黄昏酒場は、神主が所属している酔っ払い集団サークル「呑んべぇ会」が、酒飲みながら二週間で作ったゲームです。WEB上で無料で公開されていますから、是非皆さんもプレイしてみてね。
――黄昏酒場。
ウワバミも眠るこの世の楽園。
ここでは如何なる酒豪であろうと潰してみせると豪語する居酒屋のマスター達がいた。
「ウワバミブレイカー」と呼ばれた彼らは日々新メニューの研究に余念がなかった。
彼らのメニューの前に多くの猛者が敗れ去っていった。
潰されたウワバミ達は毎日二日酔いに悩まされながらも、刺激的な新メニューに挑戦せざるをえない。
それはマスターの思う壺であった。
この酒場では「ウワバミブレイカー」に逆らえる者はないかに思えた。
「ねぇ、夕雲。久しぶりに外で飲まない?」
「外というと、鯢呑亭?それとも夜雀の屋台で飲みます?」
「違う違う、“外”ってのは、幻想郷の外ってこと」
「!!!いいですね!早くいきましょうよ、紫!」
一部の
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入店時間17:00
「外の世界で飲むなんて久しぶりですね、楽しみです!」
「そうね、夕雲。今回は奢りだから好きなだけ飲んでいいわよ」
「なんか今日はやけに気前がいいですね。よ~し、今日は浴びるほど飲みますよ!ふふっ、それにしても八岐大蛇なんて名前、洒落が効いてますね。八岐大蛇でさえ、潰れてしまうほどのお酒…楽しみです!」
「いらっしゃい!……おや、見かけねぇ顔だ。そこのお嬢さんたち、うちの暖簾をくぐるってこたぁ、自分の肝臓に自信があるってことでいいんだな?」
カウンターの向こうから、岩のような体躯の
私は少々の違和感を覚えながらも、臆することなく、にっこりと笑い返しました。
「望むところです!この八岐大蛇を飲み干しに来ましたよ!」
私の威勢のいい返事に、板前さんはニヤリと口角を上げます
「へっ、威勢のいい嬢ちゃんだ。面白い。だが、すぐにその威勢もへし折ってやる。うちはただの酒場じゃねぇ。客と俺の真剣勝負の場だ。ルールは至って、シンプルだ、出されたものは全て飲み干し、食い尽くす。それだけだ」
(まぁ、外の世界ならば…そうなんですかね?前回入った場所は普通のお店でしたが…)
話を聞いていた紫が「簡単なルールだわ、せいぜい楽しませてね」と、優雅に扇子を広げながら、板前さんに応じます。
「ふふ、夕雲。外の世界の『弾幕』、見させてもらいましょうか。お手並み拝見といきましょう」
「弾幕…?」
私が首を傾げた、その瞬間でした。
「――始めッ!」
板前さんの号令と共に、店全体の空気が一変しました。カウンター内の店員たちが、まるで示し合わせたかのように一糸乱れぬ動きで調理と配膳を始めました。
カッ!と乾いた音を立てて、卵焼きの入った小鉢がカウンター上を滑り、私の手元に寸分違わず停止し、そして間髪入れずに熱々のおしぼりが鞭のようにしなりながら飛来し、テーブルの汚れを拭き取って戻っていきました。
「なっ…!?」
驚く私の目の前に、今度はお猪口に注がれた日本酒が三つ、四つと正確無比な間隔で置かれていきます。まるで自機を狙う針弾のように。
「さあ、どうした!ぼやぼやしてっと、おつまみと酒でテーブルが埋まっちまうぜ!」
板前さんの檄が飛びます。次々と繰り出される料理と酒の波状攻撃。まさしく「食」と「酒」の弾幕ごっこです。枝豆が私の目を正確に狙って来たり、卵焼きが喉元に突き刺さる勢いで、私の口に向かってきます。
「面白いです…!」
なるほど、理解しました。私は空中に飛来する枝豆を箸でつまんで口に放り込み、並べられた日本酒を次々と呷ることにします。
「まだまだ!」
店員さんが一気にピザを投げつけようとしてきましたので、私はそこらにあった瓶の王冠を指で打ちだし、頭にぶつけて店員さんを気絶させます。
「ほう、今ので息も上がらねぇたぁ、大したもんだ。だが、お遊びはここまでだ。うちの真髄、見せてやるぜ!」おでん『しらたきのラプソディ』!!!」
板前さんの周囲からオーラのように白滝が舞い始め、私たちの食卓に向かってきます。一本一本広がっており、とても食べづらい…ですので。
「回りなさい」
下品にならない程度の高さに、お箸を持って、箸先を小さく回します。すると、白滝は一斉に箸の巻き付けの形となり、食べやすくなりました。あっ、これ美味しい。
「なに…!いいや、まだまだぁ!喰らえ、幻の刺身『天然マリモの活作り』!」
マリモ…最近、霧の湖で個体数が増えている海藻類ですね。幻想郷に増えているという事は、外の世界で個体数が減少しているという事なのですが、そんなものをメニューに出していいのでしょうか?
私がもっともな疑問を口に出すより早く、隣から紫のため息が聞こえました。
「夕雲、野暮なことは言いっこなしよ。外の世界には『養殖』という便利な言葉があるの。それに、希少なものほど価値が上がって、人はそれを食べたがるものよ」
「いや、でも、天然って…」
「細かいことは気にしない。さ、『活き』のいい弾幕が来るわよ」
紫が言い終わるが早いか、板前さんは巨大な桶をひっくり返しました。すると、青々としたマリモが幾十という数、生命を得たかのように店内を跳ね回り始めます!ピンポン玉のように軽快な音を立てて、縦横無尽に跳ね回る緑の球体。これは確かに、箸で捕まえるのは至難の業です。
「どうだお嬢ちゃん!一粒たりとも掴めやしねぇだろう!これこそが『活作り』よ!」
こいつ、頭おかしいんじゃないですか?
ですが、所詮は水中で暮らす藻類。扱いには慣れています。私は空いたお皿をテーブルの中央に置きました。
「――集いなさい」
適当な空いていたお皿に箸先を入れ、くるりと一回転させます。空気の回転、お皿の上で極小規模の竜巻を発生させると、跳ね回っていたマリモたちが、まるで吸い寄せられるかのようにその渦へと飛び込んでいきます。あっという間に全てのマリモがお皿の上空に収まり、綺麗な緑色の渦が出来上がりました。私はそれを、ありがたく一口ずつ頂きます。これはお酒と合いますね。近くにあった八塩折之酒と一緒に食べるとしましょう。
「…………」
板前さんを見ると、もはや声も出ないようです。肩をわなわなと震わせ、鬼のような形相でこちらを睨みつけています。彼のプライドが、今まさに木っ端微塵に砕け散る音が聞こえてくるかのようです。
「ご馳走様です。どれも美味しかったですよ?」
私がそう言うと、それが最後の引き金になったのでしょう。板前さんの全身から、今までにないほどの気迫――オーラが立ち上りました。
「て、てめぇら……ただじゃおかねぇ……。ウワバミブレイカーとしての俺の全てを懸けた、最終奥義を喰らいやがれッ!」
彼が叩きつけたのは、料理でもお酒でもありません。一枚の、長大な紙切れでした。
勘定『
レシートプリンターから吐き出されたそれは、まるで意志を持った白蛇のようにうねり、ゼロの羅列が刻まれたその紙面は禍々しい光を放っています。胃袋への物理攻撃ではなく、財布と精神に直接ダメージを与える、この世で最も恐ろしい最終
「ひぇっ…!」
思わず声が漏れます。弾幕ごっこならばいざ知らず、こればかりはどうしようもありません。どうしましょう紫、と助けを求めようと隣を見ると、彼女はいつの間にか一枚の黒いカードを取り出していました。
「あら、お会計? ご苦労さま」
紫は全く動じることなく、そのカードをひらりと請求書の蛇に差し出します。すると、あれほどすさまじい気迫を放っていた請求書が、カードに吸い込まれるようにシュルシュルと消滅してしまいました。
「
最強の精神攻撃を、外の世界のありふれた(?)決済方法でいなされ、板前さんは膝から崩れ落ちました。
「ま、参った……。あんた達が…真のウワバミだ……」
白旗を上げる板前さんを尻目に、私は少し物足りなさを感じていました。
「紫、もう終わりですか?せっかくですから、二次会に行きませんか?」
「ええ、そうね。次はどんな『弾幕』が見られるか楽しみだわ」
こうして、私たちの奇妙な飲み会は、まだまだ続くのでした。
この黄昏酒場というビルはビル全体が酒場らしく、ありとあらゆるテナントに酒場が詰め込まれているらしいです。折角なら最上階までお邪魔したいものですね。
退店 20:30
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入店時間21:00
次に私たちが訪れた酒場は、C2H5OH。紫曰く、カクテルが美味しい店とのこと。ちなみに元素記号はエタノールですが、読み方はアルコールとのこと。薄暗い照明にジャズが静かに流れる、所謂「大人」の雰囲気というものでしょうか。
私たちが重厚な扉を開け、一歩足を踏み入れた、まさにその時でした。
「いつまでツケを溜めてんだこの甲斐性なしッ!とっとと失せな!」
甲高い怒声と共に、和服と煙管を持った
「あぁ~、ママさんのご褒美、ご馳走様でしたァ~!」
しかし不思議なことに、蹴り出された男性の顔は恍惚としており、むしろ感謝しているようにさえ見えます。さらに驚くべきは、店内にいる他のお客さんたちです。誰一人として驚くことなく、むしろ「いい蹴りだった」「羨ましい」と、うっとりした表情で拍手を送っているのです。
「……紫、今のは一体…?外の世界では、ああやってお客さんをもてなすのが流行っているのでしょうか?」
私の問いかけに、紫は手で口元を隠しながら楽しそうに笑います。
「ふふ、ここはそういうお店なのよ。あのママさんに罵倒され、蹴り出されるために、お客はわざとツケを溜めるの。ここではお金を払うのは無粋なのよ」
「な、なるほど…?理解が及びませんが、そういうものなのですね…」
外の世界は本当に奥が深いです。私が感心していると、件のママさんが、氷のように冷たい視線でこちらを射抜きました。スラリとした長身に、気の強そうな切れ長の瞳。間違いなく、この店の主です。
「あんたたち、見ない顔だね。さっきのを見て怖気づいたんなら、今のうちに帰りな。うちは生半可な客は相手にしないんでね」
その言葉には、一次会の板前さんとはまた違う、冷たく研ぎ澄まされた圧がありました。ですが、私たちは全く臆することなく、優雅にカウンターの席に腰を下ろします。
「ご挨拶が激しいこと。あなたの作る『
「……ふん、面白いことを言うじゃないか。いい度胸だ。あたしのカクテルが飲めるもんなら、飲んでみな!」
ママさんの纏う空気が変わりました。彼女はカウンターの内側に立つと、まるで武器を手に取るかのように、銀色のシェイカーを手にしました。
「まずは小手調べ、行くよ!」
ママさんの冷たい声が合図でした。先ほどの居酒屋の、熱く荒々しい弾幕とは全く性質の異なる、冷徹で精密な弾幕の嵐です。
まず飛来したのは、扇状に散布されたミックスナッツ。まるで散弾のように広範囲に、しかし一粒一粒が正確に私と紫の顔面を狙ってきます。続いて、バーナイフで切り出されたチーズの薄片が、手裏剣のごとく回転しながら飛んできました。
「なるほど、これは避けながら…ではなく、
私は箸を構えると、向かってくるアーモンドを空中で挟んでそのまま口へ運び、回転するチーズは箸の側面で受け流し、勢いを殺してつまみます。パシッ、パクッ、と小気味よい音がカウンターに響きました。
一方、紫はと言いますと。
「あらあら」
彼女は顔色一つ変えず、ひらりと
私たちがおつまみを処理している間にも、攻撃は止みません。今度はカウンターそのものが戦場となりました。磨き上げられた木製のカウンターの上を、赤、黄、緑、色とりどりの液体で満たされたグラスが、まるでホーミングレーザーのように滑走してきます。グラス同士がぶつかれば、中身が飛沫となって広範囲を濡らすことになるでしょう。
私は右から滑ってくる赤いカクテル(トマトベースでしょうか)を手で受け止めて一気に飲み干し、すかさず左から迫る緑のカクテル(メロン味でした)を掴み取ります。その間にも、スティック状に切られたセロリやキュウリが矢のように射出され、グラスの合間を縫って襲い掛かってきました。
まさに、休む暇もない精密射撃の連続。
数分続いたでしょうか。最後のグラスを飲み干し、飛んできたオリーブを口に放り込み、反撃として
「ふぅ…美味しかったです。ですが、メインディッシュはこれからですよね、ママさん?」
息一つ乱さずにそう問いかけると、ママさんの眉がぴくりと動きました。彼女は驚きを隠すかのように、ふっと不敵な笑みを浮かべます。
「へぇ…。ただの娘子かと思ったけど、少しはやるみたいじゃないか。まるで、あのイレギュラーみたいだ…いいよ、なら次は、あたしの真骨頂を見せてやる。泣いても知らないからね!」
「焼酎カクテル【大魔王オレンジ&ザクロ!】…!」
その名を叫ぶと同時に、ママさんの動きが加速します。シェイカーに注がれた焼酎とオレンジジュースが、目にも留まらぬ速さで混ぜ合わされ、カウンターの上を滑るようにしてオレンジ色のカクテルグラスが次々と送り出されてきました。直線的な攻撃だけではありません。彼女はボトルを軽々と投げ上げると、その液体が遠心力によってオレンジ色の螺旋を描き、鞭のように私を襲います。
「今度のは、さっきよりずっとキツいわよ…!」
私はグラスを掴んでは飲み干し、飛んでくる液体の鞭を身をかがめて避けます。ですが、ママさんの真骨頂はそれだけではありませんでした。
「まだまだッ!」
ママさんは液体を注いでいたボトルの軌道を変えると、それを真上に放り投げました。そして、次の瞬間には、カウンターを軽々と飛び越え、私の目の前に着地していたのです!
「なっ…!?」
「よそ見する余裕があるのかい!」
鋭いハイキックが、私のこめかみを狙ってしなやかに伸びてきます。私は上体を反らしてそれを回避しますが、その体勢を狙いすましたかのように、先ほどまで滑走していたオレンジ色のカクテルがすぐそこまで迫っていました。
「危ない…!」
慌てて体をひねってグラスを掴み取りますが、休む間もありません。ママさんは流れるような動きで回し蹴りを放ち、その風圧でテーブルの上のナッツを弾丸のように飛ばしてきます。さらに、彼女が着地と同時に踵で床を打つと、その衝撃でザクロのシロップが入った小瓶が跳ね上がり、その中身が赤い雫となって、降り注ぐ雨のように私に襲い掛かってきました。
オレンジ色と赤色の渦を巻くような
…このママさん。当たり前のようにお客さんを蹴り潰そうとしてきましたね。まぁ、きっと、おそらく、それが外の世界の常識なんでしょう。外の世界、怖。
「ふふ、面白いわね。バーテンダーというより、まるで武道家だわ」
紫は、自分に飛んできた蹴りを椅子に座ったまま僅かに身を引くだけで完璧に避けながら、優雅に呟きました。
全ての攻撃を捌ききった、その瞬間。空中で回転していたボトルが、寸分違わずママさんの手に戻ります。彼女はカウンターに着地すると、最後に残ったオレンジと赤の液体を一つのグラスに注ぎ分け、美しい二層のグラデーションを描き出しました。
トン、と最後のグラスが、挑戦的に私の目の前に置かれます。
「さあ、これが『大魔王』だよ。飲めるもんなら、飲んでみな」
グラスから立ち上るアルコールの気配は、先ほどまでとは比べ物にならないほど、強く、そして濃密でした。
私はそれをごくり、と一気に飲み干します。強まる酩酊感、視界が回り始めます。
「へぇ、まさか、大魔王を一息で飲み干すとはね…まだまだ行くよ!」
「ビールカクテル【キリン塩味】!!!」
ママさんが投げつけたお酒がゆっくりと放射線を描き、私に向かいます。現実世界では、ものすごい速さで私に向かってきているはずです。視界の端では、ママさんが追撃の回し蹴りを繰り出すための予備動作に入っているのが、コマ送りのように見えていました。
(これが走馬灯ですか…)
まっ、そんなわけないですけどね。このままでは、あの蹴りでグラスごと弾き飛ばされてしまうでしょう。少しだけ、「本気」を出させてもらいます。
私の能力は「回す程度の能力」。
私の血液を荒れ狂うように回っていたアルコールの流れを緩やかにし、酩酊によってぐるぐると回っていた視界を、ぴたりと静止させます
そして、私にとって、時とは銀時計のように回るもの。歯車が噛み合い、針を進めることで、「時間」という概念は存在します。であるのならば、自分自身という時計の歯車の回転を、ほんの少しだけ遅くしてあげる程度、簡単なことです。
私は意識を内側へ向け、カチ、カチ、と小気味よく回っていた体内時計の歯車にそっと指をかけ、その回転を緩めます。
世界から、音が消えます。
目の前で飛来するビールカクテルは、空中に縫い付けられたように静止し、その液体の一滴一滴が宝石のように煌めいています。ママさんは蹴り足を振り上げた体勢のまま、美しい彫像のように固まっています。
そう、これでいいのです。
しかし、油断はできませんでした。私の背後、死角となる空間に、新たな気配が生まれます。先ほどのカクテルの泡でしょうか、無数の白い泡が渦を巻きながら、巨大な麒麟の頭部の形を成して私を飲み込もうとしていたのです。
「回れ」
私は背後に向かって小さく呟き、指先でくるりと円を描きました。
その瞬間、麒麟の形をしていた泡の弾幕は、私の命令に従い、自らが持つ回転のベクトルを反転させました。凄まじい勢いで逆回転を始めた泡の渦は、その遠心力によって一つの中心へと収束していき――やがて、目の前で静止していたビールグラスの中へと、すっぽりと吸い込まれてしまいました。
私はゆっくりとグラスを掴むと、体内時計の回転を元に戻します。
世界に、再び音が戻りました。
「……は?」
ママさんの目の前で起こったのは、不可解な現象だったでしょう。投げつけたカクテルはいつの間にか私の手に収まり、背後から奇襲するはずだった泡の弾幕は跡形もなく消え、なぜかグラスの上には、完璧な比率のクリーミーな泡がこんもりと乗っていたのですから。
私はそのビールカクテルを一口飲み、にっこりと微笑みました。
「ええ、美味しいです。この塩気が、ビールの味をきりっと引き締めていますね」
その言葉にママさんは崩れ落ちます。ふっ、また勝ってしまったようですね。
「紫、お会計を…『いいや、まだだ』…へぇ?」
その言葉と共に、一度はカウンターに崩れ落ちたママさんの肩が、くつくつと震え始めました。やがて彼女は、顔を上げ、獰猛な笑みを浮かべてこちらを見据えます。その瞳には、先ほどまでの比ではない、灼けつくような闘志が燃え上がっていました。
「…そう、そう来なくっちゃ!あんた、最高だよ…!」
ママさんは楽しそうに、そしてどこか懐かしむように呟きます。
「あの時も…あんたみたいな無茶苦茶な奴がいたんだ。こっちの
彼女の声に、力がこもります。
「あんたたちのような存在は、もう私の
彼女の言葉は紛れもなく、彼女自身の魂からの叫びでした。趣味と、店主としてのプライドが入り混じった、最高の果たし文句です。
「これがあの娘を潰すための切り札!!!
ママさんが天に叫ぶと、彼女の気迫に呼応するように、店内の空気が震えました。これは彼女の奥の手…!
まず始まったのは、彼女がカウンターを強く叩いたことからでした。すると、今までのお客さんたちの戦いの痕跡、あるいは飲み残しの怨念とでも言うべき紫色の
そして、その弾幕の中心で、ママさん自身がシェイカーを構えました。その中に注がれるのは、澱んだ紫の酒とは対照的な、青白く清浄な輝きを放つ液体。彼女は全ての神経を集中させ、古酒に新たな命を吹き込むかのように、静かに、しかし力強くシェイカーを振り始めました。彼女のプライドの全てが、その一投に込められていきます。
目の前にあるのは
「あらあら。随分と熱のこもった『おもてなし』ね…彼女のネーミングセンスはともかく…」
紫は、楽しそうに扇子を広げます。
「――その腕は本物のようよね。来るわよ、夕雲!」
無数の紫色の
これは、ママさんのバーテンダーとしての人生そのものをぶつけてくるような、最大級の一杯。
ならば私も、ウワバミとして、礼儀を尽くして真正面から応えなければなりません。
「ええ…!その一杯、確かに受け取りました!」
私は、静かに目を閉じ、そして――回します。
この世の全てを、私の意のままに。
私が指先で小さく円を描くと、私を中心に、巨大な渦が生まれました。迫りくる紫色の澱んだお酒は、その渦に捉えられ、私の周りを衛星のように周回し始めます。それはまるで、無数の過去と怨念が織りなす、紫色の銀河のようでした。
「いっけえええええッ!!」
ママさんの叫びと共に、青白い光の奔流が、銀河の中心である私目掛けて一直線に放たれました。過去の澱を全て浄化する、純粋な一撃。
しかし、私は避けません。
青白い光が紫色の渦に接触した瞬間、私は渦全体の回転を、さらに加速させました。
「混ざり合いなさい…!」
澱んだ古酒の紫と、清浄な新生の青。相反する二つの力が、私の回転によって強制的に混ざり合い、凄まじい光を放ちます。店全体が真昼のように照らし出され、光と闇が、過去と現在が、怨念とプライドが、全て渾然一体となって溶け合っていくのが分かりました。
やがて、嵐のような光が収まった時。
あとには、シン、と静まり返った空間だけが残っていました。弾幕は跡形もなく消え、私の手には、いつの間にか一つのカクテルグラスが握られています。
中に入っているのは、夜明けの空のように、紫と青が美しく溶け合った、見たこともない色のお酒でした。
私は、そのカクテルを静かに口に運びます。
最初に舌に触れたのは、苦く、酸っぱく、どこか悲しい過去の味。しかし、喉を通る瞬間、それは清涼で、力強く、未来への希望を感じさせる、気高い未来の味わいへと変化しました。
「…ええ、美味しいです。とても、とても美味しくて…どこか、懐かしい味がします」
私は、心からの賞賛を込めて、ママさんに告げました。
「最高の『おもてなし』でした。ご馳走様です、
その言葉を聞いて、ルミさんは、全てを出し切った満足げな笑みを浮かべると、今度こそ本当に、カウンターへと静かに崩れ落ちました。
「へへ…
|STAGE 2 CLEAR
退店 23:30
身体が
次の黄昏酒場はちょっと後になります。具体的に言うと、9月22日。
先代巫女が霊夢の最強版みたいな話を聞いて、ニコニコしています。