最近テンポ悪いなと思ったので、ポンポン行くかも。
寒風が吹き抜ける冬の空をひと巡りし、迷いの竹林から人間の里にかけて軽く見回してみたものの、永遠亭の追っ手らしき影はどこにも見当たらなかった。
(…永琳のことだ。ヨモツが抜け出した事には気づいてそうなモノなんだが…いや、逆か?あの厳重な
永琳は、自他ともに認める本物の大天才。
知識も術式も桁外れで、いつだって何手も先を読んで手を打つ。誰にも解けない、絶対に破られるはずがないという確信があるからこそ、逆に抜け出されたという可能性そのものを端から疑ってすらいないんじゃないだろうか。
(そうであったらいいんだが…どうだろ、あの永琳がこの程度の展開を予測してない筈がない気もする。う~む、わからん!)
拍子抜け半分、疑い半分といった心地で自宅へと舞い戻り、私は扉を勢いよく開ける。
「うし、戻ったぜ!周りを見てきたが、追っ手らしき奴はとりあえずは居なかった!」
「おかえりなさい魔理沙さん。わざわざありがとうございます」
「気にすんな。簡単なアフターフォローぐらいならやってやるさ」
出迎えてくれたヨモツは、無事な帰宅を心から喜ぶように、どこか慈しむような柔らかな笑みを浮かべていた。そのすぐ後ろでは、ソワソワしていた鈴仙が「うう、なんで誰も探してないの……」と力なく肩を落としている。
「追っ手はいなかったし、約束通り少し外へ出てみるか?昼飯を食べた後だがな」
「いいですね、是非とも!」
私が軽く肩を竦めながら提案すると、ヨモツは待ってましたとばかりにパッと表情を明るくさせた。両手を胸の前で軽く合わせるその仕草は、まるで遠出前の少女のように無邪気で、ワクワクしている。
「お、行きたい場所は決めてあるのか」
私が尋ねると、ヨモツは少しだけ思いを巡らせるように、滑らかな白い人差し指をすっと顎に当て、視線を宙に漂わせた。
「ええ。此処の住む人々がどのような街並みで、どのような暮らしを営んでいるのか……『人間の里』を見てみたいのです。彼らの生きる姿を、少しばかりこの目で見てみたいのです」
「人々の暮らし、か。それで人間の里ね…よし、案内なら任せておけ!」
危険な妖怪が跋扈する森や山ならともかく、人間の里なら安全そのものだし、勝手知ったる場所でもある。案内役としてはこれ以上ない適任だろうと胸を張る私に対し、部屋の隅で膝を抱えていた鈴仙が、弾かれたように顔を上げて血相を変えた。
「ちょっと待ってくださいよ!監視のためについていきたいところなんですけど、私、変装用の服装なんて持ってません!」
立ち上がった鈴仙は、自身のブレザー姿と頭の上でピンと主張する長い兎耳を交互に指差しながら、必死の形相で抗議の声を上げる。彼女の顔には「冗談じゃない」という焦燥の色が露骨に張り付いていた。
「(確か薬売りの時は変装してるんだったか…けど、まぁ)大げさだなあ。誰もそこまでお前のこと気にしてないって」
鈴仙は自分の長い兎耳を慌てて両手で押さえつけながら、涙目で抗議の声を上げた。適当に「帽子でも被っとけ」と予備の帽子を渡してなだめすかし、私たちは揃って人間の里へと繰り出すことになった。
冬の寒空の下、私の帽子を目深に被って、びくびく散策する鈴仙を余所に、ヨモツは里の活気あふれる街並みを興味深そうに見渡していた。行き交う人々、軒先から立ち上る湯気、元気よく走り回る子供たち――そのひとつひとつを目を細めて見つめている。
「やはり、活気があるのは良いですね。生きてる…って感じがします」
「ん?まぁ、たしかにそうだろうな。ここより活気があるのは幻想郷でもそうそうない…いつ来ても賑やかな声で溢れてる。この間の宗教戦争のときなんてすごかったんだぜ?私たちの戦いを賭け事にしたりしてな…」
私が話を膨らませていると、ヨモツはふふっと口元を綻ばせ、白い息を吐きながら相槌を打つ。
「…いいですね、この里は。変化がある…それは時が止まった月や閉ざされた黄泉には存在しないモノです。変化があるからこそ、人は笑い、怒り、時に過ちを犯しながらも前に進んでいく……。命が脈打っている証拠ですよ」
ヨモツはそっと歩みを緩め、霜柱の残る冬の地面を愛おしそうに靴の先で見つめた。
「ちょ、ちょっとヨモツ様! 黄泉がどうとか月がどうとか、そんな物騒な言葉をこんな往来で堂々と口にしないでくださいよ……!」
私の予備の三角帽子を耳ごと深く被り、両手でツバを押さえながら周囲をキョロキョロと警戒していた鈴仙が、涙目で小声のツッコミを入れてくる。
「大丈夫だ、鈴仙。みんな買い出しと世間話に夢中で、こっちの話なんざ誰も聞いちゃいない」
「そういう油断が一番危ないんですよ!万が一、他の人に怪しまれたりしたらどうするんですか!それと、私のこの耳、帽子の中でめちゃくちゃ窮屈なんですけど……!」
「ごめんなさいね優曇華院さん。窮屈なら、新しく帽子を作ってあげましょうか?」
申し訳なさそうに眉を下げながら、ヨモツは着物の広い袖口にすっと手を滑り込ませた。何を取り出すつもりなのかと鈴仙が怪訝そうに視線を落とした瞬間、彼女の細い指先から現れたのは伊弉諾物質だった。
「余計に目立ちます!!」
里の往来のど真ん中でとんでもない神代の秘宝を平然と晒された鈴仙は、飛び上がりそうな勢いで叫び、慌てて両手でヨモツの手元を隠すように覆いかぶさった。額からは滝のような冷や汗が噴き出している。
そんな鈴仙の形相と慌てぶりを見て、ヨモツは悪戯が成功した少女のように目を細め、袖口で口元を覆いながらくすくすと喉を鳴らして笑っていた。こうして見せる屈託のない笑顔は鈴仙をからかう気さくなお姉さんにも見える。
「ふぅ~満足しました。里も目に焼き付けたことだし、私は満足です」
「もう満足なのか?いろんな店開いてるぞ?」
「これ以上いたら、優曇華院さんが…いや、鈴仙さんが疲れちゃうでしょうし、戻りましょうか。あっ、私、歩いて戻りたいです!」
「歩いて戻る……?私は別に構わないが、飛んだ方が良くないか?」
私が怪訝な顔を向けると、ヨモツは冬の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込みながら微笑んだ。
「せっかくですから、この土地の風や土の匂いをじっくり味わいながら帰りたいのです。急ぐモノでもありませんし……何より、魔理沙さんや鈴仙さんとこうして歩く時間も心地よいものですから」
「…はぁ……もう好きにしてください……。私としては戻ってくれるならなんでもいいです」
すっかり気疲れした様子の鈴仙は、私の予備の帽子を目深に引き下げたまま、心底ホッとしたように息を吐き出した。
里の喧騒を背にして舗装されていない街道へと足を踏み入れると、冬枯れの木々が風に擦れ合う乾いた音が耳に届き始める。両脇に広がる田畑の畦道を踏み締めながら、私たちは並んで歩を進めた。
隣を歩くヨモツの足取りは、まるで散歩を楽しむ子供のように軽やか。その穏やかな横顔を盗み見ながら、私はずっと胸の奥に引っかかっていた疑問の輪郭を指先でなぞるように、おもむろに口を開いた。
「なあ、ヨモツ」
「はい、何でしょう、魔理沙さん?」
「ずっと気になってたんだが……アンタと永琳って、一体どういう関係なんだ? 結構深い関係のように見えるし、アンタも『偽物の月』について詳しく知っているみたいじゃないか」
私の問いかけに、前をトボトボ歩いていた鈴仙の背中がピクリと跳ね、耳をピンと立ててこちらの気配を探り始めた。おそらく、鈴仙も気になっていたのだろう。
ヨモツは歩みを止めることなく、冬の冷たい空へ視線を泳がせた。その瞳の奥には淡く複雑な色合いが揺らめいている。
「永琳との関係は…一言で表すのはとても難しいです。彼女は私の旧友でもあり、仇敵でもあります。私は彼女と懇意にしていますが、同時に深い憎悪も抱えています」
「そうですね…それでも一言で彼女を表すのならば
どこか自嘲気味に、けれど懐かしむような響きを帯びて、ヨモツは静かに言葉を落とした。
「はは、なんじゃそりゃ。ますます興味が出てきたぜ。聞かせてくれないか?」
「そうですね…人間の里を案内してくれた礼です。触りだけですが、彼女と私の出会いをちょっとだけ話しましょうか」
お互い譲れないモノがあった…それだけです。
てことで、幕間入ります。遂に永琳ちゃんシリーズだ。