東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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前回、あえて雷鼓と言わず付喪神と言う表現に留めてたつもりだったのですが…めちゃくちゃ雷鼓って使ってる。名前を知らない想定だったのに。
しかもスティックやらドラムやらも。参ったね。


五日目 反則アイテムの使い方②

 真っ白だ。

 白熱する雷光が網膜を焼き、思考が真っ白なノイズに塗り潰される。

 

「……あ……」

 

 声にならない、断末魔の残滓。

 付喪神の冷徹な、けれどどこか寂しげな勝利の確信が伝わってくる。

 そうして、私は満身創痍(GAMEOVER)となるはずだった。

 

 だが。

 

ドクンッ!!

 

 懐の奥、肌に触れている何かが、心臓を直接握り潰すような激しい鼓動を刻んだ。

 

 刹那、世界が奇妙な「音」を立てる。

 それはレコードの針が強引に引きずられ、時間を逆走するような不快な摩擦音。

 

 視界を埋めていた雷撃の残光が、嘘のように私の身体から吸い出され、太鼓の中へと「逆流」していく。

 焼き切れたはずの神経が、瞬時に鮮烈な色を取り戻す。

 沸騰していた血液が冷え、霧散しかけていた魂が、強大な引力に引き寄せられるように肉体へと強引に押し込められた。

 

「……え?」

 

 気づけば。

 私は、何事もなかったかのように空中に浮いていた。

 痛みも、痺れも、焦げ跡ひとつない。

 指先を動かしてみるが、数秒前まで死を覚悟していたのが嘘のように軽やかだ。

 

(なんだ今のは……)

 

 困惑が思考を支配する。

 アイテムを使ったわけじゃない。提灯の火は確かに消えていた。付喪神の『不可能弾幕』は、間違いなく私のど真ん中を貫通したはずだ。

 

 なのに、この身体はどうだ。

 汗の一滴さえも、雷撃を受ける前の状態へと「巻き戻されて」いる。

 

「…なにをしたの、天邪鬼」

 

「さぁな。どうやら神様は私にまだ負けて欲しくないようだ」

 

 理由はわからない。とは言え、好都合なのは確か。私は不敵な笑みを意識的に浮かべ、目の前の付喪神を挑発する。

 

「……神様、ね。天邪鬼のあんたの口からそんな殊勝な言葉が出るなんて、明日は槍でも降るのかしら」

 

 付喪神は忌々しげに吐き捨てたが、その視線は鋭く私の懐を射抜こうとしている。無理もない、完璧なタイミングで放たれた雷撃を「無傷でなかったことにした」のだ。魔法でも奇跡でも説明がつかない、因果そのものをねじ曲げるような異質な復元。

 

「何をしたか、なんて野暮なことはこれ以上聞かないでくれよ。……それより、自慢の『不可能弾幕』が不発に終わった気分はどうだい? 道具が泣いてるぜ、付喪神!」

 

 私は、内側の震えを悟られないよう、さらに傲慢に言い放った。

 実際、今の私は無敵の全能感に満ちていた。死さえも私を捕らえられない。ならば、この幻想郷に私の野望を阻めるものなど存在しないのではないか?

 

 実際、今の私は死を乗り越えた万能感に浸っていたが、すぐにそれを思考の隅に追いやる。私は強者なんかじゃない、ただのひねくれた「弱者」だ。自力では何もできない小物だからこそ、絡め手とインチキでこの幻想郷を「ひっくり返す」と決めたんだ。

 

(慢心はダメだ。私は強者なんかじゃない。弱者だ。余裕という名の慢心をした時がきっと私の最後)

 

「……雷符『怒りのデンデン太鼓』」

 

 付喪神が再びあの巨大な太鼓を呼び出す。

 無数の太鼓が彼女を取り囲むように浮遊し、まるで強固な城壁のように私との間を遮断した。

 ただでさえ視界を遮られて邪魔なうえに、不用意に近づけばまたあの雷撃の餌食になる。

 

(チッ、正攻法だね。油断もくそもありゃしない。…だけど)

 

 私の姿が見えてないのはそっちも同じだろう?

 

 私は付喪神と同じように、浮かんでいる巨大な太鼓を盾にするようにその陰へと滑り込んだ。

 視界は最悪だが、これで少なくとも直線的な狙撃は防げる。ここから奴の隙を窺って、一気に懐へ——

 

「……無駄だよ。私の前でかくれんぼは意味ない」

 

ドォォォォンッ!!

 

「なっ、ぐあぁぁッ!?」

 

 太鼓を突き抜け、真っ直ぐに私の鳩尾を雷撃が貫いた。

 姿は見えていないはずなのに。だが、付喪神には私の位置が手に取るように分かっていたらしい。

 

 衝撃で壁に叩きつけられた私の頭上から、さらに苛烈な追撃が降り注ぐ。

 

「そこ! 逃がさないよ!」

 

 太鼓の裏側に回り込もうとする私の動きを先読みするように、連動した太鼓から一斉に雷撃が放たれる。

 

「が、はっ……あ、あああああッ!!」

 

 躱しきれない。

 右に避ければ左から、上に跳べば真上から。逃げ道をすべて埋め尽くされ、私の身体は何度も何度も激しい熱と衝撃に焼かれた。

 皮膚が焦げ、視界が血で滲む。

 

(くそ……また、これか……)

 

 膝をつき、意識が遠のく。

 内臓がボロボロだ。さっきまでの再生があったにせよ、流石にこのダメージは——

 

 そうして、私はまたもや満身創痍(GAMEOVER)となるはずだった。

 

 だが。

 

 ——ドクンッ!!

 

 まただ。

 

 ――キィィィィィィィィィィン!!

 

 耳障りな、時間の歯車が逆回転するような異音が脳内に響き渡る。

 

 視界が不自然に歪み、私の傷口から吹き出していた鮮血が、蛇のように逆流して身体の中へと戻っていく。

 焼けた服が編み直され、砕けた肋骨がパズルのように噛み合う。

 

「……あ」

 

 瞬き一つ。

 気づけば、私は五体満足で、被弾する直前の位置に立っていた。

 痛みも、疲労も、熱さえも、初めから存在しなかったかのように消え失せている。

 

(……なんだよ、これ。冗談じゃねぇぞ)

 

 助かったことへの安堵よりも、理解不能な「回帰」への不気味さが勝る。

 

「……本当にどういう原理よ。どんな代償を払えば、そんな芸当ができるの…いや、待って」

 

「待つわけないだろ!」

 

 付喪神が一瞬考え込んだその隙に、私は『スキマの折り畳み傘』を力任せに開いた。

 

 視界が一瞬で反転し、私は空間の裂け目へと身を投げ出した。

 さっさと巨大な太鼓の陰に隠れていればいいものを、あまりにも不可解な私の「回復」を前に考え込む、そんな一瞬の隙を突く。

 

 強者ほど、理解不能な事態を「分析」しようとして足を止める。

 だが、弱者である私にそんな余裕はない。ただ我武者羅に生き延びることを是とする。

 

「……消えた!? いや…背後ね!」

 

 やはり、付喪神は何かしらの方法で私を索敵している。さっきの発言……「道具が泣いている」とやら。もしやアイツは、私の懐にある反則アイテムの「鬼の魔力」を敏感に感じ取っている?

 

 だったら、そいつを逆手に取ってやる。

 私は懐から『呪いのデコイ人形』を掴み出した。

 

 (使いどころは難しいと思っていたが、丁度いい!)

 

 私は人形を後ろから付喪神の視界のギリギリ入るところに投げ捨てる。

 

「なによこれ!目が離せない!」

 

 ビンゴだ。

 付喪神の意識が、磁石に吸い寄せられる鉄屑のように、強引に人形へと固定される。

 

「それじゃあ、そのうちに!」

 

 本当はこんな奴に手札をこんなに見せるつもりはなかったが、仕方ない。

 

 私は懐から、誰にも見せてなかった切り札を取り出した。

 廃洋館に転がっていた、柔らかい素材で作られた『打ち出の小槌(レプリカ)』だ。

 

 本物のような万能な願いを叶える力はないが、純粋な破壊力だけは桁外れ。素材の割には重くて振りが遅いうえに、リーチも短い欠陥品だが、目の前にある「動かない的(太鼓)」を粉砕するにはこれ以上の道具はない。

 

「……動かない的なんて、壊してくれって言ってるようなもんだろ!」

 

 私は太鼓の裏側から一気に躍り出た。

 付喪神が驚愕に目を見開き、こちらにバチを向けようとする。だが、それよりも早く、私は全身の重みを乗せて、その「柔らかい」はずの小槌を振り下ろした。

 

 空気を力任せに押し潰すような、鈍い衝撃音が響き渡る。

 レプリカが太鼓の皮に触れた瞬間、封じられていた魔力が爆発的な質量となって解放された。

 

「なっ……嘘でしょう!?」

 

 付喪神の叫びが、破壊音にかき消される。

 彼女が経てとして使っていた巨大な太鼓が、たった一撃で、文字通り粉々に粉砕された。頑丈な木枠も、魔力で強化された皮も、レプリカの圧倒的な力の前には紙切れ同然だった。

 

「ははっ! 良い音だったぜ、付喪神! 道具ってのはこうやって壊れる瞬間が一番輝くんだよ!」

 

 盾を失い、完全に無防備になった付喪神がようやくこちらを向く。

 だが、もう遅い。

 私は破壊の反動で痺れる腕を強引に振り回し、既に再度小槌を打っていた。今度は付喪神に向けて。

 

「おらぁ!」

 

「あ、がぁッ……!!」

 

 手応えは十分。

 小槌の爆発的な質量が付喪神の肩口を砕き、彼女を地上へと叩きつける。

 あれだけ高らかに鳴り響いていた和太鼓の音色が、不快な打撃音と共に霧散していった。

 

 私は、地上で力なく伏せる付喪神を見下ろす。

 彼女の誇りも、リズムも、私が持ち込んだ反則で完膚なきまでに塗り潰してやった。これぞ下克上、弱者が強者の喉元を食い破る瞬間だ。

 

 だが……。

 

「……気に喰わねぇな」

 

 勝利の余韻に浸るどころか、奥歯を噛み締めた私の口の中には、ひどく苦い後味だけが残っていた。

 倒れている付喪神に近づく。本来なら、ここで転がっているのは私の方だ。あの雷撃を浴びた瞬間、私の意識は確かに絶たれ、捕えられていたはずだった。

 

 それがどうだ。偶然か、それとも理解不能な「何か」の気まぐれか。

 私の意思とは無関係に、時間は強引に巻き戻され、死という絶対的な結果さえ「なかったこと」に書き換えられた。

 

(……反則ってのは、自分の腕でやるから意味があるんだよ)

 

 私は弱者だ。強大な力を持つ連中に立ち向かうために、道具を使い、裏をかき、卑怯な手段を積み重ねてきた。それは私の意志であり、私の「誇り」でもあった。

 だが、さっきの復活はどうだ。

 自分の懐にある道具の性能でもなければ、私の機転でもない。ただの「幸運」や「天の助け」で拾った命なんて、天邪鬼にとっては何よりの屈辱だ。

 

「神様だか何だか知らねぇが……私に施しをして、いい気分にでもなってるのか?」

 

 震える手で、真っ新に戻った自分の身体を撫でる。

 痛みがない。焦げ跡ひとつない。

 それが、まるで誰かに「お前はまだ死ぬことさえ許さない」と管理されているようで、吐き気がした。

 

 私が望むのは自由だ。世界の理をひっくり返し、強者を弱者の足元に跪かせること。

 なのに、その命が「理外の力」によって守られているなんて、これじゃあ私はただの操り人形(マリオネット)じゃあないか。

 

(慢心はダメだ。私は弱者だ。余裕という名の慢心をした時が、きっと私の最期……)

 

 先ほど自分で刻んだその言葉を、反芻するように心に叩きつける。

 命を拾った幸運に酔いしれる連中と同じになり下がってどうする。この不条理な「生」でさえ、私は利用して、最後にはこの救いの手ごとひっくり返してやる。

 

「……ケッ。せいぜい今のうちに貸しを作っておきな。全部まとめて、最悪な形で返してやるからよ」

 

 私は付喪神が呼吸しているのを確認すると、一気に高度を上げた。

 

 まだ私の逃亡劇は始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 


 

「あれ、ここって……どこでしょうか。知らない部屋ですね…神社に戻らないと。いや、その前に日記を」

 

「………」

 

「…ん?日記って何のことでしたっけ?」




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