東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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久しぶりに紺珠伝触ってるのですが、この(怒りで)脳みそがパキパキする感じ…堪りませんね。
それと、お気に入り400件感謝です。


第129季/夏 永遠亭with17分割しても死なない月の姫②

 ――永遠亭幽閉から半月。

 

 私は引きこもりを堪能していました。

 舐めていた…と言う訳ではありませんが、地上の娯楽が面白い事、面白い事。

 特に、この映画という品物が特に面白いです。

 

 永琳が私の退屈を紛らわせるために持ってきた「映写機」と「フィルム」。

 こられが、私の部屋の白い壁に、カタカタと小気味よい音を立てて光の物語が映し出された瞬間、私の世界は一変してしまいました。

 

 私にとっての記憶の処理は大抵は日常の話。言い換えれば、ありふれた話とも言えます。当人たちにとっての劇的な変化など、一生に数度あるか無いか。私はそんな日常を読み込み続け、微かな変化を脳裏に刻み、自身の世界に馴染ませます。

 

 それが一人だったらよかったんですけどね、もう何人やったことやら。千?万?それこそ八百万(数えきれない)かもしれません。

 

 ともかく、私は日常ばかりを観続けてたという事です、

 

 それと比べて、この映画とやらは劇的な変化ばかり。

 

 一介の新聞記者が王女と一日だけの恋をする話。

 遠い昔はるか彼方の銀河系での光と影の戦いの話。

 核から這い出た大怪獣が地上で暴れまわる話。

 

 このような想像もつかない程、劇的で、物騒で、それでいて最高に刺激的な物語が、たった一本の透明な帯の中に閉じ込められているのです。これは人類にとって最も偉大な発明と言えるかもしれません。

 

「それにしたって、永琳はセンスがいいですねぇ。どれもこれも面白いモノばかり」

 

 私が壁の映像から目を離さずにそう称賛すると、背後でクスリと、どこか涼やかな鈴の鳴るような笑い声が響きました。

 

「そうねぇ、このリストを作った人はセンスがいいと思うわ」

 

 いつの間に部屋に入ってきたのでしょうか。驚いて振り返ると、そこには永琳ではなく、艶やかな黒髪を揺らした永遠亭の「姫様」が、悪戯っぽく微笑みながら立っていました。

 

「おっ、輝夜じゃないですか。我が無聊を慰めに?」

 

「十分、映画で慰められてるじゃない?と言うわけで、私の方を慰めて頂戴。あっ、永琳には内緒ね。小言を言われたら堪らないわ」

 

 輝夜はそう言って、私が陣取っていたふかふかの座布団のすぐ隣へ、実に自然な動作で滑り込んできました。手には何やら、別の新しいフィルムをいくつか抱えています。どうやら永琳に内緒で、自分のお気に入りを持ち寄ってきてくれたようです。

 

 永琳が二人に増えたみたいだと頭を抱えるのも無理はありません。私も輝夜も、この退屈な屋敷の中で面白いことを探す執念にかけては、お互い折り()付きなのですから。

 

「はいはい、一緒に見ましょうか」

 

 私は喜んで座布団を半分明け渡し、カタカタと回り続ける映写機の隣で、次なる光の物語を一緒に迎える準備を始めます。

 

「それで?何を持ってきたんです?」

 

「これね、きっとヨモツも気に入るわ」

 

 輝夜はまるで、今日のおやつはこれよ、とでも言うような気軽さで、手元にある古びたフィルムの差し出しました。その表面に刻まれた文字を読み取った瞬間、私は思わず「おやおや」と声を漏らしてしまいます。

 

「かぐや姫ですか…これはまた挑戦的なのを持ってきましたね。自分自身の物語を持ってくるとは」

 

「ふふ、地上に伝わる私の物語が、どんな風に歪められて、どんな風に美化されているのか。ヨモツに見て欲しいのよ。しかも今ならば、副音声で私の解説がついてくるのよ。貴女ってほんと贅沢ね」

 

 輝夜は自慢げにふふんと胸を張り、早くセットして頂戴、とばかりに私の肩を軽く突つきます。

 

「…過去よりも今が大切だと公言して憚らない輝夜にしては意外ですね。自分の過去を振り返るなんて」

 

 私が少しだけ意地悪くそう問いかけると、輝夜は弾むようにクスリと笑い、私の言葉を軽やかに撥ね退けました。

 

「勘違いしないで。私はいつだって、過去より未来や、何よりこの『今』を重視している。だってそうでしょ? 過去なんてものは放っておいても後ろから無限に、それこそ嫌になるほどやってくるのよ。だったら、今しかない今を慈しみ、訪れる未来に期待した方が楽しいじゃない?」

 

 輝夜の過去に縛られず、ただ目の前にある面白いことを貪欲に肯定するその姿勢は、やはり眩しいほどに地上で輝いています。

 

「それに…貴女にだからこそ、見て欲しいのよ。この世界でもっとも美しく歪められた私の物語を……もっとも残酷に忘れ去られた貴女にね」

 

「分かりました。そこまで言われて、乗らないわけにはいきませんね。では、月の姫様の贅沢な副音声付き上映会、始めるといたしましょう」

 

 私は手際よく、古びたフィルムを映写機へとセットしました。

 カチリとリールが噛み合い、カタカタカタと小気味よい音が暗闇に響き渡ります。

 

 銀幕――もとい、部屋の白い壁に映し出されたのは、墨絵のように美しい夜の竹林でした。

 静謐な闇の中に、ぽっかりと不自然に光り輝く一本の竹。地上の老人が斧を片手に、恐る恐るその竹へと近づいていく、あまりにも有名な導入部分です。

 

「ほら、さっそく始まったわ。翁が竹を切るシーンね。でもねヨモツ、実際はあんなにドラマチックに光ってなんていなかったのよ? どちらかといえば、もっとこう……月の魔力が漏れ出て、周囲の竹が数本まとめて青白く燻っているような、私からすれば不気味な光景だったと思うわ」

 

「おやおや、開始一分足らずでさっそく夢の壊れるような副音声。当時の人間からすれば、その不気味な光景すらも神々しい奇跡に見えたのでしょう」

 

 私がクスリと笑うと、壁の向こうでは老人によって竹が切り落とされ、その中から掌に収まるほど小さいけれど、これ以上にない美しさを持った光の姫君が姿を現しました。

 

「あら、ずいぶんと可愛らしく描かれているのね。でもね、実際は生まれた瞬間からそれなりに知性があったから、お爺さんの顔を見て『あら、ずいぶんと年老いた地上の生き物だこと』って、内心で冷静に分析していたのよ」

 

「それは可愛げがありませんねぇ。私は、念願の地上なんですし、ワクワクしてるものだと思っていましたが」

 

「勿論、ワクワクしていたわ。けど、それはそれ、これはこれよ」

 

 カタカタカタ、と映写機が小気味よい音を立ててフィルムを回し、光と影の物語を進めていきます。

 歪められ、美化された偽物の過去。けれどそれを、本物の当事者である輝夜が「今」の娯楽として笑い飛ばし、世界から忘れ去られようとしている私が特等席で見つめている。

 

 この部屋の暗闇の中だけは、現世の理も、月の都の法も、そして私が背負う黄泉の国の静寂すらも意味をなさず、ただただ、一本の透明な帯が紡ぎ出す劇的な物語と、隣から聞こえる楽しげな声だけが、私の世界を鮮やかに満たしていくのです。

 

「次は五人の貴公子たちが難題を突きつけられるシーンですかね。貴女が彼らをどうあしらったのか、その『真実』を聞かせてくださいな」

 

「ええ、喜んで。あの男たちがどれほど見栄っ張りで、どれほど愚かだったか……たっぷり解説してあげるわ」

 

 私たちは一つの座布団を分け合ったまま、夜が更けるのも忘れて、銀幕の光の中に深く、深く没頭していきます。五人の貴公子に、当時の帝との恋文の話、翁たちに自分の正体を告げる事から終わりが始まり、そして、ついに物語は最大の佳境へと突入します。

 

 白い壁に映し出されるのは、満月の夜。

 天から黄金の雲に乗って降りてくる、神々しくも冷徹な月の軍勢。そして、愛しい姫を連れ去られまいと、屋根の上や屋敷の周りを埋め尽くし、弓矢を構えて必死に立ち塞がる地上の兵士たちの姿でした。

 

 映画の中では、月の使者が放つ不可思議な光によって地上の人間たちは戦意を喪失し、あるいは眠らされ、誰一人傷つくことなく平和的に姫が連れ去られる――そんな風に、美しくも儚い、幻想的な別れのシーンとして描かれていました。

 

「……ふふ。やっぱり、ここが一番都合よく書き換えられているわね」

 

 それまで軽快にしゃべり続けていた輝夜の声音が、ふっと落ちました。

 映写機の光に照らされた彼女の横顔から、悪戯っぽい笑みが消え、代わりに底知れない冷ややかな、それこそ『不死の罪人』としての本質が覗きます。

 

「ヨモツ、これが『美化された嘘』の全貌よ。地上の人間たちはね、眠らされたわけでも、戦意を失ったわけでもないの。彼らは最後まで、私を守ろうと必死に武器を振るってくれた地上の兵士も、私を連れ戻そうとした月の軍勢も……それをね、すべて静かに始末していったのよ。他ならぬ、私の永琳が」

 

「……永琳が、ですか」

 

 カタカタカタ、と小気味よい映写機の音が、どこかひどく虚しく響きます。

 

 壁の向こうでは、美しく輝く月の光が兵士たちを包み込んでいます。けれど、輝夜が語る『真実』の光景は、まったくの真逆。月の都の追手から姫を隠し、あるいは共に逃げ延びるための障害となる地上の人間たちを、永琳は確実に「処理」していきました。

 

 それは、月の都を裏切ってでも輝夜と共に地上へ隠れ住むという、永琳の狂気的なまでの忠誠と、冷酷な決意の証明でもあり、私との約束を…

 

「人間たちの流した血の海の上に、私は立っていたの。それを地上の語り部たちは、こんな風に綺麗な御伽話に仕立て上げた。……滑稽で、哀れで、本当に美しい歪み方でしょう?」

 

 輝夜の声は、どこまでも平坦で、だからこそ酷く冷徹に響きました。

 

「貴女と私で何が違うんでしょうね。世界を回すために必要だった気質は、いつのまにか穢れとして忌み嫌われるモノとなった。私を守るために立ち上がった地上の兵士を、私を連れ戻そうとした月の兵士を、残酷にも全てを殺し尽くした私たちは、美しき悲恋の御伽噺として今も紡がれている」

 

 かつて世界を循環させ、生と死を「回す」ために不可欠だったファクター。それがいつしか生者の都合によって「穢れ」と蔑まれ、忌避され、ついには私の国を滅ぼすに至った理不尽。

 そして、月の都という無穢の停滞を嫌い、禁忌を犯し、遂には周囲を血の海に変えてしまったかぐや姫。

 

 歴史の表舞台から都合よく消し去られた私と、美しすぎる嘘のベールで覆い隠された輝夜。

 

 私たちの何が違ったのか。

 

「私ね。少し前にね、ある巫女と面白い話をしたの」

 

 輝夜は、壁に映る月の軍勢を眺めたまま、どこか遠い目をしてポツリと語り始めました。

 

「その巫女は月から帰って来たばかりでね、『月の都って、思ったより原始的ね。建物の構造とか着ている物とかさ』なんて言うのよ」

 

「思わず笑ってしまったわ。だから、地上は下賤なのだと。穢れているのだと。……だってそうでしょう? 気温は常に一定で、決して腐ることのない木々の家に住み、豊かな自然に恵まれ、決められた一定の仕事をこなして、あとは静かに将棋でも指して過ごす。それが月の都の日常よ。遠い未来、もし地上の人間の技術が極限まで進歩したなら、最終的に行き着き、望むのはそういう穏やかな生活じゃないかしら、って」

 

 それは、変化を拒み、生と死の概念を無視した「無穢」の都を統べる者たちにとっての理想郷の姿。

 

「そしたらね、その巫女はさらりとお酒を呑みながら言ったのよ。『もっと豪華で派手な暮らしを望むと思う』って。だから私が、その考えは人間が死ぬうちだけよ、これから寿命が確実に延びていったらその時はどう考えるの、と返したの。そしたらね、ヨモツ、彼女なんて答えたと思う?」

 

 輝夜はそこで一度言葉を切り、私の方を振り返りました。その瞳には、かつてないほどの歪な驚きと、どこか狂おしいほどの歓喜の残滓が揺らめいています。

 

「『寿命を減らす技術が発達するんじゃない? 心が腐っても生き続けることの無いように』……そう言ったのよ。これで思い知ったわ。『生死が日常の此処では、穢れ無き月の都とは違う』って」

 

「勿論、地上と月でどちらが間違っているとはない。ただ、私は…私たちは永遠に囚われすぎていた」

 

 そう呟いた輝夜の瞳は、銀幕の青白い光を反射して、どこか寂しげに、けれど信じられないほどに澄み切って見えました。

 永遠という名の停滞を誇る月の都。生死の穢れを嫌い、変化を拒み続けたその果てにあるのは、心が腐ることすら許されない、美しく精巧なだけの剥製の世界。

 彼女たちはそこを飛び出し、ドロドロとした生死の巡る地上へ堕ちてなお、その「永遠」という呪縛から本当の意味では抜け出せていなかったのだと、静かに自嘲しているようでした。

 

「まぁ、私も似たような事をしてましたからね。あながち、月の民の事は責められませんよ」

「私だって、黄泉の国での日常が永遠に続いて欲しかった。友人たちと酒を酌み交わし、談笑し、時には喧嘩をし、訪れる魂の重荷を下ろし、次への旅路のために休んでもらう。私はそんな黄泉の国を永遠に見守っていたかった」

「勿論、覚悟はしていたつもりでした。穢れを作り上げた以上、永遠なんて存在せず、黄泉の国は多少なりとも変化を続け、いつかは滅びる。それはたとえ、穢れを作り上げた私でさえも例外ではない」

「そうですね…私はきっと納得のいく”終わり”を観たかったのでしょう。いや、今でも見たい。だから、私は未だこの夢を捨てきれていない」

 

 

「私と輝夜の違い…そんなものはありませんよ。どちらも間違っているなんてありません」

 

 

「私たちの話を語る語り部の、考え方が、視点が、物事の捉え方が、それこそ目の色が違うのでしょう」

 

 私と輝夜は目の色を爛々と黒く輝かせながら、笑い合いました。

 

 私と月の都はどちらも、愛した世界の形に執着し、その「夢」の残滓を今なお胸に抱き続けている同類なのですから。




くぅうううう、資料を漁るなかでめちゃくちゃ良いモノを見つけたが、それを入れるかどうかで迷ってる…
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