東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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長くなりました。実は、作者…結構、さとりの事が好きです。


第123季/夏 地霊殿with案外自信家なシスコン覚妖怪

 

旧都。それは忘れられた妖怪たちの最後の楽園。かつて地獄の繁華街として賑わいを見せたこの街も、地獄のスリム化施策によって、切り捨てられ忘れられていました。

 ですが、今では地底の鬼たちが築き上げた、巨大な地下都市として息づいています。どこか退廃的でありながらも、奇妙な活気に満ちた場所です。

 

「夕雲、どこか目的はあるの?」

 

 隣を歩くこいしちゃんが、屈託のない笑顔で私に問いかけました。彼女の足取りは軽く、まるで旧都の薄暗い道を楽しんでいるかのようです。今も、道端の奇妙な形の露店や、行き交う異形の妖怪たちを物珍しそうに見つめています。何度も来ているでしょうに、飽きないのでしょうか?

 

「うーん、お酒を呑むのも目的ですけど、まずは泊まる事ができる場所探しですかね」

 

 私は提灯の灯りが揺らめく酒場らしき店に一瞬目を向け、苦笑いを浮かべます。ほんと、居酒屋ばかり。旧都の酒は強烈だと聞きますので、それも楽しみの一つではありますが、まずは落ち着ける寝床を確保したいところです。

 

「泊まる場所に当ては?」

 

 こいしちゃんは小首を傾げます。その無邪気な問いに、私は肩をすくめました。

 

「勿論、ないです。行き当たりばったりで行動していますからね。こうして、ぶらぶらしてるんです」

 

 旧都の道は入り組んでおり、まるで巨大な蟻の巣のようです。ところどころで温泉の湯気が立ち上り、硫黄の匂いが鼻をかすめるのが、なんだかとても気に入りました。温泉があれば、お酒を飲みながら湯浴みをするのもいいかもですね。

 それに、建物の多くは岩肌を削って作られたり、あるいは地上では見られないような奇抜なデザインだったりして、見ているだけでも飽きません。すっかり観光気分です。

 

 ですが、基本的に観光客は地底なんかには行きません。まず、どこにあるかも、存在すらも知らないでしょう。ですから、宿場が少ない…というより、全く見つかりませんね。

 

「じゃあさ、地霊殿にしよ!夕雲にお姉ちゃんから貰ったペットを見せたいんだ!」

 

 私が困っているのを見たこいしちゃんが、私の手を引いて提案してくれます。その瞳は期待に満ちてキラキラと輝いています…断る理由もありませんね。彼女の言う「お姉ちゃん」とは、この地霊殿の主、古明地さとりさんのことでしょう。彼女の話は時々ですが、紫から聞いていますし、旧地獄の管理をしている彼女に会ってみたいのも事実。うん、渡りに船ですね。

 

「地霊殿、ですか?お邪魔しても?」

 

「うん!お姉ちゃんもきっと喜ぶよ!それにね、ペットたち、すっごく可愛いんだから!」

 

 こいしちゃんはそう言うと、くるりと背を向け、楽しそうに地霊殿へと続くであろう道へと歩き出しました。その足取りはスキップでもしそうなほど軽いです。

 旧都の喧騒から少し離れた場所にあるという地霊殿は、静かで落ち着ける場所に違いありません、街に繰り出してお酒飲んで、疲れたら地霊殿で休む…完璧なサイクルが誕生してしまった気がします。それに、こいしちゃんが見せたいというペットにも少し興味が湧きました。

 

 私たちが旧都の賑やかな中心街を抜け、次第に静かな地区へと足を踏み入れていくにつれて、周囲の空気は目に見えて変わっていきました。けたたましい妖怪たちの騒めきや、得体の知れない店から漏れ出す喧騒は、まるで蜃気楼のように遠のき、やがては静寂へと溶け込んでいきます。

 

 そうして、歩んだ先に見えたのが大きな西洋風のお屋敷、ここが地霊殿なのでしょうか?名前に反して、西洋風の建物なんですね。

 

「夕雲~こっち、こっちだよ~」

 

 こいしちゃんは私の驚きを意にも介さず、どこか得意げに胸を張り、軽やかな足取りで屋敷の大きな門へと私を導きます。

 

「おじゃまします……」

 

 私はまだ少し戸惑いを隠せないまま、こいしちゃんに続いて内部へと足を踏み入れました。そして、息を吞みます。

 

 玄関ホールは驚くほど広大で、そして何よりも床が一際目を引きました。磨き上げられたその床は、黒を基調に、鮮やかな赤色の市松模様で彩られており、まるで巨大なチェス盤の上に降り立ったかのようです。

 それより、私の目を引き付けるのは巨大なステンドグラス、壁にはめられたそれらは地の底であるにも関わらず、様々な色彩の光を床に落とし、幻想的で荘厳な雰囲気を醸し出しています。そのステンドグラスを通して、映りだされる光は市松模様の床に反射し、空間全体を複雑な色彩で満たしていた。

 空気はひんやりと澄み渡り、どこか古いインクと、微かな花の香りが混じり合ったような匂いが、私の鼻腔を擽ります。

 

「ただいまー!」

 

 こいしちゃんは遠くに向かって声を張り上げると、その声は美しい残響となってホールに広がます。

 

「あれ?誰も来ない…まぁ、いっか。夕雲、とりあえずお姉ちゃんの部屋に案内するよ!」

 

 こいしちゃんは相変わらずの調子で、くるりと私の方を振り返ります。

 

「さ、夕雲、こっちだよ!あー、床の模様、面白いでしょう?お姉ちゃんのお気に入りなんだ!」

 

 玄関ホールに目が釘付けになっている私にそう言うと、こいしちゃんは楽しそうに笑い、市松模様の床を軽快に踏みしめながら、ホールの奥へと続くであろう、さらに大きな扉へと私を手招きします。私は玄関ホールから目を離し、こいしちゃんの背を追いました。欲を言えば、もう少し眺めておきたかったですが、地霊殿に滞在するんです、きっと眺める機会は今後もある事でしょう。

 

 

 

「あら、こいし。帰ってきてたんですね」

 

 ドアを開け、そこにいたのは、こいしちゃんとは対照的に落ち着いた雰囲気を纏う女の子でした。水色を基調とした服装に、紫色の髪の毛。胸元には噂に聞くサードアイが静かに開いています。おそらくは彼女こそが、こいしちゃんの姉、古明地さとりさんなのでしょう。

 

 部屋にはたくさんの書物と机には幾らかの書類やコーヒーが入っているカップ。執務室兼書斎と言ったところでしょうか。あっ、アガサクリスQの本もあります。

 私が部屋とさとりさんの観察をしているうちに、こいしちゃんが言葉を返します。

 

「うん、ただいま、お姉ちゃん。今日は友達を連れてきたんだ」

 

「こんにちわ、古明地さん。こいしちゃんにはいつもお世話になっております、私は…」

 

 私が自己紹介をしようとすると、間髪入れずにさとりさんが口を開きます。

 

「いえ、自己紹介は結構ですよ…あぁ、貴女が夕雲さんでしたか。こいしからよく話を聞いていますよ。こちらこそ、妹のこいしがお世話になっております。これからも仲良くしてくれたらありがたいです」

 

 おや、これが噂の「心を読む程度の能力」。確か胸元のサードアイを使って、人の心を覗くんでしたっけ。会話いらずの便利な物ですが、さとりさんが喋らなきゃいけないのが残念です。私も読み取る事が出来れば、テレパシーで会話できたのですが…。人間ならば、一度はテレパシーで会話してみたいものですからね。

 

「テレパシーで会話したい?変なこと仰るんですね。おそらくその末路は隠したいことも隠せず、一人孤独になるだけですよ」

 

 おお、すごい。本当に私の心の中を覗いています。少し、聞きたいことがあるんですが…

 

(こいしちゃんの心の中は覗けます?ちょっと隙を作るので、その間に…)

 

 さとりさんは戸惑いながら目を瞬かせ、頷きました。その表情の変化はごく僅かで、注意深く見ていなければ気づかなかったことでしょう。

 私は、こいしちゃんの方を向き直り、気になっていることを聞いてみます。

 

「それで、こいしちゃんの飼ってるペットはどこにいるんです?」

 

「私のペットは基本、中庭や屋外で自由にさせてるよ」

 

「それにしても、ペットですか…私も飼いたいんですよね。モフモフできますし…ただ仕事道具や貴重な書物を汚されたらしたら、困るんで迷い中なんです」

 

 適当な会話を続け、こいしちゃんの注意を私に向かせます。

 

 その隙に、さとりさんがこっそりと、しかし鋭くサードアイを使い、こいしちゃんを一瞥したのが見えました。これで、あとは結果を聞くだけですね。

 

 さとりさんは一瞬だけ、手を顎に当てて、考え込むような姿勢を取りましたが、すぐに元の姿勢に戻って、机にあったカップからコーヒーを一口飲み、こいしちゃんに話しかけます。

 

「ちょっと、こいし。話に夢中になるのも良いけど、私にも自己紹介させなさい」

 

「あっ、ごめんね。おねーちゃん、忘れちゃってたよ」

 

 こいしちゃんはぺろっと舌を出し、悪びれない笑顔でさとりさんを見上げます。それを見たさとりさんは苦笑いをしながら、私に向かって。自己紹介をしてくれました。

 

「ほんとにもう…私はこの地霊殿の主人、古明地さとりです。主に旧都の管理や怨霊の監視を行なっています。この通り、騒がしい妹ですが、仲良くしてやってくださいね」

 

「ええ勿論。話は変わるのですが、こいしちゃんは地霊殿に泊まっても良いと言ってくれたのですが、大丈夫ですか?」

 

 私が尋ねると、さとりさんは手にしていたカップを静かに置き、にこやかに頷きました。机の上に置かれたランプの光が、彼女の柔らかな表情を照らします。

 

「構いませんとも。こいしが連れてきた友人です。歓迎しますよ。それと…こいしの話を聞きたいのですが、よろしいですか?」

 

「大丈夫ですよ。地上でこいしちゃんが、どんな風に過ごしているか気になりますもんね」

 

「ええ、大切な妹ですから」

 

 さとりさんはそう言うと、ふっと表情を和らげました。その一言に、彼女がどれほど深くこいしちゃんを想っているかが凝縮されているようで、私の胸にも温かいものが広がります。

 

「もう!お姉ちゃんったら!」

 

 こいしちゃんは私たちの会話にくすぐったくなったのでしょう、頬を膨らませ不満気な表情をしますが、嬉しそうな雰囲気な隠しきれていません。

 

「ほら、夕雲行くよ!私の部屋に案内してあげる!」

 

 こいしちゃんにぐいぐいと腕を引かれ、執務室から連れ出されようとした、その時。

 

「夕雲さん」

 

 さとりさんが、私を呼び止めるように静かに声をかけました。

 

「こいしが眠った後で、改めて。お茶でも用意しておきますから」

 

「…ええ、わかりました。また後で」




次もさとりです。…というより、地霊殿に行くまでが長かったからですからね。最初は勇儀で書いてたんですけど、全然書けなかった頃の名残です。 


地霊殿編を書き終えました。7月中旬に終わる予定です。本当長かった…
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