紺珠伝をやってたからですね…ステージ5のチャプター 6に出てくる向日葵妖精たちの体力高すぎて毎回苦戦してる。
輝夜との映画観賞会から更に半月、私は永遠亭から脱出することに成功しました。
方法はいたって簡単。食事の用意をしにきた因幡に、麻糸を通した針を着物の裾に刺し、こっそり辿るだけ。実に簡単な方法です。
かつて
ま、そんなこんなで抜け出した永遠亭。
しかし、そんな私の前に立ちはだかったのは、どこまでも容赦なく広がる竹林。
見渡す限りの緑、緑、緑。
上を見上げれば、天を覆い尽くさんばかりに生い茂る青竹の葉。それらが満月の青白い光を遮り、地面にはまるでおぞましい網の目のような、複雑怪奇な影の迷路を作り出しています。
(あぁ、この竹林があるのを忘れてました。行きはてゐがいたので、何の問題もなく進むことが出来ましたが…どうしましょう)
とはいえ、ここで立ち止まっているわけにはいきません。
あの油断ならないお医者様が、いつ追いかけてくるか分かったものではありませんから。流石に幽閉されるのはもう飽き飽きですし、早く観光を終えて黄泉の国に戻りたいという本音もあります。
とにかく永遠亭の気配から遠ざかるべく、私は影の網の目を踏み越えながら、竹林の奥へと歩を進める事にしました。
だが、それもほんの少しの間だけ。
すぐに歩くのは馬鹿らしくなります。こんな天然の迷路、誰が歩いてられますか。
「いっそのこと、上から飛び越えてしまいましょうか」
私はそう考えふわりと宙へ身体を浮かせて、竹の天辺を飛び越えようと試みました。
――ですが、その瞬間に私の身体を奇妙な重苦しさが襲います。
「おや……? 力が上手く巡りませんね」
まるで、私の内にある黄泉の神格が、この空間そのものに優しく、けれど拒絶するように引き留められている感覚。私はすぐに着地し、周囲に生い茂る青竹の一本にそっと触れてみました。
(…なるほど、合点がいきました。この竹林そのものが、湯津津間櫛でできているのでしょう)
かつてナギが黄泉の国から逃げ帰る際、追手を払うために髪に刺していた櫛を投げつけ、そこから瑞々しい筍が生えたという昔話。そして、追手は筍を食べる事に夢中になり、その隙にナギは逃げることが出来ました。それを由来してか、竹には黄泉の力を微かに留める力があります。
一本一本は微かでも、複数重ねればその力は膨大なモノのなります。
これでは空を飛んで一足飛びに脱出、というわけにはいきません。月の賢者が張り巡らせた防壁なのか、それともてゐの幸運なのか。いずれにせよ、私は地道に足で歩くことを強要されてしまったわけです。
「面倒な…」
私は小さくため息を吐き、方向感覚も無く適当に歩き回り始めました。右へ曲がり、左へ折れ、どうせならと気ままな夜の散歩を決め込みます。
どれほど歩いたでしょうか。同じ場所をぐるぐると回っているような気さえしてくる、そんな永遠に続くような緑の迷路の中で、私は不自然に開けた歪な場所に突き当たりました。
「おや……?」
周囲の青竹がまるで何かに怯えるように根元からへし折れ、避けるようにして広がっています。その中心に、それはぽっかりと、世界に穿たれた傷口のように暗い口を開けていました。
人一人が余裕で入れるほどに、大きく深い”穴”です。
周囲の竹の根を強引に引き裂くようにして作られたその穴の奥からは、光など一切届かない、濃厚で、どこか懐かしい「闇」の匂いがぷんぷんと漂ってきます。
「ほぅ、これはこれは。噂をすればなんとやら…ですかね。一応、帰り道の確保はどうにかなりそうです。どうやって帰ろうか悩んでたんですよねぇ」
私は穴の縁にしゃがみ込み、その暗黒の底を覗き込みながら、ふふ、と満足げに喉を鳴らしました。
「へぇ、それはよかったね。ヨモツ様」
不意に頭上から降ってきた軽妙な声に、私は視線だけをスライドさせました。
大きな竹の枝に腰掛け、小さな足をぶらぶらと揺らしているのは、やはりというべきか、私に古き友人兎でした。
「見つけるのが早いですね、てゐ」
「まぁ、何千年もこの竹林にいるからね。迷子のヨモツ様を見つけるなんて簡単さ……にしても、さすがはヨモツ様だねぇ。この『迷いの竹林』を適当に歩いて、一発でこの通り道を見つけちゃうんだから」
てゐはひらりと枝から飛び降りると、私が覗き込んでいた大穴の隣にちょこんとしゃがみ込みました。
「多分、そこにはヨモツ様が求めてるものはないよ。その穴は地霊殿…捨てられた地獄に繋がる通り道さ」
「捨てられた地獄ですか…残念、私の国ではありませんか」
私が肩をすくめてそう言うと、てゐは「何言ってるんだか」とでも言いたげに、呆れたように苦笑いを浮かべました。
「何言っても無駄だよ。そこはもう、ヨモツ様のいた綺麗な黄泉の国なんかじゃなくて、怨霊と灼熱がのたうち回る物騒な地底さ。……さ、大人しく帰るよ? 師匠が心配して首を長くして待ってるんだから」
てゐはそう言うと、私の前で悪戯っぽく微笑みながら、空中で何かを掴むようにしてくいと手を引っ張る動作をしてみせました。その瞬間、まるで目に見えない透明な糸で引かれたかのように、私の着物の裾がきゅっと引っ張られたのです。
…なるほど、服に針を通したのは私だけじゃなかったのですね。最初から私の「脱出」なんて、この賢い兎の手のひらの上だったというわけです。
「分かりましたよ。せっかくの脱出の機会が空振りに終わったのは残念ですが、大人しく戻るといたしましょう」
私は大穴に名残惜しげな視線を一度だけ向けてから、てゐの後ろを付いて、再び青竹の生い茂る迷路へと引き返しました。
今度はてゐが先頭を歩いているおかげで、先ほどまであれほど私を拒絶し、引き留めていた竹林の「結界」が、まるで嘘のように道を開けていくのが分かります。
静まり返った夜の竹林に、私たちの足音だけが重なる。
私はふと、前を歩く小さくて不敵な背中を見つめながら、てゐに声をかけてみました。
「ねぇ、てゐ。貴女は今、楽しいですか?」
「……は? 急に何さ」
てゐは振り返りこそしませんでしたが、長い耳がぴくりと動きました。
「いえね、何千年もこの竹林にいて、ここ最近は、永琳や輝夜たちと一緒に暮らしているのでしょう? 彼女たちとは、上手く仲良くやれているのかしら、と思いまして。ほら、彼女たちを貴女の元に寄越したのは私でしょう?」
すると、てゐは歩みを止めないまま、肩をすくめてフッと笑いました。
「仲良く、ねぇ。ま、仲良くさせてもらってるよ。何より、あの人たちといると退屈をしない。何千、何万年も寝るよりはうんといい」
てゐのその言葉は、どこか映画を観ながら笑い合っていた輝夜の言葉とも重なる、地上に生きる者としての「今」への肯定でした。
「むむ、失礼な。…まぁ、貴女と私の仲です。ちょっとぐらいは許しましょう。というか!貴女も似たようなものでしょう?何千年もこの竹林で過ごしてますし」
「はは、確かに似てるかもね。だけど、私は、私たち因幡は生きてるよ。毎日お腹を空かせて、美味しいものを食べて、たくさん悪戯をしてね。生きるってことは、そういう『変化』の積み重ねさ。そのことはヨモツ様自身が一番知ってるだろう?」
てゐは歩みを止めないまま、ひらひらと片手を振ってみせました。
その小さな背中からは、小さいながらも地上の兎らしい図太い生命力が溢れていました。
それに比べて、私はどうでしょうか。生きているのか、死んでいるのか。
寝ているだけで、夢を見るだけで、過去を思い返すだけの変化のない日々は生きていると言えるのでしょうか?
遠いところにいる私の友人の話では、「眠り」と「死」は夜から生まれた双子の兄弟神だと言いますし、永琳に暇つぶしとして渡された「ハムレット」の”To be, or not to be”から始まる独白でも
「死は眠るようなものであり、現世の苦痛からの解放である。ただ、眠れば「夢」を見るように、死んだ後にも「悪夢」を見るのではないかという不安がよぎる。その恐怖があるからこそ、人は躊躇し、どんなに苦しくても生き長らえようとしてしまうのだ」
と死への憧れと恐怖を夢に喩えていました。
ならば、国を統べる唯一にして絶対の黄泉神である私が、夢を見続けているのはある意味では神として至極当然の姿なのかもしれません。私はただ、自身の本質に近い、心地よい揺り籠の中に浸っているだけなのですから。
「どうしたんだい?ヨモツ様」
私の足取りがほんの少しだけ遅くなったのを察知したのか、前を歩くてゐが、その長い耳をこちらへ傾けながら声をかけてきました。
「いえね、私はやっぱり、眠っているのがお似合いの神様なのかもしれませんねぇ、と」
私が自嘲気味にそう微笑むと、てゐは今度こそ足を止め、振り返って私をジロリとにらみつけました。
「ふん、そんな理屈、私は認めないよ?お師匠様がせっせとお薬を運んで、姫様がわざわざ解説付きで映画を見せて、この私がこうしてわざわざ夜道の手を引いてあげてるんだ。これだけの『変化』に囲まれておいて、ただの居眠りで済まされてたまるもんですか」
てゐはそう言って、再び空中で私の袖をくいと引っ張りました。
「さあ、帰るよ。これ以上遅くなったら、本当に師匠の説教という名の『悪夢』を見ることになるんだからね」
「ふふ、それは確かに、地獄の業火よりも恐ろしいお仕置きですね」
私は小さく笑い、先ほどまで胸を満たしていた考えをそっと心の奥底へと仕舞い込みました。
たとえ私が眠るべき神であったとしても、この地上で私を囲む者たちは、決して私を眠らせない。その歪で、お節介で、愛おしい現実の足音に導かれながら、私は再び、愛しきわが旧友たちがいる永遠亭の門をくぐるのでした。
ごちゃごちゃ書いてますが、大切なのは前半。
迷いの竹林には地霊殿に繋がる通り道があったり、竹の根の下にある地下妖怪世界を見た…などという噂があります。ええ、