東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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毎回思うんですけど、魔理沙や霊夢はどうやって永遠亭に行っているんだろう。
霊夢は勘で行っている…ってので納得できるんですよ。霊夢だし。他の連中は…


第129季/冬 霧雨魔法店with星に恋した魔法使い⑤

 鬱蒼とした紫の霧を抜け、私たちは無事に魔法の森にある我が家、すなわち霧雨魔法店に到着した。

 

「ほら、入れよ」

 

「お、お邪魔します…?」

 

「ん、いらっしゃい」

 

 扉を押し開けると古い紙や乾燥したキノコの匂いが出迎えてくれる。

 私にとっては実家のような、いつも通りのなんてことない空気だ。だが、ヨモツにとっては滅多に嗅ぐことのない興味深いモノだったらしい。彼女は小さく鼻を鳴らすと、嫌がるどころか、むしろ「ほう」と感心したように目を輝かせ、深くその空気を吸い込んだ。

 

「ふぁ〜……っと。適当に空いてるスペースを見つけて座っててくれ。ガラクタは端に寄せればいいからな」

 

 私は大きく欠伸を一つすると、帽子を乱雑に脱ぎ捨て、部屋の奥にある自分のベッドへとダイブした。永遠亭への潜入に始まり、化け物相手の逃走劇。張り詰めていた緊張の糸が切れた途端、どっと重い疲労と睡魔が押し寄せてきたのだ。

 

「私は湯あみをした後、一眠りさせてもらうぜ。アンタはどうする? 寝るなら……まあ、すまないが、その辺の床で我慢してくれ」

 

「お気遣いなく。私は眠る必要がありませんから。貴女の蔵書でも眺めて、適当に時間を潰させていただきますよ」

 

 ヨモツは部屋の惨状(私に言わせれば宝の山なのだが)に顔をしかめることもなく、むしろ興味深そうに周囲の魔導書や道具の山を見渡している。

 

「そうか。じゃあ、私は奥で汗を流してくるから、留守番を頼むぜ。あ、そこの鈴仙は邪魔ならそこら辺に転がしといてくれ」

 

 私がそう言い残して奥の脱衣所へと向かうと、ヨモツは肩に担いでいた鈴仙を壊れ物を扱うかのように、ゆっくりと床へ寝かせた。

 


 

 脱衣所で服を脱ぎ捨て、頭から温水を浴びながら、私はさっきまでの出来事を反芻していた。

 

(……ヨモツ、か。報酬に思わず釣られてしまったが、何者だアイツ)

 

 湯気の中に、彼女のあの底の知れない、おっとりとした笑顔が浮かぶ。

 永琳が『病気』と称して隔離し、輝夜の『永遠』の魔法で部屋に閉じ込めていた存在。永遠亭の二大巨頭が、揃いも揃ってそこまで厳重に扱うなんて尋常じゃない存在なのは確か。

 

(永琳にとって、ヨモツが『病気』ねぇ……)

 

 髪をガシガシと洗いながら考える。永琳の言う「病気」が、文字通りの体調不良やウイルスの類でないことくらいは、私にだってわかる。

 

(ヨモツ自身は自分の事を病気だと思っていない、だが永琳はヨモツは病気に罹っていると考えている。加えて、ヨモツはおそらく月人や蓬莱人に近しい存在と考えると、恐らくは”精神性”の病…と仮説する。仮定ばかりだな、こりゃ)

 

(しかも、そこまで詳しくないんだよな。精神病なんてろくに知らん。この思考は打ち切りだ。別の視点で考えなきゃ…えっと、アイツと会った時の事を思い出すか)

 

 熱い湯を顔に浴びながら、私は目を閉じて、永遠亭のあの隔離部屋での対峙を脳裏に再生する。

 

 私が八卦炉を構えて凄んだとき、ヨモツは私の風貌を見てすぐに「霧雨魔理沙」だと見抜いた。その理由は、稗田の『幻想郷縁起』の英雄伝の、一番最初に私の名前と風貌が載っていたからだと言っていた。

 

(……待てよ。一番最初、だと?)

 

 正直、私が一番に書かれているのは少し違和感を覚える。私は確かに数々の異変を解決してきた実績があるが、それは私だけじゃない。悔しいが私以上に異変を解決している奴がいる。

 

(霊夢を押しのけて、私が一番最初に書かれる…ありえなくはないが。一応、確認しておきたいな)

 

 それにヨモツは『あの本、少々虫食いでしたが~』と言っていたが、永遠亭に限って可能性が低い。なぜならあそこには『永遠』の魔法を扱う輝夜がいるのだから。モノを最初の状態に留める事なんて容易だろうし、永琳が紙魚(シミ)に蔵書を荒らされたままにしているとは考えにくい。

 

(連中が手に入れた時は既に虫食いの状態だった…とすれば一応納得できるが、幻想郷縁起は手に入れるにが難しいわけじゃない。可能性は低い。とすれば、わざとそういう小細工をした?なんのために?…理由はわからないが、ヨモツに霊夢の事を知らせないためだ。…とはいえ、それ以上はわからないがな)

 

 …とりあえず、ヨモツに霊夢の話題を振るのはやめておこう。永琳がわざわざそうしてるってことは何かの理由があるってことだ。

 

(後は、世界を構築した万能物質だという――伊弉諾物質なるモノを所持しているという事だ。それに偽物の月が浮かんでいる理由もアイツは把握している。…考える事が多いな。いったん、風呂場から出るか)

 

 これ以上ひとりで脳みそをこねくり回していても、手札が少なすぎて埒が明かない。わからない謎があるなら、本人を目の前にしてその一挙手一投足から答えを引っ張り出すのが一番だ。私は幸いにも、本人を自分の家に連れ込むことに成功したんだからな。

 

 湯上がりの体を布で手早く拭き、寝巻に袖を通す。濡れた髪に手ぬぐいを引っ掛けたまま、私は脱衣所の扉を勢いよく押し開けた。

 

「おい、待たせたな。……って、あ?」

 

 部屋に戻り、あとは八卦炉で髪を乾かし、自分のベッドへ潜り込むだけだと思っていた私の足が、完全に停止した。

 

 さっきまで私が「そこら辺に転がしといてくれ」と言い放ち、床に無造作に転がっていたはずの鈴仙が――いつの間にか、真っ白でふかふかの清潔な敷布団に横たわり、暖かそうな掛け布団を首元までかけられて安らかに眠っていたのだ。

 

 断言するが、私の家にこんな高級旅館にあるような上質な布団セットなんて存在しない。あるわけがない。

 

 呆然と立ち尽くす私に気づき、ヨモツは相変わらず穏やかな、おっとりとした笑みを浮かべて振り返った。その手には、先ほど見せられた葡萄、桃、筍のレリーフが彫られた奇妙な石ころ――『伊弉諾物質』が握られている。

 

「あ、魔理沙さん。お風呂上がりですか。丁度いま、鈴仙さんの寝床を用意し終えたところですよ」

 

「用意したって……おい、まさかそれ、アンタが?」

 

 私が布団とヨモツを交互に指差すと、彼女はくすくすと喉を鳴らした。

 

「ええ。この冷たい床の上では風邪を引いてしまうと思いましてね。私の持っていたこれを、少し形を変えて差し上げました」

 

 ヨモツは何気ない動作で、手の中の石ころをすっと空中に掲げた。

 すると、私の目の前でその石ころが淡い光を放ち、まるで泥か粘土のようにその輪郭をグニャリと歪め始めたのだ。次の瞬間、光が収まったヨモツの手にはいかにも柔らかそうな枕があった。ヨモツはそれを鈴仙の頭の下へ優しく差し入れる。

 

「な、なんだそれは……!?」

 

 私は転がるようにしてヨモツの元へ駆け寄っていた。

 

 質量保存の法則だとか、物質変換の魔術術式だとか、そんなチャチな理屈は一切感知できなかった。魔力の流れを追うことすらさせず、ただ「ヨモツが思った通りのモノ」へ、文字通り世界そのものが書き換わったかのような、そんな異様さ。

 

「言ったでしょう? これは世界を構築した万能物質……持ち主の思うが儘のモノになる、純粋なる混沌の欠片だと。私が暖かな寝床を思い描けば、この通りです」

 

 ヨモツはいたずらっぽく目を細め、私の反応を楽しんでいる。

 

 万能物質。思い描いたものへの完全な変換。

 さっきまで脳髄を支配していたはずの重い睡魔なんて、宇宙の彼方へ一瞬で消し飛んでいた。湯上がりの体から湯気を立ち上らせ、目をギラギラと血走らせながら、私はヨモツが持つ石ころにじりじりと顔を近づけた。

 

「ちょっとそれ、私にも詳しく見せろ! いや、いっそ今すぐ少し削って成分を調べさせろ! どういう仕組みになってんだ!? おい、寝てる場合じゃねぇぞ!!」

 

「報酬として先ほど渡したでしょう。削るならそちらにしなさいな。それに疲れが残っている体に、夜更かしは毒ですよ?」

 

「おい、ごまかそうとしたって……あ」

 

 ヨモツの指先が触れた瞬間、額からじんわりと心地よい暖かさが脳裏へと染み渡ってきた。

 途端に、一度は吹っ飛んだはずの泥のような重い疲労感が、怒涛の勢いで押し寄せてくる。視界が急速に揺らぎ、膝から崩れ落ちそうになった。

 

「っ、な……に、しやがっ……」

 

「寝るということは、生きるために不可欠な営みです。生きるために必要な営み……それは私からすれば、生にしがみつくための一種の軽い“穢れ”なんですよ。今、貴女の中に眠るその穢れ――睡眠欲を少しだけ強めさせていただきました」

 

 抗おうにも、急速に麻痺していく思考と重たくなる瞼には勝てない。私はふらふらと千鳥足で歩き出したが、視界がかすんで自分のベッドがどこにあるのかすら判別できなくなっていた。

 

 ただ、目線の先に――吸い寄せられるように視界に入ったのは、先ほどヨモツが伊弉諾物質で生み出した、あの真っ白でふかふかの特製布団だった。

 

(あそこ……最高に……暖かそう……)

 

 吸い込まれるように、私はそちらへ向かってバタリと倒れ込んだ。

 掛け布団を強引に引っ張り上げ、すでにすやすやと寝息を立てている鈴仙の隣へとズサッと潜り込む。

 

「……んぐ、ふかふか……じゃねぇか……」

 

 肌に触れる生地の質感、体全体を包み込む絶妙な温もり。さすが万能物質で作られた寝具というべきか、夢心地のような肌触りに、私の意識は一瞬で深い闇へと落ちていった。

 

 隣で「う~ん……師匠ぉ……」と寝返りを打つ鈴仙と、同じ布団を押し分け合って丸まる私。

 

 ヨモツはそんな二人(と一匹)の様子を愛おしそうに見つめると、手にした伊弉諾物質をそっと懐へと収め、静かにおっとりと微笑んだ。

 

「おやすみなさい、魔理沙さん。鈴仙さん……良い夢を」




うまく書けなかったネタを供養。魔理沙視点でこの理論を書けるわけがなかった。

迷いの竹林は、伊邪那岐命が黄泉の国から逃亡する際、追手を払うために投げ打った「湯津津間櫛」が素となっており、ヨモツによって量産されたそれらをてゐが植えたのが起源です。

また、神話において湯津津間櫛は現世と黄泉の境界たる黄泉平坂で使用され、伊弉諾を追ってきた黄泉醜女の足止めをしました。その逸話からか、湯津津間櫛は黄泉に関連するモノを強く留める性質を持ちます。そのため唯一の黄泉神である夕雲は迷いの竹林を脱出することができませんでした。ここまでが以前作品内でヨモツが語った迷いの竹林に関する内容です。

この前提に立ち、魔理沙に連れられ脱出する際、ヨモツは迷いの竹林を再定義しました。
「湯津津間櫛が刺さっている地が黄泉平坂であるならば、この竹林もまた黄泉平坂と同義である。さらに、ここには『唯一の黄泉神』たる(ヨモツ)が存在している。であるならば、この竹林は黄泉平坂として多少なりとも機能する」

すなわち、迷いの竹林から人を連れ出すという行為は、「地獄から人を連れ出す」という神話的儀式へ昇華されると言うことです。

この儀式を達成するための不文律は、古今東西の神話において共通しています。
ギリシャ神話におけるオルフェウスが妻ユーリディケを取り戻そうとした際、あるいは湯津津間櫛の持ち主であった伊邪那岐命が犯した過ちが示す通り、課せられる絶対条件は「(連れ出す相手を)見てはいけない」に集約されます。

つまり、自分を連れ出す相手を見つけ、竹林を「黄泉平坂」と再定義し、相手を振り向かせずに竹林を抜ける…これが迷いの竹林に縛られずに脱出するためのヨモツの考えたやり方でした。

おん。そんなことしたら、竹林にあった地霊殿に繋がるとされる大穴はどうなっちゃうんでしょうね。
この理論はいづれ使いますので、憶えておくといいかも。とは言ってもこれの簡単版ですし、そんな大きくは触れませんし、その時にも軽く説明しますがね。
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