって襲いかかります。

 

(…私も覚悟を決めましょう)

 

 宇佐美さんは自身が傷つくことを厭わずに、私を助けた。であるならば、その気概を賞じて、私も正体がバレるリスク程度、快く支払わなければなりません。

 

 私は懐から、眩い輝きを放つ「伊弉諾物質」の結晶を取り出し、それを掲げました。

 在り日の神話の断片は、私の意志と回転の力によって練り上げられ、一本の「大幣」へと形を変えます。

 

(紙垂は雷を表したもの。雷神としての側面を持つ雷鼓さんと合わせるのに丁度良い!)

 

「雷鼓さん、そのままビートを最高潮へ!これで終わらせます」

「あいよ!このドラムの音で、あの婆さんを引っくり返してやるさ!」

 

 雷鼓さんのスティックが、もはや視認できないほどの速さとなります。

 音楽室から手に入れたはずのドラムセットは、稲妻のように金色に輝き、一打ごとに空間の穢れを引き剥がしていく立派な退魔の祭具へと昇華されていました。

 

 それを横目に私は、大幣を螺旋を描くように鋭く振り下ろしました。

 

「――祓え、清めよ。神威を以て、邪を断て!霊符『無葬封印』」

 

 放たれるのは黒色の光。夜の学校では見づらいことこの上ないでしょう。簡易版のため、威力はそこまでですが、本命の雷鼓さんの音撃を喰らわすのには十分!

 

「これで幕引きだ! とっておきを食らいなッ!!」

 

 その刹那、雷鼓さんが最高潮の連打と共に、天に向けてスティックを振り下ろしました。

 ドラムから放たれたのは、黄金色の雷光。

 私の黒い封印によって固定された老婆の核へ、その音圧が真っ直ぐに突き刺さります。

 

――カァァァァァァンッ!!!

 

 鼓膜を突き抜けるような、けれどどこまでも澄み渡るシンバルの音。

 それが合図でした。

 

 封印されていた黒い光と、雷鼓さんの放った金色の雷鳴が激突し、ヨジババの肉体を構成していた「穢れ」を内側から爆破しました。

 

「ギャ、ァァァァァッ! 4、4が……ワタシノ、セカイガァァァッ!!」

 

 反目し合う二つの力が臨界点に達した瞬間、ヨジババの肉体は内側から弾け飛び、眩い光の粒子となって霧散していきました。

 

 

 

 

 


 

 視界が、爆発的な光に塗り潰された。

 

 雷鼓さんの放った黄金の雷鳴と、夕雲さんがいつのまにか取り出した大幣から溢れ出した漆黒の光。二つの力が混ざり合い、激しく回転しながら、この「異界」そのものを中心から捩じ切っていく。耳を劈く老婆の絶叫が、ガラスが砕けるような硬質な音に変わり、次の瞬間――世界が「裏返った」。

 

 あまりの衝撃に目をつぶり、再び開けたとき。

 そこには、見慣れた「正しい」学校の風景が広がっていた。

 

 ドクン、ドクンと脈打っていた天井はは、カサカサに乾いた古臭い石膏ボードへ。

 血のように赤く光っていた『4ー4』の数字は、順番通りの使い古されたプレートへと。

 肺にまとわりついていた湿った死臭が消え、代わりに深夜の校舎特有の、冷えた埃とワックスの匂いが鼻を突く。

 

「……あ」

 

 私はおそるおそる、廊下のトイレへと視線を向けた。

 つい先程、老婆が這い出してきた存在しない筈のトイレ。けれど、そこにある扉は「三つ」だけ。四番目のトイレなんて、影も形もない。

 

「もしかして、ただの夢だったの?」

 

 焦って、自分の指を見る。

 さっきガラスでつけたはずの傷口は、血が止まっていた。やっぱり、あれは夢じゃなかった。私は確かに、自分の血であの「白い壁」を汚したんだ。

 

 私は震える手で、ポケットからスマートフォンを取り出した。

 液晶画面を点灯させる。

 呪いのように固定されていた数字が、一目盛り、静かに力強く更新された。

 

『4:45』

 

 夜明けは、まだ来ない。

 けど、確実に時間は「明日」に向かって進み始めていた。

 

「……ねえ、夕雲さん、雷鼓さん。……これ、マジのマジで歴史的なオカルト事件じゃない? 秘封倶楽部の、最初の活動記録としては、もう百点満点……」

 

 興奮に声を弾ませ、私は振り返った。

 これだけの超常現象を一緒に乗り越えたんだ。もしかしたら、彼女たちなら私の「本当の正体」……中学生だっていう嘘を見抜いた上でも、笑って許してくれるんじゃないか。そんな淡い期待を抱いて。

 

 けれど。

 

「……え?」

 

 そこには、誰もいなかった。

 

 廊下はただただ暗かった。

 黄金の雷を纏ってドラムを叩いていた雷鼓さんも、アフロを揺らしながら涼しい顔をしていた夕雲さんも。

 まるで最初からそこに存在しなかったみたいに、気配一つ残さず消えていた。

 

「嘘……。挨拶もなしに、いなくなるなんて……」

 

 私は誰もいない廊下をキョロキョロと見渡す。

 静寂。

 ただ、窓の外で夜明けを告げる鳥の声が、遠くで小さく聞こえるだけ。

 

 私は、傷の治りかけた指先をそっと唇に当てた。

 微かに残る熱。それだけが、あの二人が確かにここにいた証明。

 

「……夕雲、さん。……雷鼓さん」

 

 私はスマートフォンのカメラを立ち上げ、誰もいない廊下を一枚だけ撮影した。

 そこには何のオーブも、心霊現象も写っていない。ただの夜の静かな学校。

 

 けれど、私の胸のうちは、今まで読んできたどんな怪談本よりも熱く、そして少しだけ寂しい「非日常」で満たされていた。

 

「……次こそはほんと(真実)を名乗りたいなぁ」

 

 私は独り言を呟き、夜明け前の校舎を、一歩ずつ踏みしめるようにして出口へと歩き出した。

 『秘封倶楽部』の会長として。そして、いつか本当に彼女たちと肩を並べられる「本物」になるために。




ヨジババと白い壁は都市伝説異変で夕雲に使わせる案として考えていたものです。
前回言い忘れてましたが、ヨジババに関する絵巻に関しては『水渡神社 ヨジババ』と調べると実際の絵馬が出てくるので、興味があれば是非。
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