まぁ書いてて楽しかったのでね、今回も前回と同じように書かせていただきます。
「――夕雲。一体全体何をやらかしてるわけ?」
上空から降ってきたのは、呆れと、わずかな鋭さを孕んだ声。
紫を基調とした衣装に身を包み、携帯電話を片手に滞空するのは、姫海棠はたて。
自称・今どきの念写記者であり、同時に妖怪の山における私の最も親しい友人…そう言っても差し支えのない天狗です。
「おや、はたて。いいところに。……いえ、見ての通りですよ」
私はスペルカード【無限相環】の展開を維持したまま、彼女を見上げて苦笑いを浮かべました。
「見ての通り、ねぇ……。私の目には夕雲が白狼天狗たちを、一方的に蹂躙しているようにしか見えないんだけど?」
はたては、先ほどまで白狼天狗たちの犯行現場に向けられていた携帯電話を懐へとしまい込みました。愛機を収めるその動作一つとっても、今の彼女が私に対して抱いている、言葉に尽くせぬほどの呆れが滲み出ています。
そして、その瞳の奥には、「納得のいく説明してみなさいな」という、言外の圧力がこれでもか!と籠められていました。その視線だけでも普通の妖怪ならあらぬことを白状してしまいそうな威圧感があります。
…まぁ、ポーズでしょう。演技です。はたては私に優しいですからね。部下である白狼天狗の手前、あんな演技をしてるのでしょう。
本気で怒ってたら、私がまずい事になります。何がまずいかって、彼女の機嫌を損ねれば、私の心のオアシスである、あのスーパーウルトラビューティキュートな巫女さんsの念写を融通してもらえなくなってしまいます。そうなれば、我が強靭の五体、即座に砕け散るでしょう。
えぇ、だから、私ははたてが――いや、はたてさんが怒っていないことを願うばかりです。
「…じゅ、蹂躙、とは人聞きの悪い。これは正当防衛ですよ。先に手を出してきたのは椛たちです」
「正当防衛どころが、過剰防衛でしょうに……で? 理由を聞かせてもらえる?理由によってはこの怒りを収めてあげる」
「ええ、もちろん。……ですが、一から十まで説明するのは少々時間が惜しい。ですので、端的に、事の本質だけをお伝えします」
私は視線をはたてから、未だに包囲を解こうとしない、椛を筆頭とした白狼天狗の群れへと移しました。
「結論から言いましょう。この異常な数の白狼天狗による私の足止め……これは、大天狗である飯綱丸龍の直命によるものでしょう。では、なぜ彼女は、私をこれほどまでに必死に遠ざけようとするのか?」
私は一度言葉を切り、確信に満ちた笑みを浮かべました。
「それは、私に『知られたくない真実』が、この山の頂にあるからです。……そう、私の恋愛センサーが導き出した、揺るぎない真実。
それは飯綱丸龍は、天弓千亦さんにガチで懸想をしているという事!その事を私に隠すために、彼女は私を足止めしたのです!」
マジだよ。
私の発した真実に周囲が静まり返ります。ふふっ、きっと皆さんは今頃頭を回して「なるほど…そうだったのか」「確かに辻褄が合う」とか考えてるんでしょうね。
「あのね、夕雲。そんな事あるわけないじゃない」
はたてが、まるで極寒の地の吹雪のような、心底呆れ果てた声を絞り出しました。
あれ?おかしいですね。私の予想では、ここで彼女は携帯電話を取り落とし、驚愕のあまり「特ダネだわ!流石ね、夕雲!博麗の巫女たちの念写なんて何枚でも撮ってあげる!」と叫ぶはずだったのですが。
「……はて?何があるわけないのですか?私のアーカイブには、これと似たシチュエーションの恋愛映画が数百本は――」
「全部まとめて、忘れちゃいなさい!」
はたては滞空したまま、こめかみを指で押さえ、痛みに耐えるように顔を顰めました。
「夕雲、いい?冷静に考えなさい。あの飯綱丸様が、ただの恋煩いで、山の警備システムを私物化して戒厳令を敷く?……バカバカしい。そんなの文々。新聞のエイプリルフール記事でも採用されないわよ!」
「ですが、はたて。この過剰な防衛こそが、真実を隠したい焦りの表れだとは思いませんか?恋は人を盲目にし、権力者を暴君に変える……これは歴史が証明しています」
「それは、アンタが好きな物語の中だけの話!リアルの政治はもっとドライで、打算的で、薄汚いの!」
「ゆ、夢がないですね!」
はたては、ぐい、と私に顔を近づけました。
「今回の博麗神社での市場開催は、天狗、河童、そして市場の神との間の、高度な政治的取引よ。アビリティカード異変の事後処理と、新たな信仰のパイを巡る権力者たちのチェスゲーム。……そこに恋愛が入り込む余地は、塵一つないわ」
(……私も権力者なんですけどね)
まぁ、そんな事言ったらはたてに叱られているのが目に見えてます。黙っておきましょう。それにしても……
「ビジネス……。なるほど、そう来ましたか」
私は月の髪飾りに指を添え、ふむ、と顎を引きました。友人であるはたての、現実的かつ冷静な分析。……確かに、一理あるでしょう。
ですが、だからといって、私のセンサーが間違っていると決まったわけではありません。
「はたて。ビジネスパートナーをデートに誘うために、遊園地を丸ごと貸し切る社長の話、聞いたことはありませんか?」
「……ん?」
「今回の紅雪も、博麗神社という舞台も。それが『市場を開くためのビジネス的な要件』であったとしても、同時に『千亦さんが最も望む場所を、飯綱丸が用意した』という二つの事実は矛盾せず、両立します」
ビジネスというオブラートに包まれた、強烈なアプローチ。
……やはり、飯綱丸龍、あなたは私が思っていたよりも、ずっと策士で、ずっとタチが悪い恋愛モンスターのようです。いや、それでこそ私の敵に相応しいかもしれません。
「……夕雲。アンタ、もう一回黄泉の国に帰って、頭冷やしてきた方がいいわよ」
「なにおう!」
「はいはい、わかったわ。アンタを納得させるためにも飯綱丸様を念写してあげる。これで何もなかったら、アンタはこのまま帰りなさい。いいわね」
「いいですよ!やってみなさいな!私のセンサーは正しいと証明してあげましょう!あと、当たってたら霊夢か、霊墓の写真をください!」
「はいはい、妄想乙。そのセンサー壊れてるから。……じゃあ、ちょっと待ってなさい」
はたては呆れたように肩をすくめると、滞空したまま携帯電話を構えました。
彼女の能力は「念写をする程度の能力」。
持っているカメラにキーワードを入れるとそれにちなんだ写真が見つかるというもの。それを使って、飯綱丸を念写しようとしているのでしょう。
「えーっと……ターゲットは飯綱丸様。……お、いたいた。何やってんのかしらね、このクソ忙しい時期に」
はたてが携帯電話の画面を操作し、ズーム機能を働かせます。
私も、そして周囲で未だに私を包囲していた椛たち白狼天狗も、思わず唾を飲み込んで、彼女の手元に注目しました。
パシャリ。
乾いたシャッター音が響き、携帯電話の画面に一枚の画像が映し出されました。
「……え?」
「どれどれ」
画面を覗き込んだはたてが、間の抜けた声を上げました。
一方、私はその念写を見た瞬間、勝利のガッツポーズをします。
「ね!言った通りでしょう?」
画面に映し出されていたのは、妖怪の山の高地、そこで飯綱丸と千亦さんが密会しているというもの。
「嘘でしょ…夕雲が言っていることが正しいというの!あの夕雲の!」
「ま、これが恋愛マスターの実力ですよ。さ、崇め奉りなさいな」
はたては携帯電話を握りしめたまま、信じられないものを見る目で画面と私を交互に見つめ、戦慄しています。
一方、私の勝利宣言と、はたての愕然とした様子を見て、周囲の白狼天狗たちの包囲網が動揺に揺らぎ始めました。
彼女たちは一糸乱れぬ連携を誇る集団。しかし、その忠誠の対象である大天狗が、実は恋煩いで戒厳令を敷いていたかもしれないという疑惑は、彼女たちの士気を根底から揺るがすに十分でした。
「……あ、飯綱丸様が……懸想している?」
「じゃあ、私たちのこの警備は、大天狗様の……恋路を守るため?」
「そんな…
「結婚するのか、私以外のやつと」
ざわめきが広がります。
その混乱を、一人の真面目な白狼天狗が裂きました。
「待て、騙されるな! みな、落ち着け!」
椛が、地を這うような声で叫び、盾を強く打ち鳴らしました。
「これは夕雲様の罠だ! 確かに大天狗様は千亦様と密談されているが、それはアビリティカードの事後処理や市場の運営に関する、極めて事務的で政治的な談合の可能性が高い。私たちが夕雲様を足止めしたのは、彼女の言動が著しく不穏で、大天狗様を害する恐れがあったからだろ! 別に私たちは、飯綱丸様から『恋路を隠せ』なんてご命令を受けたわけじゃないはずだ!」
椛の必死の形相と、筋の通った反論。
本来なら、これで白狼天狗たちは正気を取り戻したでしょう。……しかし、タイミングが悪すぎました。
「……事務的な談合、ねぇ」
はたてが、携帯電話の画面を見つめたまま、心ここにあらずといった風に呟きました。その声は小さかったですが、混乱する天狗たちの耳には、椛の叫びよりもはるかにはっきりと届きました。
「確かにその可能性はあるわ。だけど、”赤土”の件も、博麗神社で市場を開く計画も私は知らなかった。つまり、飯綱丸様の独断の可能性が高い。という事は、夕雲が言っていることも真実味を帯びる」
はたては、ゆっくりと顔を上げました。その瞳にはただただ「記者としてのギラギラとした欲望」だけが宿っていました。
「『大天狗・飯綱丸龍、市場の神にガチ恋! ビジネスを隠れ蓑にした暴走プロポーズ!』……これ、一面どころか、号外三枚分、いえ、幻想郷中の新聞がひっくり返るレベルの超ド級特ダネじゃない!」
「はあ!? はたて様、何を言って……!」
椛が驚愕してはたてを見上げましたが、はたてはすでに、羽ペンとメモ帳を取り出し、何かを書き殴り始めていました。
「夕雲、アンタはやっぱり最高ね!このネタ、文々。新聞より先じゃなきゃ……!よし、椛! 悪いけど、この画像と夕雲の説は採用!」
「は、はたて様ーっ!?」
はたてのこの発言は、周囲の白狼天狗たちに、椛の正論とは別のベクトルで強烈な衝撃を与えました。
彼女たちにとって、姫海棠はたては上司であり、同時に情報のプロでもあります。その彼女が、この説を採用し、記事にすると明言した。……その事実が、彼女たちの困惑を、確信へと変えてしまいました。
「……え、じゃあ、やっぱりガチ恋?」
「はたて様が記事にするってことは、やっぱり本当なんじゃない…?」
「飯綱丸様――蕩れ」
「でも、大天狗様って、いつもはもっと威厳があって……。恋をすると、ああなっちゃうの?……いや、だが、それがいい!」
ざわめきは、次第に「飯綱丸龍の恋の行方」という、全く別の方向へと向かっていきました。
「違う、違うんだ! みんな! はたて様はただ、面白い記事が書きたいだけだ! 騙されるな!」
椛が必死に叫び、刀の柄で盾を叩きましたが、彼女の声は、広がる野次馬根性のざわめきと、はたての羽ペンが走る音にかき消されていきました。彼女がどれだけ声を上げようとも、一度生まれた「スクープへの欲望」と「上司のスキャンダルへの興味」という濁流を、止めることはできなかったのです。そう、一度生まれたものはそう簡単には死なないのです。
一糸乱れぬ包囲網は、今や上司の恋路を噂し合う、居たたまれないような、しかし野次馬根性に満ちた混乱した群衆へと変貌を遂げました。
ま、とりあえずは皆さんに納得しただけたということですね。
「……さあ、道を開けてください!私の勝ちです!」
別に勝負をしていたというわけではないのですが、私は勝利の微笑みを浮かべながら、道を開けた(というか、噂話に夢中で道ができた)白狼天狗たちの間を優雅に通り抜けました。
背後では、椛が、力なく盾を地に下ろし、信じられないものを見る目で周囲を、呆然としていました。
「ちょっと夕雲! アンタ、これから飯綱丸様のところに行くんでしょ? 私も付いていくわよ! 大天狗が、己の恋路を指摘された時の、その記念すべき第一声を記録しなきゃ、記者の名が廃るわ!」
はたてが、羽ペンとメモ帳を片手に、興奮気味に私の後を追ってきます。
「ええ、構いませんよ。証人が必要ですからね。……さあ、参りましょうか、はたて」
私ははたてと共に、妖怪の山の高地を目指して、再び「えったらほいさ」と登り始めました。
さあ、飯綱丸龍。あなたの愛の策謀を、『神話の恋愛マスター』が直接、清算して差し上げましょう。もちろん、幻想郷中に知れ渡る「スクープ」というオマケ付きでね。
裏設定(←これを言えば、何を言ってもいいと考えている節が作者にはある)ですが、第128季/秋 外の世界with超高校級のサイキック③の裏書きの”験者”は姫海棠はたてをイメージしてました。
験者は修行の果てに六神通(正確に言えば、五通かも)に到達しており、その力で自分の前世を垣間見ました。そして、自分の前世はある黄泉の神の一柱であり、黄泉の国で過去に何があったのか、黄泉の神たちはヨモツに何を託したのかを知り、いつか彼女に救いがあることを、せめて自分だけでも彼女の事を憶えていようと決意します。
そして、更なる修行の果て、彼女は天狗として生まれ変わり、千年後幻想郷でヨモツと再会しました。
それから彼女は「ヨモツだけが憶えているのは寂しいだろう。私も憶えていなければ…そのためにもモノとして残そう」と私家版百鬼夜行絵巻を描いたり、花果子念報を夕雲に届けたりしていました。これはハッピ―エンド。
ちなみに、はたての苗字である姫海棠ですが、ある花の別名です。その花の名前は
また、はたてと言う言葉を使う和歌で「夕暮れは雲のはたてに物ぞ思ふ天つ空なる人を恋ふとて」という有名なモノがあり、”夕雲”と”はたて”でなんか相性よかったり…
他にも験者の前世である黄泉の神は久延毘古をイメージしてたり…
と長くなるので、これぐらいで。
PS 久延毘古が黄泉の神じゃないんじゃない?というのは正直思ってます。