東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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すいません、遅くなりました。

今回のお供は「東方原曲 靈異伝 タイトル画面テーマ A Sacred Lot」です。
いつか旧作触ってみたいよね。


七日目 異変解決者どもの倒し方

 妖怪の山での天狗たちの強襲を何とか凌ぎ、たどり着いた七日目。

 

 目の前に立ち塞がったのは、これまでの追っ手とは一味違う連中だった。

 

「……見つけたわ、天邪鬼」

「お前の悪巧みもここまでだぜ!」

 

 冷徹な銀の眼差しを向ける悪魔の従者、十六夜咲夜。

 そして箒に跨り不敵に笑う白黒の魔法使い、霧雨魔理沙。

 

 数々の異変解決に貢献してきた人間たち。

 

(……ついに異変解決者たちまで出張って来たか)

 

 震える膝を叩き、私は無理やり不敵な笑みを作った。

 

「こいよ、人間ども。ひっくり返してやる」

 

「へへ、準備はいいみたいだな。じゃあ、早速――出し惜しみなしで行くぜ!恋符『ワイドマスター』!」

 

 魔法使いの宣言と同時に、彼女の手にあるミニ八卦炉が爆発的な輝きを放った。

 放たれたのは、魔女の十八番である『マスタースパーク』をさらに横へと押し広げたような、文字通りの「光の壁」だ。回避スペースを潰し、空そのものを塗り潰すような圧倒的な熱量が、唸りを上げて私に迫る。

 

(チッ、挨拶代わりにしては派手すぎるだろ……!)

 

 網膜が焼き切れそうな光の奔流を前に、私は咄嗟に高度を上げて上空へ逃れようとした。だが、その動きを見越していたかのように、視界の端で銀色の閃光が交差する。

 

「逃がさないわ。その光の中に消えなさい」

 

「なっ!」

 

 咄嗟に翻そうとした身体が、空間に固定されたかのように凍りつく。

 視界の端で、銀色の輝きが鋭い軌跡を描いていた。逃げ道を潰すように、まるであらかじめそこに置いてあったかのように突き刺さる無数のナイフ。回避のために開けていたはずの僅かな隙間は、冷徹なメイドの手によって完璧に封鎖されていた。

 

(しまっ――)

 

 思考が完結するより早く、世界が「白」に染まる。。

 

 鼓膜を破らんばかりの轟音が脳を揺さぶり、凄まじい熱量が全身の皮膚を灼く。

 あまりの熱量に気圧され、呼吸さえ奪われた。重力も、上下左右の感覚も、すべてが押し潰され、消し飛ばされる。抗う術など、何一つとして残されてはいなかった。

 

 視界が、意識が、白い光の渦の中で急速に融けていく。

 肉体が崩壊していくような強烈な浮遊感のあと、世界は唐突に、深い闇へと叩き落とされた。

 

 ――視界が暗転する。

 それは、この七日目、一回目のGAMEOVER(満身創痍)の瞬間だった。

 


 

「…へぇ、手応えはあったんだがな。これが反則アイテムってやつか」

 

 魔法使いは、熱波の去った空で少し意外そうに私を見下ろしていた。全身に火傷を負いながらも、かろうじて墜落を免れた私を。

 

「面白いじゃない。次は私の番。時符『タイムストッパー咲夜』

 

 メイドの冷徹な声が夜の静寂を切り裂いた。

 

 私の鼓動が、一瞬、完全に停止したような感覚に陥った。

 ――いや、止まったのは私の心臓ではない。

 この空間の「時間」そのものだ。

 

 それは、私の思考だけが置き去りにされる、究極の静寂。

 

 魔法使いの箒からこぼれかけた火花も、彼女の口元に残る嘲笑も、夜風に揺れていた木の葉も、すべてがその場で凍りついたかのように、ピタリと動きを止めた。

 

 それはまるで世界そのものが、一枚の精巧な絵画と化したような奇妙で不気味な光景。

 

 私は、自分の手足さえ動かすことができない。呼吸をすることも、瞬きをすることさえ叶わない。ただ意識だけが、その残酷な静止画の中で、ただ一人恐怖に怯え続けている。

 

 そして、その「静寂」の中で、唯一動き、色彩を持つ存在。

 

 十六夜咲夜。

 

 彼女は、私の視界の中で、まるでスローモーションのようにゆっくりと、しかし確実な足取りで、空を「歩いて」きた。

 その手に握られた無数の冷たく光る銀色のナイフ。

 

「……あなたの時間は、私が預かったわ」

 

 声は、聞こえない。

 ただ、彼女の唇の動きが、そう告げているように見えた。

 

 彼女は、私の周囲をまるで見物するかのようにゆっくりと周回し、その手に持つナイフを、一本また一本と空中に「置いて」いく。

 

 それは、投擲というよりも、彫刻家が作品にノミを入れるような、あるいは庭師が花を植えるような、そんな奇妙な「静」の作業だった。

 

 私の眼前、頭上、足元。

 あらゆる死角を塞ぐように、数百、数千のナイフが、空中に「固定」されていく。

 その刃の先端は、すべて、私の心臓、私の喉元、私の眼球を、冷酷に指し示していた。

 

 恐怖。

 それは、死そのものよりも、これから訪れるであろう「確実な死」を、思考だけが永遠に味わい続ける、地獄のような時間。

 

 全てのナイフが、私の身体を囲む、完全な「檻」を形成した。

 その中心で、私はただ、彫像のように固まったまま、その「檻」を見つめることしかできない。

 

 そして、彼女は、私の真ん前で足を止め、冷ややかな瞳で私を見据えた。

 その白い指先が、空中で小さく、鳴らされた。

 

 ――カチリ。

 

 その瞬間、世界が、再び動き出した。

 凍りついていた時間が、堰を切ったように、激流となって押し寄せる。

 

「くっ……!」

 

 私の口から漏れたのは、恐怖に歪んだ、小さな呻き。

 

 直後、空中に固定されていた数百のナイフが、一斉に私を襲った。

 それは、雨のように、嵐のように、あるいは巨大な鉄の波が、私という小さな存在を跡形もなく飲み込むかのように。

 

「あ、が……あああああああ!!!!」

 

 全身を貫く無数の冷たく、そして燃えるような痛み。

 骨が砕け、肉が裂け、血が、私の身体から、無慈悲に噴き出していく。

 

 視界が、赤く、そして、急速に暗転していく。

 自分の血の匂いと冷たい鉄の匂いが混ざり合い、私の五感を蹂躙していく。

 

(……動け、なかった……。……これが、時の、止まる……)

 

 私は、そのナイフの嵐の中で、自分がどのように倒れていくのかさえ、認識することができなかった。

 ただ、圧倒的な暴力と、その後に訪れる、永遠の静寂。

 

 ――こうして、私は本日二度目のGAMEOVER(満身創痍)を迎えた。

 


 

 そうして、私の体は遡る。

 

 何度も。何度も。何度も。何度も。

 

 両手の指ではとうに数えられない数だ。

 

 ある時は、魔法使いの放つ「魔符『スターダストレヴァリエ』」の無数の光の星に包囲され、逃げ道を完全に潰され、星の輝きに潰された。

 

 またある時は、メイドの「幻象『ルナクロック』」によって、死角という死角にナイフを配置され、指一本動かす前に肉体を文字通り微塵切りにされた。

 

 『天狗のトイカメラ』を構えて対処しようとした瞬間に時を止められ、レンズの目の前で八卦炉のゼロ距離射撃を叩き込まれて、塵も残さず蒸発したことだってある。

 

 死。死。死。死のオンパレードだ。

 

 避ける。

 逃げる。

 回避する。

 

 だが、結局は被弾して、満身創痍のゲームオーバー。

 

 コンテニューを繰り返し、また不可能弾幕に挑む。

 

 普通の妖怪なら、とうに精神が摩耗して発狂しているか、絶望のあまりその場に平伏して白旗を上げているだろう。何せ、肉体の傷や痛みは「回帰」によってなかったことにされても、脳裏に刻み込まれた「死ぬ瞬間の圧倒的な恐怖と激痛」だけは、何ひとつリセットされずに積み重なっていくのだから。

 

 ――だが、私は生まれたときからの天邪鬼だ。

 

 心が折れる? 冗談じゃねぇ。

 これだけの理不尽を叩き込まれて、黙って引き下がれるわけがないだろう。

 

 凄まじい熱量で肉体が灰になろうが、無数の銀色に貫かれて血の海に沈もうが、そのたびに私の心臓の奥――懐の何かが、ドクンと激しく脈動して世界を強引に逆回転させる。

 不快な摩擦音と共に、私はまた、彼女たちがスペルカードを宣言する直前の空へと引き戻される。

 

 手足は五体満足。呼吸も、魔力も万全。

 ただ、体の奥にぽっかりと、不自然で冷たい「空白」がじわじわと広がっていくのを感じる。

 自分が自分ではなくなっていく感覚。天邪鬼ではないナニカに変わろうとでもいうのか?

 

 だが、そんな正体不明の疑問も空虚感も、目の前の異変解決者どもへの怒りと反骨心で、一瞬で消え去る。

 

 何十回も殺されたってことは、何十回もアイツらの攻撃を特等席で観察できたってことだ。

 

 どれほど完璧な連携だろうが、どれほど理不尽な時間停止だろうが、何度もコンテニューを繰り返せば、その「拍子」の隙間、インチキを通せるわずかな歪みが見えてくる。

 

「……ははっ、ははははは!」

 

 

 

 


 

 

 

 

「時符『チェンジリングマジック』」

 

 悪魔の従者がスペルカードを宣告し、それと同時にメイドが自身の周囲にナイフを散りばめ始める。幾度となく見た光景だ。この後、メイドは私と自身の位置を入れ替える。私はアイツのいた場所へ引きずり込まれ、アイツがいた場所に展開されたナイフの檻に、私自身が突き刺さるという理不尽な手品だ。

 

 だが、もう何回か喰らっている。既にどう回避すればいいかもわかってる。

 

 私はナイフが襲い掛かる一瞬、懐から『ひらり布』と『呪いのデコイ人形』を掴み出した。

 この人形は、自分に注がれる意識や事象を強引に引き受ける呪物。私は自分とメイドの中間地点、少しだけ自分に近い位置にその人形を放り投げた。

 

 これでナイフの檻に引きずり込まれるのは呪いの人形だ。

 

「よっと」

 

 ひらり布を被ると同時に、魔法使いの攻撃が飛んできた。

 星型の弾幕が、布を被った私の身体を容赦なく呑み込む。本来なら一瞬で肉体を焼き尽くす暴威。だが、この『ひらり布』のインチキ効果は伊達じゃない。迫り来る弾幕のすべては、まるで水面に投げた小石が撥ねるように、私の身体の表面を滑って明後日の方向へと「ひらり」といなされていく。熱さすら感じない、完全な絶対防御。

 

 そして次の瞬間、世界がぐにゃりと反転。メイドの『チェンジリングマジック』が発動したのだ。。

 

「なっ……!? 人形と……入れ替わった!?」

 

 狙い通り、メイドの驚愕の悲鳴が響き渡った。

 空間の入れ替え対象は、私ではなく、直前に放り投げた『呪いのデコイ人形』へと完全にすり替わっていた。銀色のメイドは、私のすぐ目の前――デコイが落ちるはずだった中間地点へと引きずり出され、代わりに、彼女が自ら展開した数百本のナイフの檻の真ん中へとデコイ人形が放り込まれる。

 

 本来なら、入れ替えの混乱からすぐに体勢を立て直してくるはずのプロフェッショナル。だが、このデコイ人形のタチの悪さはそこからが本番。

 

「なによこれ!目が離せない……!」

 

 メイドの顔が、困惑と焦燥に歪む。

 ナイフの檻に突き刺さった人形からドクドクと噴き出した赤黒い怨念が、彼女の意識を文字通り「釘付け」にしている。理性では私を警戒すべきだと分かっているはずなのに、呪物が放つ悍ましい存在感とノイズに魂の底から引きずられ、視線も、思考も、一切逸らすことができなくなっている。

 

「おいおいマジかよ! 咲夜のスペルを逆手に取りやがった上に、私の弾幕まで無傷かよ!?」

 

 箒の上で魔法使いが文字通り顎を外さんばかりに目を見開いた。

 そりゃ驚くだろう。今まで何十回、何百回と一方的に私を消し炭にしてきた完璧な連携が、たった二つの道具で完璧に瓦解したんだからな。

 

 私はひらり布を力強く跳ね除け、無防備に硬直しているメイドの隙だらけの背中、そして動揺を隠せない魔法使いを見据えた。

 

「呆気にとられてる暇なんてねぇよ、魔法使い!」

 

 私は空中を蹴り、箒の上で硬直している魔法使いへと一気に肉薄した。

 両手で握りしめた『打ち出の小槌(レプリカ)』を、全霊の力を込めて頭上から振り下ろす。素材は柔らかい大道具のはずなのに、小槌に宿る鬼の魔力が全てを叩き潰す道具へと姿を変える、

 

 重くて振りの遅いこのレプリカだが、今の魔法使いは絶好の的だ。

 

 ――ドゴォォォォォンッ!!

 

「う、嘘だろ……っ!? なんだこの、馬鹿げた重さは……っ!」

 

 悲鳴と共に、魔女の構えていたミニ八卦炉ごと、その身体を容赦なく叩き伏せる。八卦炉から火花が飛び散り、真横に堕ちていく。外の言葉風に言うと、ホームランか。

 

「よし、まずは一人……! 次はお前だ、メイドさん!」

 

 ターゲットは未だに『呪いのデコイ人形』の怨念に意識を吸い取られ、視線を釘付けにされているメイドだ。完全に無防備なその背中へ、私はレプリカを真横から豪快に叩き込んだ。

 

 ――バキィィィィィンッ!!

 

「……っ、が、あ……ッ!?」

 

 背後から容赦なく炸裂した質量爆弾に、メイドの華奢な身体がくの字に折れ曲がる。

 衝撃でようやく呪縛が解けたようだが、もう何もかもが遅い。彼女の指先から力が抜け、握られていた数十本の銀のナイフがバラバラと夜空に散らばっていく。彼女もまた激しい衝撃に意識を飛ばしかけながら、魔理沙の後を追うように霧の彼方へと墜落していった。

 

「……ははっ、あはははははははッ!」

 

 激しく肺を上下させながら、私は二人の異変解決者が飛んでいった様子を眺めた。

 

 勝った。勝ったんだ。

 

 幻想郷の秩序の番人であり、数々の異変を解決してきたあの人間どもを、この私が完璧に叩きのめしてやった。

 

 何十回、何百回と消し炭にされようが、ナイフの檻に刻まれようが、関係ない。

 最後に立っているのは私、鬼人正邪の勝ちなのだ。

 

(ざまぁみろ……! 秩序だのルールだの言ってる連中が、寄ってたかって一匹の天邪鬼に惨敗する気分はどうだい!? 一度でも勝てば、私の勝ちなんだよ!)

 

 全身の細胞が歓喜で震えるような、圧倒的な全能感。

 やはり、強者を泥に引きずり下ろし、その澄ました面を絶望で裏返してやるこの瞬間こそが、私の生きる意味だ。

 

 私は痺れる腕でレプリカを懐に収めると、勝利の味に酔いしれた歪んだ笑みを浮かべ、追っ手の消えた夜空をさらに高く、どこまでも傲慢に加速していった。




この話は入れるかどうか迷いまくりました。
正邪の考えもそれ以外もどんどん変質していっています。慣れていく様子を書きたかった…と言いますか。

死に、穢れが溜まり、それでも体と精神は生き続け、また死に、穢れが溜まり、それでも正邪は生きていく。
穢れは生命情報であり、それを受け取ることにより、生命は産まれ、成長し、死にます。
生まれ生きて生まれ、死に死に死に死んで、それでも足掻く彼女は何者に?
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