なんとか、モフモフ天国から抜け出して、先ほどのさとりさんがいた部屋に行き、扉をノックします。すると、落ち着いた「どうぞ」という声が返ってきました。
部屋に入ると、さとりさんは椅子に腰掛け、先ほどまでとは明らかに違う、険しい表情で何か考え込んでいました。彼女のサードアイは細められ、少し目が赤くなっています。
「結果から言いますと、こいしの心の中は読めましたよ」
さとりさんはゆっくりと顔を上げ、私に
「こいしちゃんはサードアイを閉じたの同時に、心も閉ざしてしまったため、通常ならば心を読めない…そうですよね?」
薄々、気づいていましたが、やはり、いつものこいしちゃんとは様子が違うようです。さとりさんに相談してみて正解でしたね。
「あれが相談だったとは、認めたくありませんが、一方的に協力を持ちかけられたんですし…。話を戻しまして、普段のこいしのこころは、まるで静止した水面。何も映さず、何も感じさせません。ですが今回は…ほんの僅かですが、確かに何かが読み取れたのです。しかしそれは、こいしの意識から来るものではなく…もっとこう、意図を持った、別の誰かの意識の断片のようなものです」
さとりさんは言葉を選びながら、苦い表情で自身のサードアイにそっと触れました。
「それにしても、よく気づきましたね。何かきっかけでも?」
「ええ、普段、こいしちゃんは私のことを『夕雲』と呼ぶのですが、今日に限り、私を『貴女』と呼びました。それだけなら、ただの気まぐれかとも思ったでしょうが、旧都を入る直前、水橋パルスィさんがこいしちゃんの『嫉妬心』を観測していたのが決め手ですね」
「なるほど…『草木のような静かなもの』と『烈火のごとく燃え盛っているもの』ですか」
さとりさんの目とサードアイが鋭く光り、私がパルスィさんに会った記憶を読み込みます。
「こいしは無意識で動くため、他者への執着やそれに伴う嫉妬などという感情を、本来は持つはずがない。持ったとしてもすぐに解消するための行動に移る、そう判断したのですね」
私はその通りとばかりに頷きます。やはり、テレパシーは会話いらずで本当に便利ですね。特に隠し事をするつもりがなければ、自分の考えていることが正確に伝わるのは、誤解も生まれにくく、非常にやりやすいです。
「…。こいしの心の中を読みましたが、先程も言ったようにこいしではない『誰か』だと思います」
さとりさんは再び窓の外に視線を移し、独り言のようにも、私に語りかけるようにも聞こえる口調で続けました。
「霞んでいて、まともに全容を掴むことは出来ませんでしたが…その『誰か』の意識の奥には、貴女に対する、途方もなく強い執着のようなものが感じられました。それはまるで…長い間、焦がれ続けた相手にようやく手が届きそうになっているかのような、切実な…」
なるほど、こいしちゃんが時折見せる、普段の無邪気さとはかけ離れた鋭い眼差しや、含みのある言葉。そして、私を呼ぶ言葉が普段と違っているのもこれで納得がいきます。そして、その「誰か」は、私に対して特別な思いを抱いていると…?
私が考え込むのを見て、さとりさんは続けます。
「その通りです。その『誰か』は、貴女に対して強い感情を持っていました。読めた感情は『羨ましい』や『ずるい』と言った嫉妬の感情と『楽しい』『嬉しい』などの正の感情でした」
(微かにしか読めていない…と言いながら、かなりの情報を読み込めていますね)
さとりさんがこいしちゃんをサードアイで見たのは、ほんの一瞬。あの一瞬の間で、かなりの情報を掴んだようです。
「ええ、大切な妹に関することです。全力で能力を使いましたとも」
ふふ、妹想いの良いお姉ちゃんですね。
「…こほん。こいしが貴女に会いに来たのは偶然ではないのでしょうね。どうにかして、貴女がいる場所を突き止め、行動を共にしている。…もしかするならば、私が貴女とこうして話しているのも、その『誰か』の想定通りなのかもしれません」
…少し、頭を『回し』ましょうか。
ふぅむ。私を家族同然に思う誰か…。会いたくても会えない状況にある誰か…。こいしちゃんを介して、私に会いに来た誰か…。
家族同然だと思っている…つまり、私と深い関係があったって事ですよね。私の友人は多くいますが、大抵は何百年も生きている妖怪。百年程度しか生きられない人間は、すぐに死んでしまうので、深い関係まで行くことができません。
会いたくても会えない。会うのが制限されている、とも考えられますね。地底の妖怪は地上に赴くのを制限されていますし、地底の妖怪でしょうか?それとも、何処かに捕えられているとかもありえます。あとは、仕事で拘束されているなど…
なぜ、こいしちゃんなのでしょう…?地上と地下を行き来できる唯一の存在だから?いや、地上にいる鬼の大将も出来る。地底にいるのならば、死神や閻魔でもいい筈。こいしちゃんではないと駄目だった?
「考えを整理しましょう。まずその『誰か』は夕雲さんの知り合いである。その次に、その『誰か』は貴女に強い執着を持っている。そして、その『誰か』はこいしを介して、夕雲さんを見ている…ねぇ、夕雲さん。貴女、もう気づいているのでしょう?」
どきり、と何かが胸に突き刺さるような感覚を覚えます。無自覚に、無意識に、彼女の事を意識から外していました。候補は二人。一人は私を恨んでいる者なので、除外します。さとりさんから聞いた話だと、私に対して「楽しい」「嬉しい」と言う感情を持っているそうなので、違うでしょう。で、あるのならば…
「流石はさとり妖怪。隠し事はできませんね。一応弁明するのならば…」
「…なるほど、その彼女は妖怪に取り憑くような事はできなかったのですね。それで、その『誰か』は誰なんです?」
私は息を吐き、認めたくない事実を言葉にします。
「先先代の博麗の巫女、博麗霊暮…彼女がこいしちゃんに取り憑いている『誰か』でしょう」
◆
博麗霊暮。先先代博麗の巫女にて、今は地獄の是非曲直庁に務める霊魂。
私が最初っから最後まで、それこそ幼子から彼女が死に至るまで見守った、私の愛し子。
いつぞやも語りましたが、本来、博麗の巫女となる者は先代から博麗大結界の管理や妖怪退治の方法を学びます。そして、最後に…代替わりの際に、これまでの記憶を消すことにより、楽園の巫女として「完成」します。
ですが、霊暮は例外。霊暮の前の巫女が突然死だったため、記憶を消す事はしませんでした。する必要もありませんでしたしね。
「ふむ、なるほど。大体の霊暮さんについてはわかりました。それで?彼女はどうやって憑依したんです?」
私の回想を遮るように、さとりさんが静かに問いかけ、私はそれに答えます。
「生前の霊暮の能力は『日を沈める程度の能力』です。いろんな使い方をしていましたが、他人の精神に干渉したり、ましてや妖怪に取り憑くなんて事は不可能でした」
「ですが、なんとなく、こいしに取り憑いた方法わかっているのでしょう?」
おや、今度はサードアイを向けられた記憶はないのですが…私の考えが読まれてますね。私が訝しげな顔をしていると、さとりさんは悪戯っぽくふふ、と笑いました。
「ふふ、勘ですよ。…と言うより、夕雲さんが顔によく出てるだけです」
さとりさんの指摘に、私は苦笑するしかありませんでした。どうやら私は、この聡明な妖怪の前では隠し事が苦手なようです。
「…敵いませんね」
私はひとつ息をつき、自らの推理を口にしました。
「ええ、恐らくはですが…鍵はやはり、彼女の能力そのものにあります。『日を沈める』…霊暮は『
私の言葉に、さとりさんは深く頷き、思考を引き継ぐように続けました。
「なるほど、魂のみの存在でもあり、無意識に影響を及ぼす…いえ、干渉できる存在。こいしに憑依するぐらい訳がないってことですか」
「その通りです」
私はさとりさんの洞察に同意しながら、言葉を重ねます。
「それに、生前の彼女は、博麗の巫女として幾度となく神降ろしを行い、その身に神を宿らせていました。自身が他者に憑依するのは初めてでしょうが、自身に他者を憑依させることには、誰よりも慣れていましたからね。その経験が、逆の形で活かされたとしても不思議ではありません」
そう言って、さとりは腕を組み、難しい顔で考え込み始めました。
「問題はその影響ですよね。憑依が『簡単』であったということは、それだけ二人の精神が深く結びついてしまっている証拠。どうやって、剥がしましょうか」
「その点は大丈夫です。一つ考えがあります」
私はさとりさんを安心させるためにもきっぱりと言い放ち、胸を張ります。さとりはゆっくりと私にサードアイを向け、その開かれた瞳が私の思考を読み取っていき、数瞬の後、彼女は「なるほど」と呟き、一人納得したように頷きました。
「なるほど、相手が力押しならば、より強い力で押し通そうと…」
「ええ、夜が明けないなら、無理やり太陽を上げれば良いんですよ」
はい、今回はお忍び会談みたいな感じでした。
と言うことで、ここ五話ぐらいで出してた伏線の回収です。
第二十八話での
「ふーん。今代の博麗の巫女も私と同じように飛べるんだ…」
「?ええ、博麗の巫女が空を飛ぶのは珍しくないですからね、先々代に、先代も空を飛んでいましたよ」
霊夢が前の代のそのまた、前の代である霊暮も飛べていました。霊暮が歴代巫女で初めて空を飛んだ巫女という設定なので、『私と同じように…』ってセリフが出たって事ですね。まぁ、こいしちゃんが言ってもおかしくないような文章ではありますが。
後は…紫と面識かあったのもそれです。この時点では殆どこいしは面識が無いはず…会ってもおかしくはないですけど。他には、第二十九話のこいしちゃんのスペルカードも『神霊』って言葉を入れてみたりしてました。
…いや、後書き長いな。