元ネタは007シリーズの『ドクター・ノオ』。8556はやごころの語呂合わせです。映画版では月面ロケット計画の阻止の内容だったんでね。なんか偶然繋がりました。
それと文末にアンケートをさせていただきます。是非お答えください。
屋敷に私を呼ぶ声が響く。
「屋心さま!」「八心さま!」「野意さま!」「やいごごどさま!」
正確に言えば、
「みなさま、私は八意××です。真名でもいいのでちゃんと呼んでくださいな」
「ん~……やいー……うん、✕X様?」
「やご……やごごろ……〷様?」
「八……なんとか様ー!」
…噛み噛みだが、なんとか原型をとどめようと努力しているのはわかる。
互いに顔を見合わせ、首を傾げ合っているシコメたちの様子を見るに、どうやら彼女たちは私の名前を正しく発音することができないらしい。黄泉の国の住人にとって、地上の言葉は言語体系が微妙に異なり、舌に馴染まないのだろう。悪気がないのは分かるのだが……。
(……うーん、かなりストレスね、これ)
”名”とは混沌とした無に秩序を与え、存在を確定させる創造の力そのものだ。
名前を持つ前の神は、何にでも宿れる純粋で曖昧な全能性を持つ代わりに、姿形も自我もなく、他者から認識されることも叶わない。そこに「名前」という限定的な枠組みをはめることで、神は認識可能な個となり、自我を得て他者と対話する存在となる。
そのため、名前を間違えて呼ばれると…何と言えばいいのか、自身が揺らぐような感覚があるのだ。一度や二度誤読された程度であれば、ささやかな誤差として己の認識力で容易に矯正・補正もできるだろう。
だが、それが何日も、それも四六時中、何十回何百回と繰り返されるとなれば話はまったく別。悪意がないと分かっている分タチが悪く、正しく認識されない名が響くたび、強烈な不快感と違和感が私に付き纏う。
例えるならば、”鍵”と”鍵穴”のようなものだ。鍵が私の名前、鍵穴が私の神としての在り様だろうか。正しく合致する鍵を差し込んでこそ鍵穴は正しく作用するだろう。だが、合わない鍵を何度も無理やりに差し込まれ、強引に回され続ければ、どうなるか。当然、内部の繊細な構造は摩耗し、やがて鍵穴そのものが変形してしまう。
「……もう結構です。ヨモツ様たちに相談事があるので、ちょっと行ってきますね」
「行かないでー!」「どこ行くの~?」「何のお話ー!?」と、後ろから口々に飛び交う甲高い声。すがりつこうと伸びてくるシコメたちの手を軽快にいなし、私は着物の裾を払って奥の客間へと向かった。
薄暗い廊下に一歩足を踏み入れると、先ほどまでの騒がしさが嘘のように遠のき、しんと静まり返った澄んだ空気が肌を撫でる。黄泉の国特有のひんやりとした静寂が漂う中、足踏みの音だけが板張りに心地よく響く。
静かな廊下を奥へと進み、重厚な造りの障子の前で立ち止まると、私は呼吸を整えてから指先で軽く叩いた。
「ヨモツ様、ナミ様。今、少々お時間よろしいでしょうか」
「あら、××。どうぞお入りなさい」
「ん?、今日は珍しく研究室から出てきたのね。ま、とりあえず座りなさいな」
部屋の中では、ヨモツ様と伊奘冉様が向かい合い、穏やかに茶を点てておられた。死者の国を統べるお二人からは、どこか浮世離れした静謐な威厳が漂っている。
私は二人の前に腰を下ろすと、単刀直入に本題を切り出した。
「実は相談がございまして…」
「相談?一体どうかしましたか?」
ヨモツ様が不思議そうに首をかしげる。私は溜息をひとつ吐き出し、事の顛末を説明した。
「監視のシコメたちですが……彼女たち、私の名前をどうしても正しく呼ぶことができないのです。何度教えてみても、どうしても発音できない様で……どうにか解決する事は出来ませんでしょうか」
「確かに××って発音、確かにこっちでは使わないわね」
伊弉冉様は腕を組み、得心がいったように深く頷き、ヨモツ様は顎に手を当て、困ったように眉をひそめる。
「××の輪郭が揺らいでしまうのは問題ですし、かといって彼女たちに無理に発音させようとしても、舌を噛んでしまいそうですし、講習会でも開きます?……『××の名をちゃんと発音する会』とか……悪くはなさそうですが、解決できるかどうかも分かりませんね」
腕を組み、揃って「うーむ」と頭を悩ませる二人と私。
死者の国を統べる二大権威と、地上屈指の頭脳を持つ私が膝をつき合わせ、揃って真剣な顔で「名前の呼びやすさ」について悩んでいるのだから、端から見ればなかなか妙な光景だろう。
しばらく静寂が満ちた室内で、伊弉冉様がぽんと手を打った。
「あ、そうだわ。良いこと考えた」
「何か妙案でもございますか、ナミ様?」
ヨモツ様と私が視線を向けると、ナミ様はどこか愉しげに目を細めて微笑んだ。
「ええ。××に、この国での『神名』を渡せば良いのよ。そしてその名に
「新たなシンメイ……ですか?」
「そうよ。この国に正式な肩書を持つ者として名を作れば、黄泉の言霊に馴染んだ音になるからシコメたちも発音しやすくなるわ。それに、高天原の真名そのものではないから、貴女の地上での存在を縛ることもない。……どうかしら、お姉さま?」
「要するに、地上の呼び名と黄泉の国での呼び名を完全に分けてしまえばいいという考えですね。…うん、それならうまくいきそうです」
ヨモツ様はパッと表情を輝かせ、深く頷いた。
私もヨモツ様と同意見だ、おそらく伊弉冉様の考えだとうまくいくだろう。私は彼女の名案に舌を巻くと同時に、それが許される彼女に愕然とした。
理屈としては至極明快だ。
私の真名である『八意××』は地上で呼ばれるモノだ。それをこの黄泉の国で不完全な音のまま呼ばれ続ければ、名そのものが徐々に変質し、いずれは自分自身の存在基盤すら歪められてしまう。また、黄泉の国で呼ばれることで存在が次第に黄泉の国側に寄っていくことだろう。
ならば、この国で呼ばれるための新たな名をもうひとつ定義してしまえばいいのだ。地上の真名を伏せ、黄泉の国に馴染む別の名を表に立てさえすれば、誤読によって『八意××』という名が摩耗し歪むことは二度となくなる。
どちらも私を示す言葉なのだ。地上の『八意××』も、黄泉の国で新たに得る名も、等しく自分という存在そのもの。どちらかが偽りというわけでも、どちらかが上というわけでもない。ただ差し込む光と陰の角度が異なるに過ぎない。
そして、この解決策は伊弉冉様だからこそ出来る。数多の神々を産み、名づけ、この世界に与えてきた彼女だからこそ。
「あっ、それと!私の事を伊弉冉様と言うのはやめなさい。今の私は黄泉津大神なのだから…お姉さまと被るから、私の事はナミでお願い」
「……承知しました。ナミ様」
「ふふ、よろしい。さて……じゃあ、肝心の『神名』をどうするか、ね」
満足そうに頷くと、ナミ様も思案するように指先で顎を突いた。
「××の本質であるを顕す名であることは大前提として、その上になにか……うーん、手っ取り早く頭に『黄泉』と付けるとか?」
「……ちょっと待ってください、ナミ様」
その言葉に、私は思わず苦笑を浮かべて手を開いた。
「それでは、まるで私が黄泉の国出身の神かのように思えます。確かに今はここに身を置いてはおりますが、の根底にあるのはあくまで客分としての立場です。あまり『黄泉』を前面に出しすぎるのは少し……」
「あら、そう? 分かりやすくて良いと思ったのだけど……」
ナミ様が少し拍子抜けしたように首をかしげると、それまで静かに耳を傾けていたヨモツ様が、ふっと柔らかく微笑んだ。
「それなら……『常世』はどうでしょう?」
「常世……ですか、ヨモツ様?」
「ええ」
ヨモツ様はそっと指を唇に当て、言葉を慈しむように紡ぎ出す。
「この国は常に夜であるため、本当は常夜も考えたのですが、それだとすぐにこの国を示しているので…ちょっと名を変えて、常世に。どうです?」
「常世……良い響きね。この国も常世の国に変えた方が良いんじゃない?」
「そんなー。
「そうね、まあ確かに。もう舌に馴染んじゃってるし、そうそう変えないわ」
二人の微笑ましいやり取りに、私もふっと口元を緩めた。
「『常世』――とても綺麗な響きだと思いますわ。ただ夜が続くだけの閉ざされた暗闇ではなく、永遠に変わることなく静けさを湛える場所。地に縛られぬ私の客分としての在り様にも、しっくりと馴染みます。ぜひその言葉をこの国における神名に戴かせてくださいな」
「あら、気に入ってもらえて良かったわ」
ナミ様は嬉しそうに目を細め、膝の上でポンと扇を叩いた。
「これで表向きの『神名』は決まりね。……さて、問題はここからよ」
ナミ様はどこか面白がるような、悪戯っぽい視線をに向けて身を乗り出してきた。
「神名が決まったところで、シコメたちがそれをそのまま呼ぶわけにもいかないでしょう? そもそも、あの賑やかな子たちに神名で呼ばせるなんて仰々しすぎますし……かといって、あの子たちは貴女の真名である『××』を正しく発音できない」
ナミ様はどこか面白がるような、悪戯っぽい視線をに向けて身を乗り出してきた。
「だからこそ、この国で日常的に使う『仮の名』……この黄泉の国だけで通じる新たな真名をもうひとつ授けましょう。シコメたちにも親しみやすく、けれど貴女の存在を正しく繋ぎ止める美しき名をね」
「新たな真名、ですか……」
腕を組み、しばし思考の海へと潜り込む。
この永遠の時が流れる黄泉の地で、変わらぬ理を探求し続ける己の在り様。そして、シコメたちでも無理なく発音できる音の響き。
「何が良いかしらねぇ。『智慧』から取って『チ』を使うとか?ぴんとこないわね」
「私と同じように『夜』に因んで『ヨ』は なんてどうでしょう。……いや、でも、、、ここは××自身の決めて貰った方が良いですね」
二人のやり取りを心地よく聴きながら、私は静かに目をとじた。
思考の海を深く潜り抜けた先で、ひとつの情景が鮮やかに浮かび上がってくる。
すっと瞼を開き、見守る二人へ向けて静かに唇を開いた。
「……永琳、そう決めました」
「えいりん……?」
ナミ様とヨモツ様が同時に私へ視線を向ける。私はその二文字に込めた意味を、静かに解き明かしていった。
「永琳の『永』は、永遠を欲し、終わりなき途上を行く者。永久の夜が満ちるこの国で、この世界の真理を追い求め続ける賢者としての歩みを。そして『琳』は…ナミ様との宇気比で清らかな光を纏って生まれ落ちた美しき珠とその音を基に考えました」
口の中でその音を転がすと、澄んだ鈴の音のように軽やかに胸に落ちていく。
「永遠の闇の底にあっても、決して濁ることなく光を放つ宝石のような知恵……。それに『えいりん』という音ならば、音の通りも良く、シコメたちでも決して間違えることなく発音できるはずです」
「永琳…ね。うん、いいんじゃないかしら」
ナミ様が満足げに頷いている中、ヨモツ様は幾度かその響きを反芻し、パッと顔を輝かせた。
「なんて美しい名前でしょう……!思わず何度も口にしたくなるような響きですね!」
ナミ様はどこか晴れやかな表情で身を乗り出すと、高らかに、けれど温かみを込めて言霊を紡く。
「決まりね。姓には地上の『八意』を残し、この国における貴女の真名は――『八意永琳』。これが、黄泉の国において貴女を定義する、もうひとつの名よ」
続いて貯め回。
本来なら、常世思金神の”常世”は永遠の後のことを予知する意思…と言う意味なのですが、この作品では現世の反対、あの世としての常世。
シンメイは今後多く使われます。永琳は一応、
神名→神様としての名前(例:八意思兼神、常世思金神、天探女、黄泉神)
真名→神ではなく、人格としての名前(例:八意××、八意永琳、稀神サグメ、ヨモツ)
…なんでいきなり神の別名とかいう応用みたいな事をしてるんでしょうね。
幕間「世(永琳先生シリーズ)」ですが、想定よりも長くなりそうな見込みです(感覚的にあと5話以上は確実)。そこで、今後の展開ペースについて皆さんのご意見をお聞かせください。
幕間「世」よりも現実の時間軸の方を読みたい
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はい
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部分的にはい(あと数話程度ならok)
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部分的にいいえ(現代軸を少し読みたい)
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いいえ