東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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東方紅魔郷がリメイク!?!?!?!?!?
幻想()じゃねぇよなぁ!!!


第129季/春 羅万館with光って意味の宵闇妖怪

「ゆーくも、今日の晩飯はなんなのだー」

 

 木製の重いドアを勢いよく押し開けて、私、ルーミアは羅万館に飛び込んだ。

 

 羅万館。

 ここは外の世界の面白い娯楽……『映画』がたくさん観られる場所だ。それに何より、映画を映す部屋はほとんどが暗闇。闇を操る妖怪の私にとっては最高に居心地が良いし、いつも美味しいご飯が出てくるから、とっても気に入っている。

 

 逆に、人間たちからはひどく気味悪がられている。

 それもそうだ。だいたい10年くらい前のことになるけれど、墨俣一夜城のように、たった一晩のうちに忽然と建った店なのだ。しかも、店主は里の人間ではなく、それどころか里に知り合いすらいない。誰だって警戒するに決まっている。今では里でそれなりに馴染んでいるようだが、それでも里の人間は好んで羅万館に行こうとしない。そもそも、立地が悪いというのもあるけど。

 

 だが、をんな今日の館内は静まり返っていた。いつもなら「いらっしゃい」と出迎えてくれる夕雲の姿がない。

 

「ゆーくもー?」

 

 声を張り上げて耳を澄ます。

 静寂の中、トントン、と小気味いい包丁の音が微かに聞こえてきた。留守ではないらしい。

 

「なーんだ、奥にいるのかー」

 

 私は、暗がりに沈む廊下をヒューと進み、美味しい匂いと気配が漂ってくるキッチンへと向かった。

 小綺麗なキッチンには、お馴染みの店主――夕雲が立っていた。いつもの丁寧な佇まいのまま、お気に入りのエプロンを身に纏い、手際よく包丁を動かしている。フライパンからは、食欲をそそる良い香りが立ち上っていた。

 

「うわっ……!?」

 

 後ろから回り込むようにして覗き込むと、夕雲は肩をビクッと跳ね上がらせて、大裟袈なほどに目を丸くしながら振り返った。

 

「る、ルーミア……!? いつの間にそこに……!」

 

 いつもすまし顔で、何が起きても動じないあの夕雲が、持っていた包丁を落としそうになるくらい本気で驚いている。その珍しい慌てぶりに、私の方が逆に驚いてしまうほどだった。

 

「あ、足音くらい立てなさい。……完全に不覚でした」

 

 夕雲はコホンと一つ咳払いをすると、胸に手を当ててふぅ、と深く息を吐き、少しだけ困ったように眉を下げてみせた。

 

「すいません、ルーミア。貴女が今日、ここに来るのを忘れてまして。すぐに用意をするので、ちょっとだけ待っててくれません」

 

「…夕雲が忘れるなんて、珍しい事もあるのだなー」

 

 私が不満げに頬を膨らませると、夕雲は困ったように微笑みながら、またトントンと包丁を動かし始めた。

 

(実際に本当に珍しい。それこそ初めてじゃないかな)

 

 私は心の中でそう思いながらも、言われた通りカウンターの丸椅子に座り、キッチンの夕雲の様子をじっと眺めることにした。いつもならすぐに「お腹が空いた」と騒ぎ立てる私だけど、なぜかその時は、アイツの手元から目が離せなくなっていた。

 

 トントン、と包丁がまな板を叩く。

 そのリズムは、メトロノームのように一定で、寸分の狂いもない。

 夕雲は計量スプーンですくい上げた調味料を、すり切りの棒できっちりと平らにしてから鍋へと投入していく。それはまるで、料理初心者が必死にレシピをそのままなぞっているような、妙な初々しさがあった。

 

 しばらくして、目の前に「特製煮込みハンバーグ」が差し出された。

 湯気の立ち上り方、お皿の真ん中に盛り付けられた位置、ソースの焦げ目のつき方。そのすべてが、私の記憶にあるハンバーグの盛り付けと、完全にミリ単位で一致している。

 

「…」

 

 これも珍しい。夕雲はいつも更なる上を目指している。アイツは停滞や永遠と言うモノを嫌うからだ。そのため、全く同じモノを作ることはめったにしない。何かしらの味付けや見た目を変えるはずなのだ。

 

「はい、お待たせしました。熱いですから、気をつけて食べてくださいね」

 

 夕雲は私の向かい側に立ち、いつも通りの、丁寧で穏やかな笑みを浮かべてこちらを見つめている。

 

「美味しそう! いただきます!」

 

 私は疑問を顔に出さずに、ハンバーグを一口、口へと運んだ。

 

「……」

 

 やっぱりおかしい。

 盛り付けだけじゃなく、味だってそうだ。本物の夕雲は、私が「はらぺこだ」と言えばソースを少し濃いめにしたり、その日の気温や私の様子に合わせて、いつも料理に小さな『変化』を混ぜてくる。停滞を嫌うあいつの料理は、いつだってその瞬間だけの、生きたブレ…そう言えるものがあった。

 

 なのに、この一皿からはそんな生きた変化が何も感じられない。ただ、文字で書かれた最高得点の調合を、そのまま寸分の狂いもなく再現しただけの、記号のような味。

 

 美味しいけど。

 

「……どうしました? ルーミア。お口に合いませんでしたか?」

 

 正面から覗き込んでくる夕雲の顔を見る。

 いつもの丁寧な、穏やかな微笑み。

 でも、その瞳の奥が、なんだかひどく静かで……まるで、私のことを「今日初めて見た」とでも言うような、不思議な余所余所しさが、ほんの少しだけ混ざっている。

 

「……ううん! いつも通り、凄く美味しいぞー!」

 

 その言葉に夕雲はひどく安心した表情を浮かべる。

 それは、張り詰めていた糸がふっと切れたような、どこか安堵の混じった表情。

 

「ふふっ、それはよかった」

 

 夕雲は胸のあたりにそっと手を当てて、小さいながらも深いため息を漏らした。

 

「……」

 

 今日その時、私は初めて夕雲の顔をまじまじと見つめた。

 ()()が一つもない綺麗に切り揃えられた、闇が絹に変化したかのような黒髪。いつも通りに糊のきいた、清潔なエプロン。少しも汚れていない室内履きのスリッパ。カウンターに置かれたあいつの両手も、爪の先まできれいに整えられている。

 

「ふーーん、ねぇ夕雲、私、これを食べ終わったら映画が見たい」

 

「良いですね、私もお供しますよ。それで?なにが見たいのですか?」

 

「あのさ、ジャングルの中で、見えない怪物と戦うやつ。全身に泥を塗って、怪物の目をごまかしたり、赤く光る奇妙な文字と一緒に、最後はもの凄い大爆発が起きるやつ」

 

「あー。捕食者の。ええ、一緒に見ましょう。まずはハンバーグをしっかり食べてしまいなさい」

 

 夕雲はそう言って、いつものように穏やかに微笑んだ。

 

 私はそれ以上は何も言わず、残りのハンバーグをまた黙々と口へと運び、あっという間にお皿を空っぽにした。ごちそうさま、と手を合わせると、夕雲は手際よくお皿を片付け、「では、行きましょうか」と私を促した。

 

 降りていく。降りていく。地下の映写室へと続く階段を。

 

 一段、一段と階段を下りるたびに、外の喧騒とは完全に切り離された、独特の冷ややかな静寂が私たちを包み込んでいく。私の後ろから、夕雲の静かな、けれど確かにそこにいるスリッパの音が規則正しく追従してきた。

 

 この地下へと続く薄暗い通路も、私は大好きだった。

 

 夕雲はただ、私の後ろを一定の距離を保ったまま、まるで影のように静かについてくるだけだった。その足音の感覚さえも、測ったかのようにずっと同じだ。

 

 階段を下りきり、私たちは映写室の前にたどり着いた。

 

 中は、私の大好きな完全な暗闇。

 ふかふかの椅子に腰掛けると、すぐにカタカタと小気味よい音を立てて、銀幕に光が映し出された。

 

 物語が進んでいく。

 緑が生い茂る密林の中、屈強な兵士たちが姿の見えない「捕食者」に一人、また一人と狩られていく。緊迫したBGMが暗い部屋に響き渡る中、私の隣に座った夕雲は、銀幕の光を浴びてただ静かに前を見つめていた。

 

「ねぇ、夕雲」

 

 映画の銃声に紛れさせるように、私は小さく声をかけた。

 

「はい、何でしょう、ルーミア」

 

 夕雲の返事は、瞬き一つ分ほどの、微かな間を置いて返ってくる。前を向いたままのその横顔は、光と影のコントラストのせいで、まるで精巧に作られた彫刻のようだった。

 

「今日の夕雲は、なんだか変」

 

「おや、そうですか? どこか具合でも悪そうに見えますかね」

 

「ううん、そういうのじゃなくて。……なんて言えばいいのかな」

 

 人間が皮膚を剥がされて、逆さ吊りにされていた。

 

「例えば、今日、私のご飯を忘れたこと」

 

「なんです?私が食事を忘れたことを、まだ怒ってるんですか?」

 

「違うよ。だって、夕雲は”忘れない”だろう?」

 

「……」

 

 見えない怪物に人間が襲われ、殺される。

 

「それに夕雲にしては珍しく、私の気配に気づかなかった。気配にあんなに敏感な夕雲が」

 

 夕雲は気配に対して、異常なほどに敏い。

 博麗の巫女に自身の正体を知られてはならないという、あの重苦しい「掟」があるからこそ、巫女の気配にはいつでも出くわさないように常に神経を張り巡らせている。

 それに、時折この羅万館へふらりとやってくる、目を潰したサトリ妖怪を迎え入れるためにどんな時でも気を張っている。それこれ無意識のうちに。

 

「…料理に少し集中しすぎていただけですよ」

 

 夕雲はそう言って、やはり前を向いたままだった。

 

 画面では不可視の怪物が、人間の罠に引っ掛かり、ついに姿を現した。

 

 しばらくたって、私はもう一度口を開く。

 

「じゃあ、髪飾りをしていないのはなんで?」

 

 その問いを投げかけた瞬間、銀幕から放たれる青白い光の中で、夕雲の横顔がほんの一瞬だけ強張ったように見えた。

 

「おや……髪飾り、ですか」

 

 夕雲は相変わらず前を見つめたまま、まるであらかじめ用意された台本を頭の中でめくるかのような、ほんのわずかな『間』を置いて言葉を紡ぐ。

 

「困りましたね、うっかり付け忘れてしまったようです。料理をする際に邪魔になると思い、奥の部屋に外したままにしておいたのを忘れていました」

 

「……ふーん、そうなんだ」

 

 私は小さく呟いて、それ以上は何も言わなかった。

 背筋を這い上がる冷たい確信を抱えたまま、ただじっと、銀幕を見つめる。

 

 映画は既に終わりに差し掛かっていた。

 

 緑の血を流して倒れ伏す怪物を見下ろし、主人公の男がすかさず巨石を高く振り上げる。圧倒的な暴力を前に、今や戦いの趨勢は決していた。一撃の元に粉砕し、トドメを刺そうとするその瞬間――男の手が、空中でピタリと止まる。

 

 銀幕に大写しになるのは、満身創痍で苦しそうに呼吸を荒らげる怪物の姿。

 あれほど恐ろしかったはずの捕食者の無残な姿に、男は憐れさを感じたのだろうか。結局、男は高く掲げた巨石を地面へと投げ捨て、トドメを刺すのをやめてしまった。

 

 そして、男は怪物に問いかける。

 

『「お前は一体何だ?」』

 

 カタカタカタ、と映写機だけが虚しく音を立てている。

 隣に座る夕雲の横顔が、銀幕の青白い光に照らされて、ピクリとも動かずに静止していた。

 




るーみあ(←平仮名にするとすんごい可愛い)は何に気づいたのか。
今回、書いている中で何度も何度も書き直しました。悪戦苦闘の大苦闘。

東方備忘録くんがアップを終えました。お前、意味があったんだね。
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