もしや、今日は霊夢が可愛い事を思う存分に好き勝手書ける日ではないか?
感覚、霊夢は今までで一番幼い感じ。
眩しい朝の光が境内の格子戸を照らし、鳥たちのさえずりが聞こえ始めた頃、私は目を覚ましました。
「……おや?」
体を起こし、いつものように枕元へ手を伸ばしたものの、あるはずの朱と白の衣に手が触れません。昨日綺麗に畳んで準備しておいたはずの巫女服が、どこにも見当たらないのです。
まさか妖精の悪戯……という雰囲気でもありませんね。首をかしげながら寝巻のまま部屋を出ると、隣の部屋の方から「……っしょ、……ふぅ」と、幼い吐息と擦れる布の音が聞こえてきました。
そっと覗き込んでみれば、そこには信じられないほど愛らしい光景が。
「見ててね夕雲、今日からわたしがこの神社を守るんだから……っ!」
そこにいたのは、私の巫女服を頭からすっぽりと被った幼い霊夢でした。
当然、大人の私に合わせて仕立てた着物です。霊夢の小さな体にはあまりにも大きすぎ、袖は地面を引きずり、袴の裾は足元に重たく溜まっています。
それでも本人は至極真面目な顔つきで、自分の背丈ほどもある大きな竹箒を両手でしっかりと握りしめ、一生懸命に境内を履こうとしていたのです。
「……ふふっ」
あまりの可愛らしさに、思わず声が漏れてしまいました。
気配に気づいた霊夢がぴくっと肩を揺らし、バッとこちらを振り返ります。大きすぎる袖のせいでバランスを崩しそうになりながら、頬をほんのり赤く染めて私を見上げました。
「ゆ、夕雲! 起こしちゃった……?」
「いいえ、ちょうど起きる時間でしたから大丈夫ですよ。それより霊夢、どうして私の服を着ているのですか?」
私が膝をついて目線を合わせると、霊夢は恥ずかしさを誤魔化すように、引きずる袖を「えっへん」とばかりに払ってみせました。……まあ、袖口から手すら出ていないのですが。
「だって、夕雲は毎日お掃除もお祈りもして、大変そうでしょ? だからわたしが大きくなって、夕雲のお手伝いをしてあげようと思ったの! ……えいっ!」
気合一番、竹箒を振るおうとした霊夢ですが、踏んだ裾に足を引っかけてしまい、「きゃっ!?」と派手に前へ倒れ込みそうになります。
「おっと……危ないですよ」
私は慌てて手を伸ばし、地面に激突する寸前で小さな体を抱き上げました。
布の海に埋もれた霊夢をそのまま腕の中に包み込むと、胸の中から「むぅ……」と不満げな声が響きます。
「……子供扱いしないで!わたしはもう、夕雲をお手伝いできる立派な巫女さんなんだから!」
私の胸に頭を押し付け、袖の中からなんとか小さな拳を突き出してみせる霊夢。
その強がりも、幼い熱を帯びた体温も、すべてが愛おしくてたまりません。
「…ありがとうございます。でも、お手伝いをしていただく前に、まずはぴったりの服に着替えましょうね。これでは動きづらいでしょう?」
「……うー。だって、これ着てると夕雲と同じになれた気がして、嬉しかったから……」
語尾を小さくすぼめて、ぽつりと本音を漏らす愛し子。
私はその柔らかい頬に優しく手を添え、ふんわりと微笑みかけました。
「ふふ、じゃあ、今日だけの特別ですからね」
このような感じで私は霊夢との平和な日々を過ごしているのですが……一つ、深刻な悩みがありました。
――そう、霊夢が可愛すぎるのです。
正直に申し上げて、霊夢の可愛さは三千世界を隅々まで照らし尽くすほどであり、それはもう太陽同然。もしこの可愛らしさが外界や人里に露呈してしまえば、一体どうなってしまうことでしょうか。
…間違いなく大暴動が巻き起こります。彼女の愛らしさに目を灼かれた人々が、霊夢をその手に収めようと争い合い……世はまさに「大霊夢時代」を迎えるに違いありません。ま、その時勝つのは私ですが。
「紫、どうしたらいいと思います?やっぱり、霊夢は私たちで永久保護しなければいけないのでは?」
神社の濡れ縁で真顔で言い放った私に、スキマからヌッと姿を現した紫は心底呆れたという視線で私を見つめました。
「…………はあ~~~ばっかじゃないの?」
紫は物凄く溜めを作って大きな息をつくと、開いた扇子でパタパタと顔を仰ぎながら、私の隣に腰を下ろしました。
「あの子が可愛らしいのは認めますけれど……だからと言って、外界や人里から隔離して『永久保護』だなんて。それじゃあ巫女の修行どころか、ただの籠の鳥じゃないの」
「ですが紫、霊夢はあまりにも可愛すぎます。あの可愛さに毎回身を焼かれる私の身にもなってください。私は元とはいえ神様なので耐えられましたが、普通の人間では耐えられませんよ」
霊夢の可愛さに触れた人間たちはその身体を、その魂を灼き尽くされてもおかしくないのです。
「……親バカが重症化しているわね」
紫は頭を押さえながら、どこか遠い目をしてなにか呟きました。
そうして紫に霊夢の可愛さを熱弁していると、奥の部屋から「夕雲ー! たすけてー!」と幼い声が響きました。
見れば、案の定大きすぎる袴の裾に両足を絡め取られ、廊下でイモムシのようにゴロゴロと転がっている霊夢の姿が。
「ほら見なさい紫! 助けを呼ぶ声まで可憐すぎます! やはり保護を……!」
「はいはい、分かったから落ち着きなさいな。……ほら、あの子が待っているわよ」
紫に背中を押され、私は慌てて立ち上がると、廊下で身動きが取れなくなっている霊夢のもとへ駆け寄りました。
「お母さん……解けなくなっちゃった……」
普段は恥ずかしがって口にしなくなっていた「お母さん」という呼び名。ウルウルと瞳を潤ませながら見上げてくるその姿に、私の心は容易く射抜かれてしまいます。
私は心の中で密かに決意を新たにしながら、小さな身体を優しく抱き上げるのでした。
「よいしょっと……。怪我はありませんでしたか、霊夢?」
「……うん。でも、巫女服さんが霊夢を放してくれなかったの」
抱き上げられた霊夢は、私の肩にちょこんと顎を乗せ、自分の足に絡みついていた袴の裾を恨めしそうに見下ろしています。服のせいにするあたり、なんとも幼子らしい愛らしさです。
「ふふ、巫女服さんも、きっと霊夢とずっと一緒にいたかったのでしょうね」
「ほんと? ……じゃあ、許してあげる!」
現金なもので、そう言ってあっさりと機嫌を直すと、霊夢は小さなお手てで私の首をキュッと抱きしめ返してくれました。頬から伝わる柔らかい体温と、お日様のような匂い。私の胸はすでに幾度目かの限界を迎え、危うく涙腺が崩壊しかけます。
「……ねえ夕雲、夕雲はどこにも行かない?」
ふと、私の首に回された腕にぎゅっと力が込められました。
抱き上げた腕の中で、小さな身体がほんの少しだけ不安そうに強ばるのが分かります。
「どうしてそんなことを聞くのですか?」
「あのね、さっきの夢で……夕雲がいなくなっちゃう夢を見たの。霊夢が大きくなったら、夕雲は遠くに行っちゃうのかなって」
無邪気な言葉。それはやがて
一瞬だけ息が止まりそうになりましたが、私はすぐにいつもの笑みを浮かべ、彼女の頭をそっと撫でました。
「大丈夫ですよ。私はずっと、あなたの側にいますから。……たとえあなたの目に見えなくなったとしても、私はいつだって霊夢を見守っています」
「本当? 絶対?」
「…ええ、絶対です」
そう言って微笑むと、霊夢は満足したように「えへへ」と可愛らしく笑い、私の肩口にすり寄ってきました。
ふと視線を濡れ縁の方へ向けると、そこにはスキマから顔だけを出した紫が、いつになく真剣な、そしてどこか悲しげな目で見つめていました。けれど、私が目線を合わせると、彼女はすぐに呆れたような溜め息をついて、いつもの胡散臭い笑みに戻ります。そして、そのままスキマに隠れました。
「…さ、霊夢、手ぬぐいでお顔を拭いたら、一緒においしいごはんをつくりましょうね」
「うん!わたし、お味噌汁の豆腐切りたい!」
「む、微妙に危ないモノを…じゃあ、私と一緒にやりましょうね」
私の腕の中で元気いっぱいに手を挙げる霊夢を抱き直し、私は光の差し込む台所へと歩みを進めます。
――やがて訪れる別れも、この手から零れ落ちていく記憶も、今の私にはまだ先のこと。
ただ今は、この腕に残るあたたかな重みと、世界で一番愛おしい笑顔だけを、その胸に強く刻みつけるのでした。