それにしても書くのに慣れてきた気がします。誰か褒めてくれ!
白玉楼でお酒を飲んで潰れた後、私は目を覚ますと自分の家にいました。友人がスキマで運んでくれたんでしょうか?それにしても、なんでしょう。羅万館に戻るのはとても久しぶりな気がします。
「それにしても、最近はいろんな事がありましたね」
そう考え、私は本棚から日記帳を取り出し、開きます。確か、最後に書いたのが春雪異変の事でしたね。えっと、それからは三日おきの百鬼夜行に、永夜異変、今日の六十年に一度の日ですか。やはり、スペルカードルールが制定されてからというもの、幻想郷に異変が以前とは比べ物にならないほど起きています。忘れずに日記に書いておきましょう。
私は「回す程度の能力」を使い、頭を回します。この使い方をすると、何ヶ月も前のことでもほんの少し前のことのように思い出す事が出来るので、日記を書く際に重宝しています。思い出すだけで、忘れないってわけではないですけどね。
「よし、書き終わりました」
いつものように結構な時間をかけて、日記を丁寧に書きました。私は日記を本棚に戻し、次の予定を考えます。羅万館はとりあえず開けるとしますが、私の勘が「今日は誰も来ないぞ」と告げています。読む本は無いですし、鈴奈庵にアガサクリスQの新作を借りるとしましょうか…いや、今日は週に一回の小鈴ちゃんが開いている子供達向けの朗読会の日ですし、明日にしましょう。
ふむ、本格的に迷いますね。カウンターでボーっとするのも悪くはないですが…そうですね。明日、小鈴ちゃんに貸す妖魔本の選定でもしましょうか。
妖怪百態変化絵詞、狸や狐などの化ける妖怪がどのように変身するかの本ですね。悪くは無いのですが、私の気が乗らないので却下。
私家版百鬼夜行絵巻最終章補遺、これは危険すぎるので却下。あまりにも危険すぎたので、補遺として百鬼夜行絵巻から隔離されたものです。これを貸すのは流石に危なすぎます。
妖魔兵法秘伝書、封じられた妖怪と契約して、兵として使うものですね。妖魔の特性を生かした戦術や、妖魔を統率するための呪術は学べますが、もし使ったりすれば妖怪認定なので却下。世の中には知らなくていいこともあります。
他には怪異植物図鑑だとか、幻妖戯曲集、妖魔秘伝調合法典、常世郷妖魔縁起。うーむ、どれも危険だったり、知らなくて良い知識を教えるものばかりですね。
うんうん唸っていると、本棚からポトリと妖魔本が落ちてきます。
百鬼彩画異聞録、様々な妖怪の姿を美しい色彩で描いた絵巻物形式の妖魔本ですね。各妖怪にまつわる奇妙な伝承や事件が記されています。この本は妖怪の退治の仕方とか載っているのでなかなか悪く無いのでは?
封印されている妖怪もさほど強いものではなく、裏側にお札でもはれば、封印は解けないでしょう。
よし!日記も書いたし、妖魔本の選定も終わりました!私の勘が「結局、お客さんは来なかったぞ!」と言っているので、今日はもう閉めちゃいましょう。
私は羅万館を閉め、地下にあるシアターに向かいます。今日は早めに仕事が終わったので、映画を見るためです。
一人で見るのも良いですが、偶には友人と見たいものです。博麗大結界を緩めたら来てくれるとおもいますが、ぷんぷんと頰を膨らませて怒るのでやめときましょう。
ふぅむ、毎度思うのですが、私から友人に連絡取れないのは面倒なんですよね。彼女の式神を呼び出すとしますか。
私は厨房に行き、河童から奪っ…貰った冷蔵庫から豆腐を取り出し、小指ぐらいの大きさまで切ります。その後、布で豆腐を巻き、重しを…見当たらないので、さっき取った百鬼彩画異聞録を重し代わりに置きます。後は「回す程度の能力」を使えば…なんということでしょう!そこには一晩ほど水抜きされた豆腐が!後は豆腐を何度か揚げれば、油揚げの完成です。豆腐を揚げるのにも結構時間がかかりますが、それも能力でカットで。
そろそろ来ていてもおかしくなさそうですが、なかなか来ませんね。呼んでみましょうか。
「油揚げ…ちょっと作りすぎちゃいましたね」
そうボヤくと同時に、チリンチリンと羅万館のドアに付けられている鈴の音が鳴ります。来ましたね。ちゃんと扉を開けて入ってくるなんて感心、感心。友人なんて、勝手に忍び込んで来ますからね。
「夕雲様…」
「あら、藍ちゃんじゃないですか?どうかしました?」
「ちゃんはやめてください!いえ…そうではなくてですね」
ふふふ、途端に澄まし顔になる藍ですが、油揚げを凝視しているのがわかります。
「それで、どうしたんです?」
そう問いかけ、私は油揚げを自分の口元に持っていきます。
「あっ…」
「そう言えば、タレを持ってくるのを忘れてました。すいません、藍さんちょっと待ってくださいね。要件は後で聞きます」
油揚げを口元から遠ざけ、冷蔵庫で醤油を取り出し、水と砂糖を混ぜ、油揚げを漬けます。やはり、油揚げはこの味でなければ…味噌も良いんですが、やはりこれです。
「お待たせしました、藍。それでどうしました?」
それにしても…藍は油揚げを作るとすぐに来ますね。霖之助さんも油揚げを作って藍を誘き寄せようとしてましたし…油揚げを探知する術式でも作ってるのでしょうか?
藍が睨むようにこちらを見つめます。彼女の心情を勝手に吹き込むならば、「くっ、白々しい。私が油揚げを食べたいのはわかってるくせに!」と言ったものでしょう。ええ、分かっていますとも、ただ言葉にしなきゃ、伝わらない事だってあるんです。
そうして、私はニコニコと藍はギラギラと見つめ合った後、藍は虫が囁くような声で「油揚げをください」と言いました。
ふっ、また勝ってしまいました。
藍に餌付けし、代わりとして彼女の主人を呼ぶように頼みます。
それから一、二分して、ようやく私の友人、八雲紫が姿を現しました。
八雲紫。私の友人で、幻想郷をこよなく愛する妖怪です。妖怪らしい妖怪の代表格、博麗の巫女が表ならば、彼女はその裏。神出鬼没で何考えてるかわからない、案外構ってちゃんのスキマ妖怪です。
「夕雲、藍を使ってまで私を呼び出すなんて…どうしたの?」
「どうしたも何も、最近、紫が私に借りを作りすぎなのですから、その清算ですよ」
「あのねぇ、夕雲。私だって忙しいのよ。博麗大結界の監視に人間と妖怪のパワーバランスの管理、諸々の雑務、こんなにやる事があるわ」
「藍に任せてるくせによく言いますよ。大人しく映画鑑賞に付き合いなさいな」
「はいはい、分かったわよ。どうせ何を言っても貴女は聞かないだろうし、今夜は何を見るの?」
「今夜見るものは〜いえ、その前に紫、失礼しますね」
そう言い、私は紫の正面に向き合い、彼女の寝癖を直します。せっかくの綺麗な髪なのですから、傷つけないように丁寧に櫛を通します。
「後はこれです!紫桜で作った桜酒!」
妖夢さんに作ってもらった桜の砂糖漬けをお酒に入れたものです。本来ならば長い時間をかけて、匂いをお酒に封じ込めますが、私の能力で短縮させます。
栓を開けると、辺り一面に漂う芳醇な桜の匂い。
「六十年に一度しか作れない、罪深い魂を抽出して作った桜酒。どうです?飲みたいとは思いませんか?」
紫が喉をごくりと鳴らし、「御相伴に預かるわ」と言いました。
ふっ、式神だけではなく、その主人にも勝ってしまった。私の才能が怖いね。
「話を戻して、で、今日は何を見るの?」
「そうですね…バック・トゥ・ザ・フューチャーなんてどうです?言わずと知れた名作でしょう?」
「私は見たことあるのだけど…まぁ、いいわ。何度見ても面白いし…」
「では、紫にはもう一度新鮮な気持ちで楽しんでいただきましょう。特にあのデロリアンでタイムスリップするシーンは、何度見ても興奮しますし…」
私は手際よくプロジェクターを設置し、スクリーンを下ろします。部屋の照明を落とし、心地よい暗闇が私たち二人を包み込みます。
フィルムを回すと、映画が始まりました。
映画が始まると、私たちはすっかり物語の世界に引き込まれました。デロリアンがタイムスリップするシーンでは息を呑み、未来に帰還するシーンでは歓声をあげました。私たちは過去と未来が交錯する中で、主人公のマーティが繰り広げる冒険にすっかり心を奪われました。
映画が終わると、部屋には静寂が訪れ、私たちはしばらく余韻に浸ります。
「それでどうでした?この映画」
「やっぱり、名作は何度見ても面白いわねぇ」
「ふふ、そうでしたか。たまにはこうしてお酒を飲みながら映画鑑賞して過ごすのも悪くないでしょう?」
「確かに悪くなかったわ。次の機会も楽しみにしとくわね」
「ええ、わかりました。また別の映画を用意して待っていますね」
私は部屋の照明をゆっくりとつけました。部屋には先ほどの桜酒の香りがまだ残っていますが、微かに匂うばかりです。
それにしても、眠たいですね。今ならいい気分で眠れる気が…そう思ったが最後、私は紫に抱き抱えられ、布団に入れられました。
彼女の夢と現実の境界を曖昧にして、夕雲を眠らせた後、私は彼女の寝室を出て、書斎に向かう。
書斎には幻想郷の歴史、妖怪たちの伝承、そして禁忌とされる知識が集められている、蔵書数では紅魔館の図書館には負けるであろうが、禁書や妖魔本の数はこちらに分があるだろう。霧雨魔理沙にこの場がバレたら面倒なことになりそうだから、結界でも張ろうかしら。
彼女を眠らせてまでこの場に来た理由は、一つ確認したい事があったからだ。私と幻想郷の核とも言える書物が問題なく書かれているかどうか…
「うん、私の知っているように記述通りに書かれてる」
その本はずっと昔から幻想郷が作られ、今に至るまでに何があったのかが綴られている。最近は異変が多く、ちゃんと書かれているか不安だったが過不足なく書かれているようだ。
私はその本を本棚に仕舞い込み、書き置きを残す為に書斎から出て、寝室に向かう。
「それにしても、彼女があの作品を選んだのは偶然かしら?」
もし、狙っていたのならとんだ曲者だが、彼女の安心しきった寝顔からは何も推測する事ができない。夕雲は普段は冷静沈着だが、映画のことになると結構暴走したりする。案外普通に何も考えていないかもしれない。
書き置きを残した後、私は羅万館を後にする。いつもなら、スキマを通って帰るのだが、今夜はどこか歩き回りたい気分だった。帰りもせずにぶらぶらと当てもなく歩き続ける。
夜の幻想郷は昼間とは全く異なる顔を見せる。静寂に包まれた森、月明かりに照らされた湖、そして遠くに見える人間の集落の灯り。昼間は賑やかな妖怪たちも、夜は人間を襲おうと鋭い光を目に宿している。
私はそんな幻想郷の夜道をゆっくりと歩く。普段はスキマ移動で済ませてしまう距離も、こうして歩いてみると新たな発見がある。道の脇に咲く花々、木々の間を抜ける風の音、そして時折聞こえる夜行性の動物たちの鳴き声。それらは私が普段見過ごしている幻想郷の姿を改めて教えてくれる。
ふと、私は足を止めた。目の前に広がるのは月明かりに照らされた霧の湖。湖面は鏡のように静かで、周囲の景色を美しく映し出している。湖畔には幻想的な光を放つ植物が生い茂り、まるで別世界に迷い込んだかのようだ。普段は景観の邪魔をしていると思う紅魔館も今は月明かりに照らされ、神秘的かもしれない。
「綺麗ね…」
私は思わず呟いた。幻想郷に長く住んでいる私でも、これほど美しい景色に出会うことは稀だ。私は湖畔に腰を下ろし、その景色をしばらく眺めていた。
バック・トゥ・ザ・フューチャー。タイムスリップを題材にしたSFコメディの名作、もちろん私も何度か見た事がある。展開としては、主人公は過去と未来を行き来し、自分の運命を切り開いていく、そんな物語。