東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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破れるの早いなぁ。丁寧に書こうと思えば幾らでも書けますが、テンポよくいきます。


外伝 とある男の恋破れ。

 あの十三歳の誕生日の夜から、俺の時間は彼女を中心に回り始めた。

 

 勉強に勉強を重ね、目利きを磨き、モノを売る力を高める。それも巫女さんに相応しい男になるために。ただ与えられた仕事をこなすだけの退屈な日々は、あの夜を境に瓦解していた。

 

 朝は誰よりも早く帳場に座り、埃を被った過去数十年の大福帳を隅々まで読み解いて商売の機微を頭に叩き込む。

 日中の店番では持ち込まれるあらゆる道具に全神経を集中させた。納品にやってくる職人たちと言葉を交わし何気ない会話から木や鉄の性質、細工の善し悪しを学んだ。客が持ち込んできた壊れた道具があれば、安値でそれを買い、帳場の裏で自ら分解し、その構造を一つずつ紐解く…なんてこともした。

 夜は夜で、親父に教えを請うた。里で一番の道具店の主である親父は、最高の教本だった。道具の歴史、素材の仕入れルートの駆け引き、客の心を掴む話し方。夜が更けて行灯の火が細くなるまで、親父が語る話を一言半句も漏らさぬよう必死に書き殴り、脳裏に刻み込んだ。

 

 里の大人たちは「急に商売に目覚めた」「なんと殊勝な跡取り息子か」と口々に俺を褒めちぎったが、そんな評価はどうでもよかった。

 

 俺が求めているのは、実家を裕福にすることでも、立派な商人として名を馳せることでもない。

ただ、次に彼女に会うとき、ほんの少しでも子供扱いされない自分でありたかった。

 

 手が擦り切れ、そろばんを弾く指先が強張ろうとも、俺は諦める事なんてしなかった。俺には退屈でしか無かった実家の道具たちの一点一点が、彼女という手の届かない星へ這い上がるための、唯一の堅牢な階段に見えていた。

 

 そして、俺はそんな階段をがむしゃらに駆け上がっていった。

 


 

「巫女さん、見てください!」

 

 実家の道具店の帳場で、俺は声を弾ませながら、広げた風呂敷の上のものを差し出した。

里でも指折りの規模を誇るうちの店には、今日もひっきりなしに買い物客や職人が出入りし、威勢のいい声が飛び交っている。だが、その賑わいも今の俺の耳には届かない。俺の視線は、買い物のためにふらりと店を訪れてくれた、紅白の巫女服を纏う彼女の姿に釘付けだった。

 

「これは今日、仕入れの荷に紛れ込んでいた外の世界の道具ですよ。このガラスのレンズと精巧な歯車の噛み合わせ……絶対にただの道具じゃありません。たぶん、光を使って『何か』を映し出す、魔法のような道具です!」

 

「へぇ、それは面白いですね。何を映すんでしょうね。解かったら是非教えてくださいね」

 

 彼女は錆びついた金属の塊を細い指先でそっと撫でながら、楽しそうに目を細めた。

 

「もちろんです! 俺が絶対に動かしてみせますから、そのときは一番最初に巫女さんに見せます!」

 

 胸を張る俺を見て、彼女は「ふふ、楽しみに待ってますね」と、嬉しそうに微笑む。

 

 その言葉が、俺の胸の奥でどれほど大きな熱量となったか、彼女は知る由もないだろう。

 

 それから数年。俺は文字通り、寝る間も惜しんでその道具を──外の世界で『映写機』と呼ばれる機械の修理に没頭した。盗んだ技術をすべて注ぎ込み、複雑に絡み合う歯車を一つずつ磨き上げ、欠けた部品を自作しては組み直す。

 帳場の仕事を完璧にこなし、里でも誰もが認める本物の「若旦那」と呼ばれるようになった二十歳の冬、その機械はついにレンズに光を灯す準備を終えた。

 

 あの日から温め続けた想いと、綺麗に磨き上げた映写機、そして手に入れた外の世界のフィルムを店の奥に忍ばせ、俺は彼女が店を訪れるその時を、今か今かと待ちわびていた。

 

 そして雪の降るある日の夕暮れ。買い物のためにふらりと店にやってきた彼女を、俺は人目を忍ぶようにして、少し薄暗い店の奥の倉庫へと案内した。

 

「巫女さん、これ……あの時の道具です。約束通り、一番最初に見てほしくて」

 

 埃っぽい倉庫の片隅で、差し出された見事な機体を見て、彼女は「おやおや」と小さく息を呑んだ。

 

「本当に、直してしまったのですね。……貴方は、本当にすごい子です」

 

「もう、子供じゃありませんよ」

 

 少し低くなった声でそう告げながら、俺は最初っから内蔵されていたフィルムをセットし、静かに取っ手を回した。カシャカシャカシャ、と規則正しい金属音が響き渡る。

 

 次の瞬間、レンズから放たれた一筋の強い光が、倉庫の白い壁を眩しく照らし出した。そこに映し出されたのは、外の世界の見たこともない街並みと、歩く人々。白黒の、けれど確かに命が吹き込まれたかのように動く光の芸術だった。

 

「………綺麗」

 

 彼女の口から、感嘆の吐息が漏れる。

 壁に映る光に照らされた彼女の横顔は、あの十三歳の夜と同じように、この世の何よりも美しかった。磨き抜かれた黒曜石のようなその瞳が、きらきらと動く光をまるで子供のように純粋な輝きを湛えて見つめている。

 

「本当に素敵です。私、こんな素晴らしい道具、生まれて初めて見ました」

 

 彼女は俺の方を振り向くと、心からのこれ以上ないほど温かい微笑みを浮かべた。

 その曇りのない笑顔に、俺は胸がいっぱいになった。数年間の血の滲むような努力が、すべて報われたような気がした。

 

 カシャカシャと心地よい音を立てて回り続ける映写機。その淡い光に包まれながら、俺たちは並んで、壁に流れる名もなき異国の景色をいつまでも、いつまでも眺めていたのだった。

 

 だが、そんな幸せな時間も終わりが来る。

 フィルムは、やがてパチパチと乾いた音を立てて終わりを告げ、レンズからはただの白い光だけが壁に虚しく投射された。

 

 手回しの取っ手を止める。カシャカシャという心地よい音が消え、倉庫の中にはまた静寂が戻ってきた。まるで、魔法の時間が解けてしまったかのように。

 

「……あの、巫女さん。これ、持っていってください」

 

 俺はまだ熱を帯びたままの映写機を、そっと風呂敷に包み直して彼女へと差し出した。

 

「おやおや、これを私に? ですが、これは貴方が何年もかけて直した大切な道具でしょう?」

 

「いいんです。俺がこれを作ったのは……直したのは、貴方に見てほしかったから。だから、貴方に持っていてもらうのが、この道具にとっても一番なんです」

 

 子供のわがままではない。一人の男としての俺の言葉に、彼女は少しだけ驚いたように目を見張り──それから、本当に愛おしそうに微笑んで、その包みを大切そうに両手で受け取ってくれた。

 

「ありがとう。大切に、大切にしますね」

 

 彼女が倉庫を去ったあとも、俺の胸は心地よい高鳴りに包まれていた。

 自分の想いはまだ言葉にできていない。けれど、この道具が、俺たちの間を繋ぐ確かな絆になってくれると信じて疑わなかった。明日、いや明後日にでも、今度はちゃんとした贈り物を携えて、博麗神社へ向かおう。彼女に想いを告げるために。

 

 そんな弾むような足取りで、倉庫から薄暗い自室へと戻ったときだった。

 

「……あのお方に恋するのは、やめておけ」

 

 背後からかけられた低く重い声に、俺の身体は硬直した。

 

 振り返ると、ぽつんと灯された行灯の影から、親父が静かに姿を現した。いつの間にそこにいたのか、親父の目はつい先ほどまで俺たちがいた倉庫の方向を見ていた。

 

「親父…聞いていたのか」

 

 俺の声は自分でも驚くほど冷えていた。

 さっきまで胸の奥をあんなにも温かく満たしていた、彼女の笑顔の残滓が音を立てて急速に凍りついていく。代わりに、冷厳な実家の空気と逃れられない現実が、容赦なく足元から這い上がってくる。

親父は深く、長く、一度だけ大きなため息をついた。そして、ようやく俺を見て、俺の部屋に入り込んだ。ゆっくりとこちらへ歩み寄る足音が、やけに帳場に大きく響く。

 

「…すまない。だが、お前に伝えなければならないことだった。もう一度言う。巫女様に恋するのはやめろ」

 

 いつも俺を叱り飛ばす側の親父が、最初に口にしたのは「すまない」という謝罪だった。俺の会話を盗み聞きしたことへの謝罪…だけではない。俺が何年もかけて積み上げてきた血の滲むような努力も、この胸に宿る狂おしいほどの純情も、すべてを分かった上で、それを諦めろと言う…それに関しての謝罪なのだろう。

 

「親父…!」

 

 頭に血が上る。認められたくて、子供扱いされたくなくて、死に物狂いでここまで頑張ってきたのだ。一人の男として、みんなに頼られる若旦那として、今ならあの人の隣に──。

 

「頼む、認めてくれ! 俺はガキの憧れで言ってるんじゃない。一人の男として、巫女さんに『あのお方は、我々人間とは生きる時間も、背負っているモノも違うのだ!!』

 

 遮るような親父の叫びが、狭い帳場に激しく響き渡った。

 冷静で滅多に感情を露わにしない親父の肩が、あの十三歳の夜と同じようにガタガタと小刻みに震えている。その目には、怒りではなく、悲痛な涙が浮かんでいた。

 

「ど、どういうことだよ」

 

「あのお方が背負っているのはこの幻想郷そのもの。お前が触れていいモノじゃない」

 

「それは……っ、そんなの、分かってる! 分かってて俺は……!」

 

「分かっておらん!」

 

 親父は一歩前に出ると、俺の骨が軋むほどの強さで、その両肩をガシリと掴んできた。

 

「巫女様はな、特定の個人に情を移してはならんのだ。もしお前があのお方の特別になり、お前があのお方より先に老いて死んだとき……あのお方がどれほどの絶望に暮れるか、考えたことはあるか?」

 

 親父の問いが、重く帳場の空気を押し潰す。

 

「あのお方が絶望し、悲しみのあまり結界の維持を放棄すれば、この里は、幻想郷は崩壊する。だからこそ……博麗の巫女は個人的な記憶や情を持つことを許されない。お前があのお方に近づき、深く関わるということは、あのお方の心を壊し、この里のすべての人間を巻き添えにする可能性があるということだ」

 

 ドサリ、と親父が俺の目の前で両膝をついた。あの十三歳の夜と同じように、地べたに額を擦り付けるようにして、今度は俺に向かって頭を下げた。

 

「頼む、諦めてくれ……。お前がどれほど背伸びをしようと、人間の寿命など、あのお方にとっては一瞬の瞬きに過ぎん。お前が白髪交じりの爺さんになり、病に伏して醜く死んでいくその時も、あのお方はあの美しさのまま、お前の死をただ見送るのだぞ。……そんな残酷な未来へ、我が子を送り出せる親がこの世にいると思うか!」

 

「それは……っ、そんなの……!」

 

「お前にはこの『霧雨』の店がある。毎日コツコツと帳簿をつけ、客と向き合い、ただ実直に道具を売って暮らしていく……それが俺たち人間の、商人の生き方だ。お前があのお方に狂えば、この店も、お前自身の人生もすべて上の空になる。あのお方に『一人の人間の人生を狂わせた』という余計な荷物まで背負わせるつもりか。それが、お前の言う『相応しい男』のやることか!」

 

「あ……」

 

 親父の言葉は、かつて十三の夜の妖獣の牙よりも深く、鋭く、俺の胸の急所を抉り抜いた。

 

「……もう、あの星を追うな。それはお前のためにも、あのお方のためにもならん」

 

 頭を下げる親父の白髪混じりの頭を見つめているうちに、俺の身体から、頑なに張り詰めていた力が、スウと抜けていった。

 

 この親父は、また俺を守ろうとしてくれている。十三歳の夜、なりふり構わず息を切らせて山を登ってくれた時のように。今度は妖怪からではなく、「叶わぬ恋の絶望」から、俺を引き留めようとしてくれているのだ。

 

「……すまねえ、親父」

 

 ポツリと漏らしたその言葉と共に、俺の恋は一度も思いを伝えることすら叶わないまま、静かに沈んでいった。

 

 理不尽だった。けれども、それが俺の生きるひどく狭くて、温かい現実だった。




よく考えたらこの時代に映写機は忘れられるのか…調べてみたところ、デジタル撮影で全編を撮影した最初期の作品はスターウォーズEp2。あれが'99年に製作に着手し、02に公開。となると、この時代にフィルム映画はまだ全然ありそうで…あれだ、時代遅れとなった映写機が幻想入りしたんだ。

親父殿が博麗の巫女の記憶を持たない云々を語っていますが、推測で喋っています。
何代か前の巫女が顔見知りに殺された…というよりは説得力あるな。
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