今回のエピソードの時系列は紅霧異変、視点はルーミアです。ルーミアは本当に口調が分からない。
宵闇が立ち込め、霧が妖しく紅く染まる博麗神社。その境内の頭上に、私はただの黒い塊として浮かんでいた。
ふぁぁ、と大きなあくびが出る。
「……あーあ。夕雲が『ちょっと博麗の巫女の実力を見てきて欲しい』なんて言うから来てみたけど」
大きく手を伸ばして、眠気を飛ばしながら、私は神社を見下ろす。
すると、境内の裏手――静まり返った社殿の陰から、赤と白の服を着た巫女が面倒くさそうに飛び立つのが見えた。
「ふ~ん。あれが今代の博麗の巫女か。それにしても…」
決して解けることのない、頭の上の赤いリボン。それに指先で触れながら、胸の奥に燻る古い記憶を手繰り寄せる。
博麗霊暮。あの圧倒的な巫女の姿。
私を打ち砕き、絶対的な神力を以て、私を妖怪へと“堕としてくれた”あの輝かしい力。
「うーん、霊暮と比べるとやっぱりまだ弱そうかな?」
赤と白のシルエットが、赤黒い霧を切り裂いて一直線に上空へと登ってくる。その動きには一切の迷いがない。けれど、かつて霊暮が見せていたモノのと比べれば、目の前の少女の気配はあまりにも未完成で、どこか脆くさえ思えた。
だが、腐っても博麗の巫女。
邪魔する妖精や妖怪を千切っては投げを繰り返す、まさに鎧袖一触。飛びかかった雑魚が、近づくことすら許されず一瞬で夜空の露と消えていく様は見ていて気持ちがいい。
「……ま、取るに足らない妖怪相手なら、あれで十分なんだろうけど」
ぽりぽりと頬を掻きながら、私は広げた腕の隙間から溢れ出る闇を、ゆっくりと手元に凝縮させていく。
空中を滑る彼女の動きには、力みも迷いもない。けれど、雑魚をいくら薙ぎ払ったところで、今回の異変の元凶である吸血鬼のような強大な妖怪相手にはどこまで立ち向かえるか。
「うん、博麗に
未完成の巫女と不完全な私。マッチアップとしてはちょうどいいだろう。
博麗の巫女に近づいた私は、広げた両腕を巫女の方へ向け、妖力を一気に解放する。
漆黒の闇から放たれたのは、鮮烈な光を帯びた全方位へと広がる小さな光弾の雨。それらは円状に広がりながら、まるで意志を持つかのように巫女の現在位置へと一斉に収束していく。
「ん?」
唐突な強襲に、巫女がようやく私を視界に捉え、ほんの少し驚いたかのように目を見開いた。
私は一箇所に留まることなく、弾幕をバラ撒きながら空を高速で移動する。
まずは、巫女の右方へ。右から斜め下へ向けて、光の弾幕を網目のように展開する。
「捕まえられるかなー?」
次は、真ん中へ。巫女の正面、ちょうど霧が深く溜まっている上空を横切りながら、さらに濃密な全方位に弾を放つ。闇を背負って飛ぶ私の姿は、霧と混ざり合って視認しづらくなっているはずだ。
さらに、左へ。左方から彼女の死角を突くように、先ほどよりも鋭い弾幕の波をぶつける。
右→真ん中→左…と、私は左右へ激しく揺さぶりをかけながら、弾幕を使った狙撃を休むことなく繰り返す。
「そこっ!」
巫女がお札を投げつけてくるが、私が撒き散らす闇と弾幕の波に阻まれ、私には届かない。
彼女は左右で回避行動を取りながらも、私への接近を試みてくる。その動きは、先ほどまでの面倒くさそうなものとは一変し、野性的な鋭さを帯び始めていた。
「へぇ、やっぱりただの人間じゃないねー」
私はニヤリと笑い、巫女の正面に戻りながら、さらに弾幕の密度を上げた。右、そして再び真ん中へ。宵闇の中、紅霧に染まる境内裏の空で、漆黒の塊と赤白の光が激しく交錯する。
興が乗ってきた。
だけど、この程度では認められない。
「星符【スターライトレイ】」
私が唱えると同時に、宵闇の合間から一筋の冷たい星光が差し込んだ。
それに応ずるように、私を中心に光弾が溢れ出す。一発、二発……なんて数えるのも億劫になるほどの弾幕が、すべて目の前の巫女一人を照準に捉えて、全方位から押し寄せる。そして、ダメ出しとばかりに、逃げ道を塞ぐ左右から迫る星光のレーザーがじわじわと空間を狭めていく。
「………」
無言のまま、紅白の蝶が加速する。
正気じゃない。弾幕の密度はそれなりのものだ。だが、巫女は、まるで弾が発射される「前兆」そのものを最初から知っているかのように、首をわずかに傾け、肩を少し捻るだけの最小限の動きで、網の目をすり抜けてくる。
(うわ、こわ。何この動き)
彼女自身が弾幕の軌道を決めているかのような、恐ろしいほどの直感。左右から狭まるレーザーが彼女の肌を焼き切る直前、巫女の身体はすっと光の隙間へと滑り込み、一瞬で私の懐にある最も密度の薄い弾幕の発射点へと侵入していた。
「なっ——!?」
闇を広げるヒマすら与えられない。視界一杯に広がったのは、漆黒の夜を切り裂く大幣だった。
ガァンッ!
「あぐっ……!?」
容赦のない一撃が、私の顔面に叩き込まれる。弾幕の合間を縫って放たれた打撃は、霊力を存分に纏っており、私をそのまま弾き飛ばした。
退散、退散。
博麗の巫女の実力はばっちし。そう、夕雲に教えてやろう。
実力試しを終えた私は、そのまま羅万館に向かおうとしたのだが…
(なんかついてきてる)
顔をさすりながら夜空を全速力で飛んでいたのだが、ふと後ろを振り返ると、あの紅白の巫女がすさまじい勢いで追いかけてきていた。
このまま逃げ切って羅万館へ駆け込めば、夕雲のところまで彼女を誘導してしまうことになる。夕雲は巫女に正体を知られてはいけないし、巫女の掟もある。絶対に羅万館の場所を悟られるわけにはいかない。
意を決した私はぴたりと足を止め、宵闇の領域を広げて急ターンし、追ってきた巫女の前に躍り出た。
「気持ちいいわね」
思わず口から漏れた言葉は、夜の静寂に溶けて消えた。
毎回、昼間に出発して悪霊が少ないから、よるに出てみたんだけど……どこに行っていいかわからないわ、暗くて。
でも……
「夜の境内裏はロマンティックね」
「そうなのよね~、お化けも出るし、たまんないわ」
のんきに独り言のつもりで放った言葉に、不意に暗闇の向こうから同調する声が跳ね返ってきた。
「……って、あんた誰?」
現れたのは、金髪のボブカットに赤いリボンを挿し、白シャツに黒いワンピースドレスを纏った少女の妖怪。胸元の赤いネクタイを揺らし、右手をキュッと握りしめ、左手を開いて両腕を大きく横に広げている。
「さっき会ったじゃない。あんた、もしかして鳥目?」
「人は暗いところでは物が良く見えないのよ」
呆れたように返すと、妖怪は両腕を広げたまま、呑気な調子で言葉を繋いだ。
「あら? 夜しか活動しない人も見たことある気がするわ」
「それは取って食べたりしてもいいのよ」
「そーなのかー」
どこか脱力するようなやり取り。けれど、異変解決に向かう私の邪魔をするなら話は別だ。この妖怪、どこかで見た気もするけれど、今はそんなことを考えている余裕はない。
「で、邪魔なんですけど」
冷たく言い放ち、手挟んだお札にすっと霊力を込める。すると妖怪は、嬉しそうに腕をひろげて見せた。
「目の前が取って食べれる人類?」
「良薬口に苦し、って言葉知ってる?」
私はお祓い棒を鋭く一閃させた。宵闇を払い、異変の元凶へ向かう道を切り拓くために。
「夜符【スタートワイニングデーモン】」
宵闇の狭間から、無数の光弾が狂ったように渦を巻いて放たれる。逃げ道を塞ぐように螺旋を描く弾幕の嵐。けれど、こんな力任せの弾幕、私に通じるわけがない。
首をわずかに傾け、脚を一歩ばかり半身になって引く。弾幕の隙間と「前兆」を感覚だけで見抜き、お札を一枚投擲。爆炎とともに少女のスペルカードを易々と撃ち破る。
「あぐっ……前言撤回、やっぱり強いわねー!」
吹き飛ばされながらも、妖怪は楽しそうに笑っていた。だが、その瞳の奥が一瞬だけ怪しく光る。
「じゃあ、これはどう? 闇符『ダークサイドオブザムーン』!」
次の瞬間、目の前が完全な漆黒に包まれた。
ただの暗闇ではない。光すら遮断する濃密な宵闇の領域。その「闇そのもの」と化して身を隠した少女から、方向すら掴めない無作為な弾幕が四方八方から降り注ぐ。
お祓い棒を振るい、お札を放ってみるが、攻撃はすべて虚空を切り裂くだけ。闇に潜んでいる間、彼女にはこちらの攻撃が一切届かない。まさに完全な無敵状態。
「あはは! どこを狙ってるのー?」
闇の底からあざ笑うような声が響く。だが、私は焦らない。
(無敵のスペルカードはルールで禁止されているはず…)
つまり、このスペルカードには必ず穴がある。
能力の対価としての制約、あるいは妖怪自身の「縛り」が。
私は足を止め、呼吸を整えて暗闇を冷静に観察する。
無造作に放たれる蒼白い弾幕の合間——時折、一瞬だけ混ざる「黄色の弾幕」。その光が弾けた瞬間にだけ、濃密な闇の密度がほんのわずかに薄れ、妖怪の気配がこちらを探すように一瞬だけ表層に浮かび上がることに気づいた。
(見つけた。無敵を維持するために、定期的に相手の位置を捕捉しなきゃいけないんだわ)
弾幕の波を最小限の動きでかわしながら、その時を待つ。
一秒、二秒――
闇の奥で、黄色の光弾が生成されたまさにその刹那。
「そこ!」
闇の切れ目、彼女がこちらを探すために意識を向けた一瞬の隙へ向けて、指先に挟んだ『封魔針』を全力で投擲した。
シュッ、と鋭い風切り音が闇を切り裂く。
「ひゃうっ!?」
暗闇の中で甲高い悲鳴が上がり、彼女の集中が切れる。
束縛を失った濃密な宵闇が一気に霧散し、胸元に封魔針を浅く刺された少女が、空中でがっくりと膝をついた。
「痛たた……うー、完全に読まれてたわー」
少女はおでこを押さえながら、降参とばかりに両手を上げて苦笑いを浮かべた。
「はい。私の勝ちね。で、そこを通して貰えるかしら?」
お祓い棒を肩に担ぎ直し、冷たく見下ろすと、少女は「いいぞー」と呑気な調子で脇へと退いた。私は一度も振り返ることなく、紅い霧の深淵へと向かって再び飛び立った。
一面のステージタイトル「夢幻夜行絵巻 ~ Mystic Flier」ってかっこよすぎだろ。って毎回思う。
New Classicの例のアレ、滅茶苦茶驚きましたね。多分、小傘ちゃんがお腹いっぱいになるぐらいには。←ネタバレ配慮なんだぜ。
けど、あれで自分のやりたかったことを「あっ、やっていいんだ」と肯定された気がした。嬉しいね。