東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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すげーーー書きやすいな、夕雲さん…もといヨモツ視点。


第129季/夏 永遠亭withアクロポリスのアコンプリス②

「暇です――――!!!永琳、私、とっても退屈です!!!」

 

 私は限界だった。

 必ず、かの邪知暴虐の月の賢者を取り除かなければならぬと決意した。

 私、ヨモツには政治がわからぬ。

 私は、ただの正真正銘、唯一無二の黄泉神である。

 滅んだ国で記憶の処理のために眠ってばかり、時折、結界を越えて迷い込んでくる外のモノと、言葉を交わしたり、他愛のない遊びに興じたりするだけが、私のささやかな娯楽だった。

 けれども、邪悪に関しては人一倍…いや、神一倍敏感であった。

 

「せっかく、最後なんですから―、散歩ぐらいさせてくださいよーー、永琳!どこにいるんですかーーー!!!」

 

 きょう未明、私は与えられた小説(走れメロス)を読み終えた私は、部屋を出発し、廊下を越え、屋根裏に登り、永琳がいる部屋まで出向こうとした。

 

 結果、迷子になりました。

 

 何と言っても、永琳がいるこの屋敷は部屋が多すぎます。

 迷路のように複雑に入り組んだ廊下と、どれも同じに見える襖の数々。完全に方向感覚を失った私は、自分が今、永遠亭の東側にいるのか西側にいるのかすら分からなくなっていました。

 

「うう、私ともあろうに建物の中で迷子になるなんて……。いえ、ここは月の賢者が仕掛けた高次元の迷宮に違いありません。そういうことにしておきましょう、そうしましょう」

 

 誰もいない廊下で、私は自分のプライドを守るためにふんすと胸を張り、誰にともなく言い訳を呟く。

 

 導きの神様や迷子を助ける神様が黄泉の神々の中にでもいればいいのです、生憎といません。

 そんな神がいたら、私はとっくのとうに使い倒しています。なんだって、私の()は迷いまくりなのですから。

 

 導きの神として無理矢理ひねりだすなら、大国主が受けた素戔嗚による試練で『放った矢を拾ってこい』と命令されて火の海に囲まれたとき、絶体絶命の彼を救い出した時のネズミでしょうか。  

 大国主みたいに、私にとっての窮地の救世主が、どこからともなく現れてくれないでしょうか?

 なんて…今更。起こるわけないですね。

 

 私は永遠と続く廊下を黙々と歩きながら、考える。

 

(…そもそも退屈させる永琳が悪いのです。これが私の外の世界を出歩ける最後の機会だというのに)

 

 それがどうでしょう。今やこの永遠亭の奥深くに押し込められ、散歩すら自由にさせてもらえません。

 

 確かに私は政治…要は、この世界の歴史や複雑な権謀術数なんて「何も分かっていない」お気楽な神様かもしれません。けれど、そんな私でも、あの「月の賢者」八意永琳の腹の底にある底知れない何か――私をここに留めておこうとする意思だけはわかっていました。

 

 だからこそ、せめて閉じこめるならいつまで閉じこめるまでの日程を教えたり、退屈を凌ぐための娯楽を提供してください!と、こうして直談判に向かったはずだった。

 

「……はぁ。ここ、さっきも通りましたね」

 

 角を曲がると、またしても見覚えのある、まったく同じ引き戸が目の前に現れました。

 あまりの広さに歩き疲れてしまい、私はついにその場にぺたんと座り込んでしまいます。

 

 永遠と続く、変化のない屋敷の静まり返った空気は、どこか黄泉の国の静寂にも似ており、私をひどく眠くさせました。永琳を探すのはもう諦めて、ここらで寝転がって抗議の意を示してやりましょうか。

 

 …流石にやめましょう。この世界に迷惑をかけるのは私の()意ではないです。

 

「つまらなーい、えいりーん、ここから出してくださーい」

 

 本当に、本当に、本当につまらないったらありゃしません。

 

 折角、古くからの友人を見つけて舞いがった私が馬鹿みたいじゃないですか。

 

 その友――八意永琳は、神代の昔から私の存在を知る、数少ない生き証人の一人。地上で彼女の気配を見つけたときは、それはもう嬉しかったのに。懐かしい昔話ができるかもしれない、またあの頃のように言葉を交わせるかもしれない、と。

 

 なのに、今の私はその友人に体よくこの屋敷へ閉じ込められ、散歩すら自由にさせてくれません。再会を喜んでいたのは私だけで、彼女にとっては私は、ただの処理すべき厄介な古い記憶の遺物に過ぎないのでしょうか。

 

「うーん。あっちが約束を破る…正確には裏を突いたんだし、私もなんかしちゃいましょうか」

 

 そもそも、神格を譲るとか、記憶を渡すとか言ってたくせに。不死になるなんてどいう了見でしょうか。別に私はお前の不死性ぐらい剥奪できるんだぞ!って思い示してもいいかもしれませんが、輝夜いるなら難しい気もします。

 

 そう、あの子には”畏れ”が足りない。

 初めて会ったときはあんなに可愛かった…いや、今とあんまり変わりませんね。

 

「変な行動はやめてもらえます?ヨモツ様」

 

「はぁーーー、やっと来ましたか。遅い!遅すぎますよ!永琳!!!」

 

「…ごめんなさいね、少し知り合いと重要な仕事をしていたのよ」

 

「それは億年ぶりの友人との再会よりも重要な事なのですか!」

 

「はぁーーー、姫様が二人に増えたみたいだわ」

 

 永琳は細い指先で眉間を押さえ、先ほどの私と似た、芝居がかったため息を吐き出してみせました。月の賢者ともあろう者が、その実、私の我儘に手を焼いているというその構図だけで、私の鬱屈としていた気分がほんの少しだけ晴れます。

 

「失礼ですね。私はあの輝夜のように、気まぐれで周囲を振り回すようなことはいたしません。ただ、あまりの退屈に少々身を焦がしていただけです。神の退屈を侮っては困りますよ?」

 

「はいはい、そうでしたね。ですがヨモツ様、ここは地上です。月の都でもなければ、黄泉の国でもありません。私の目の届かないところで勝手に歩き回られては、万が一のことがあったときに困るのですよ」

 

「万が一、ですか。ふん、相変わらず心配性なこと。それとも、私が、貴女の隠し事を嗅ぎつけてしまうのが怖いんですか?」

 

 私は座り込んでいた廊下から、すっと音もなく立ち上がった。

 視線の高さを合わせ、永琳のどこまでも澄んだ、だがその奥に冷徹な計算を秘めた瞳をまっすぐに見据える。

 

「安心してください。この美しい夢のような都で、何かをしようなんて思っていませんよ。迷惑だと言われればすぐに帰りますし、それに、少しの観光が終わり次第、私は黄泉の国に帰ります」

 

「そう…これは泡沫の夢のような出来事なんですよ。何の因果か私はこの世界にいる。何万、何億年ぶりの出来事でしょうか」

 

 私の言葉は、静まり返った廊下の闇に溶けていくようでした。

 滅んだ国でただ眠り続けるだけだった私にとって、この緑が芽吹き、生き物たちが喧騒を紡ぐ地上は、眩しすぎるほどに鮮やか。だからこそ、未練を残すつもりはありません。ただほんの少し、かつての友人たちが生きる世界を眺め、満足したら元の、誰もいない静寂の底へ帰るだけなのです。

 

 私がそう告げると、永琳はすっと目を細めました。

 その瞳に一瞬だけ浮かんだのは、憐憫か、それとも月の賢者としての冷徹な諦観か。彼女は小さく首を振ると、いつもの完璧に整えられた、どこか余所余所しい微笑みを口元に称えた。

 

「ええ、ヨモツ様。貴女にとって今の状況は夢のようなのでしょう。ですが、私に言わせてもらえれば、貴女は”夢遊病”なのですよ。患者を治療せずに放りだすなんて、私には出来ません。ご理解、お願いしますね」

 

 夢遊病――眠りながら無意識に歩き回り、目覚めたときにはその間の記憶がなくなり…そんな病気でしたっけ。

 

 なるほど、月の賢者は今の私を、常世と幽世の境界で正気を失い、無意識に彷徨っているだけの哀れな病人と定義したいらしいですね。こんなにもハッキリと意識があるというのに。

 

「失礼ですね。私は自分の意志で廊下を渡り、屋根裏を越えてここまで来たのです。足の裏に伝わる床の冷たさも、こうして貴女と交わしている言葉も、すべて明確に自覚していますよ。これを病気と呼ぶのは、いささか横暴というものではありませんか?」

 

「自覚症状の有無は関係ありません。とにかく、ヨモツ様の状態は看過できません。さっ、お喋りをやめて部屋に戻りますよ」

 

 永琳はそう言って、有無を言わせない手つきで私の背中にそっと手を添えました。

 その手のひらは、月の賢者らしくどこまでも冷ややかだったけれど、同時に、迷子になった子供を優しく連れ戻すような、不思議な力を孕んでいる・

 

 やっぱり、この子には”畏れ”が足りない。

 私がその気になれば、彼女の自慢の不死性ごと、この「お医者様ごっこ」を終わらせてあげることだってできるというのに。

 

「いいや、納得しませんよ。何度でも、何度でも言います。私を外に出してください、永琳」

 

 私はその場に足を止め、添えられた永琳の手をはねのけるようにして、仁王立ちをします。

 そして、唯一無二の黄泉神としての威光をほんの僅かに乗せ、彼女をまっすぐに見据えました。ここで引き下がっては、本当に都合の良い病人として、あの退屈な部屋に閉じ込められてしまいます。

 

 私の強硬な態度に、さしもの月の賢者もこれ以上の強弁は通用しないと悟ったのでしょう。

 永琳は突き放すような冷徹な表情をふっと和らげると、ひどく困ったように、そしてどこか弱り果てたような溜息を漏らしました。

 

「……困りましたね。本当に、昔から頑固なのですから」

 

 そう呟く彼女の声は、先ほどまでの冷ややかなお医者様のそれではなく、どこか神代の昔、私の後ろを付いて歩いていた頃のような、歳の離れた妹を思わせる響きを帯びていました。

 

 永琳は一歩、私との距離を詰める。

 そして、私の着物の袖を、細い指先でほんの少しだけ、縋るようにきゅっと握りしめてみせました。

 

「お願いですから、そう私を困らせないでください、ヨモツ様」

 

 上目遣いに私を見つめるその瞳には、いつもの冷酷さなど微塵も感じられない、ひどく脆くて切実な色が滲んでいます。

 

「……うぐっ」

 

 ずるい。本当にずるいです。

 私の前でそんな風に「昔の顔」をして甘えられてしまっては、神一倍情に脆い私が強く出られるはずがないのに。

 

「う……。そ、そんな顔をされたって、私は騙されませんからね……?」

 

 言葉とは裏腹に、私の声からは先ほどまでの威圧感が綺麗に消え失せていました。

 そんな私を見て、永琳は袖を握る手に少しだけ力を込めながら、ほんのりと悪戯っぽく、だけど心底愛おしそうに、ふわりと微笑みます。

 

「別に騙してなんかいませんよ。あくまでお願いしてるだけです」

 

「はいはい、そう言う事にしておいてあげます」

 

 私はぷいと顔を背け、彼女に促されるまま、今来たばかりの長すぎる廊下を渋々引き返し始めました。後ろを歩く永琳の、衣が擦れる微かな音だけが、私の足音にぴったりと寄り添うように付いてきます。

 

 どこまでもずるくて、そして酷く愛おしい私の古い友人。

 彼女のあの表情が、私を閉じ込めるための完璧な計算に基づいた演技なのか、それとも心の底から溢れ出た本音なのか、今の私には判別がつきません。けれど、例えそれが精巧に作られた偽物の温もりだったとしても、それを無下に振り払うことだけは、どうしても出来そうにないのです。

 

「……今回だけですからね。次はありませんよ、永琳」

 

「はい。肝に銘じておきますとも、ヨモツ様」

 

 背後から返ってくる声は、すっかりいつもの、落ち着いたお医者様のトーンに戻っていました。

 私は小さくため息を吐きながら、まだ見ぬ明日への退屈に、もう一度だけ身を委ねることにしました。

 




流行ってほしいんですよ、永琳妹概念。
まぁ、今回はどっちかと言うと頑固な婆さんとそれを手玉に取る孫。
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