人工の月の話をしていたら、滅びた人工理想郷(Artificial Utopia in Ruins.)がサブタイトルの作品で少し笑いました。錦上京みたいに設定のコリジョンは起こらないはず。まさか月の話をするわけないし…ガハハ。
「……ん……ふぁ……」
重い瞼をうっすらと持ち上げると、眼前に広がっていたのは見慣れた自室の殺風景な天井ではなく、滑らかで上質な布地の質感だった。そしてその目と鼻の先には、微かにピクピクと揺れる、見覚えのある長いうさみみ。
(……あっ、鈴仙か)
視界の端で安らかな寝言を漏らす兎の姿に、昨晩の出来事が薄皮を剥ぐようにして脳裏によみがえってくる。確かヨモツは、人間の生きるための営み――睡眠欲を指して「一種の軽い穢れ」だのなんだのと宣っていたはずだ。
(穢れねぇ…それが永琳たちが永遠亭に閉じこめてた要因か?)
寝起きのぼんやりとした頭で、思考の糸を手繰り寄せる。
月の都の連中が「穢れ」という存在をこの上なく忌み嫌い、唾棄すべきものとして扱っているのは私も知っている、生死や欲望の匂いをまとった地上そのものを「穢土」と呼び、清浄であることを至上命題とする極端な思想。
だが、待て。もしもヨモツという存在が”穢れ”と大きな関りがあるナニカであるのならば、わざわざ自らの膝元である永遠亭に引き込み、厳重な隔離までして留め置く理由がない。本当に穢れを恐れて排除したいだけなら、幾らでもやりようはあるし、アイツらはきっとそれを出来るだけの力がある。
嫌悪して遠ざけるどころか、手元に引き留めて外界から完全に遮断している……。
(んーーー、わからん!穢れ…ね。今度、霊夢にでも聞いてみるか)
そんなことを考えながら、布団の中で伸びをしていると、なにやら美味しそうな匂いがしてくる。
鼻腔をくすぐる温かな出汁の香りと、ほんのり甘い米の匂い。すっかり空腹を刺激された私は、思わず布団から上半身を起こした。
視線の先――足の踏み場もないはずの
「あ、まさか……!」
私はガタッと跳ね起き、嫌な予感がして部屋の隅の木箱へ駆け寄った。そこは私が厳しい冬を越すために、大事にコツコツと溜め込んでおいた貴重な保存食の保管庫だ。
まさか勝手に貯えを崩されたんじゃないだろうな――青ざめながら箱の蓋を開ける。だが、そこには私が集めた乾物やキノコが、整然と手付かずのまま残っていた。
胸を撫で下ろすと同時に、首をかしげる。じゃあ、あの鍋の中でグツグツと煮立っている大量の食材と、炊きたてのような米の匂いは一体どこから湧いて出たんだ?
「おや、魔理沙さん。お目覚めですか? 丁度いま、朝御飯が出来上がったところですよ」
ヨモツは振り返ると同時に穏やかな笑みを浮かべた。その両手は、湯気を立てる大きな土鍋を掴んでいる。土鍋なんて家にあっただろうか。
「おい……ヨモツ。私の貯えを使ってないのは助かったが、この食材は一体どこから出してきたんだ?」
「ふふ、ご心配なく。
「ウケモチの……カミ……?」
知識にない名前を引き合いに出され、私は眉をひそめた。聞いたことのあるような、ないような……おそらくは神様の名前だろう。霊夢に聞くことがまた増えたな。
「まあ、詳しい理屈は置いておいて、温かいうちに召し上がれ。美味しいですよ」
ヨモツはお椀を机に並べながら、さも当然のように言ってみせた。
理屈なんざサッパリ分からないが、立ち上る湯気と香ばしい匂いが、五感を通して私の本能に「絶対に美味い!」と全力で訴えかけてくる。
――ぐぅぅぅ。
その瞬間、静かな部屋の中に情けない腹の虫が響き渡った。
(くっそ……! どこから出してきたかも分からない飯がなんでこんな美味しそうなんだよ)
なんだか無性に悔しくなりながらも、私はぐっと言葉と唾を呑み込むしかなかったのだった。
「く、う……。まあ、せっかく作ってくれたんだ。食べないのも悪いからな!」
情けない腹の虫を誤魔化すように咳払いをひとつ挟み、私はヨモツに促されるまま、綺麗に整頓された一角へと腰を下ろした。
差し出されたお椀には、艶やかな白米がてんこ盛りに盛られている。脇の土鍋からは、透き通ったお出汁と根菜、そして香ばしい焼き目のついた豆腐がやさしい湯気を立てていた。
「さあ魔理沙さん、熱いですから気を付けて召し上がってくださいね。……あ、お箸はこちらです。さ、どうぞ」
「お、おう……ありがとな」
至れり尽くせりな手際の良さに押されつつ、箸を伸ばして根菜の煮物を一口頬張る。
……めちゃくちゃ美味い。
絶妙な出汁の染み込み具合と、素材本来のほんのりとした甘みが口いっぱいに広がる。いつも一人で適当に済ませる乾物だらけの無骨な朝食とは、月とスッポンだ。
「うっわ、美味いなこれ……! 煮物もそうだが、この米ももちもちしてて……」
「ふふ、お口に合ったようで良かったです。お部屋を見る限り、魔理沙さんは毎日お忙しいのでしょう? お若いのですから、しっかり食べて精をつけないとダメですよ」
夢中でかき込む私を見て、ヨモツは目を細め、なんとも嬉しそうな表情をする。
「ほら、お口の横に米粒がついていますよ。……はい、取れました」
「うおっ!? 自分で取れるって!」
不意に伸ばされた細い指先が私の頬に触れ、丁寧に米粒を拭われる。顔が急激に熱くなるのを感じて思わず身を引くが、ヨモツは気にした風もなく「ふふ」と楽しそうに笑うだけだ。
「おい、子ども扱いするなよ!私は立派な一人前の魔法使いだぜ!」
「はいはい、立派な魔法使いさん。なら、その立派なお腹を満足させるために、今日はおかわりもたくさん用意してありますからね。ほら、お出汁の効いたお味噌汁も注いであげましょう。……はい、お熱いので気をつけて」
あからさまな子供扱いと過剰なまでの世話焼きっぷりに、なんだか背ゆで上がったような気恥ずかしさが込み上げてくる。文句を言いながらも、差し出されたお椀を受け取って飲んでしまう自分がまた悔しい。ご飯が美味しいのが悪い。
ふと横を見ると、美味しそうな匂いに釣られたのか、うっすら目を覚ました鈴仙が「……ん、ごはん……?」と鼻をヒクヒクさせていた。
「あら、優曇華院さんもお目覚めですか? 貴女の分もありますから、一緒に召し上がれ」
甲斐甲斐しく鈴仙の世話まで焼き始めるヨモツを横目に、私はお椀で口元を隠しながら味噌汁を啜る。
これがまた美味しい。
鰹と昆布の出汁が持つ圧倒的な奥行きと、ふくよかに熟成された味噌のまろやかなコクが完璧な黄金比で調和している。塩角など微塵もなく、煮立った汁の一滴一滴に、食材の生命力が凝縮されている…と言えばいいのか。これはそこらの人間が創り出せる味ではない。
ズズ……ズズズッ……!
飲む手が止まらない。いや、止めることなんて出来やしない。
一口含めば、温かな出汁の香気が鼻腔を突き抜け、体に染み渡るごとに、五臓六腑が歓喜の悲鳴を上げているのが分かる。身体の隅々の細胞までが「これを待っていたんだ」と狂喜乱舞して潤っていく感覚。寒さも、日頃の疲労も、頭の中の雑念すらも、この温かな一杯の前に一切合切がキレイさっぱり溶けて消え去っていく。
具材の豆腐に歯を立てれば、中からじゅわっと閉じ込められていた濃密な出汁が溢れ出し、シャキッとした根菜の甘みが味噌のコクと絡み合って口内で極上のハーモニーを奏でる。
汁を一口、米を一口。
この無限ループに陥ったら最後、もう抗う術など存在しない。味噌汁の旨味が白米の甘みを限界まで引き立て、白米がまた味噌汁の深みを欲させる。
「……はぁぁぁ……生き返る……」
お椀を空にし、ぽつりと漏れ出た溜息には、あまりの美味さへの敗北感と、幸福感しか混ざっていなかった。
「ふぅ……美味しかった。御馳走様、ヨモツ」
「お粗末様でした。綺麗に食べてくれて嬉しいですよ」
お椀を置き、満足感に浸りながらお腹を撫でていると、向かいで呆然とお椀を抱えていた鈴仙がハッと我に返ったように目を丸くさせた。どうやら彼女も、この神が作ったらおいしい朝食の毒気にすっかりやられていたらしい。
「あ、あの……すごく美味しかったです……って、そうじゃなくて! 私、こんなところで朝ご飯を食べている場合じゃ……!」
「まあまあ、落ち着きなさいな優曇華院さん。過ぎちゃったことはしょうがないです」
「そうだぜ、鈴仙。しょうがないしょうがない。これからのことを考えなくちゃな」
「アンタは黙って!」
怒りのあまり顔をプシューと赤くする鈴仙の肩を、私はポンと叩いて引き留めた。
「まあ待てって、鈴仙。悪いが、お前をすぐに永遠亭へ帰すわけにはいかない」
「えっ……? なんでよ。誘拐もしたのに、今度は監禁までするっていうの?」
「人聞き悪いこと言うな。……いいか? 今お前が永遠亭に戻ってみろ。ヨモツがどこに隠れてるかお前はすぐ話すだろ。そうなったら、ヨモツが落ち着いて幻想郷を観光するどころじゃなくなる」
「か、観光……!?そんなことのためにヨモツ様は永遠亭を出たっていうの!?」
「そんなことだなんて。私にとっては重要な事なんですよ。なんだって、ここはもう見る事は出来ないだろう故郷に似ている。この暖かな国を私は歩いたいんですよ」
「今は冬だけどな」
「そんな……!永琳さまに怒られる……絶対怒られる……」
頭を抱えて頭痛に耐えるように耳をうなだれさせる鈴仙。それを見て、ヨモツは「ふふ」と楽しそうに微笑みながら、自らの袖の中にすっと手を差し入れた。
「まあまあ、そう不貞腐れないでくださいな。永琳にはそのうち戻った際、『優曇華院さんは立派に戦ったけれど、力及ばず魔理沙さんに敗れてしまった。だからどうか怒らないであげてほしい』と私から一言伝えてあげますから。……なんなら、貴女も一緒に観光なさいませんか? 私から目を離さずに監視していた方が、きっと怒られずに済みますよ」
「ぐっ……そ、それは確かに一理あるかも……いやいや騙されません!監視にかこつけて引きずり回す気ですね!?」
「ふふ、バレてしまいましたか。ですが、断る理由にもならないでしょう?」
鈴仙はぐうの音も出ない様子でううむと唸り、完全に降参したように長い耳を力なくへにゃりと垂らした。もはや観念するしかないと悟ったのだろう。
「はぁ……もう好きにしてください。ただし! どこかへ行くなら絶対私から離れないでくださいね……」
「ええ、約束しますよ。頼りにしていますね、優曇華院さん」
困り果てた様子の鈴仙の頭を優しく撫で、満足そうに頷いたヨモツは、今度は思い出したように視線を私へと向けた。
「それと魔理沙さん。約束の報酬を」
「おっ、例のあれか?」
葡萄、桃、そして筍――美しく、かつ緻密に彫り込まれた三つの意匠。しかし、ただの工芸品などではないことは一目瞭然。私はそれを目を細めて、受け取った。
「伊弉諾物質……。事前にも聞いていたが、間近で見るとマジでヤバい代物だな。これが世界そのものを構成していたっていう原初の結晶か」
「ええ。あらゆる物質の根源であり、概念そのものを固定・改変する極上の触媒でもあります。ただし、一つだけ約束してください。幻想郷を破滅させるような危険な使い方はしないでくださいね!」
「へへっ、勿論だ。さてさて、どうやって使おうか。ひとまずは構成している成分を知りたいし、変質する過程も知りたいな。それからどんな魔法の触媒になるのか…最悪はこれ自体を変質させて、特殊な魔法の素材にしてもいいし…」
目を輝かせて歓喜する私を前に、ヨモツは満足そうに目を細めて微笑んでいる。朝ご飯の美味さといい、この破格の報酬といい、こちらの心を掴むのが本当に上手い。
「ちょっと魔理沙さん! 物で買収されて完全に手懐けられてるじゃないですか!?」
「買収とは失礼な!これは事前の契約の一環だ!…よし、それじゃあだ」
宝物を大事に布で包み、壊れ物を扱うように慎重に棚へ仕舞い込むと、私は別室で着替えを行い、愛用の帽子を深くかぶり直して、足元に立てかけておいた箒を引き寄せた。
「腹もいっぱいになったし、約束の物も手に入った。……私はちょっと外の様子を見てくるぜ」
「外、ですか?」
「ああ、ヨモツを追う追っ手が、この森の近くまで来てるか、そもそも追ってきてるかどうか探ってみる。もしうろついてるなら、返り討ちにするか上手く誘導して撒かないと、お前たちが安心して観光もできないからな」
「まあ、気をつけて行ってらっしゃい、魔理沙さん。……お帰りの際のお昼ご飯は何が良いですか?」
「何でも食べるぜ!アンタの作る飯なら大歓迎だ!」
「ふふ、分かりました。腕に縒りをかけて待っていますね」
ヨモツの暖かな視線を感じながら、私はニシシと笑って扉を蹴開け、朝靄の残る寒々とした魔法の森の空へと勢いよく飛び立ったのだった
最近、味噌汁を飲めていないので、自身の欲望に従い、味噌汁に関する描写を多く書きました。
味噌汁飲みたい。夜食として、おにぎりと味噌汁を飲むのが好きなんですよね。
前回の永琳の話で書くかどうか迷いましたが、月が人工天体という都市伝説は幻想郷遷都計画のカウンターでもあります。永琳は「まさかとは思うけど、絶対にありえないよ思うけど、念のため」ぐらいのつもりで用意した策です。
幻想郷遷都計画は都市伝説の具現化である以上、噂が広がるまでのラグが生じます(それを無くすためのオカルトボール、オカルトボールは近くにある都市伝説をなんでも具現化する)
そのため、永琳はアポロ計画陰謀論が流れ次第、幻想郷に月の都が具現化する前に人工天体のオカルトで月の都と言う存在ごと消す…などと考えていました。まぁ、永琳はそんなことするのか?と思ったので、半分以上没となった設定ですが。加えて、人工天体も「月の民が作った星です」と言い逃れれば、効果も薄そうですし。
オカルトではありませんが、同じありえない話として「自分が見ていないとき、月は本当に存在しないのか」というアインシュタインの言葉を基にしたオリジナル都市伝説を作れば、少なくとも後者は解決した気がします。
それと、何処で読んだのか忘れましたが(なんなら原作知識と二次創作を混合してる可能性がある)、浄化は幻想郷だけでなく、外の世界にも及ぶらしいです。
地球を浄化するなると、月の都でも流石に”例外”たちに滅ぼされるでしょうね。
そのため、幻想郷を浄化するという選択肢を採った時点で、月の都は詰みの状態になります。そのため、永琳は少しでも良い負けをしよう…と言う感じで取っていたカウンターです。
でも、やっぱり永琳はそんなことしないよな。するのならば、『先に滅びるのは