東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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書くのが楽しくて、長くなりました。

勇儀さんの道中曲のアレンジ曲、「湯けむり魂音泉II」が東方に本格的にハマった要因です。原曲だと… 「さくらさくら~Japanize Dream」か、「神々が恋した幻想郷」、「ネクロファンタジア」ですかね。

前話の後書き…流石に長すぎたので削りました。


第123季/夏 旧都with語られる怪力乱神

 さて、こいしちゃんの問題に解決の糸口が見え、ぐっすりと眠れた今日のこの頃。 

 地霊殿で目を覚ました私は、布団の上でぐびーと大きく背伸びをします。さてさて、今日は何をしましょうか。

 引き続き、地霊殿で飼われているペットたちをモフモフするのも良いですし、地霊殿の蔵書を読むのもいいかもしれません。いえ、今日はそのどちらでもなく、旧地獄に来た目的を果たすとします。

 

 ええ、つまるところ、お酒です。

 

 私は誰に告げるでもなく、静かに地霊殿を抜け出しました。主人であるさとりにも、お喋りなお燐さんにも、隣で寝ているこいしちゃんにも伝えません…一応、紙に書いて、近くの机に置いておきましょう。

 

 それにしても…ふふ、知らない場所を探索すると言うのは、冒険みたいでいつになっても心が躍りますね。

 

 あてもなく歩を進めると、遠くから喧騒と、微かな灯りが見えてきました。音と光に誘われるように近づいていくと、そこには奇妙で、しかし活気に満ちた街が広がっていました。行き交う鬼や妖怪たちの荒々しい気配が肌を刺しますが、恐怖は感じません。

 

 私は酒場を探して、提灯の灯りが連なる通りを歩きます。

 

 しばらくすると、一際大きな活気と笑い声が渦巻いている一角が目に留まりました。多くの鬼たちが輪を作って、何かを囲んで盛り上がっているようです。その中心から響くのは、全てを惹きつけるような、豪快で快活な女の声。

 

 私の勘が囁いています。

 

『この先、美味い酒が飲めるぞ』

 

 酒飲みとしての直感を信じた私は、そっとその輪の隙間から覗き見してみました。

 

 そして、その瞬間。

 

 輪の中心にいた一本角の鬼――星熊勇儀と、真っ直ぐ目が合いました。

 

「ん? なんだい、そこのお嬢さん。鬼の宴会を覗き見とは、良い度胸じゃないか」

 

 周りの鬼たちが、彼女の声で一斉に私に注目し、道を開けます。彼女は盃を片手に立ち上がり、楽しそうな笑みを浮かべて、ずんずんとこちらへ歩み寄ってきました。

 

「見ねえ顔だな。旧地獄に人間がいるなんて?お嬢さん、どうやって潜り込んだ?」

 

「まずは一つ訂正を。私は『お嬢さん』ではありません。貴女よりもずっと長生きですよ」

 

 私の目の前で立ち止まった彼女は、じろじろと私を見定めます。

 

「へえ…… 嘘はついていない。それに…その魂から、あたしらと同じ匂いがする……。目的は、酒だな!」

 

 彼女は確信に満ちた声で言い放つと、有無を言わさず私の腕を掴み、宴の輪の中心へとぐいぐい引っ張っていきます。

 

「面白い! 実に面白いじゃねえか! 飛び入り大歓迎だ! さあ、座りな!」

 

 私は為す術もなく、彼女の隣に座らされました。そして目の前に、なみなみと酒が注がれた大盃が、ドン、と置かれます。うーん、これです、これです、これを待っていました。

 

「あたしは星熊勇儀。見てのとおりのただの鬼さ。さあ、まずは一杯いけ! 話はそれからだ!」

 

「せーの、かんぱーい!(乾杯!!!)

 

 

 

 旧都の夜は、地上のどんな夜よりも深く、そして賑やかです。

 いくつもの赤い提灯が街並みを妖しく照らし、鬼たちの上げる鬨の声や大笑いが、熱気となって辺りに満ちているのがわかります。そして、私の目の前では、星熊さん?…うーん、勇儀さん?が巨大な盃を片手に、探るような、それでいて楽しげな視線をまっすぐに向けてました。

 

「それで、あんた何者だい?」

 

 その問いは、彼女の風貌に似合わず静かだったが、有無を言わさぬ圧があり、周りの鬼たちの騒めきが一瞬だけ遠のきました。私は辺りをそれとなく観察しながら、どう答えようか思案します。

 

(お酒を奢ってくれてますし、嘘はつけませんね。鬼は嘘や騙し事を何よりも嫌いますし…折角の酒宴を白けさせる事は出来ません)

 

「そうですね…ただのしがない人間ですよ。少しみんなよりも、長生きしているだけの」

 

 勇儀さんは私の目をじっと見つめたまま、数秒黙り込みました。そして、ふっと口元を緩めます。

 

「嘘は……吐いてないね」

 

 周囲の緊張の糸がぷつりと切れ、周りの鬼たちも「おお!」「正直者の人間だ!」などと声を上げ、私の容れ物にお酒を継ぎ足していきます。へへ、お酒がいっぱいです。

 

 私は色んなお酒が混じった盃に口をつけながら、くすりと笑みを漏らします。

 

「ふふ、嘘なんか吐きませんよ。昔、地上にいるどこぞのちびっ子鬼に、『鬼に嘘を吐くんじゃない!』って、こっぴどく怒られましたから」

 

(別にあの時も嘘を吐いたわけじゃないですけどね)

 

 私の言葉に、勇儀さんの動きがピタリと止まりました。彼女の目が、今までの何倍も大きく見開かれました。

 

「――! あんた、萃香と知り合いなのかい!?」

 

 

 身を乗り出した勇儀さんの角が、提灯の明かりを遮って大きな影を落とす。その声は旧都の空気を震わせるほどに大きく、期待に満ちていました。その声で、周囲にさざ波のような囁き声が広がり始めました。

 

「おい、今の聞いたか? あの人間……萃香様の名を口にしたぞ」

 

 ある鬼が、隣の鬼の肩を肘で突きながら、信じられないといった表情をしています。

 

「あの萃香さんのことか? 地上に上がられたと聞いて、もうかなり経つ…それにしても、あの人間…何処かで見たような…」

 

 年かさの鬼が、長い髭を撫でながら、懐かしむように目を細めていました。

 

 

 

「ええ、一応は。あいつに何度も苦汁を飲まされました」

 

 私は少し遠い目をして、勇儀さんに答えます。忘れもしません、あの密と疎を操る、小さな災厄のことは、いつか絶対痛い目に遭わせるって決めていますから。

 勇儀さんはそれを聞くと、自分の膝をパン!と小気味よく叩き、太陽のように笑いました。

 

「へぇ! あいつは元気かい?」

 

「ええ、とっても。しばらくは大人しくしていましたが、この間も異変を起こして、三日に一回は宴会だ!とどんちゃん騒ぎでしたよ」

 

 そこまで言って、私はわざとらしく眉をひそめてみせます。

 

「それにですね! あいつ、私が大事に隠していた秘蔵の酒を、何度も何度も、勝手に飲んでしまうんです! 私のお酒を盗むんです! これは許してあげられません。いつか、天罰を下してやりますよ!」

 

 私が芝居がかってそう言うと、勇儀さんは腹を抱えて天を仰ぎます。

 

「がっはっはっは! 変わんねえなあいつは! 全く、目に浮かぶようだ!ほれ、あいつに代わって、お返しだ。今だけこれを貸してやるよ」

 

 ふふふ、予想通りです。鬼はなんらかんや仲間に対して義理堅い種族。ほんの少し観察しただけでも、勇儀さんは周りの鬼たちに親しまれているのがわかります。そこから、勇儀さんは義理堅い鬼の中でも、とびっきりのものだと判断しました。

 

 それにしても、ようやくお目にかかれた星熊盃です。伊吹瓢や茨木の百薬枡で何度かお酒を貰ったり、飲んだりした事はありましたが、星熊盃は使った事が無かったんですよね。華扇から話を聞いて、ずっと気になっていた鬼の名品です。

 

「おや、それはありがとうございます。ぜひ貸してもらいま…何をするんです?」

 

 私が星熊盃を受け取ろうとすると、勇儀さんは、ひょいと私の手から逃れるように手を引きます。そして、盃に並々とお酒を注ぎ始めました。

 

「いや、ただで貸すのも面白くないって思ってな。やっぱり、鬼と人間と言ったら勝負だろ?」

 

 勇儀さんがそう言った途端、周りで聞き耳を立てていた鬼たちが、待ってましたとばかりに「そうだそうだ!」「勝負だ!」と囃し立ててきます。宴の熱気が、一気に私と勇儀さんの周りに集中しました。

 

「ルールは単純明快。あたしとあんたでの正真正銘、サシでの勝負。私は一歩も動かないし、星熊盃から酒を一滴も溢しちゃいけない。どうだ?」

 

 鬼は一度こうと決めたら、何を言っても聞かない強情な種族です。ですから、この賑やかな宴の主役である彼女の提案に乗って、星熊盃を心ゆくまで堪能させてもらうのが一番の近道です。

 

「…いいでしょう。ですが、すぐに終わっても文句は言わないでくださいね」

 

 私のその言葉で、鬼たちは再び沸き立ちます。「おっ、言うじゃ無いか!人間!」「姐さん、負けるなー!」「おい、どっちに賭ける?」「姐さんに酒一本!」と野次を飛ばす鬼たち。それと、私にも賭けの取り分はあるんですよね?

 

 勇儀さんは私の返答に満足したのか、にやりと口の端を吊り上げます。

 

「へぇ、今の人間はこんな度胸があるなんてな。久々の人間との勝負、楽しませてもらうぜ!」

 

 …なんか、心苦しいですね。流石にこの体では鬼とやり合うのは難しいでしょうし…少しだけ体を動かしましょう。

 

 私と勇儀さんは、固唾をのんで見守る鬼たちの輪の中で、数歩の距離を置いて向かい合います。勇儀さんは星熊盃を胸の前に構え、両足を踏んしめて、微動だにしません。なみなみと注がれた酒の表面は、鏡のように静止しています。

 

「それでは、行きますよ」

 

 私が静かに告げると、勇儀さんの口が、挑戦者の到来を歓迎するように大きく開かれました。

 

「おう!来い!!!」

 

 その声は、旧都の空気をビリビリと震わせます。彼女はきっと、私が渾身の力で殴りかかるか、あるいは何らかの弾弾でも放ってくるか、そんな直接的な「力」の衝突を予測しているのでしょう。

 

 話は変わりますが、私は長年生きている内に、多くの武術を修めました。剣術は勿論、弓術や徒手空拳もです。その中でも、最近ハマっているのが柔術、特に回し技を気に入っています。まぁ、外から流れてくる本での見様見真似ですがね。

 

 ええ、『回し』技。相手を回転させて投げる技の総称であり、私の『回す程度の能力』の効果範囲内です。力で押して駄目なら、引けばいい。正面から砕けないなら、回せばいいのです。

 

 勇儀さんの声と同時に、私は地面を蹴ります。彼女が予測するであろう力任せの攻撃ではなく、柔術の歩法で、滑るように彼女の懐へと踏み込みます。

 

 これが彼女の望んだ「勝負」の形。私の接近を見た勇儀さんの顔が、満足そうな、そして獰猛な笑みで輝きます。

 彼女は盃を持っていない方の拳を、ゆったりと、しかし山が動くかのような重圧を込めて、私に向かって突き出してきました。風切り音すらしない、純粋な質量の圧迫。

 

 私はその拳を正面から受け止めず、体の側面へと流すように腕を絡ませます。そして、彼女の力を利用し、そのまま体ごと回転させて投げ飛ばし…

 

 やはり、―――駄目でした。

 

 私の技は、確かに彼女の腕を捉えたはずです。ですが、その体は大地に根を張ったかのようにびくともしません。逆に、彼女の腕一本に込められた、鬼の怪力が私の体勢を崩します。

 

「――っ!」

 

 私は咄嗟に後ろへ大きく跳び、勇儀さんと距離を取ります。鬼たちが「おお!」「姐さん、さすがだ!」と湧き上がるのが聞こえました。やはり、純粋なフィジカルでは勝負になりませんね。

 

 勇儀さんは楽しそうに、そして少し残念そうに私を見ています。「もう終わりかい?」と、その目が語っていました。

 

 ええ、もう終わり。私の勝ちです。

 

「……ん?」

 

 突如、勇儀さんの自信に満ちた表情が、わずかに曇りました。何が起きたか分からず、怪訝そうに首を傾げ、目をしばたたかせる。しかし、その時にはもう遅いようです。

 

「おっと…?」

 

 大樹のようだった彼女の体が、ぐらり、と。ほんのわずかに、揺れました。

 

 その、ほんの一瞬の揺れ。

 

 ぴちゃん、と。ちゃぷん。

 

 彼女が持つ星熊盃から、酒が数滴、音を立てて溢れ、地面の上に小さな染みを作りました。

 

 宴の喧騒が、完全に消え失せます。殆どの鬼が、信じられないものを見たという顔で、勇儀さんの足元の小さな染みと、遠くで静かに佇む私を、交互に見比べていました。

 

 勇儀さんは数秒間、その染みを見つめた後、ゆっくりと顔を上げました。

その表情にあったのは、驚き、そして―――心からの歓喜でした。

 

「…毒でもなく、騙されたわけでもなし。見事だ!人間!一体、何をやったんだ?」

 

「ふふ、きっと勇儀さんが飲んだお酒がまわって、目が回っただけですよ」

 

 さて、ここからは私だけのネタバラシです。

 

 私がした事は実に簡単です。勇儀さんと触れ合ったあの瞬間に、「回す程度の能力」を使用しただけ…対象は勇儀さんが飲んだお酒と、彼女の意識の二つです。

 

 まず、酔いを体中に、血液中に行き渡らせます。普段ならゆっくりと全身に広がるアルコールを、能力で強制的に循環させ、一気に酩酊状態に近い状態を作り出しました。血液は体中に循環…つまり回っているもの。酔いを『回させる』程度、お茶の子さいさいです。

 

 同時に、彼女に触れて、その意識そのものを『回し』ました。

 

 脳を直接揺さぶるような、内側からの目眩。目が『回った』ことでしょう。これはどれほど屈強な肉体を持っていても、どれほど強靭な精神を持っていても、耐えられるものではありません。耐えられるはずないのですが…やけに効果が効くのが遅かったです。勇儀さんの肉体が優れているからでしょうか?

 

 まぁ、それはともかく、私が勝利した事には変わりありません。

 

 私がそんな内緒の勝利宣言をしていると、目の前の勇儀さんが、私の言葉の意味を自分なりに解釈して、天を仰いで笑い出しました。

 

「がっはっはっは!そうかそうか!酒が『回った』、か!うまいこと言うなー!一本取られた、こりゃあ完敗だ!」

 

 彼女はカラカラと笑いながら、今度こそ、本当に星熊盃を私に手渡してくれました。

 

「約束通り、そいつはあんたのもんだ!今夜は好きなだけ、その伝説の盃で飲むがいい!おめえさんは、それに値する!」

 

 ずしり、と。ひんやりとした陶器の感触と、不思議な力が宿る重みが私の手に伝わります。

 

 ついに手に入れた鬼の名品に、地上では滅多にお目にかかれないお酒。

 旧地獄の夜は、これからが本番のようです。きっと、最高の夜になる事でしょう。

 

 

「「「せーの」」」

 

 

「「「乾杯!(かんぱーい!!!)」」」




勇儀さんの格を落とさずに書きたかった話です。ほとんど不意打ちですし、セーフ…セーフってことにしてください。

それにしても四十話ですか。五十話が目前で震えています。いやぁ、自分でも飽きずに、エタらずにここまで書けたことに驚いています。
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