東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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あと少しで…終わる!

この話を書いてる時はそう思ってました。


第123季/夏 守矢神社with Unlimited Slope Works②

「……ん」

 

 柔らかな寝台の上で、ゆっくりと意識が浮上します。なんだか、とても懐かしい夢を見ていたような気がしますが、それは朝靄のように現実へと溶けていき、もうどんな内容だったかすらも、思い出すことが出来ません。ただ、胸には確かな温もりと寂寥感だけが残っていました。

 

 旧地獄に来て、早数日。

 私はすっかり、この環境を楽しんでいました。お燐さんの案内で灼熱地獄跡を観光したり、旧都の酒場で鬼たちと杯を酌み交わしたり、こいしちゃんと一緒に台所に立ち、珍妙な料理を作り上げて、さとりさんに苦笑されたり…特に勇儀さんとは、旧友の昔話…特に、あの小さな鬼が地上で何をしているのかを肴に、何度か酒を酌み交わしました。

 

 ですが、そんな旧地獄の毎日も今日でおしまいです。

 今朝は違いました…いえ、戻ったというのが正しいでしょう。目覚めた瞬間、自分の内側で揺らいでいた核が安定していることに気づきました。

 おそらくは地上の異変が解決したのでしょう。これで、私も大手を振って、人前に出れるってもんです。

 

 ある程度の身支度を済ませ、私はさとりさんがいるであろう執務室兼書斎に向かいます。地霊殿の静謐な廊下を歩くと、壁に灯るランプの光が私の影を長く伸ばしていました。この数日で、すっかり見慣れた光景です。

 

 執務室の重厚な扉を、コンコンと二度ノックします。すると、中から「どうぞ」という落ち着いた声が返ってきました。

 

 扉を開けると、膨大な書物に囲まれた執務机で、さとりさんは羽根ペンを走らせていました。しかし、私の入室に気づくと、その手を止め、顔を上げ、サードアイで私を見つめます。私の言いたいこと、全てを察したようです。

 

「それで、地上に戻るのですか」

 

 彼女のサードアイが、私の内心を静かに読み取ります。さとりさんは持っていた羽根ペンをそっとインク壺に戻すと、少しだけ寂しそうな、それでいて納得したような複雑な微笑みを浮かべました。

 

「はい。どうやら、地上の異変が片付いたようでして。私のこの身体も、元に戻ったようですから…この数日間、本当にお世話になりました。さとりさんや、皆さんのおかげで、とても楽しく過ごせました。心から感謝しています」

 

 私は、旧地獄での日々を思い出しながら、深く頭を下げました。

 

「礼には及びません。こいしも…ええ、皆も、貴女が来てから楽しそうでしたから」

 

 さとりさんは椅子から立ち上がると、静かな足取りで私の方に歩み寄ります。私の目の前で足を止めると、じっと私の目を見つめてきました。その紫の瞳は、心の奥底まで見通すサードアイとはどこか違う、温かくて、まっすぐな光を宿していました。

 

「地上に戻っても、たまにはここのことを思い出してくれると嬉しいです。それと、貴女のような客人は、いつでも歓迎しますから」

 

 その温かい言葉に、胸が熱くなると同時に思わずニヤリと笑ってしまいます。

 

「はい、もちろんです。近いうちにまた遊びに来ますよ」

 

 縦穴の場所が分かったことで旧地獄への行き来は容易になりましたし、懸念だった宿の問題も、たとえ社交辞令だとしても『いつでも歓迎する』という言質は頂きましたからね、解決です。これでいつでも遊びに行けるってもんです。

 

「感動的な別れが台無しですよ。夕雲さん」

 

 ジトとした目でさとりさんがそう言います。私の内心を完全に見透かしたその言葉に、思わずバツが悪くて、頬を掻きました。真面目な顔で送り出してくれようとしていたさとりさんに、少し申し訳ないことをしたかもしれません。

 

 

 

 と言う事で、久しぶりの地上です。お世話になった人たちに挨拶に回ろうとも考えましたが、さとりさんが「お燐やこいしには私から伝えておきます」と言ってくれましたので、厚意に甘える事にしました。今度、美味しいコーヒー豆でもお土産に持っていきましょう。あと、お酒も。

 

 縦穴から出た私は、そのまま妖怪の山の頂上、守矢神社に向かいます。

 

「おはようございまーす!」

 

 気分が良かった私は、大きな声で挨拶をしたところ、境内を箒で掃除していた早苗さんが、私を出迎えてくれました。

 

「お久しぶりですね!夕雲さん!もしかして、ついに私たちを信仰する気になりましたか!」

 

 快活な笑顔で駆け寄ってくる早苗さんに、私も笑みを返します。相変わらず、信仰のことになると積極的ですね。

 

「おはようございます、早苗さん。今日は神奈子さんに用がありまして…おいででしょうか?」

 

「はい、いらっしゃいますよ。呼んできますね、神奈子様ー!お客様ですよー!」

 

 早苗さんは、ぱたぱたと軽い足取りで社殿の方へ駆け込んでいきました。その元気な背中を見送りながら、私は大きく深呼吸をします。地底の空気とは違う、澄み切った山の空気が肺を満たしていくのが心地よいです。

 それに、ここからの景色は壮観でした。麓の里から霧の湖までが一望でき、その広がりが爽やかさを一層引き立てます。時折、頬を優しく撫でる風が吹き抜け、私は目を閉じます。この心地よい風は、きっと風の神である神奈子さんが吹かせているのでしょう。

 

「――騒がしいと思ったら、夕雲殿か。息災そうで何よりだ」

 

 目を開けると、社殿の入り口に、堂々とした姿の神奈子さんが立っていました。その隣からは、小さな諏訪子さんがひょこっと顔を覗かせています。

 

「神奈子さん、諏訪子さん。ご無沙汰しております」

 

「で、何の用だい?わざわざこんな山のてっぺんまで来るなんて、ただの世間話ってわけでもないんだろう?」

 

「ええ、以前の賭け事で私たち賢者が勝った時の契約内容…今日はその約束を履行してもらおうかと…」

 

 

 

 

 

 去年の秋、守矢神社の方々が異変を起こした際に、私たち賢者と神奈子さんはある“賭け”をしました。内容は博麗神社を乗っ取れるか、否か。結果は、神奈子さん達は博麗の巫女の説得に失敗。賭けは私たちが勝利を収める形で終わりました。

 

 勝利の報酬は、守矢神社の面々に三つほどの命令権。この命令は、命に関わることや危険でなければ、大抵聞いてもらえるものです。

 

 私の言葉に、神奈子さんは楽しげに吊り上げていた口の端を、さらに深くしました。

 

「ああ、覚えているとも。夕雲殿が勝って、我らが負けた。それで、私たちは夕雲殿達の言うことを三つ聞く約束だったな。まさか、もうその権利を使いに来たのかい?」

 

「はい。本日は、その一つ目の“お願い”にあがりました」

 

「お願い、ね。まあ良い。で、何をさせるんだい?諏訪子に蛙の真似でもさせるか?それとも早苗に神社の境内で踊らせるかい?」

 

 けらけらと笑う神奈子さんの隣で、諏訪子さんが「私は構わないよ?」と悪戯っぽく言います。諏訪子さんの蛙の真似は…正直見たいですね。後で、やってもらえるか聞いてみましょう。もし無理だとしても…素面でなければ…お酒があればやってくれそうです。

 

 考えが逸れました。私は咳払いをして、気分を入れ替えます。

 

「私が伺いたいのは、貴女のことです。神奈子さん、貴女の『乾を創造する程度の能力』について、ずっと疑問に思っていました」

 

 その言葉が出た瞬間、神奈子さんの表情から笑みがすっと消えました。

 

「乾は八卦の一つにして、天そのものを表す言葉。貴女は狩猟や蛇の神、風鎮めなど多くの事柄を司る神ではありますが、本質は軍神。天を創造するとは、あまりに大仰が過ぎます」

 

 私は一度言葉を切り、神奈子さんの目をまっすぐに見据えます。

 

「その力、本来の貴女のものではありませんね?一体、どの神の神格を呑み込んだのですか?」

 

 シン、と一瞬だけ静まり返った境内に、私の言葉が染み込んでいきます。そして、神奈子さんは驚いたように目を丸くした後、次の瞬間には、こらえきれないといった様子でぷっと吹き出しました。

 

「あっはっはっは!参ったな、こりゃ!まさかそこまで見抜くやつがいるとはね!」

 

 彼女は腹を抱えて豪快に笑い出しました。その様子に、隣の諏訪子さんは呆れたように溜息をついています。

 

「バレちゃ仕方ないか。そうだよ、お見込みの通り。この力はちょいと借り物でね。太陽の化身、八咫烏の分霊さ。太陽の力に、私の風雨を司る力… 『乾を創造する程度の能力』と言えるだろう?」

 

 神奈子さんは悪びれる様子もなく、胸を張ります。

 

「やはり、そうでしたか。ならば、話は早いです」

 

 私は一つ頷き、この訪問の本題を告げます。

 

「一つ目のお願いです。神奈子さん、その八咫烏の分霊を少しの間、貸していただけませんか?」

 

「…貸してほしいだと?」

 

 今度こそ、神奈子さんは笑うのをやめ、きょとんとした顔で私を見ました。

 

「いやいや、神の力だ。そんな筆記用具か何かみたいに、ほいって貸せるもんじゃないぞ」

 

「ちょっと神奈子!『じゃないぞ』じゃなくて、普通は絶対に無理な話でしょ!」

 

 すかさず諏訪子さんが鋭いツッコミを入れますが、神奈子さんは面倒くさそうに頭を掻きながらも、どこか面白がっている目をしています。

 

「夕雲殿がそう言うんだ。何かやり方はあるんだろう?」

 

「ええ、勿論。そうですね…とりあえず、台所貸してもらえますか?」

 

「「台所?」」

 




台所で夕雲さんは台所で何をするのでしょうか?ヒントは一度作中で全く同じことをしました。

ずっと疑問なんですけど、神奈子や諏訪子はどうやって八咫烏を呼んだんでしょうね。元ネタがあるのかもと思って、洩矢神社の書籍とか読みましたが、納得できる部分はなかったです。代わりに諏訪子のスペルカードの元ネタとかを詳しく知れたので良かったですが…

地獄鴉は東方で種族が妖怪(前書いた際の最も狭義なもの。単一のもの)以外で東方唯一のオリジナル妖怪な気がします。強いて言うなら、メディスン(自動人形)が怪しいぐらい?
地獄の鳥って言われると、自分は鶏のイメージがあります。他の神話に行くとなると…ハデスに仕えるハルピュイア(人間?)や表記ブレが激しい事に定評があるエトン(大鷲)とかですかね。
絵画などは守備範囲外なのですが、もしやそっち方面に地獄鴉の元ネタあるのかな?
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