東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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あぁ、慈悲深い貴女だからこそ、私は託せるのだ。





第22話…5月25日に投稿する作品を昨日投稿してしまいました。混乱させてしまい申し訳ありません。


幕間「常」 吸血鬼異変②

 

「貴方を殺しに来ました」

 

 その言葉と共に人間が石片を放り投げる。その石片は虹色の油のようなナニカに変じ、空中を海月のように漂い、変形し、一つの剣となる。それはまるで主を待ち焦がれたかのように、彼女に応えるかのように、白刃が月光に煌めく。 

 

「ほう、銀の武器ではないが…それで私を殺せるとでも?」

 

 込められた霊力は凄まじいが、不死殺しでもなければ銀の武器でもない武器では私を殺すことなぞ出来ない。そう考え、王は獲物を捉える獣の様に姿勢を低くした。

 

 吸血鬼には多くの特殊能力がある。吸血、変身、催眠、支配、怪力…その中で最も頼りにしているのが

 

 高速移動。

 

 それは、彼の長年の経験と研鑽によって磨き上げられた、まさに究極の武器。音速を超えるだろうその動きは、目にも留まらぬ速さで、夕雲の首を刎ねようと迫る。

 

 だが、剣が、その信じられない速度の攻撃を、まるで予見していたかのように、正確に受け止め、反撃として鎧のように硬い王の肉体を傷つけた。

 

「ほう……」

 

 驚きで少し目を開く。生まれて数百年の間、攻撃を回避される事はあったが、反撃し手傷を負わせたのは目の前の女が初めてだった。

 

 しかも人間が持つのは銀の武器ではなく、取るに足りない武具、傷を負わせることなぞ出来るはずもなかった。

 

 吸血鬼の王は知る由もないが、夕雲が握る剣はかつて古代の八雲で暴威を振るった八ツ首の巨龍の尾から生まれた正真正銘の龍殺しの剣。王はその剣については何も知らなかったが、似たような武具は自身の宝物庫に有り、その剣の力とそれを使う彼女の真意には気づいた。

 

「…貴公は私を堕ちた吸血鬼ではなく、竜として見るか。悪魔でもなければ、人間でもない。人々に崇められた小竜公として…」

 

 Dracul。

 

 国を、民を、多くのものを守る事を願い、父から継いだ名前。だが、その名はいつしか悪魔公という意味として無辜の人々に歪められた。その名に込められた誇りが堕とされ、穢されたのだ。その結果が血を吸う鬼。日光を浴びる事も、流水に触れる事も出来ず、他者の生命を啜ることでしか生きられぬ鬼。

 

 だが、目の前の彼女は私を国を守護する竜として捉えている。龍殺しの剣を持ち、私と相対するのだ。

 

「なぁ、貴公よ。どうか名前を教えてくれないか?」

 

 どうしても知りたかった。

 柔らかな月明かりの様に優しい彼女の名前を。

 焼きつくほど眩しい太陽の様に苛烈な彼女の名前を。

 これから殺し合うであろう彼女の名前を。

 

「夕雲、今はそう名乗っています」

 

「そうか…では、私も名乗ろう。私は不死者の王にして、侵略者を貫きし串刺し公、そして国を守りし竜だった… ヴラドIII世だ」

 

 ふと、吸血鬼の王、改め、ヴラドは月を見上げる。

 

「あぁ、それにしてもこんなにも月が紅いのだな」

 

「そうですね、こんなにも月が紅い」

 

「だろう?だから、こんな紅い夜は」

 

「えぇ、こんな紅い夜は」

 

永遠に続けさせてもらおう

刹那もあれば十分です

 

 月が隠れたその時、ヴラド公(吸血鬼の王)夕雲(もっとも強い力を持った妖怪)が激突した。

 

 ヴラドは彼女の武器の力を見抜いた事で、傷を負わせた絡繰にも当然気がつく。

 

(なるほど、敵を竜と捉えることでその剣は私を滅ぼすために力を増すのか)

 

 だが、その代償としてヴラドも全盛の竜としての側面を取り戻している。体は強靭な鱗に覆われ、爪は鋼をも引き裂き、牙はありとあらゆるものを噛み砕くだろう。

 

「貴公には驚かされる、私のスピードでは貴公に対応されてしまうだろう。だが、これはどうかな?」とヴラドは夕雲に火を放つ。

 

 灼熱の炎。吸血鬼ではなく、龍であるからこそ放てる、全てを焼き尽くす業火。それは、空気を震わせ、大地を焦がすほどの熱量を持ち、まるで意志を持つかのように、夕雲を追い詰め、その身を灰にしようと迫った。

 

 だが、夕雲は剣の一振りでその炎をいとも容易く切り裂く。

 

「なに?」

 

 彼女が持つ剣は古の英雄が野火に襲われた際に草を薙ぐ事により、危機を脱したとされる物。夕雲はその逸話から転じて、火を斬る事を可能としていた。

 

 炎を斬り裂いた剣は、なおもその勢いを失わず、ヴラドへと迫る。

 ヴラドは咄嗟に身をかわし、剣を躱したため、その剣の軌跡は、ヴラドの頬をかすめるに終わった。

 

「次はこちらの番ですね」

 

 夕雲は桃から赤、黄と緑と続き、白や青の多彩な色を放つ光弾を刀を振り翳し、撃つ。

 

「この程度の攻撃で私を殺せるとでも!」

 

 光弾は妖怪が最も嫌うありがたい光を放っており、低位悪魔なら一瞬で死に絶えるであろうが、龍殺しでもなければヴラドに傷をつけるだけ、殺すには至らず、その傷はすぐに治癒されるはずだと考えた。

 

 だが、一つ目の光弾を防いだ際に気づく。この傷は不治のものだと。龍殺しの刀から打ち出された光弾はありがたい光と共に龍殺しの特性を付与されていた。

 

「っ!」

 

 治癒することができない傷だが、幸いにも傷は浅く、動作に支障はない。このままではまずい、そうヴラドは考える。夕雲がヴラドの弱点を突いてくるのに対し、こちら側は有効打の一つも与えることができていない。

 

 まずはイーブンを目指す。そのために必要なのは相手の弱点を知ること。

 

「私の全力だ。たっぷり味わってくれ」

 

 その言葉と共に現れるのは神槍、剛槍、魔槍、聖槍、古今東西の神話や英雄譚に語られる槍がこの世界に現出する。

 

 ヴラドの「槍を作り出す程度の能力」は単にガワだけ似せた偽物ではなく、その特性までも完全に再現されている。神槍の勝利をもたらす必中の祝福、剛槍の大地を揺るがす三叉の力、魔槍の敵対者を必ず殺す呪い、聖槍の神殺しの罪禍、それらが夕雲に襲いかかった。

 

 夕雲は、虚空に手を伸ばし、不可視の歯車を回すように腕を動かす。放たれた槍の軌道は巻き戻るかのように放たれる前の位置に戻り、光の粒子となって消えた。

 

 「回す程度の能力」は単に物体を回すだけの力ではない。彼女が「回す」と認識した“概念”そのものさえも回すことができる。それが彼女の真の能力。今回は彼女は槍の時間軸を逆回転させ、ヴラドの魔力の状態まで戻した。

 

「これも駄目か…」

 

 ヴラドは考える。

 敵は厄介極まりない。速度には対応され、竜の息吹は斬られ、弱点さえも探ることができず、こちらは相手の攻撃を治癒できない。

 

 生涯で最強の敵。

 

 夕雲に勝てなければ、自身の目的を達することができない。

 そう考えヴラドはこの戦いを死地と定める。

 

「ふふふ、ふははは、はははは!!!」

 

「まさか私の最後の戦いがここまで心躍るものになるとは!」

 

「吸血鬼に堕ちてからは神に感謝したことなぞないが、今だけは感謝の一つもやっても良いとすら思える」

 

 死んだ妻の異能が詰まった遺品(マジックアイテム)の懐中時計を開く。

 

「Zeit, steh still, die Welt ist schön」

 

 ある老人が心の底から満足し、その瞬間が永遠に続いてほしいと願った時に発する言葉とは似て非なる、妻の永遠に家族と共にいたいと言う願望が能力として昇華されたもの。

 

 その魔道具の効能は意識と肉体の超加速による、実質的な時間停止。本来の持ち主ではないヴラドが時を止めれる時間は五秒。たった五秒だが、その間ヴラドは代償と引き換えに無敵と化す。

 

 一秒、魔術を起動させ、四方に悪魔を召喚する。

 

 二秒、能力で槍を作り出し、上空に設置。

 

 三秒、ダメ出しの竜の息吹を吐く。

 

 四秒、自身の分身を複数体作成。

 

 五秒、そして、時が動き出す。

 

 

 

 

 

 夕雲はヴラドの呪文と共に現れた多重攻撃に対処する。

 

 まずは霊気を放ち、悪魔の動きを止める。そして手を翳し、能力を用いて召喚物を消し去り、片手で龍殺しの剣で息吹を切り裂く。次の瞬間には光弾を出し、動きを止めた悪魔と分身達を処理する。

 

 一呼吸つく。

 

 ヴラドの場所を探る。

 

 ヴラドと似た悪魔の気配、槍を分解した彼の魔力、切り裂いた息吹から漂う瘴気、分身体から溢れ出る残滓。

 

 彼の姿を捉えられない。

 

 その時突如、現れた蝙蝠がヴラドへと姿を変え、上空から音速に至る速度でこちらの首を刈り取ろうと迫る。

 

 夕雲はそれすらも躱し、返す刃でヴラドの首を切り裂く。だが…

 

 夕雲の心臓が抉り出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わったのか…」

 

 強かった。油断もせず、私を殺すために十全の準備を重ねた夕雲殿。

 

 だが、こちらが勝った。

 

 勝敗の決め手は背後からの一撃。

 

 私の本体と見間違えるほどの分身に気を取られた夕雲殿は、影から出てくる極限まで気を殺した私には直前まで気づかず、心臓を突き刺した。夕雲殿は分身の首を切った刹那、こちらの存在に気づき、私を斬ろうとしたが、「支配」で一瞬の動きを止めた。

 

 吸血鬼の能力である「支配」は自分より下等な生物ならいくらでも干渉出来るが、同等またはそれ以上の強者には殆ど効かない。

 

 ただ一瞬の動きを止めるのが精一杯。しかし、私にはその一瞬の猶予さえあれば十分だった。

 

 紅い月の下、夕雲殿の亡骸に背を向け、宣言する。

 

「私の勝ちだ」

 

 

 

 

 

 

 その言葉が、紅い霧に吸い込まれるように消えかけた時、背後から声が聞こえた。

 

「まだ…終わりませんよ」

 

 ヴラド信じられないといった表情で振り返る。

 

 そこには確かに倒れたはずの夕雲が、紅白の衣を赤黒く染めながらも、太陽のように輝く髪をたなびかせ、確かに立ち上がっていた。

 

Antichronal Rotation(リザレクション)

 

 夕雲の心臓付近がフィルムが逆再生したかのように元に戻った。

 

 

 

 

 私の「回す程度の能力」は私が「回せる」と思えたものならば、概念でさえも回す事ができます。それは時間であっても例外ではありません。

 

 私は心臓の代わりに血液を「回し」続けるのに並行して、心臓の時間軸を逆回転させ、心臓を修復させました。イメージとしてはフィルムを逆回転させるイメージです。この巻き戻しは物理の層、心理の層を超え、記憶の層*1に作用する力であり、大きな力を使います。それも無機物ではなく、有機物、生きている物になると、私が持つ霊力以外の力も使うことになります。

 

 そのせいか、私は心臓を取り戻しましたが、その代償として私の霊力はほぼ尽きかけ、正直今にも倒れそうです。

 

「ヴラド、気づいていますよね。私の霊力は僅かだと言うことに…」

 

「ですが、貴方の限界も近い…いや、貴女は既に限界を超えていますね」

 

「ですから、次で最後です」

 

「これで終わらせましょう」

 

 ヴラドは私の言葉を聞き、槍を創り出し、構えます。

 一見、普通の槍にしか見えませんが、先ほどの神槍、剛槍、魔槍、聖槍よりも鋭く強い槍です。彼の創り出すことが出来る槍の特性を全て抽出し、凝縮したのがあの槍なのでしょう。私の残る力では解体する事すらも難しい。

 

 搦手はできない。

 

 そう考え、私は静かに龍殺しの剣を構え直します。

 

「……来るがよい、夕雲殿」

 

 ヴラドは静かに言います。その声にはもはや狂気も、憎悪も、絶望もなく、あるのは一つの純粋な願い、勝ちたいという思いだけ。

 

 私は龍殺しの剣を構えたまま、ヴラドへと歩み寄ります。一歩、また一歩と、距離を詰めていき、ヴラドもまた槍を構えたまま、私へと歩み寄ります。

 

 遂に私たちの距離がゼロとなり、槍と剣が激突する。

 

 ヴラドは槍を突き出し、私は龍殺しの剣を振り下ろす。

 

 空間が軋み、時間が止まり、お互いの力が拮抗する。

 

 ヴラドの槍は私の剣を押し返そうとし、私の剣はヴラドの槍を打ち砕こうとする。

 

 まずいですね。

 

 私の龍殺しの剣は欠け始めましたが、ヴラドの槍はその兆候も見えません。このままでは負けるのは私の方…

 

 

 

 

 

 パキン

 

 終わる瞬間はまるでガラス細工が崩れ落ちるように、唐突で静かでした。それは先端からひび割れ始めたと思えば、瞬く間に全体へと広がり、次の瞬間には粉々に砕け散り、黒い粒子となって紅い霧の中に消えていきます。

 

 

 砕けたのは私の剣ではなく、ヴラドの槍でした。

 

 彼は静かに私を見つめます。

 

「……貴殿の勝ちだ。夕雲殿」

 

 そう彼が宣言し、倒れましたが、私は彼の体を支えます。彼の体は吸血鬼とは思えないほど熱く、生きたがっていました。ですが、その思いとは真逆に彼の体は先端から灰となっていきます。

 

 この幻想郷を支配しようとした、不死者の王にして、侵略者を貫きし串刺し公、そして家族()を守りたかった竜に私は問いかけます。

 

「最後に何か言うことはありますか?」

 

 月光が優しく彼の体を包み込み、徐々にその形を失わせますが、彼の瞳には未だ爛々と光が宿っています。

 

 『灯滅せんとして光を増す』

 

 ふと、その言葉を思い出した。蝋燭が消える瞬間、最後に一度だけ大きく、明るく燃え上がると言う意味です。彼の瞳もまた蝋燭のように何よりも熱く光っています。

 

 

「夕雲殿。一つ頼まれてくれぬか」

 

 家族のために命を懸けた彼。そんな彼の最後の願いは私が聞き届けます。今だけは人間をやめ、彼の願いを叶えましょう。

 

「なんでも」

 

「どうか、私の娘たちが幸せになるまで見守ってくれ」

 

 乞われた願いは意外な物でした。思わず、声を出し、問いかけます。

 

「私が…ですか?」

 

 自分を殺した相手に、自分の愛娘の事を託すなんて…言外にそう伝えますが、ヴラド公は頷きます。

 

「あぁ、貴公なら安心して任せられるのだ。どうか頼む」

 

 彼が何故、私にそんな願いを託すのかわかりませんが、家族を愛する者の気持ちはわかります。

 

「…いいでしょう。頼まれました」

 

 そう言うと、彼は安堵し、もう思い残すことは無いかのように、気力が消えていきます。

 

「そうか、これで安心して妻の元に逝けるよ」

 

 彼は、そう呟くと、静かに目を閉じました。

 

「では、私からも一つ」

 

 

 

「よく頑張りましたね」

 

 たとえ、その道半ばで倒れたとしても、家族を守るために戦った彼は、誰かにその偉業を讃えられるべきです。誰にも記憶されずとも、何処にも記録が残らなくても、私だけはこの夜の事を覚えておきます。

 

 

「はは、まさか、私が最期に聞く言葉がそれとはな」

 

「…なんとも、、悪くない」

 

 その言葉を最後にヴラドは灰となり、時計と槍のカケラを残し、風と共に幻想へと散りました。

 

 ヴラドが灰となったのと同時に、私の持つ剣が錆び始めます。彼が今まで殺してきた者達の数百年の呪いが剣を朽ちさせたのでしょう。

 

 私はただの錆びた鉄塊になった剣を彼の墓標代わりに大地に突き刺し、一つ祝福します。

 

「私のシンメイ、◼︎常◼︎◼︎◼︎◼︎の名をもって、約束しましょう」

 

「ヴラド公、貴方の娘は必ず幸せになります。そしていつか、輪廻を巡り、自身の目でそれを確かめなさい」

 

 ふと、景色を眺めていると、紅い夜が透明に解け、地平線から顔を出した太陽の光が金星を呑み込みました。

 

 夜明けです。

*1
香霖堂より引用。霊夢曰く、世界は三つの層で成り立っており、物理の法則に従う物理の層。心の動きや魔法、妖術などに作用する心理の層。記憶の層は万物が出来事を覚える三つ目の層。夕雲はこの記憶の層を記憶する前に戻し、新たな別の結果を算出させた。




実はこの話(幕間②)は三月頃に気分転換に描いた話なんですよね。ちょいちょい変えましたけど、もしかしたら接続がおかしいかも?


小話ですが、墓標として地面に刺した剣は今は香霖堂で霧雨の剣と名前を変えて置いてあったり、ヴラド妻の遺品の懐中時計は今は咲夜が持っていたり、残された槍のカケラはレミリアのスペルカード神槍「スピア・ザ・グングニル」の一助になってたり…

この辺は完結したら番外編で書きたい。

設定(妄想)はすぐ考えつくんだけど、出力出来ない。本当に、夕雲さんのヴラドに関する思いとか伝えきれた気がしない、悔しいなあ。
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