東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

138 / 142
なるはやで終わらせたい。
時系列は少し進んで、第129季の春です。


一日目。不可能弾幕には反則を。

 ふ〜ん、ふふふん♪ フンフン♪フフン♪フンフフフフ~ン♪

 


 

「くそう、舐めやがって! 雑魚のくせに!」

 

 私は吐き捨てるように叫び、目の前を埋め尽くす弾幕の隙間へと身体を滑り込ませた。

 視界の端々で、色とりどりの光が爆ぜる。どこを向いても敵。右を見れば鼻持ちならない正義漢、左を見れば手柄を狙う下等な妖怪。

 

 小槌の魔力を使った幻想郷の転覆――「下克上」は、あと一歩のところで失敗に終わった。あの輝針城(異変)が墜ちてから、私こと鬼人正邪の立場は「反逆者」という最高に名誉で、最高に最悪なものへと変化した。

 

「ま、こんな弾幕、ちょちょいと躱してまた潜伏するか」

 

 私は不敵に笑う。

 嫌われれば嫌われるほど、身体の奥から力が湧いてくる。全妖怪に指名手配され、四面楚歌の状態。これこそ天邪鬼にとっての最高の舞台ではないか。

 

 だが、その余裕を嘲笑うかのように、空気を震わせる不協和音が響き渡った。

 

「あはは。天邪鬼(反逆者)を捕まえたら褒美が出るってさ!」

 

 琴の弦を弾くような鋭い音と共に現れたのは、九十九八橋。

 小槌の魔力で命を得た付喪神。かつては共に「強者をひっくり返す」夢を見たはずの道具風情が、今や牙を剥いて私を追っている。

 

「……舐めるなよ。お前ら道具如きに捕まる筈が無いだろうが」

「ふっふっふ、反逆者にはどんな手を使っても良いんだってさ。いっちょやってみるわー! 避けてみな、不可能弾幕(インポッシブルスペルカード)!」

 

 次の瞬間、私の常識は文字通り「ひっくり返された」。

 

「――なんだこりゃ!」

 

 スペルカードルールは本来なら軟弱な共存のための茶番だ。

 

 弾幕は美しく、そして何より「避けられること」が前提とされている。格上の妖怪が力を誇示しつつも、人間や弱者が知恵と技術でそれを掻い潜る余地を残す――。そうすることで、殺し合いを娯楽に昇華させるための協定。

 

 だが、目の前のこれはどうだ?

 

 隙間がない。

 回避不能。

 物理的な衝突判定が画面を埋め尽くし、逃げ場という概念そのものが塗り潰されていく。

 

 まさに不可能弾幕。

 

 …なるほど、私一人を組み伏せるために、あいつらはその高潔な看板を自ら粉々に砕いたわけだ。綺麗事を並べる奴らほど、自分たちの都合が悪くなれば真っ先に身勝手な新ルールを捏造しやがる。

 

(……最高だ。これこそが私の望んだ景色じゃないか!)

 

 逃げ場のない死の境界線で、私の心臓は歓喜に打ち震えていた。

 秩序を、正義を、規律を説く強者どもが、私のせいで自らルールを破る。これこそ、私が求めていた混沌。

 

「そっちが反則でくるなら、こっちにも策があるぞ」

 

 私は懐へと手を突っ込む。

 中にあるのは、鬼の魔力に侵された道具たち。

 小槌の魔力が尽きかけていようが関係ない。このガラクタたちの執念を束ねれば、どんな絶望的な「不可能」だって、ひっくり返してやれるさ。

 

 そうして取り出したのは薄汚れて色褪せた、けれど確かな魔力を放つ『ひらり布』。貴重な私の自前のアイテム。

 

「避ける隙間がないなら、当たらない場所に『隠れれば』いいだけの話だろ?」

 

 私は無造作に、その布を頭から被った。

 次の瞬間、八橋が放った回避不能の音の壁が、私のいた空間を無慈悲に飲み込んだ。

 

 だが。

 

「……はっ、間抜けな顔」

 

 弾幕過ぎ去った後、私は無傷でそこに立っていた。

 ひらり布の加護。この布を被っている間だけ、どういうわけか、私は弾幕に当たらない。弾幕がどれほど視界(画面)を埋め尽くそうが、当たるべき対象が存在しないのなら、それはただの綺麗な光のショーに過ぎない。

 

「な、なによそれ! 今、確実に当たったはずでしょ!?」

 

 八橋が目を見開き、愕然とした声を上げる。

 驚きに震える彼女の指先を見て、私はニヤリと口角を吊り上げた。

 

「残念だったな。お前たちがルールを捨てて仕掛けてくるなら、私もルールを無視して反則してやる!」

 

 ひらり布をひらつかせながら、私は弾幕の海を悠々と泳ぐ。

 八橋が必死に構築した不可能弾幕を、たった一枚の布切れで無効化してやる快感。腹の底から笑いがこみ上げてくる。

 

 八橋が、さらに激しく、さらに支離滅裂な音の礫を放ってくる。だが、いくら重ねても無駄だ。

 

「さあ、次はどんな『あり得ない弾幕』を見せてくれるんだ? 私をもっと、楽しませてくれよ!」

 

 私は布の影から、驚愕に染まる彼女の顔を嘲笑った。

 


 

 八橋の耳障りな弾幕を『ひらり布』一枚でいなした後、私は追っ手の包囲網を抜けて北へと飛んだ。潜伏場所を探して辿り着いたのは、冷たい湿気と視界を遮る白濁の帳――「霧の湖」。

 

 ここなら身を隠すにはちょうどいい。追っ手がこの広大な湖を端から探すのには、それなりの時間がかかるはずだ。だが、霧の切れ間から、私の行く手を阻むようにひらひらとした影が浮上してきた。

 

「……ちっ、またお出ましか」

 

 現れたのは、場違いな尾鰭を揺らす人魚の妖怪だった。

 

「で、お次はあんたってわけ。雑魚」

 

 私は空中で腕を組み、目の前の獲物を値踏みするように見下ろした。

 

「雑魚だなんて失礼しちゃうわね。私には、ちゃんとわかさぎ姫っていう名前があります!」

 

 人魚の少女は、湖面から跳ねるようにして空中に留まり、精一杯の抗議を口にした。その瞳には、どうやら私を捕らえて「褒美」を貰おうという欲ではなく、純粋な、そして無謀な正義感のようなものが宿っているらしい。

 

「ふん、名前? そんなもの、負け犬が墓石に刻むためだけの記号だろ」

 

 私は鼻で笑い、彼女の不安定な浮遊を見据えた。

 

「水中ならともかく、ここは空中だぞ?飛ぶ事も出来ない魚が、重力に逆らって何をするつもりだ。まさか、あんたはトビウオか何かに進化でもしたつもりか?」

 

 皮肉たっぷりに告げると、わかさぎ姫は悔しそうに口を引き結び、その周囲に無数の水弾を浮かせ始めた。

 

「進化したわけじゃないけれど……この湖を荒らす反逆者を見逃すわけにはいかない。大人しく投降して!」

 

「ははっ! 『いい子ちゃん』らしい言葉だ、反吐が出る!望み通り、その鱗ごとひっくり返してやるよ!」

 

 私が懐から『ひらり布』を取り出した瞬間、わかさぎ姫の周囲に浮かんでいた水弾が、一斉に鼓動を始めた。

 

「水符『ルナティックレッドスラップ』!」

 

 彼女が尾鰭を空中で激しく振り抜くと、水弾は巨大な、横方向へと広がる扇状の波へと姿を変えた。それはまるで、湖を支配する巨大な魚の尾が空を薙ぎ払うかのようだった。空中という、彼女にとって圧倒的に不利な場所であるはずなのに、その弾幕は暴力的なまでの水の質量を感じさせる、回避不能な壁となって迫ってくる。

 

 私は焦る素振りも見せず、薄汚れた『ひらり布』を無造作に頭から被った。

 次の瞬間、空気を切り裂く水の音に飲み込まれた。本来なら、私の身体は幾千もの水の礫に穿たれ、霧散していたはずだ。

 

「……水中なら少しはマシだったろうに、陸に上がった魚のあがきなんて、この程度か?」

 

 光が晴れた後、私は無傷でそこに立っていた。

 彼女がどれほど必死に、空中に不条理な水の壁を作り上げようとも、当たるべき対象が存在しないのなら意味がない。

 

「な、なによそれ! 今、確実に当たったはずでしょ!?」

 

(どいつもこいつも似たような事ばかり言うな)

 

「おやおや、そんなもんか?」

 

 私は布をひらつかせながら、彼女の不安定な浮遊を嘲笑った。

 だが、わかさぎ姫はまだ諦めていなかった。彼女はさらに深く口を引き結び、湖面から膨大な霧を吸い上げ始めた。

 

「……まだ、終わらせない! 潮符『湖のタイダルウェイブ』!」

 

 今度は、前のスペルとは比較にならないほどの規模だった。霧の湖の水すべてを空中に持ち上げたかのような、巨大な水のうねりが、波濤となって襲い掛かってくる。右を見ても、左を見ても、上を見ても、迫りくるのは圧倒的な量の水の壁。逃げ場という概念そのものが塗り潰されていく。

 

(……いいねぇ、その殺意! 最高に気分がいいよ!)

 

 だが、無駄だ。私は再び『ひらり布』をバサリと被る。

 布の下で、私は笑っていた。轟音と共に迫る巨大な波は、私の身体を避けるように、あるいは通り抜けるように、彼方へと過ぎ去っていく。

 波が去った後、私は再び布から顔を出す。

 

「次は?」

 

 挑発的な言葉に、わかさぎ姫は最後の力を振り絞るように、尾鰭を激しく動かした。

 

「……これなら! 魚符『スクールオブフィッシュ』!」

 

 彼女の身体から、無数の小さな弾幕が湧き出し、上空へと昇っていく。そして、それらはまるで意志を持った魚の群れのように、一斉に真下へと降り注いできた。

 それは、今までの「壁」のような弾幕とは違った。上から降る弾、私を正確に狙って飛んでくる弾が二連続。そして、それらが私の周囲で色を変え、不規則に、広範囲に飛び散る。

 

(……ちっ、面倒な動きだねぇ)

 

 これは、『ひらり布』で凌ぐのは難しい。布を被り直す一瞬の隙、あるいは布の影から判定が漏れた瞬間を狙われる危険性がある。魚の群れのように執拗で、四方八方から迫るこの弾幕ではひらり布で回避は難しい。

 

(なら、これだな)

 

 私は『ひらり布』を懐にしまい、代わりに別のアイテムを取り出した。

 それは、以前天狗のところからくすねてきた、『天狗のトイカメラ』だ。

 

「良い手じゃないか。だが、残念。魚拓にしてやんよ!」

 

 私はカメラを構え、魚の群れ(弾幕)が最も密集した瞬間を狙って、シャッターを切った。

 

 カシャッ!

 

 強烈なフラッシュの光が、霧の湖の上空を真っ白に染め上げた。

 その光は、爆発でも、弾幕でもない。ただの、光だった。

 だが、その光が晴れた後。

 

「……え?」

 

 そこにあったはずの、視界を埋め尽くしていたはずの魚の群れは、跡形もなく消え失せていた。

 まるで、最初からそこに何も存在していなかったかのように。

 

「な、何が起きたの……? 私の弾幕が……」

 

 わかさぎ姫が、呆然とした声を漏らす。

 彼女には理解できないだろう。このカメラは、単に風景を撮るための道具ではない。写したものを、「写ったもの」としてその空間から切り取り、消滅させる――そういう力を持った道具なのだ。

 

「……あ、あ……」

 

 わかさぎ姫は、まだ自分の放った弾幕が消えた事実を受け入れられずにいるらしい。口をパクパクとさせて空を仰ぐ姿は、それこそ陸に打ち上げられた本物の魚にしか見えなかった。

 

「悪いが、もうあんたに構ってる暇はないんだ。――おっと」

 

 その時、霧の向こう側から不快なほど陽気で、やかましい声が響いてきた。

 

「あたいが捕まえるわ!なんだって、あたいは幻想郷で一番、最強なんだから!」

 

 あの脳天気な叫び声……間違いない、この湖に棲みついている氷精だ。

 あいつが来たということは、その後ろから手柄を狙った別の追っ手も芋蔓式に寄ってくるに違いない。霧の湖なら身を隠せると思ったが、どうやらここは潜伏には向いていない。

 

「潜伏場所にしちゃあ、賑やかすぎる……あばよ、お姫様。次に会う時は」

 

 私は呆然としているわかさぎ姫を横目に、大きく身体を翻した。

 

 さて、次はどこへ隠れようか。




半分ぐらい正邪はイメージで書いてる。最初のふんふん〜♪は誰かの鼻歌です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。