東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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優曇華…書くの難しいんですよ。東方でも珍しいぐらい変化がある子なので、どこを切り取るのかが…要は迷走しました。
優曇華、知れば知るほど自分のイメージと変わっていくんですよね。


第129季/夏 永遠亭with変装下手な兎②

 ――永遠亭脱出未遂事件から数日。

 

 私は部屋に引きこもるのをやめました。

 もっと言えば、永遠亭内を自由に散策する権利を手に入れたのです。

 

 本当に、本当に、この権利を得るために頑張りました。今、思い出しても涙がちょちょきぎれます。思い返すのはこの権利を手に入れるための大立ち回り―――

 

「我々に自由を―!」

「散歩ぐらいしないと健康に悪いですよー!」

「いいんですか?寝ちゃいますよ。記憶の整理…ここで始めちゃいますよ?」

「あー、もう怒りました。穢れ、ばら撒きます!」

 

 ……はい。要するに、全力で駄々をこねたわけです。とは言え、本当に交渉自体は難航しました。

 

 特に、永琳が持ってきた本に書いてあった地上のルール――いわゆる「基本的人権の尊重」とやらを持ち出して必死に抗議した時のことです。

 

「ヨモツ様に人権はありませんよ」

 

 にべもなく、そう言い放たれた瞬間は流石に震えましたね。主に恐怖と、私に対する扱いの軽さで。確かに私は人間ではなく神様ですが、それにしたってあんまりな言い草だとは思います。

 

 ま、そんな甲斐と一つの約束をすることにより、私はようやく永遠亭を散策する権利を手に入れたというわけです。本当はこの美しい国をのんびり観光したかったので、だいぶ妥協させられた部分はありますけれど。ですが、千里の道も一歩から。近いうちに必ず、外への観光へ洒落込んでやります。

 

 そうして自由を手に入れた私は、それなりに充実した日々を送っていました。

 時に輝夜の部屋で一緒に遊んだり。

 時に永琳の医務室でお喋りをしたり。

 時にてゐが悪戯を仕掛けている様子を、高みの見物と洒落込んだり……。

 

 ――ですが。

 いくら散策許可が出たとはいえ、あの(元とはいえ)月の賢者が、この私を完全に放し飼いにするはずがありませんでした。

 

 つい先日から、廊下を歩く私の背後に微かな気配がピッタリと付いてきているのです。常に一定の距離を取って。

 

(まぁ、分かりやすい監視ですね)

 

 これだけあからさまに付け狙われているのです。ただ大人しく監視されているだけ……というのもつまりません。ここはひとつ、我が旧友のてゐに倣って、少しばかり悪戯でも仕掛けてみましょうか。

 

 私はわざと足音を高く立てて角を曲がると、中庭へと続く細い回廊へ滑り込みました。

 そこで、トントンと小気味よく響いていた私の足音を、すっと完全に消し去ります。

 案の定、尾行者はターゲットを見失ったと焦ったのでしょう。タタッと少し慌てた足音がこちらへ近づき、私の潜む角の目の前へと、その姿を現しました。

 

「あ、あれ……? 見失っちゃっ――」

 

「はい、捕まえました」

 

「ひゃああっ!?」

 

 私が影からぬっと手を伸ばし、その大きな「長い耳」の根元を優しく、けれど確実に掴み上げると、尾行者は情けない悲鳴を上げてその場に飛び上がりました。

 

 目を白黒させてワタワタと手足を動かしているのは、硝子のように繊細な気配を纏った因幡。このてゐたちとは違った雰囲気。なるほど、彼女が例の。

 

「鈴仙・優曇華院・イナバ…ですよね?永琳や輝夜からよく話は聞いていますよ。いつもご苦労様です」

 

「ひっぃいい!」

 

 優曇華院さんは涙目で、掴まれた耳をペタんと寝かせながら身を縮こまらせました。

 

 …この永遠亭で数少ない私を畏れてくれる人物ではありますが、にしたってビビりすぎでは?ちょっと傷つきますね。別に取って食おうというわけではないのですから。

 

「あ、あの……ヨモツ様、でしょうか。お師匠様からお噂はかねがね……。あの、そ、その、耳を、耳を離していただけると助かるのですが……っ!」

 

 手を胸元できゅっと強く抱きしめたまま、蚊の鳴くような声で懇願する彼女がなんだか不憫になり、私はそっと手を離してあげました。自由になった長い耳を、優曇華院さんは自らの手でさすりながら、なおも警戒を解かずに一歩、二歩と後ろに下がります。

 

「…波長がない…いや、複数の波が均等にあるせいで平坦にみえてる?安定はしてるけど」

 

「ん?どうかしましたか?」

 

「いえ、なんでも。それじゃあ、わたしはこれで…」

 

「いや、逃がすはずないでしょう。ちょっと付き合ってくださいな」

 

 私がそう言ってにっこりと微笑むと、優曇華院さんは「ひっ」と短い悲鳴を上げて再び身を硬くしました。その怯えようは、まるでこれから恐ろしい尋問でも始まるかのような緊張感に満ちています。

 

 何せ、私は半月もの間、強制的に引きこもらせられていた身です。永遠亭の住人の中で、まだ直接面識を得ていなかったのは、この因幡くらいなものでした。それに、永琳の医務室でのお喋りや、輝夜やてゐとの会話でも、彼女たちの口から「優曇華」や「鈴仙」の名はよく耳にしていましたからね。気になるのも同然だと言えます。

 

 お医者様が大切そうに、時に厳しく育てる優秀な弟子であり、月の姫が我が物顔でこき使う忠実な下僕。

 そんな二人がこぞって話題にする子が一体どんな兎なのか、こちらとしても純粋に気になっていた。それに永琳からの約束もあります。

 

「それで…私に何を……い、命だけは」

 

「私をなんだと思っているのですか。ちょっと話したいだけですよ」

 

「…話したいだけ?」

 

「ええ。そうですね。友人たちがこぞってあなたについて話すのです。気になって当然でしょう?ほら、座りなさいな」

 

 そう言い、私は庭の縁側に腰を下ろします。優曇華院は毒気を抜かれたように、張り詰めていた肩の力をわずかに緩めました。ですが、まだ信じられないといった様子で、私の隣から、人間の大人二人分ほど離れた絶妙な距離の縁側へ、恐る恐る腰を下ろしました。

 

「はぁ……。あ、あの、でも私はただのしがない兎ですし、高尚な話題なんて、何も持ち合わせていませんよ?」

 

「高尚な話など私だって聞きたくありませんよ。もっとこう、ありふれた日常の話がいいですね。例えば、そう……貴女が普段どんなお仕事をしているのか、とか。永琳の小言は一日に平均何回くらいあるのか、とか。輝夜の難題(我儘)にどう答えているのか、とか」」

 

「お師匠様の小言、ですか……。数えたことはありませんけど、調薬の配分を一ミリグラム間違えただけで眉間に皺が寄って怖いです。明確なお叱りとかはしないんですけど、それが却って緊張して…」

 

「おやおや、それは大変ですね。永琳のことですから、指導もさぞかし苛烈なのでしょう。でも、それだけ貴女を優秀な弟子として見込んでいる証拠でもありますよ」

 

 多分そう、きっとメイビー。

 そう言うと、優曇華院さんは意外そうな顔をして、長い耳をパタパタと小刻みに揺らしました。

 

 まぁ、永琳は完璧主義者な一面があったり、自分の考えや思いは言葉にしなくても伝わると思ってる節があります。ぶつからな(言葉にしな)きゃ伝わらないことだってあるんだよ、とナミが教えていたのですが、忘れちゃったんですかね。まぁ、それも変化でしょうか。

 

「それに、輝夜のお世話も、なかなか骨が折れるでしょう?」

 

 私がそう言葉を続けると、優曇華院は「そうなんでよ!」と、弾かれたように身を乗り出しました。先ほどまでの恐縮ぶりが嘘のように、その長い耳が前後に激しく揺れ動きます。

 

「姫様ったら、昨日も夜遅くまで映画を観て夜更かしされていたみたいで……今朝起こしに行ったら、寝ぼけて枕を投げつけられたんです。しかも、お師匠様からは『姫の夜更かしを止められなかったのは鈴仙の不手際ね』って、理不尽に叱られる始末でして……あ、今の、お師匠様には絶対に内緒にしてくださいね!?」

 

(…そういえば、昨晩は私が輝夜を映画パーティーに付き合わせたのでしたね)

 

 内心でそっと優曇華院さんに手を合わせつつも、もちろんそんなことは微塵も顔に出しません。すべては私の我が儘のせいなのですが、ここで正直に白状してしまっては、この可愛い兎の怒りの矛先がこちらに向いてしまいかねません。神様たるもの、時には優雅に知らぬ存ぜぬを決め込むことも大切なのです。

 

「ふふ、口は災いの元、と言いますからね。私の口にはしっかりと鍵をかけておきますよ。永琳に対する愚痴は私と貴女だけの秘密にしておきましょう」

 

「あ、ありがとうございます……っ! ヨモツ様が優しい方で本当に良かったです。もしお師匠様に知られたら、今度こそ私の胃に風穴が開くところでした……」

 

 ほっと胸をなでおろす優曇華院さんの姿がおかしくて、私は喉を鳴らして笑いました。

 そんな私の様子を見て、優曇華院さんはお喋りを始めました。

 私はそんな彼女の弾むような声を聞きながら、その横顔をじっと眺めます。

 

 てゐたち地上の因幡が持つ、どこか人を食ったような老獪さや、図太い生命力とは明らかに違う気配。この鈴仙・優曇華院・イナバという兎はひどく生真面目で、どこか異国の軍隊のような、独特の規律正しさが体に染み付いているように思えました。

 それでいて中身は硝子細工のように繊細で、現世の荒波に揉まれながら、必死に自分の居場所を守ろうとしているのです。

 

「……あ。すみません、私ったら、自分の話ばかりして」

 

 ひとしきり永琳と輝夜への愚痴を吐き出した後、優曇華院はハッと我に返って顔を真っ赤に染めました。再び、お盆を胸元できゅっと抱きしめて縮こまります。

 

「いいえ、とても有意義な時間でしたよ。付き合ってくれてありがとうございました、優曇華院」

 

 私が優しく微笑むと、彼女の長い耳が驚いたようにぴょこんと跳ね、それからほんの少しだけ嬉しそうに、ペこりと頭を下げました。

 

「うーん、こんなに面白い話を聞かせていただいたというのに、私がなにかしない…というのも良心が痛みますね。うーん…そうだ、なにか悩みはありませんか?」

 

「悩み……ですか」

 

 優曇華院さんはそう呟くと、視線を落とします。先ほどまでのお喋りで生き生きと動いていた長い耳が、今度は迷いを含んだように、力なくペタりと伏せられます。

 

「……実は、ずっと自分の中で答えが出ないことがあって。ヨモツ様なら、何か分かるでしょうか」

 

「ほう、何でしょう? 私に答えられることなら、いくらでも耳を傾けますよ」

 

 優曇華院さんは躊躇うように一度言葉を呑み込み、それから意を決したように、ぽつり、ぽつりとその胸の奥に燻る重い霧を吐き出し始めました。

 

「私は……戦いから逃げ出してきた裏切り者の『月の兎』です。けれど、こうして地上に逃げ延びて、お師匠様や姫様にお仕えして、てゐたち地上の因幡たちと暮らすうちに、自分が一体何者なのか分からなくなってしまって」

 

 彼女の声音には、自嘲に似た深い迷いが混じっていました。

 

「月の兎としての誇りや規律を捨てきれない自分がいる一方で、地上の兎たちのように、その日その日を泥臭く、図太く生きる強さも私にはありません。どちらの世界にも染まりきれず、宙ぶらりんのまま……。私は月の兎として生きるべきなのか、それとも地上の兎になるべきなのか、ずっと迷っているんです」

 

 それは、不変を至高とする清らかな月を捨て、生死の巡るドロドロとした地上へ堕ちてなお、自らの居場所を見つけられずにいる、迷い子の切ない独白。いや、既に見つけてはいるのでしょう。ただ、自分が本当にそこにいていいのか迷っている。…戦いから逃げたせいでしょうか。おそらくは彼女も私のように”終わり”が無かった。明確に月の兎を辞めるきっかけが無かったのです。ならば、私が決定づけましょう。

 

「簡単ですよ。貴女は地上の兎です」

 

「え?」

 

「だって、変化してるじゃないです」

 

 私の言葉に、優曇華院はきょとんとしたまま、丸い目をさらに丸くしました。

 

「変化、ですか……?」

 

「ええ。先ほど貴女、自分で仰ったでしょう? 『ここで暮らすうちに、分からなくなってしまった』と。それこそが何よりの証拠ですよ」

 

 私は縁側に背を預け、どこまでも高く広がるこの国の青空を仰ぎ見ました。

 

「月の都の者たちが尊ぶのは、穢れのない不変の停滞。昨日も今日も明日も、何千年も何万年も変わらずにあり続けること。――ですが、今の貴女はどうですか? 地上に降りて、てゐたちの図太さに圧倒され、お医者様の小言に胃を痛め、姫様の我儘に振り回されながら、日々悩み、迷い、その心を動かしている」

 

 私は視線を空から隣の兎へと戻し、その硝子のように真っ赤な血のような瞳をじっと見つめました。

 

「何者であるべきかと悩み、昨日とは違う自分に揺れ動くこと。それ自体が貴女が今『生きている』という何よりの証明ではありませんか。何も変わらない月を捨ててここにいる時点で、貴女はもう、立派に地上で変わり続けているのですよ」

 

「……私が、地上で……」

 

 優曇華院さんは、まるで初めて見る景色を前にしたかのように、呆然と私の言葉を繰り返しました。伏せられていた長い耳が、小さく、けれど確かにぴくりと動きます。

 

「私に言わせてみれば、迷う事自体が地上の兎である証拠に他ならない。他ならない私が認めましょう。貴女は地上の兎だと」

 

 私がそう決めつけると、優曇華院さんの瞳の奥を覆っていた濁った霧が、少なくとも多少は薄くなったのが分かりました。全ての悩みは消えたわけではないでしょうが、少しは意味があったようで何よりです。

 

「……ヨモツ様は、不思議な方ですね。お師匠様が『あの方には気をつけなさい』って警戒する理由が分からないぐらい。でも……なんだか、胸のつかえが取れたみたいです。ありがとうございます」

 

 そう言って、ペこりと今度は深く頭を下げた地上の新米兎さん。その頬には、先ほどまでの青白い緊張ではなく、ほんのりと温かい地上の血の通った赤みが差していました。

 

「あっ、もうこんな日が暮れてますね!多分、姫様が起きる頃の時間帯なので、失礼します!」

 

 そう言って、優曇華院さんは小さく微笑みながら本来の仕事へと戻っていきました。去り際の彼女の足取りは、先ほど私を尾行していた時よりも、ほんの少しだけ軽やかになっているように見えました。

 

 一人残された縁側で、私は庭に咲く名もなき草花をぼんやりと眺めます。

 

 ――変わり続けるから、地上の兎。――穢れが満ちる事で花開く優曇華の花。

 

 誰が彼女に名前を付けたのかは分かりませんが、そのセンスは秀逸と言わざるを得ませんね。

 

(それにしても…

 

「偉そうに言ったものですねぇ」)

 

 私は小さく溜息を吐き、ぽつりと自嘲の言葉を漏らしました。

 迷うこと、揺らぐこと、昨日とは違う今日を泥臭く生きること。それこそが地上における生の証明なのだと彼女に説いておきながら、では、それを語った私自身はどうなのでしょうか。

 

「……まぁ、私のことはどうでもいいのです」

 

 私は思考を打ち切るように首を横に振ると、縁側から立ち上がり、自分の着物の裾を軽くはたきました。

 

 自分の時間がカタカタと狂いなく同じ場所を回り続けているとしても、私の目の前で、この愛おしい箱庭の住人たちが瑞々しく変化していく様を特等席で眺められる。それだけで、ごねて勝ち取ったこのお散歩の価値は十分にあるというものです。

 

 私は胸の中のわずかな寂しさをそっと仕舞い込み、再び永遠亭の長い廊下へと歩き出すのでした。

 

 これで私が永琳から受けた約束、【優曇華院さんの悩みを解決する】も終わり。ほんと言葉にしなさい。




永遠亭編は(きっと多分これで)終わり。
だいたいヨモツのスタンスはなんとなく書けたと思います。
にしても、第129季は弾幕アマノジャク編が終わったらやることが…
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