それと、お気に入り100人突破、誤字脱字報告ありがとうございます。
こいしちゃんの部屋。置かれている物は雑多なものばかり、ですが案外綺麗ですね。雑多なものはおそらく、こいしちゃんが無意識に欲しくなったものを集めた物。綺麗なのはさとりさんか、地霊殿に住むペットたちが掃除でもしているのでしょうか?
「それで、こいしちゃん。ペットたちはどこです?」
私はかなりワクワクしていました。さとりさんの部屋で言ってたのは、あながち嘘ではありません。実は昔から動物が好きですが、寿命という問題や、それに伴う別れの悲しさを考えると、どうしても一歩が踏み出せずにいたのです。動物たちも私を避けていましたしね。
そのため、華扇の家に行って、彼女が飼っている幻獣に触れ合う程度でした。ちなみに私のお気に入りは彭祖って名前の虎です。冬にあの子で暖を取りながら、お酒を飲むのが好きなんですよね。
そんなこんなで、久しぶりにモフモフできるとワクワクしていた私に、こいしちゃんの一言が突き刺さりました。
「あっ、そういえば、普段は野放しにしてるから、どこにいるか知らないや!」
…確かに、最近は地上にいることが多いこいしちゃんです。地獄に住む一部の妖獣は怨霊を食べることにより、力が増すと聞いています。ですので、理屈ではその方が良いのでしょうが…うぅ……私のモフモフ。
「けど、お姉ちゃんのペットならいるよー、お燐いるぅ?」
私があからさまにがっかりしたのを見てか、こいしちゃんがさとりさんのペットを呼んでくれました。しばらくして、「にゃー」と声が聞こえ、一匹の黒猫が部屋に入ってきて、私たちの前でちょこんと座ります。
「この子が?」
「うん、さとりお姉ちゃんの一番のペット。怨霊の取り扱いが一番上手いんだ!」
私は「そうなのですか」と頷き、とりあえず挨拶として目を合わせて、ゆっくり瞬きし、指を差し出します。私が長年かけて編み出した猫との挨拶方法です。
お燐さんが私に向かって、尻尾をピンと伸ばし、私の指の匂いを嗅ぎます。そのあと、ふわり、と私の指に触れた小さな鼻先は、次の瞬間には私の手の甲へと移動し、ぐりぐりと自身の頬をこすりつけてきました。喉の奥からはゴロゴロと満足げな音が聞こえてきます。どうやら、猫としての挨拶は完璧に成功したようです。
「どうです、こいしちゃん!私が編み出した猫との挨拶方法は!」
私が横を向き、こいしちゃんに自慢げな顔を晒していると、お燐さんはふと動きを止め、私の手からすっと離れました。そして、その場でくるりと一回転。
次の瞬間、黒猫のいた場所は陽炎のように揺らぎ、ぼん、と軽い音を立てて桜色の煙が立ち上りました。煙が晴れると、そこには先程までの猫の姿はなく、二つの三つ編みの髪を黒色のリボンで結んだ、猫耳の少女が立っていました。
「えっ……!?」
あんまりの出来事に私が固まっていると、目の前の少女――お燐さんが、呆れたような、それでいて少し感心したような顔で口を開きました。
「ふぅん。アンタ、なかなか猫の扱いは分かってるじゃないか。それにやけに良い匂いだね」
その声は、勝ち気で、はっきりとした少女のものでした。決して、「ニャーン」と言ったような猫の鳴き声ではありません。
「あ、お燐がそっちの姿になったー」
こいしちゃんが、まるで服を着替えた友達を見るかのように、何のてらいもなく言います。
「自己紹介がまだだったね。あたいは火焔猫燐。お燐って呼んでおくれ。さとり様のペットで、人間の死体運びや怨霊の管理を任されてるよ」
お燐さんの挨拶が聞こえてきますが、ショックで頭に入ってきません。
指先に残る柔らかな毛の感触。耳の奥でまだ響いているかの様な愛らしい喉の音。手の甲をぐりぐりと押し付けてきた、あの猫ならではの信頼の証。それら全てが、これから始まる至福のひとときを約束してくれていたはずでした。それなのに、それなのに。
「……聞いてんのかい?」
お燐さんが、怪訝な顔で私の顔を覗き込んできます。その整った顔も、ぴこぴこと動く猫耳も可愛いです。可愛いのですが…やはり、違います。私が求めていたのは、人間的な可愛らしさではなく、言語を超越した、ただただ純粋な『猫』という存在の愛おしさなのですから。
私の口から、絞り出すような声が漏れます。
「わ、私のもふもふ…」
「へ?」
お燐さんは心底驚いた、という顔をします。私の反応が、全くの予想の斜め上を行っていたのでしょう。
すると、それまで黙って様子を見ていたこいしちゃんが、ぽん、と手を叩きます。
「あー、そっかぁ。夕雲、お燐が猫じゃなくなっちゃって、がっかりしてるんだー。お燐、撫で心地いいもんね」
こいしちゃんの無邪気な指摘に、お燐さんさんは唖然とした表情を見せ、頭を手で抑え、しばらく呻いて答えます。
「…ふー、すまないけど、あたいは猫になったら喋れないんでね。耳だけで勘弁してくれないかい?」
お燐さんのその言葉は、完全なる暗闇の中に差し込んだ一筋の光でした。全身もふもふという、最高級の満漢全席は望めなくなってしまいましたが、猫耳だけでも堪能できる…? それは、絶望の縁にいた私にとって、まさに天啓、希望の光です。
私の視線が、先程までしょんぼりと俯いていたのが嘘のように持ち上がり、まっすぐにお燐さんの頭部、ぴこぴこと動くそれに釘付けになります。
「……いいんですか?」
私のあまりに真剣な問いかけに、お燐さんは「ひっ」と一瞬怯んだものの、一度口にした手前、引くに引けないようです。やれやれと肩をすくめると、少しだけ顔をしかめながら、観念したように、こくんと頷きました。
「…ああ。少しだけね。まったく、アンタみたいな変な奴初めてだよ。普通はあたいが人間の姿になったことに驚くと言うのに…」
許可が下りた瞬間、私はおもむろに立ち上がり、厳かな手つきでそっと正面からお燐さんの頭に手を伸ばしました。そして、ビロードのように滑らかで、それでいて確かな温かみを持つその耳に、指先が触れたのです。
「―――ああ……」
至福。
その一言に尽きました。全身ではなくとも、この凝縮された「もふもふ」は、間違いなく本物。私の魂は、失いかけた安らぎを取り戻し、浄化されていくかのようでした。恍惚の表情を浮かべる私を、お燐さんはなんとも言えない顔で見ています。
そんな奇妙な空間に、こいしちゃんの明るいですが、どこか含みがある声が響きます。
「あはは、夕雲、すっごく嬉しそう。お燐の耳、気持ちいいもんね!」
その言葉に、お燐さんはハッとして我に返り、ぱしりと私の手を払いのけました。顔がほんのり赤いのは気のせいではないでしょう。
「はい!もう終わりだよ!」
お燐さんは、私のモフモフタイムを強制終了させ、こいしちゃんの方に向き直ります。
「それで、こいし様。」
お燐さんは、私との奇妙なやり取りを断ち切るように、きっぱりとした声で自身を呼んだこいしちゃんの方に向き直りました。
「一体、あたいに何の用だったんだい? 怨霊の管理なら今は落ち着いてるし、珍しい死体も入っちゃいないけど」
その問いに、こいしちゃんは悪びれる様子もなく、にこにことした笑顔のまま、私を強く指さして言いました。
「うん、夕雲がね、私のペットがいなくてがっかりしてたから、お燐を呼んだの!」
「…………はぁっ!?」
お燐さんは、まるで奇人変人を見るかのような目で私を見つめ、素っ頓狂な声を上げました。ふむ、少し変な行動をしましたが、モフモフ故に致し方なし。それよりさっきから、こいしちゃんの目が怖いです。
「そ、そんな理由かい!? あたいはさとり様のペットで、灼熱地獄跡の番人なんだよ! ただの猫扱いされるために呼ばれたってのかい!?」
その必死の抗議の声に、私はまだ指先に残る至福の感触に浸りながら、きっぱりとした表情で口を挟みました。まぁ、お燐さんが納得できるような出まかせをほざくだけですけど。
「ただの猫、ではありません。さとりさんの第一のペットとして呼んだんです。実は私、家の守りのためにも式神を作ろうと思ってまして…」
すらすらと、自分でも驚くほど自然に嘘が口から出てきました。
「どうせ作るなら、有能で、強く、そして何より主への忠誠心に篤い、一級品の式神が欲しいのです。そこで、さとりさんの第一のペットと名高いお燐さんを、是非とも参考にさせていただきたくて…お燐さんほどの能力と忠義を兼ね備えた存在は、地上でもなかなかお目にかかれませんから」
私がそう言って恭しく頭を下げると、お燐さんは一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になりました。さっきまでの勢いはすっかりと消え失せています。
「なっ……。そ、そうだったのかい……?」
それに、彼女のプライドを的確にくすぐる言葉だったのでしょう。お燐さんはまんざらでもない様子で、照れくさそうに頬を掻きました。
「ふ、ふん。まあ、あたいほどのペットとなれば、式神の見本にしたいって奴がいてもおかしくはないか」
(よし、乗ってきましたね……!)
私が内心でガッツポーズをしていると、話を聞いていたこいしちゃんが「そうだよー、お燐はすごいんだよ!死体も運べるし、怨霊もいっぱい管理してるし!さとり姉ちゃんの1番のペットだよー」と、最高の援護射撃をしてくれます。
「ええ、ですから先程の挨拶も、式神とのコミュニケーションの予行演習と言いますか…その、獣の姿の時の反応を確かめる、重要な調査の一環でして……」
ここぞとばかりに、私は先程の「もふもふ」まで正当化します。すると、お燐さんは「うぐっ……!」と一瞬言葉に詰まりましまた。
「…い、いろんな子がいた方がいいだろ?今から他の仲間も呼んでくるよ」
お燐さんは、照れ隠しのようにそう早口でまくし立てると、そっぽを向いてずんずんと部屋を出て行ってしまいました。あの様子だと、どうやら私の苦しい言い訳を信じてくれたようです。
私はこいしちゃんと顔を見合わせ、くすりと笑い合いました。
それから半刻もしないうちに、お燐さんが連れてきた十数匹のペットたち*1にモフモフ天国に沈められるとは思いもしませんでした。
ペット飼いたいなと言う気持ちが暴走して書きました。私はモフモフしてればなんでも好きです。
別の原作の二次創作を読んでたら、自分と同じ「二次創作で得た知識を原作知識と誤認していた」人がいて、親近感が爆上がり。それはそれとして、続きを書いて欲しい今日この頃。
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