ヨジババの異界が瓦解するのと同時に、私たちは幻想郷へと戻りました。
年長者としては、あの宇佐見菫子という少女が無事に家まで帰り着けるかを確認すべきだったのかもしれません。ですが、それ以上に「これ以上ここにいては、取り返しのつかない面倒事に巻き込まれる」という勘が働き、半ば逃げ帰るように幻想郷に舞い戻りました。私の勘は外れませんから。
(それにしても大きくなったものですね)
会った瞬間には気づきませんでしたが、あの真っ直ぐで少しばかり危うい眼差し。彼女はおそらく、十年以上も前に幻想郷へ「神隠し」に遭った、あの時の少女でしょう。
ほんの短い間でしたが、神社でお世話をしたのを憶えています。「家に帰りたくない!」と我儘を言っては、私の袴を泥だらけにし、随分と手を焼かせてくれた困ったお嬢さん。ですが二日、三日も経つと、寂しさに耐えかねたのか「お母さんに会いたい」とぐずり始めましてね。結局、紫に頼んで記憶の
(縁…が出来ていたんでしょうか?)
おそらく、私が東深見高校に喚ばれた要因はおそらく二つ。
一つはヨジババ。これは確実です。
ヨジババは『
『噂をすれば影が差す』。
今回の事例とは少し違いますが、だいたいこの言葉の通り。この諺は、単なる迷信ではなく一種の「言霊」。先日の青行燈の件でも触れましたが、『昏夜に鬼を談ずれば怪いたる』、偽物の噂話が積み重なった結果、「
そして二つ目が、他でもない宇佐見さん。
彼女と私がかつて結んでしまった「縁」が、私を東深見高校に喚んだ可能性があります。ですが、正直なところ、こちらは私の推測に過ぎません。偶然が重なっただけだと言われれば、それまででしょう。
しかし、私という存在が、何十年ぶりかに「外の世界」へと足を踏み出す。そのあまりにも限定的なタイミングで、偶然にもヨジババという特異な怪異が存在し、なおかつ、そこに十数年前に一度だけ縁を結んだ少女が居合わせるなど――。
偶然として片付けるには、あまりにもナンセンスというものです。二つの条件が重なって、たまたま私を喚べた…とかでしょうか?
「とは言え…本当に分かりませんね。こんだけ頭を回してわからないとなると、情報が足りないんでしょうか」
「ん?なんか言ったかい?夕雲さん」
雷鼓さんが、手持ち無沙汰そうにドラムスティックを指先で器用に弄びながら、にやにやとした表情でこちらを覗き込んできました。
彼女にとっても、外の世界から調達したドラムセットは新しい器として、相当に肌に馴染んでいるようです。万々歳、といったところでしょうね。
「いえ、なにも。大したことじゃありませんよ」
私ははぐらかすように言葉を返し、静かに周囲を見渡しました。
裏手から見える神社は、木々の葉が風に揺れる音さえ聞こえるほどに穏やかで、異変が起きていたとは到底思えないほど、静謐な空気に満ちています。
(いや……多分、既に異変は解決したのでしょうね。この穏やかさが、その証拠です)
ふと、神社の中にある小さな「気配」を感じました。
その気配は、かつて私の古い友人の放つ色彩と、驚くほどよく似ています。
友人と比べれば、小さく、吹けば飛ぶような微かな気配ですが…
(……もしかして小人族?)
彼らは、常世神――あるいは黄泉神の一柱である
紫の話では、私が黄泉の国から幻想郷へ入り込んだ時期と入れ違いになるようにして、一族ごと神隠しのように失踪したと聞いていました。
私という存在が黄泉の国から現世に持ち込まれた影響で、彼らがいなくなってしまったのではないか……と、内心では少々、考えすぎていた部分もあったのですが。どうやら、彼らは彼らなりに、この世界のどこかで静かにその系譜を繋いでいたようです。よかった。本当に良かった。
「……夕雲さん?」
「……ええ、ええ。少し、懐かしい気配がしまして」
私は服の埃を掃い、着崩れていた服装を整えます。
(……挨拶の言葉までは必要ないでしょう。ですが)
「せっかくですし……ちょっとばかり彼らが元気にしているかどうか、顔を覗き見るぐらい……バチは当たりませんよね?」
私は誰に言うでもなくそう呟くと、朝日の差し込む神社へと、静かに歩みを進めました。
ひっそりと静まり返った博麗神社の居間。
ちゃぶ台の上に置かれた一際小さな「籠」を見つけました。それは、人間の子供が虫を捕まえるために使うような、網目の細かい虫籠。……ああ、懐かしい。私がまだ「母」や「師」としてこの場所にいた頃、幼い霊夢のために竹を削って作ったものです。
「……ほう」
そっと覗き込んでみれば、そこには虫ではなく、お伽話から抜け出してきたような、小さな小さな少女が眠っていました。彼女が少名毘古那神の末裔である小人族ですか。…なんだか、感慨深いものがありますね。それに実に少名毘古那神に似ている。生き写し…とまではいきませんが、ちょっとした双子レベルでよく似ています。
私が観察していると、少女は私の気配を感じたのか、薄っすら目を開けました。
そして、私の顔……というか、視界を覆い尽くす巨大なアフロヘアーを見るなり、その淡麗な顔を恐怖に引き攣らせました。
「な、な……鬼の化け物だぁぁぁーっ!?」
短い悲鳴を上げると、彼女はそのまま白目を剥いて、カクンと後ろに倒れてしまいました。どうやら、あまりの衝撃に気絶してしまったようです。
「……アフロだから、鬼ってことです?」
外の世界では、なにやらアフロやパンチパーマで鬼の髪型を表現することが多いです…まさかそのせいで、私を鬼と見間違えた?苦笑しながらこの場を離れようとしたその時でした。
「……う……。なに、騒がしい……魔理沙ぁ……静かにしなさいよ……」
すぐ側で丸まって寝ていた霊夢が、小人族の悲鳴に反応して身悶えを始めました。
布団を蹴飛ばし、寝ぼけ眼でこちらを向きかける霊夢。つい抱きしめたくなりますが、私の姿を見られたら、問い詰められること間違いなし。
私は気絶してしまった小人の少女に「お騒がせしましたね」と心の中で詫び、静かに居間を後にします。私が縁側を渡り、神社の境内の木々に紛れるまで、霊夢が目を開けることはありませんでした。
そうして、神社の参道の階段を下り、私はドラムスティックを器用に弄んでいる雷鼓さんに向き直りました。そして姿勢を正し、少しだけ真剣な口調で彼女に告げました。
「さて、雷鼓さん。異変も無事に解決しましたし、私は一足先に羅万館へ戻らせていただきます。……ですが、その前に三つほど、簡単な約束をしていただきたいことがあります」
「約束?…あぁ、いいよ。今回は恩があるからね。そのぐらい聞いてあげようじゃないか」
「一つ目。私が今回、貴女に協力したことは、誰にも話さないでください。私は秘密の存在ですから、バレたらいろいろ面倒なんですよ。」
本当ならば、紫に記憶の空隙を作って貰ったり、慧音さんの力を借りたいところですが、雷鼓さんの成り立ちには私が深くかかわっています。そうなると、封印を強めるために儀式レベルの処置を取らなければならなくなり…一言で言えば面倒なのです。賢者をやるのも楽じゃありません。
「……隠居生活ってやつかい?分かったよ、口は堅い方だ」
「ありがとうございます。では、続けて二つ目。その新しいドラムについてです。無縁塚で見つけたとか、自身の魔力で組み上げたとか、適当なカバーストーリーを用意しておいてください」
「…そうだね。自力で外の世界に行ったことにするよ。なるべく嘘は少ない方がバレないだろう?」
雷鼓さんは豪快に笑うと、少し言いにくそうに、けれど期待を込めた表情で私に尋ねてきました。
「……けどさ、夕雲さん。もし、私の他に、自分の器…特に今回の鬼の魔力のことで悩んでる付喪神の仲間がいたら、助けてやりたいんだ。どうすればいい?」
私は少しだけ考え、そして小さく頷きました。
「そうですね…ほかの道具に乗り移るだけでもどうにかなりそうですが、無縁塚や香霖堂で自分たちに合う道具を探してみてください。それでもだめとなれば、
「……徹底してるねぇ。分かったよ、夕雲さんの名前は出さない。全部私が思いついたってことにしとくさ」
「助かります。……雷鼓さん、本日は助かりました。また会いましょう」
私は優雅に羽織の袖を払い、彼女に背を向けました。
朝日が幻想郷の山々を照らし始め、夜の怪異たちが霧散していく心地よい空気の中、私は軽やかな足取りで「羅万館」への帰路につきました。
さて、店に戻ったら、お茶でも飲みたいですね。今日は少し疲れました。あっ、そうそう。いい加減アフロを直さねば。リザレクション…と。
ちなみに董子が幼いころに幻想郷に神隠しにあった話は東方文果真報をチェックだ!
電子書籍だとまじで読みづらいので、紙媒体で手に入れる事をお勧めする…マジだよ(2敗)
今回ずっとアフロだったのにも一応理由があります。董子にバレないようにするため、雷鼓さんを恥ずかしがらせるため。それと、リザレクションを使わせないため。最後は作者的な都合ですけどね。
回収されるかもわからないので、活動報告で裏設定を書いておきます。気になったらどうぞ。