みなさん、最近暑いですが、体調は大丈夫ですか?自分はもう無理です。
「えい!」
こいしちゃんの可愛らしい掛け声とともに私たちは、身を投げ出します。縦穴の中は、想像以上に暗く、熱気を帯びていました。微かに硫黄のような匂いが鼻腔をくすぐり、どこからか地底の生物が蠢くような音も聞こえる気がします。
こういうのなんて言うんでしたったけ?少女落下中とか…ですかね?
こいしちゃんが強く私の手を握ったので、私は緩やかに減速して、普通の飛行程度のスピードに抑えます。あれ?なんで、私は今、こいしちゃんが速度を抑えようとしていることに気づいたんでしょう…
「夕雲、夕雲。前に誰かいるよ」
こいしちゃんの言葉に私は前?それとも下?を向くと、私の服と同じ色…黒い上着とこげ茶色のジャンパースカートを着ている、茶色のリボンが特徴的なお団子金髪ポニーテイルの女の子が私たちに立ち塞がります。
あら、この子も私と同様にお酒を持っています。…それに、なんか私とやけに色彩が似通っています。
「人間が地底に来る、それも一人で来るなんて…今は鬼たちが酒宴をして、妖怪たちの気が荒ぶってる…人間は引き返したほうがいいよ」
忠告めいた言葉に、私はにこりと微笑み返します。余計なお世話です。
「む、残念ながらそういう訳には行かないんですよね。お酒は一応持ってきてますよ、少量ですが…」
そう言って、懐からそれなりの大きさの酒徳利を取り出して見せましたが、彼女は私の手元を一瞥し、少し呆れたようにため息をつきます。
「そんな量だと鬼たちに攫われてしまうよ」
「なるほどなるほど、では、どこかで調達する必要がありますね」
私は悪びれる様子もなく、むしろ楽しげに頷きました。彼女はきょとんとした表情で私を見つめ、疑問を抱いている様子です。
「ん?まぁ、確かにそうだね。なんだい当てでもあるのかい?」
「ええ、私の前に、ちょうどお酒を持っていそうなのが」
私は満面の笑みで、彼女の持つ瓶を指差したところ、彼女の表情から先ほどの戸惑いが消え失せ、挑戦的な笑みが浮かび上がります。
「…へぇ、人間が言うじゃない。スペルカードはそうね、三枚。ちょっとその実力試させてもらうよ!」
こいしちゃんを引き寄せ、私の首に抱き寄せます。目の前の妖怪はこいしちゃんのことが見えてなさそうですし、衝突やらが起きたら危ないですからね。
それと…ごめんなさいね、私の八つ当たりに付き合ってもらって。
◆
「まずは小手調べと行くよ!罠符【キャプチャーウェブ】!」
彼女を中心に、光る蜘蛛の巣状の八本の妖糸が地底に張り巡らされます。一本一本がまるで意志を持ったようにうねりながら、私を囲い込むように迫ってきますが…速度は遅く、私は難なく回避します。
(スペルカードにしてはやけに回避が簡単すぎますね。まだ何かあると思っておきましょう)
私は回避した後、すぐに彼女との距離を詰めます。こちらの目的はただ一つ、彼女の酒を奪うことです。そのためには、接近戦に持ち込むのが最も手っ取り早いですからね、ですが、彼女もそうそう近づかせてはくれません。弾幕をばらまきながら、妖力で作った糸を使い、縦穴を縦横無尽に動きます。昔見た映画のどこぞの蜘蛛男のような挙動ですね。
「その程度じゃ捕まらないわよ!次はこれよ!」
「瘴気【原因不明の熱病】!」
二枚目のスペルカード。
彼女は縦穴の中央に陣取り、両手を大きく広げます。同時に彼女の周囲に、三つの瘴気の塊が生み出され、それが全方向に円を描くように赤い針弾を飛ばしてきます。彼女の周囲に設置されているせいで、近づくのが困難になりました。密度が低いので、これも回避が容易ですが…
「まだ終わらないよ、そぉれ!」
「っ!一枚目のスペルカードはこのためでしたか!」
ここで、1枚目のスペルカードで私を捕らえようと縦横無尽に放たれていた妖糸が、今度はすべて彼女のもとへと収束するような動きを見せます。まるで、広大な網が獲物を追い詰めるかのように、逃げ場をなくす動きです。
「環符【メビウスの輪】」
私はその複合的な攻撃に対し、こちらもスペルカードを使う事で、対応しました。迫りくる妖糸と赤い針弾を縫うように、自分の周囲に捻じれた輪のような形の弾幕を出現させます。それは、私の身を守るように、妖糸と弾幕の間をすり抜けるように動き、敵の攻撃を逸らしていきます。完全に弾を防ぐわけではない、あくまで流すような防御。しかし、これでわずかながらも自由な空間が生まれたのは確かでした。
私がスペルカードを使い終わったのと同時に、彼女のスペルカードも終わります。ですが、一息つく間もなく…
「やるね、これで最後!細綱【カンダタロープ】!!!」
彼女の左腕から輝く妖糸が、私に向かって一直線に襲い掛かります。これも回避するのは簡単ですが…?
「夕雲!後ろだよ!」
「――ッ!」
こいしちゃんの声を聴いて、私は反射的に身を翻しました。直後、私のいた空間を切り裂くように、避けたはずの妖糸が背後から猛然と突き進みます。それは私を通り過ぎた後、縦穴の壁に激突。しかし、そこで消えることはなく、まるで蜘蛛の網を張るかのように、再び私に向かって襲い掛かってきました。
怒涛のように押し寄せる妖糸と散弾の連携に、私は回避に全神経を集中させかければなりませんでした。一挙手一投足が命取りとなる極限状態。攻撃に転じるなど夢のまた夢。時折、頬を掠める弾幕の熱が、この状況の絶望的な厳しさを容赦なく叩きつけてきます。
「裏象【神霊夢枕大集合】!!!」
しかし、その窮地を救ったのは、他でもないこいしちゃんでした。桃、赤、黄、緑と続く鮮やかな色彩のレーザーや光弾が、まるで万華鏡のように空間を彩りながら、蜘蛛の妖怪である彼女に襲い掛かります。
蜘蛛の妖怪である彼女は、これまで一切の気配を消していたこいしちゃんの存在に、微塵も気づいていなかったのでしょう。声を上げる暇もなく、彼女の身体に多彩な弾幕が次々とめり込み、彼女の呻き声が縦穴に響き渡りました
正直、助かりましたね。私一人では、散らばる妖糸と弾幕をさばきながら、さらに彼女の懐に飛び込むのは至難の業だったはずです。こいしちゃんの援護射撃が、一瞬の隙を生み出してくれました。
「渦動【メエルシュトロームの旋渦】」
私は無造作に弾幕をばら撒きます、ここまでが第一段階。彼女は危なげなく避けていますが、私は彼女が回避に集中しているうちに、敵である彼女を中心に渦を形成。私の視界全体の、彼女の散弾もこいしちゃんの弾幕も全て巻き込み、巨大な渦潮を作り出します。
「私の勝ち…です!」
私は渦の勢いはそのままに、彼女を閉じ込める渦を圧縮させます。空気すらも押し潰すかのような圧力で、巨大な渦は螺旋を描きながら収縮し、彼女の自由を完全に奪い去ろうとしていました。もはや彼女に逃げ場はなく、その視界は渦の漆黒に飲み込まれていくはずです。
渦が収束し、彼女の姿が見えると、満身創痍でした。
決着です。
◆
「いやぁ、あんた、人間なのにだいぶやるじゃん。あたしの最後のスペルカードまで破られるとはねぇ……まさか、こんなことになるとは思ってもしなかったよ」
「いえいえ、久しぶりの弾幕ごっこだったので、思わず張り切っちゃいましたよ」
「そ、あんたの実力はよくわかったさ、こんな強いなら、この先の鬼どももどうにかなるだろうよ」
そう言って、彼女は肩をすくめます。その表情には、敗北を認める潔さと、どこか不思議な納得のような色が混じっていました。細い指で自身の蜘蛛の巣を軽く払う仕草は、どこか悔しそうでもありましたが、それ以上は私たちを阻むことはありませんでした。
下降するにつれて、上からのわずかな光も届かなくなり、代わりに下から差し込む光が徐々に強くなっていきます。光が強まるたびに、熱気を帯びた妖気と、遠くで響く奇妙な音が、地の底から湧き上がるように大きくなっていくのを感じました。
長かった縦穴を抜け、視界に映るのは光の帯。
ようやく地を足に着けると、ひんやりとした今の地上の空気とは打って変わり、どこか生温かい、硫黄のような匂いが混じった空気が肌を撫でます。視線を上げれば、無数の光が作り出す幻想的な景色が広がり、遠くからは鬼たちの荒々しい笑い声や、何かがぶつかり合うような鈍い音が聞こえてくる。地上の喧騒とは全く異なる、独特の生命感に満ちた場所。
ついに、私たちは封じられた妖怪たちが住む地底――旧地獄に降り立ちました。
「ねえ、夕雲」
「どうかしましたか?こいしちゃん」
「そんな大したことじゃないんだけどさ、あの蜘蛛からお酒も奪…貰わなくてよかったのかな?って」
「あっ!」
ヤマメとの戦闘前の口上は原作を意識してみました。
細綱【カンダタロープ】はゲーム内でもカメラがなければ、避けるのは難しいです。今回はこいしちゃんのボムで代用。
地霊殿編…現在終盤を描いています。ですが、二次創作の読みすぎて、原作と自分の知識に齟齬を発見。式神は主人の能力を一部引き継ぐなんて…どこにも(原作に)なかった!