迷走に、迷走を重ねました。
続けて、弾幕ごっこは戦闘が多くなってしまうと思ったんですよ…どうしてこんなことに…
ほんとに、どうして、どうして…まぁ、書きたい物書いたしヨシ!
縦穴を一悶着ありながらも、抜けて、ようやく旧都が見えてきました。ごつごつとした岩肌に囲まれた広大な空間に、薄暗い人工の光がぼんやりと広がり、古びた街並みのシルエットが私の視界に映ります。旧都に近づくにつれ、埃っぽい空気に、遠くから微かに水の滴る音と、何かの金属が擦れるような音や大人数で騒いでいる声が聞こえてきます。
後は目の前にあるこの橋を渡るだけ…そう思ったその時、古びた石橋の高欄に寄り掛かる少女に、私とこいしちゃんは話しかけられました。
翠玉のように輝く緑の目に、特徴的な尖った耳。絹のような滑らかな金髪と異国情緒あふれるその服装は海を越えた向こうにある
彼女は、こちらの様子をじっと見つめると、静かに口を開きました。
「貴女の風のような自由奔放さ、妬ましいわね。それを為せるのは貴女が強いからかしら?」
私は思わず苦笑いしてしまいます。確かに私は一見、とても自由のように見えますが、実はその逆、かなり縛られた生き方をしています。人間の里では暮らせず、大切な人には話すことも、会いに行くことが出来ない、そんな生き方です。
「ふふ、私ほど縛られた人間はいませんよ。それで?お嬢さんは何者なんです?」
そう笑顔で問いかけ、彼女の警戒心を解きほぐそうと努めますが、彼女のしかめ面は取れません。彼女は眉間にシワを寄せたまま、名乗ります。
「私は水橋パルスィ。地上と地下を繋ぐこの橋を守ってる妖怪よ。それで、そっちこそ何者よ」
「私は夕雲、しがない人間です」
パルスィさんは、私の言葉に少し鼻を鳴らし、睨むように私を見ます。彼女の視線が私の裏側を探るかのように鋭くなります。
「しがない?ふん、しがない人間は地底には来ないわよ。それにしても、さっきのヤマメとの弾幕ごっこ…見事だったわ。ほんと、妬ましい」
そう言い、言葉を続けるパルスィさん。
「本来ならば、人間が旧地獄に行くのは阻止しなければならないのだけど……。私じゃ貴女を止められないわね」
私は、その言葉に安堵しつつも、少し拍子抜けしたように問い返します。
「という事は、弾幕ごっこはしない感じですかね?」
「ええ、しないわ。ところで、貴女って二重人格なの?」
「…?どういうことですか」
全く心当たりはありませんが、私が一瞬、間を空けたからでしょうか。言葉に彼女はニタリと、意地の悪い笑みを浮かべました。その表情は、私の動揺を見抜いているかのように自信に満ちています。彼女はそのまま得意げな表情をしたまま、私に向けて言葉を放ちました。
「貴女の嫉妬心、一つは風に吹かれる草木のように静かなもの、もう一つは烈火のごとく燃え盛っているもの。嫉妬心が二つあるのはたまにいるけど、ここまで両極端なのは初めて見たわ」
パルスィさんの翠色の瞳は、まっすぐに私だけを捉えています。その視線は、まるで私の内側を透かし見るかのように鋭く、ぞっとするほどです。ですが、別段、私は二重人格ではないですし、心当たりもなく、私は混乱するばかりです。強いて言うのならば、パルスィさんには見えていないであろうこいしちゃんでしょうか?彼女は「無意識」そのもの。何かに嫉妬する前に、すぐに行動に移す存在。嫉妬とは無縁の筈ですが…
私が考え込んでいる中、パルスィさんは言葉を続けます。
「ええ、私は弾幕ごっこはしないわ、ただ貴女のその嫉妬心を操るだけ…」
パルスィさんの言葉が、重く、そして不気味に響き渡ります。隣にいたこいしちゃんが、私の手をぎゅっと強く握りしめるほどです。その小さな手から伝わる温かさと、僅かな震えを感じ取り、私は彼女の行動を止めるために、高速で頭を「回し」始めます。
彼女に能力を使われてはならない。能力はおそらく嫉妬に関連するもの。嫉妬心を増やす?操る?移す?…どちらにしろ対処が必要。どうにかして気を逸らす必要がある。彼女の言葉の裏にある真意は何か、どうすればこの場の空気を変えられるのか……
頭を回し、私が考え付いた解決策は…
「パルスィさんって、目がとっても綺麗ですよね」
「は?」
誉め殺しです。
◆
私の場にそぐわない発言に、パルスィさんが固まります。私はその一瞬の隙を見逃さず、言葉を畳みかけました。
「その宝石のような緑色の目。長いこと生きてきましたが、こんなに綺麗な目は初めて見ましたよ」
立て板に水のように、次々と賛辞を重ねます。パルスィさんの顔に、戸惑いと、ほんの少しの照れが混じり合うのが見て取れます。彼女は、このような言葉を向けられることに慣れていないのでしょう。
「…」
パルスィさんは何も言えず、ただ私の言葉に耳を傾けています。その沈黙は、彼女が私の予想通りの反応をしている証拠でした。
「ええ、まるで食べてしまいたいぐらい、綺麗です」
「ひっ!」
一瞬で彼女の顔がさっと青ざめます。まるで蛇に睨まれた蛙のように、小さな悲鳴が喉の奥で詰まったのが分かりました。
言葉選びを間違えましたね。どこぞの鬼の大将が言っていたのを真似しましたが、失敗です。
「こほん」
気を取り直しまして、私は先ほどの失敗を忘れたかのように、パルスィさんを褒め続けます。
「それに、こんなサラサラな…黄金の輝きを放つ髪、羨ましいですね。どんな手入れをしてるんです?」
パルスィさんの金髪は、地下の薄暗がりの中でも、まるで光を宿しているかのように艶やかで、確かに目を引く美しさです。…この子、こんな容姿が優れているのに、なんであんなに嫉妬しているのでしょうか?
私の質問に、パルスィさんは大きく目を見開いたまま、ぴくりとも動きません。その顔には、驚きと困惑、そして微かな恐怖が混じり合っていました。普段、地底で人間と関わることのない彼女にとって、私の行動は理解の範疇を超えていたのでしょう。まるで初めて見る生き物でも観察するかのように、じっと私の顔を見つめています。
数秒の沈黙が、橋の上に重くのしかかりました。その間、私の心臓は嫌な音を立てていたましたけど、ここで怯むわけにはいきません。この誉め殺しが、彼女の能力の発動を阻む唯一の道だと信じていますし、そうでもなければ、私は唐突に彼女を口説き始めた危ない人です。
やがて、パルスィさんの頬がうっすらと赤みが差してきました。それは照れなのか、それとも怒りなのか、私には判別できません。ただ、彼女の口元が微かに震え、何かを言いかけようとしているのは分かりました。
「…嫉妬心が大きくなってる?本当に私に嫉妬するくらい…本心ってことかしら?」
彼女の声は小さく、何を言っているか聞こえませんでしたが、どこか声が上ずっているのはわかりました。明らかに動揺が表れています。
これは、好機!
私は彼女に近づきながら、褒めるのを続けます。
「他にもこんなお洒落な服。確か、波斯の国の方の服ですよね?複雑な刺繍に、品のある色合いが貴女の雰囲気によく合ってる」
パルスィさんは顔を真っ赤にしながら、私の言葉を黙って聞いています。その目はまだ戸惑いを帯びていたけれど、以前のような鋭い警戒心は薄れていました。私はさらに彼女に歩み寄り、もう目前、手を伸ばせば触れるぐらいの距離にまで詰め寄ります。彼女の吐息すら感じられるほどに。
「最後に、この妖精みたいな耳…なんてかわいらしい」
そう言って、私は迷いなく彼女の尖った耳に手を伸ばし、その先端に触れようとした、その瞬間――
「てい!」
彼女の首に、素早く手刀で叩きつけます!
私の手刀が、電光石火の速さで彼女の首筋を打ちました。狙い通り、彼女の意識は瞬時に遠のき、糸が切れた人形のように体が傾ぎます。
気絶したパルスィさん、倒れこむ彼女の体を、私は素早く抱え込みました。その身は意外なほど軽くて…これは本当に、羨ましいです。
◆
「それで?夕雲、どういうつもり?」
こいしちゃんは、何故か機嫌が悪くなった様子で私に問いかけました。彼女の声には、普段の無邪気さとは違う、どこか詰問するような響きが含まれています。私はそれに戸惑いながらも、気絶したパルスィさんをそっと橋の隅に横たわらせ、彼女の問いに答えます。
「どういうつもりもなにも、パルスィさんの能力は強力でしたから、使われる前に対処しただけですよ」
無論、何故かこいしちゃんが不安を感じていたからってのが一番の大きな理由ですが、それは伝えません。「貴女が不安に感じてたからですよ」なんて言うのは、こいしちゃんに余分な気を遣わせてしまうかもしれませんしね。
「ふーん、よくあんなにスラスラと誉め言葉が出てきたね」
こいしちゃんが私をにらみつけるかのようなジトっとした細目が私に突き刺さります。
「それは…」
なぜ、と言われると言語化するのが難しいですね。確かに、昔はそこまで褒めるのは上手くありませんでしたが…あっ!
「あぁ、思い出しました。霊暮…先々代の博麗の巫女は新しい服や髪を切った時に、褒めなきゃ拗ねてたんですよ。それで、私の褒め技術が鍛えあがったって事です」
懐かしい記憶に、思わず苦笑いが漏れます。幼い霊暮は、新しいものをお披露目するたびに、子供のように私に褒め言葉を求めていました。褒め方が少しでも気に障ると、すぐに不貞腐れてしまうので、どうすれば相手を満足させられるかを必死に考えたものです。それがまさか、こんな形で役立つとは。
「!…そ。じゃ、橋、渡ろっか」
私の意外な告白に、こいしちゃんは一瞬、目を見開いたように見えました。すぐにいつもの表情に戻り、どこかそっけない返事をしながら、先に立って橋を渡り始めます。その後ろ姿はどことなく嬉しそうに見えました。
親バカの話書きたいなーと思ってから始まった作品でもありますからね、登場人物を褒めまくりたいってのはずっと思ってました。