東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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今回の話は独自解釈がとても多いです。
当たり前のように受け入れてたけど、なぜ魔理沙は金髪なのか、なぜ魔理沙と言う名前なのか…

思い付きで書き始めたのに、物凄く長くなってるし、魔理沙がすごい駄目な子に……どうして…どうして…こんなことに。


外伝 とある男の恋忘られ。

 あの夜から数年が経った。

 

 暗がりに沈めた憧れは日々の忙しなさに押し流された。

 毎朝誰よりも早く店を開き、客と向き合い、ただ実直に物を売る……そんな商人としての人生を歩んでいた。手が擦り切れるほどの努力で得た知識と目利きは、今や「霧雨店」を里になくてはならない店へと押し上げる程だった。

 

 そんなある日のことだ。

 無縁塚の近くで行き倒れていた青年が里の人間によって拾われた。彼はどうやら人間でも妖怪でもない…いわゆる”半妖”らしく、その知らせは瞬く間に里の有力者たちの間に駆け巡り、大きな波紋を呼んだ。

 

 一方は「妖怪の類いを里に留めるな」「いつ牙を剥くか分からない災いの種だ」と大騒ぎし、即座に里の外へ放り出そうとした。親父もまた、店や里の安全第一を考える大人として「損害のなり得る異分子(リスク)は背負うべきではない、また背負うほどの責任が持てない」と、追放を支持する側に回っていた。

 

 だが、誰からも拒絶され、ボロ雑巾のように床に転がされている彼を、俺は見過ごせなかった。理由はわからない。ただ「そうあるべき」だと思うように、俺は彼の弁護を行っていた。

 

 俺は里の寄り合いに乗り込み、お偉いさん方の前で必死に食い下がる。

 

「ただ外に放り出せば、彼は生きるために妖怪側につき、いつか里を脅かすかもしれない。ならば、我が里で引き取り、厳しく監視しながら道具として飼い慣らす方がよほど合理的だ」…と。

 

 そんな曖昧で根拠のない理屈を必死に並べ立てて説得を試みる俺と、頑なにそれを拒む老人たち。怒号が飛び交い、いよいよ青年の追放が決定しかけたその時、場にふらりと現れたのは巫女さんだった。

 

「……そんなに目くじらを立てずとも、彼がそこまで言うのです。彼に免じて、一度だけ機会をあげてはいかがです?もし何かあれば、その時は私が責任を持って『退治』いたしますから」

 

 巫女さんのその一言に、里のお偉いさん方もようやく渋々と首を縦に振らざるを得なくなり…こうして紆余曲折の末、半妖の青年は「霧雨店」で引き取られ、俺の弟子として暮らすこととなった。

 

 彼は驚くべき速度で商売を覚え、やがて「道具の名称と、その用途がわかる」という特異な才能を開花させ、俺の右腕となって店を支えてくれるようになった。俺より遥かに長い時間を生きるはずの彼は、いつしか俺にとって、ただ一人の気置けない友人となっていた。

 

 そして、更に数年後、俺の右腕として店を支えてくれていた半妖の青年が独立を申し出た。

 

「親父さん、僕はここで十分に商売のいろはを学ばせてもらいました。ですが……」

 

 青年は申し訳なさそうに、けれどその瞳に強い意志を宿して言葉を続けた。

 

「確かにこの霧雨店は里で一番の道具屋です。だからこそ、ここに並ぶのはどれも実用的で確かな品質の、いわば『既知』の道具ばかりだ。それでは、僕の『未知の道具の名称と用途がわかる能力』を活かせる機会が少ない。僕はもっと外へ出て、自分のこの力を試してみたい」

 

 それを聞いた時、俺の胸に去来したのは嬉しさだった。勿論、彼に対する名残惜しさはあったが、それよりも彼が自分で決意し、自分にしか見えない「階段」を登ろうとしていることが嬉しかった。

 

 俺は彼の背中を笑顔で押すことに決めた。そして、独立にあたり彼に『霖之助』という名を授けた。

 

 こうして彼は店を去り、里の厳重な監視の目が届きにくい魔法の森の入り口に、古道具屋『香霖堂』を構えたのだった。

 

 そして、霖之助が自分の店を構えてからしばらく、俺に娘が出来た。

 

 相手は里の有力者の娘、縁談だった。

 親父の言いつけ通り、人間の、商人としての現実を実直に生きていくための選択。優しく、淑やかな妻との間に波風の立たない穏やかな家庭が築かれ、そして、一つの新しい命が俺の腕の中に舞い降りた。

 

 娘の名前はマリサ

 

 産着から覗くその頭には、里の人間には珍しい陽の光をそのまま溶かし込んだような見事な金色の髪が揺れていた。聞けば、妻の祖父はかつて外の世界から迷い込んできた「外来人」だったらしく、娘はその異国の血を色濃く受け継いだようだった。

 

 どうやら外の世界の文化、特に西欧のハイカラな空気に憧れがあった妻は、その美しい金髪を見るなり、大はしゃぎで「この子は『マリサ』にしましょう!」と提案してきた。

 

 俺もその響きを聞いた瞬間に、胸の奥が優しく震えるのを感じて、すぐに同意した。どっかで見聞した名前だったのだろうか。ひどく馴染み深かった。

 

 マリサの成長は早く、好奇心に溢れていた。

 物心ついたあの子の行動範囲は、日に日に広がり、過激になっていった。

 

 最初は里の中をちょこまかと動き回っては、職人の仕事を覗き込んだり、よその荷車に勝手に乗り込んだりする程度だった。それだけならまだ「元気な子供」で済んだのだが、あの子の奔放さはすぐに、安全な人間の里さえも軽々と飛び越えてしまった。

 

 マリサが神社に向かったのだ。あの小さな足で。

 

 本人から話を聞くと、店で見たことのない綺麗な人がいたから、気になってこっそり付いて行ってしまったらしい。どうやらそこで友人もできたらしく、それからというもの、マリサは何度も神社へ行くようになってしまった。

 

「マリサ、神社に入ってはいけないと何度も言っているだろう。あそこは里の外なんだぞ」

 

 俺は何度も厳しく叱りつけた。

 だが、あの子の底なしの好奇心を前にしては、俺の言葉など右から左へと聞き流されるばかり。

 

 幸いにも、巫女様がいつも里までマリサを送り届けてくれている。だが、問題は行き。いくら巫女様が守る神社が目的地だとしても、そこへ至る道中は妖怪の出る危険な道だ。子供が一人で歩いて無事でいられる保証など、どこにもない。

 

 何度言い聞かせても無駄なように思えた。

 あの子の足を縛り付けておくことなど、俺にはできないのだと、暗い徒労感が胸に広がっていく。

 

 これ以上は、親の小言だけで引き止められる範疇を超えている。

 俺は胸の奥の個人的な想いは綺麗に棚上げし、一人の父親として巫女様に直接頭を下げて相談することにした。

 

「どうか、マリサに持たせるための、強力な魔除けのお守りを作ってはもらえないだろうか」

 

 そう懇願すると、巫女様は快くお守りを作って手渡してくれた。

 

 これで、あの子が行き道で妖怪に襲われる危険はひとまず減るだろう。だが、そんな俺の必死の思いを嘲笑うかのように、あの子の好奇心は霖之助にまで向けられることになる。

 

 ある日の用事で里にやってきた霖之助を見つけると、マリサは巫女様と同じようにこっそりとその後を尾行し、香霖堂という存在を知ってしまった。

 

 それからマリサが香霖堂に入り浸っているという話を、頻繁に耳にするようになった。あそこは博麗神社よりもさらに深い、人間が気安く近づいていい場所ではない本物の魔境だ。

 

 夕暮れ時になると、巫女様と同じように霖之助がマリサをおぶって、日が沈む手前の薄暗い道をいつも店まで送り届けてくれている。とはいえ、あいつの商売の邪魔になっているのは確かだし、何よりも危ない。巫女様のお守りを渡したのは失敗だっただろうか。

 

「親父さん、またマリサが店に忍び込んできてしまって……。僕の力で見ても、どう使うかさっぱり分からない外の世界のガラクタを、本当に楽しそうに一日中眺めているんです」

 

 申し訳なさそうに頭をかく霖之助の背中で、マリサは小さな寝息を立ててぐっすりと眠りこけている。その小さな両手には、霖之助の店から勝手に持ち出してきたのだろう、見たこともない奇妙な金属の歯車や、色褪せたガラス玉が宝物のようにぎゅっと握りしめられていた。

 

「霖之助。いつもすまないな……」

 

 ずっしりと重くなった我が子をそっと受け取る。その衣服からは、魔法の森特有の、どこか湿った奇妙に甘い菌類の匂いが微かに漂ってきた。その匂いを嗅ぐたびに、俺の心臓は嫌な音を立てて拍動を速める。

 

「マリサ、一人で勝手に出歩くのは危ないと言っているだろう。それに巫女様や香霖堂に気安く近づくんじゃない。あそこは、人間が関わっていい場所じゃないんだ」

 

 勝手に出かけた夜は、マリサを帳場に座らせ、何度そう言って真剣に叱りつける。だが、娘はちっとも言うことを聞かなかった。

 

 親の心、子知らずとはまさにこのことだろう。

 かつて外の世界の機械に焦がれ、実家の退屈な道具を嫌って夜の無縁塚を駆けた、あの十三歳の俺の愚かしさが、そのままこの子に遺伝してしまったかのようだった。

 あの子がいつか里の外へ、取り返しのつかないことが起こって、そのまま帰ってこられなくなってしまうのではないか。俺の胸の奥には、ずっと消えない薄暗い不安が澱のように溜まり続けていた。

 

 ──そして、その最悪の予感は現実となって襲いかかった。

 

 


 

 

 蝉の声が気の狂いそうなほどに降り注ぐ、うだるような午後のことだった。

 少し目を離した隙に、マリサの姿が店からまた消えた。いつもなら「香霖堂か、神社か」と一瞬考え、「また叱らなければ…」となるはずだったが、その日に限って臓の奥が冷たく締め付けられるような異常な胸騒ぎがした。

 

 じっとしていられなくなった俺は、そろばんを放り出し、突き動かされるようにして魔法の森の入り口にある香霖堂へと走った。

 

 肩で息をしながら店の扉を乱暴に押し開けると、カランカランと間の抜けた鈴の音が響く。だが、店内のどこを見渡しても、いつものようにガラクタに目を輝かせている小さな金髪の姿はなかった。

 

「どうしたんです、親父さん。そんなに血相を変えて」

 

「霖之助、マリサは……マリサはここに来ていないのか?」

 

「ええ、今日はまだ見ていませんが……」

 

「すまない。迷惑をかけたな…」

 

 やはりここにはいない…そう考えた香霖堂を出たところで、視界の隅に見覚えがあるモノが移った。

 

 陽の光すら遮る不気味な紫色の靄のなかで、それだけが不思議と淡い光を放っているように見えたそれは──お守りだった。

 

 俺が頭を下げて、巫女様に作ってもらったあの強力な魔除けのお守りが、紐を引きちぎられた状態で地面に転がっていた。

 

 血の気が一気に引いていくのが分かった。

 肌にまとわりつく湿った空気のなかに、あの子がいつもまとわせて帰ってくる、あの奇妙に甘い菌類の匂いが濃く漂っている。

 

 あいつはいつも、このお守りを持っていたから無事だった。

 妖怪たちがあえて近づかなかったから、無邪気に里の外で遊んでいられた。

 それが、何かの拍子に外れてしまったのだとしたら。守ってくれる盾を失くしたまま、あの本物の闇の中に迷い込んでしまったのだとしたら。

 

「親父さん、大丈……っ」

 

 店から飛び出してきた霖之助が、俺の 視線の先にあるお守りに気づき、顔を真っ青に強張らせた。あいつの持つ「道具の用途がわかる能力」が、その引きちぎられたお守りの意味に気づいたのだろう。

 

「霖之助、お前は今すぐ博麗神社へ走れ!」

 

「なっ、ですが僕も森へ──」

 

「だめだ、お前の足なら神社の方が近い! あのお方に……巫女様に事情を話して、力を貸してもらうんだ! 俺たち人間にあの森の深追いはできない。あのお方の力が必要なんだ、頼む!!」

 

 俺は霖之助の肩を強く掴み、怒鳴るようにして叫んだ。

 

「分かりました……っ! すぐに行ってきます!」

 

 霖之助は短く応じると、弾かれたように神社の参道へと向けて全速力で駆け出していった。

 

 その背中を見送る間もなく、俺は一人、湿った不気味な熱気を放つ魔法の森の入り口へと視線を戻した。

 

「マリサ……っ!どこだ……!」

 

 肌にまとわりつく奇妙に甘い菌類の匂いも、生い茂る茨が服を引き裂く痛みも無視して、俺は一人、光の届かない魔法の森へと飛び込んでいった。

 

……

………

 

 どれほどの時間が経っただろうか。

 うだるような夏の陽光はとっくに遮られ、不気味な紫色の靄が立ち込める森の中で俺はマリサを探し続けていた。

 

「マリサ……っ! マリサ、どこだ……!!」

 

 叫びすぎて喉はとうに枯れ、血の味がしている。

 一歩進むたびに、湿った地面から這い上がる瘴気が容赦なく肺を蝕んでいく。茨に足を取られて何度も転び、むき出しの肌は血塗れになっていたが、痛みを気にする余裕などなかった。

 

 一時間、二時間……いや、もう半日以上が経っているかもしれない。

 探せど、探せど、見つからない。どれだけ目を凝らしても、鬱蒼とした影がうごめくだけで、娘の小さな金髪はどこにも見当たらなかった。

 

(──もしかして、もう手遅れなんじゃないか)

 

 脳裏をよぎった最悪の想像が体を鉛のように重くする。頭が激しく揺れ、急激に視界が歪んでいく。極限の疲労と瘴気の毒に、俺の身体はついに限界を迎えていた。

 

「くそ……っ、マリサ……俺は、まだ……」

 

 もつれた足が、太い木の根に引っかかる。

 抗う術もなく、俺は地面の泥の中へと無残に倒れ込んだ。指先一つ動かす力も残っていない。視界が急速に暗転し、ゆっくりと意識が遠のいていく。

 

 情けなかった。娘一人助けられず、こんな場所で無様にのたれ死ぬのか。

 意識が完全に闇に落ちるその直前──ザザ、と草を分けて近づいてくる、微かな足音が聞こえた。

 

「……まさか今日だけでも二人の遭難者に会うなんて」

 

 冷たい地面からふわりと、見慣れた紅白の裾が滑り込んでくるのが見えた。

 

 

 

 

 はっと目を覚ましたとき、俺は木の根元に上半身を起こされ、冷たい水を口に注がれていた。

 「げほっ、ごほっ……っ」と激しくむせ返りながら視線を上げると、そこにはいつか夢にまで見た美しく澄んだ黒曜石の瞳が、俺を覗き込んでいた。

 

 巫女様がそこにいた。

 その背中にはすやすやと息を立てて眠る金色の小さな身体──マリサが、しっかりとおぶられている。

 

「マ、マリサ……! 無事、なのか……っ」

 

「……えぇ、無傷ですよ。安心してくださいな」

 

 巫女様はいつもの丁寧な口調で、優しく微笑んだ。

 マリサは生きている。その奇跡に俺の目から熱いものが溢れ出し、胸の奥の支えが音を立てて崩れ落ちた。

 

「よかった……本当によかった……。ありがとう、巫女様、本当に……っ」

 

 俺は何度も涙を拭い、溢れんばかりの感謝の言葉を伝えた。

 

「あぁ、やっぱりマリサさんのお父さんなのですね」

 

「はぁ?」

 

 安堵で涙ぐむ俺を見て、彼女はまるで「初対面の迷子の親」を見つけたかのような、ひどく穏やかな微笑みを浮かべていた。

 

「霖之助さんから『女の子が森へ迷い込んだ』と、泣きつかれんばかりの勢いで頼まれましてね。急いで森を探しましたところ、マリサさんを見つけたのですよ。そうしたら、そのすぐ近くで貴方が倒れておいででしたから……おやおや、一体どうされたのですか?」

 

 巫女さんは背中のマリサを優しくあやしながら、俺の困惑した様子が気になったのか、心底不思議そうに首を傾げる。

 

「うん?…ひどく疲れてるみたいですね。じゃあ、貴方の事も私が背負いましょうか」

 

「いや、大丈夫です。巫女様のおかげでだいぶ楽になりました。ありがとうございます」

 

 俺はふらつく足に力を込め、なんとか自力で立ち上がる。泥と茨でボロボロになった身体の痛みなんて、気にしてられなかった。

 

「…私の事を憶えていませんか?」

 

「……はい? 憶えている、とは……何を、でしょうか?」

 

 俺の縋るような視線と、今にも張り裂けそうな声に、彼女は完全に戸惑ったように目を瞬かせた。じっと俺の顔を見つめたまま、彼女の黒曜石の瞳がかすかに揺れる。

 

 そうして、何かを必死に思い出そうとするように、月の髪飾りに触れた指先にぎゅっと力がこもる。だが、どれだけ記憶の引き出しをひっくり返しても何も出てこないのだろう。やがて、彼女の顔から戸惑いが消え、代わりに血の気が引いていくような、張り詰めた青白さが広がっていった。

 

「……あぁ」

 

 ぽつりと、彼女の唇から何かを理解したかのような掠れた声が漏れる。

 

 だが、彼女が取り乱したのはほんの一瞬。

 巫女様はすぐにすっと息を吸い込むと、何事もなかったかのように顔を元に戻した。

 

「ごめんなさい。どこかでお会いしましたっけ?」

 

「……そうです、か」

 

 俺はガタガタと震える身体をなんとか抑え、衣服をきつく握りしめた。

 単純に忘れてしまったのか。それとも何かしらの要因があるのか。俺には何一つ分からない。分からないけれど、彼女のその完璧な「他人の微笑み」が、もう何もかもが終わってしまったのだと、冷酷に告げていた。

 

 俺は深く吸い込んだ息を震わせ、張り裂けそうな心を鉄の意志でねじ伏せると、彼女の前に、ゆっくりと、深く頭を下げた。

 

「私は人間の里の、ただの道具屋です。……娘を、マリサを救っていただき、本当に、ありがとうございました、巫女様」

 

 ただの道具屋。

 ただの他人。

 

 あぁ、そうか。

 親父の言っていた言葉のいちばん残酷な意味が、今になって五臓六腑に染み渡る。

 

『あのお方が背負っているモノはお前が触れていいモノじゃない。お前があのお方に狂えば、お前自身の人生もすべて上の空になる』

 

 子供扱いされたくなくて必死に駆け上がってきた、あの血の滲むような数年間も。

 薄暗い倉庫の奥で、カシャカシャと心地よい音を立てる映写機の光のなか、隣り合って彼女の美しい横顔を見つめたあの奇跡のような時間も。

 

 ──全部、俺の独りよがりだった。

 あのお方は最初から、人間である俺なんかとは違う、遠い世界の天上の星だったんだ。

 

 

 世界中で、俺一人の頭の中にしか存在しない思い出なんて、そんなものはただの狂人の白昼夢と変わらない。

 俺の心臓を引き裂くほどだったこの愛おしさも、あの美しく温かい思い出も、この世界から跡形もなく消え失せて、いま、俺一人の胸の中にしか存在しない、ただの悲しい幻になった。




好奇心に駆られたのか、妖精に誘われたのか、何かしらの理由で幼いマリサは森に入ってしまいました。そして瘴気、化け物茸の胞子、熱く暗く湿った環境が彼女の体力を奪い、そして…
ですが、大事には至りませんでした。
巫女様が来たからです。
巫女様は数分悩んだ後、彼女の体に手を翳すとマリサの体調はみるみる回復していきました。それこそ、時間が戻ったように。
そうしてまた喪った、とさ。

今回は親父さん視点だったため書き切れなかった補足を。
巫女と霖之助はグルでした。
霖之助は単純に商売に興味があったこと。
巫女は外から流れ着く道具による科学の流通を阻止したかったのです。神秘が論理的に否定され、妖怪の存在そのものが消滅する可能性がありましたので。香霖堂を建てる事により、それらの道具を堰き止めた…と言う訳です。(まぁ、第一話で『半妖である僕が幼い頃からずっと同じ姿の彼女は一体何者だろう』とあり、それに対する辻褄合わ…こほん)
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