東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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前回の外伝である「とある男の恋~」シリーズの続きは…未定だ!(一応、内容は決めてるけど、話が重い)まぁ、あの外伝のおかげでなんとか最終盤のプロットは組めた。…それに至るまでの道中はまだだけどね。

そして、今回の視点は新キャラです。これからのキーキャラになる…はず。


第129季/秋 羅万館with???

 強い秋バラの匂いがする。

 鼻腔をくすぐる濃厚で甘い香りに、私はふと目を細めた。どうやらこの世界もいつの間にか秋を迎えていた…というわけだ。私がこの肉体に宿ってから、また更に一つの季節が過ぎ去ったということだろう。

 

 障子の隙間から差し込む秋の陽光はどこか物悲しく、けれど確かな時間の移ろいを感じさせる。私はその光を浴びながら、部屋の片隅で冷たい紅茶のカップを弄んでいる大妖怪へと視線を向けた。

 

「それで、紫さん。ご主人様を元に戻す方法は考え付いたんですか?」

 

 私の問いかけに、八雲紫はカップをソーサーに戻し、小さく息を吐いた。その美しい顔には、ご主人様の言っていた飄々とした余裕はなく、酷く現実的で重苦しい色の影が落ちている。

 

「…ひとまずの仮の案は出来たわ。ただもっと確実性を高めたいし、足りないモノも多いし、そもそもたたき台よ。まだまだ未定ね」

 

「えー。まだなんですか…私、早くご主人様に体を返したいんですけど」

 

 不満を隠さず唇を尖らせる私を、八雲紫は付け入るスキマのない怜悧な瞳で見つめ返してくる。その視線は、この肉体の内側にいるのが彼女の愛すべき旧友ではなく、ただの「代役」であることを冷徹に突きつけてきた。まぁ、自分でもそう思っているけど、少しは労わる気持ちはないのか?

 

 ほんの少し前まで、これから訪れる未来を知るための重要な『道標』として、それこそ壊れ物を扱うように、八雲の屋敷で過保護なほど大切に私を扱ってきたあの手つきに比べれば、今の扱いはずいぶんマシだけど。それはそれとして、労わってほしい。そういや、

 

「…夕雲の代役は出来てるの?賢者の仕事は無理なんだから、せめてあの子の居場所…羅万館の店主ぐらいはしっかりやりなさいな」

 

「うぐ」

 

 痛いところを突かれ、私は言葉に詰まった。

 ご主人様を記録し続けてきた私にとって、あの方の口調や仕草を真似るなど造作もないはず…だった。誰に対しても丁寧に接しながら、その実、身内には甘やかしが隠しきれない親バカで人間味が強い、あの独特な空気。私はあの雰囲気を完璧に模倣できる自信があったというのに。

 

 だが、中身が違えば、どうしても綻びは生まれる。

 特に、ご主人様と深く関わってきた者たちの鑑識眼の前では。

 

「あの宵闇妖怪には既にバレたんだっけ?」

 

 紫さんの口から出たその名に、私の背中に冷たいものが走った。

 

(あれは本当に怖かった)

 

 羅万館の奥、光の遮られた暗がりの一角で、不朽の名作SF映画「エイリアン」、その終盤、画面の中の男が恐怖に震えながら怪物に問いかける、あの有名な台詞。

 

『「お前は一体何だ?」』

 

 その声と重なるようにして、隣に座っていたルーミアが私に問いかけた。

 

 ビビりにビビりった、あれは。

 うっわ、なんでわかるんだよ…みたいな気分だった。

 

 確かにルーミアは先々代博麗の巫女によって封じられた存在であること、宵”闇”の妖怪である性質から”黄泉”の神様であるご主人様は近しい属性であること、ルーミアが一週間に一度はご飯を食べに来るほどご主人様と親しい関係であること…などなど、理由を挙げればキリがない。

 

 とは言え、私はご主人様の記憶を共有していて、肉体はご主人(霊暮)様のモノそのもの。そう簡単にはバレないだろう…高を括っていたのだが。

 

「あれは例外中の例外、そうそう同じようなヘマはしませんよ」

 

 私が過去の恐怖を思い出しながらバツが悪そうに言い訳をすると、紫さんはため息交じりに紅茶のカップをソーサーへと戻した。コトリ、と陶器の重なる小さな音が、静まり返った部屋にやけに鮮明に響く。

 

「だけど、あの妖怪が協力してくれるのは確かに助かるわ。あんなバケモノが封印を解いて、暴れたら幻想郷がどうなるかわからない。じっとしてくれるだけ御の字ね」

 

「へへ、怪我の功名ですね」

 

 私が少しおどけて頭を掻くと、紫さんは呆れたような、愛おしむような目をこちらに向けた。その表情は私を見ているようで、その実私の奥にいるご主人様の影を追っているのだろう。

 

「ともかく!なんとしてでも、夕雲を『回帰』させる舞台が整うまで、何としてもその器を守り通しなさい。それが貴女が自分に課した役割でしょう?」

 

 紫さんはそう言って、いつの間にか開いていた境界のスキマへ、音もなく紅茶のカップを片付けた。

 

「じゃ、私は帰るわ。何かあったら藍を呼んで頂戴」

 

「はいはい。お大事に~」

 

 ひらひらと手を振る私を最後に一度だけ振り返り、大妖怪は満足そうに微笑んで、スキマの向こうへと消えていった。

 

「わかってますよ……」

 

 私は小さく愚痴をこぼしながら、ご主人様の、いや、今は私が動かしている心臓にそっと手を当てた。トクン、トクンと衣服越しに伝わってくる鼓動は、驚くほど温かく、そして確かだ。

 私をただの「代役」だと思っている紫さんだって、ご主人様の事が好きだからこそ、これほどまでに焦り、冷徹に徹しているのだろう。それは、ご主人様に愛用されていた私にも痛いほど理解できた。

 

 窓の外からは、再び強い秋バラの香りが風に乗って運ばれてくる。

 

 秋が深まり、季節が巡るたびに、幻想郷は確実に変わっていく。

 ルーミアのような例外にこれ以上勘づかれないよう、せいぜい完璧な「夕雲」様を演じ続けなければならない。早くこの温もりを本来の持ち主に返して、またいつものように、私はあの方の愉快な日常を記録する側に戻るのだ。そのために生まれたのだから。

 

 私は心の中で自らに言い聞かせるように、深く、重い息を吐き出した。

 

「へぇー、最近の夕雲、何かおかしいなぁと思ってたけど、そんな事情があったんだ」

 

「―――うわぁ!?」

 

 突如として背後から降ってきたその声に、私の心臓は今度こそ完全に止まるかと思った。

 慌てて振り返る。誰もいないはずの室内の、ちょうど私が腰掛けているカウンターのすぐ真後ろ。そこには、いつからそこにいたのか、サードアイをぶら下げた少女が無邪気な笑顔を浮かべて壁に寄り掛かっていた。

 

 古明地こいし。

 心を閉ざし、無意識の中を漂うさとり妖怪。

 

 あまりの衝撃に、私は開いた口が塞がらなかった。八雲紫が今しがたまでここにいて、結界の類だって厳重に張られていたはずなのだ。それを完全に素通りし、気配すら一切させずに私たちの会話を盗み聞きしていたというのか。

 

「こ……こいし、ちゃん……? いつからそこに……」

 

 何とか声を絞り出す。丁寧な口調だけはどうにか維持したものの、声は完全に震えていた。

 

「んー? 八雲紫が来るちょっと前くらいからかなぁ。夕雲に遊んでもらおうと思って此処に来たら夕雲、私に気づかないんだもん。不貞腐れたら、貴女達が勝手に話しだしたの」

 

 こいしちゃんはケラケラと楽しそうに笑う。その無邪気な笑い声が、今の私にはどんな大妖怪の脅し文句よりも恐ろしく響いた。

 

 彼女の能力は「無意識を操る程度の能力」。心を閉ざした彼女は、誰の意識にも引っかからない。気配を消そうと意識しているわけではなく、ただ「そこにいない」かのように存在することができる。だから、あの大妖怪である八雲紫でさえ、すぐ近くに彼女が潜んでいることに全く気づかなかったのだ。

 

 こいしちゃんはトコトコと軽い足取りで私に近づくと、私の顔をすぐ目の前でじっと覗き込んできた。

 

「いつもならね、私がすぐ後ろに立ってても、夕雲は『おやおや、こいしちゃん。いらっしゃい』って、ちゃんと私を見つけてくれるんだ。なのに今日の夕雲は、私のことなーんにも気付かないで、難しい顔して話し込んじゃうんだもん。変なのー、って思って聞いてたらさ。……ねえねえ、じゃあ、やっぱり君は『夕雲の偽物』なの?」

 

 真っ直ぐに向けられる無垢な視線に、私は喉の奥がカラカラに干からびるような錯覚を覚えた。

否定したところで、今の会話をすべて聞かれてしまっては言い訳など立ちようがない。ここで取り乱して逃げ出したり、あるいは彼女を拒絶したりすれば、それこそ事態は最悪の方向へ転がるだろう。

 

 頭の中で、ご主人様が書き続けた膨大な記録が目まぐるしくページをめくる。古明地こいしという少女は、お姉さんである古明地さとりを悩ませるほどの自由奔放なトラブルメーカーでもあるが、同時に、優しくしてくれた者にはそれなりに懐く素直さも持ち合わせている。

 

 私は深く息を吸い込み、限界まで震える指先をぎゅっと握りしめて、覚悟を決めた。

 

「……そうです。私は夕雲様の偽物……いえ、『代役』を任されている者です。本物の夕雲様は、今はお体の調子を崩されていて、少し遠いところで休んでらっしゃいます」

 

「ふーん、やっぱりそうなんだ。じゃあ、夕雲は戻ってこないの?」

 

「いいえ! 決してそんなことはありません!」

 

 思わず強い声が出た。こいしちゃんは驚いたように、パチパチと目を瞬かせる。私はすぐに声を落とし、懇願するように彼女を見つめた。

 

「夕雲様は必ず戻ってこられます。そのために、紫さんや永遠亭の八意様が必死に方法を探してくださっているのです。ただ……そのためには、この器――夕雲様としての身体と居場所を、何としても守り通さなければなりません。もし中身が違うと他の皆さんに知られたら、夕雲様が戻ってくる場所すらなくなってしまうかもしれないのです」

 

「ふーん……。大変なんだねぇ」

 

 他人事のように首を傾げるこいしちゃんに、私は一歩歩み寄り、意を決して頭を下げた。ご主人様の身体で、これ以上ないほど真摯に、必死に願いを乞う。

 

「古明地こいしさん、貴女にお願いがあります。どうか、今の話を他の誰にも言わないでいてくれませんか? そして……もしよければ、夕雲様がこの世界に戻ってくるための、私の、私たちの『協力者』になってほしいのです」

 

「えっ、私に協力しろってこと?うーん……いいよ!夕雲に早く会いたいし!なんだか面白そうだし!」

 

 こいしちゃんの声が一気に弾んだ。どうやら「秘密の共有」と「協力」というワードが、彼女の遊び心を刺激したらしい。

 

「でも、私に何ができるの? 私はお姉ちゃんみたいに心も読めないし、お薬も作れないよ?」

 

「貴女にしかできないことがあります」

 

 私は顔を上げ、ご主人様の穏やかな笑みを…今度はできる限り歪まないように意識して、その顔に浮かべた。

 

「詳細は追って説明しますが……夕雲様が戻ってきた際には、お出迎えの特等席を用意すると約束します」

 

「特等席!いいね、それ! 夕雲が起きたら、一番に私にお菓子をくれなきゃダメだよ?」

 

「ええ、約束します。あの方は貴女をとても可愛がっていらっしゃいましたから、きっと山ほどのお菓子で歓迎してくれますよ」

 

「じゃあ、私は行くねー、ばいばーい」

 

 用件は済んだとばかりに、こいしちゃんはひらひらと手を振りながら、来た時と同じように唐突に、そして滑らかに部屋の闇へと溶け込んで消えていった。

 

 ぽつんと一人残された室内で、私はしばらくの間、自分が呼吸をすることすら忘れていたことに気がついた。

 どっと一気に噴き出してきた冷や汗が肌を濡らしていく。全身の震えが止まらない。

 

「特等席……とか調子の良いことを言って、懐に引き込んじゃいましたけど……。い、胃が痛い……」

 

 最悪の破滅こそ免れたものの、とんでもない劇薬を抱え込んでしまった。

 相手はあの誰も制御できない無意識の体現者なのだ。もし彼女の気まぐれでこの約束が地霊殿の古明地さとりや、あるいは他の誰かに漏れたら面倒なことになる。

 

 一刻の猶予もない。

 私は震える手で懐から、紫さんから緊急用にと渡されていた、藍さんを呼び出すための式札を取り出した。

 

「ら、藍さ~ん!!!来てくださーい」

 

 そう言いながら札に妖力を込めると、空間が文字通り「ペリリ」と音を立てて裂け、そこから九本の美しい尾を揺らした八雲藍が姿を現した。

 

「どうした、敵襲か!?」

 

 緊迫した表情で扇を構え、周囲を警戒する藍さんに対し、私は情けない声を上げてその場にへたり込んだ。

 

「て、敵襲ではないのですが……そのこいしちゃんに、全部聞かれてまして……」

 

「……は?」

 

 藍さんの動きがピキリ、と凝固した。

 そこからの顛末の報告は、まさに地獄の時間だった。私が事の経緯と、「夕雲様が戻るための協力者になってくれ」と頼み込んで秘密を共有したことを白状すると、藍さんの狐耳がかつてない角度で逆立った。

 

「な、何ということをしてくれたのだ貴様は……!御しきれぬ不確定要素を、よりにもよってこの最重要機密に巻き込むなど正気の沙汰ではないぞ!!」

 

 部屋が震えるほどの怒声で怒鳴られ、私はご主人様の身体を縮こまらせて「うぐぐ……」と唸るしかなかった。

 

 さらに最悪なことに、藍さんからの連絡を受けて即座にスキマから引き返してきた紫さんからも、それはそれは冷たい笑顔で、たっぷりと一時間以上お説教を食らう羽目になった。

 

 結果として、こいしちゃんへの監視と対策は八雲家が裏で動くということで一応の決着はついたものの、私に対する二人の信用は、今や幻想郷の地の底よりも深く失墜してしまったに違いない。

 

「……早く、早くご主人様にこの身体を返したい……」

 

 二人が去った後、私はすっかり静まり返った部屋の畳に突っ伏し、本日何度目か分からない深い溜息を吐き出す。

 

 窓の外からは、やはり変わらずに、どこか私を嘲笑うかのような強い秋バラの香りが、夜の冷気と共に部屋へと流れ込んできていた。




今回の視点の人物(仮称、偽雲さん)の結末は決まっています。
妖精さんです。もしくは山歩き。そっから羅万館の店員です。

夕雲さんの口調に慣れすぎて、全部がですますのなっちゃう。
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