東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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前回のやつは既読の方もいたでしょうし、こっちも出しちゃいます。

星蓮船…地霊殿よりは短いです。短くします。短くなってくれ。大丈夫、絡みがありそうなのは少ないはず。


第123季/秋 鈴奈庵with楽園の素敵な巫女

 地底から戻って数日。私は久しぶりに訪れる穏やかな時間を満喫するため、何かしらの本を借りようと鈴奈庵の戸に手をかけました。

 

 カラン、と軽やかな鈴の音が鳴り、古紙と墨の匂いが混じった、どこか落ち着く香りが私を迎えてくれました。店の中は相変わらず、天井まで届きそうな本の山が迷路のように入り組んでいます。

 

「師匠!お久しぶりですね!」

 

 店の奥、脚立の上で背伸びをしながら本棚の整理をしていた小鈴ちゃんが、私に気づいてぱっと顔を輝かせました。

 

「こんにちは、小鈴ちゃん。ええ、ようやく用事が済みまして。ゆっくり休むためにも、何か面白い本を借りに来ました」

 

 あの地底での一件から、まだそれほど日は経っていません。鈴奈庵には毎週のように顔を出しているので、そんなに時間は空いていないはずですが、小鈴ちゃんの元気な顔を見るのは、ずいぶんと久しぶりな気がしました。それだけ、濃密な時間だったということでしょう。

 

「ええ、勿論です!面白い本、何冊か仕入れていますよ!」

 

 小鈴ちゃんはぱたぱたと軽い足取りで脚立から降りてくると、カウンターの裏から数冊の本を嬉しそうに抱えてきました。

 

「ふーん、どんなのがあります?あっ、借りてた本、返しますね」

 

「はい!拝見しますね。それと、つい最近、入荷した本はこちらです!」

 

 そう言って、小鈴ちゃんが私に差し出したのは、華やかな表紙の雑誌が数冊と、その下に埋もれるようにして置かれた、見るからに難解そうな幾らかの学術書でした。私はまず、その無骨な学術書の一冊を手に取ります。明らかに外の世界からの漂流物ですね。

 

「ふーん、『核融合の基礎理論』…ですか。これ、一体誰が読むんです?」

 

 私の内心の呆れが少し声に出てしまったかもしれません。その本の分厚さと難解さは、娯楽とは程遠いものですから。

 

「さぁ?…とは言え、あるお客さんは『これです!幻想郷にも学術本があったとは!しかもドンピシャです!』とか言って、借りて行きましたよ。結構早く読み終えたのか、二日ぐらいで返しに来ましたけど」

 

 なんだか、どこぞの奇跡を呼ぶ巫女みたいな話し方ですね、それも山の頂上にいるような。

 

「へぇ、誰でしょうか?ちょっと気になりますね」

 

「もう、いくら師匠でも、お客様の情報は教えませんよ!お店の信用に関わりますからね!」

 

 小鈴ちゃんが、立派な店員として胸を張る姿に、私は思わず苦笑しました。まさか、本当に早苗さんではないでしょう。

 

 私はそれっきり核融合についての学術本に興味を失い、次に雑誌や小説に目を向けます。しかし、どの本の表紙を眺めても、今の私の心には響きませんでした。刺激的な物語は今の心境には重すぎますし、かといって、あまりに他愛のない話は退屈に感じてしまいます。

 

 どうやら私は、本を選ぶ気力すらないほどに、疲れているようです。

 

「…すみません、小鈴ちゃん。今日は、頭を使わないで読めるような、簡単な小説を何冊か見繕ってもらえますか」

 

「あれ、いいんですか?夕雲さんはいつも本を読んでいくのに」

 

「ええ。今日はもう、本当に、ただ休みたい気分なので」

 

 私の珍しい申し出に、小鈴ちゃんは少し不思議そうな顔をしましたが、すぐに「分かりました!」と元気よく返事をすると、手際よく数冊の読みやすそうな本を選んでくれました。

 

「ありがとうございます、後は何冊か持ってきた妖魔本を貸しますね。先週は来れなかったので、今日はいつもより多めに選んでいいですよ」

 

 私がそう言った途端、鈴奈庵の扉が開きます。

 

「小鈴ちゃん、いるー?」

 

「はーい、ただいまー。夕雲さん、妖魔本は後でしっかり選ば…あれ?」

 

 来客から私の方へと向き直った小鈴ちゃんは、不思議そうに言葉を止め、きょろきょろと辺りを見回します。ついさっきまで私が立っていた場所には、借りられるはずだった数冊の小説がカウンターに置かれているだけで、私の姿はどこにも見当たりませんでした。

 

 

 

 

(…全く、本当に面倒だわ)

 

 お茶の葉が切れたからって、わざわざ里まで降りてこないといけないなんて。賽銭は一向に増えないくせに、こういう雑事ばかりが増えていく。

 

 ただでさえ、最近の出費は酷いのだ。地震と紫のせいで、二回も神社が倒壊したし…再建は萃香がやってくれたけど、中にあった食料は全ておじゃん。とてもじゃないが食べたもんじゃない。そのせいで、出費が重なった。

 

(あの賽銭早く来ないかしら)

 

 数か月に一度、誰がやっているのか、賽銭箱に多額のお金が入っていることがある。数か月、贅沢さえしなければ、十分に暮らせる程度のお金。犯人は大方、あのスキマ妖怪だろう。まあ、誰だっていい。くれるというのなら、文句はない。

 

 境内の木々から、最後の一枚、また一枚と枯れ葉が舞い落ちていく。肌を撫でる風はすっかり冷たくなり、冬の匂いを運んでくるようになった。

 

 そろそろ本気で食材を買い溜めしておかなければ、あの寒くて長い冬の間、何度もこの山の上と人の里を往復する羽目になる。ただでさえ、冬は野菜も何もかも値段が上がるのだ。無駄な出費も、無駄な労力も、できる限り避けたい。

 

「…はぁ、面倒ね」

 

 そんなことを考えながら、苔むした長い石段をだらだらと下っていく。一歩踏み出すごとに、乾いた葉がカサリと音を立てた。ひんやりとした空気が心地よい反面、これから始まる買い出しという労働を思うと、足取りは自然と重くなる。

 

 さて、お茶の葉、お茶の葉、と。どうせなら、どこかお茶菓子でも手に入れたいものね。

 

 そんなことを考えながら、ふと、一軒の貸本屋が目に入った。

 

「……鈴奈庵」

 

 あそこの店員は、たまに変な本を仕入れているし、変わった客も出入りしている。お茶を飲みながら、本を読むのもなかなか趣がある気がする。

 

 そう考え、鈴奈庵の戸を開ける。この間のアガサクリスQの本はなかなか面白かったし、続きは出てないかしら?

 

「小鈴ちゃん、いるー?」

 

 私が声をかけると、店の奥から「はーい!」と元気な返事が返ってくる。その、刹那。

 

 ――ん?

 

 肌が、ぴり、と粟立つような感覚。

 それは妖気とは違う。もっと古く、深く、底が見えない、なんだか懐かしい巨大な何かの気配。まるで、静まり返った湖の底に、千年を生きた主がじっと潜んでいるような。そんな途方もない力の残滓が、この店の中に満ちていたが、それは霧が晴れるように掻き消えた。

 

「はーい、ただいまー。夕雲さん、妖魔本は後でしっかり選ば…あれ?」

 

 店の奥から出てきた小鈴ちゃんが、カウンターの方を見て、不思議そうに首を傾げている。

 

「…小鈴ちゃん」

 

 私は、目を細めて店内を見渡しながら尋ねる。

 

「今、誰かいたでしょ」

 

「え?ええ、常連さんがいましたけど…。どっかに行っちゃっいました。用事でも思い出したのかな?」

 

 小鈴ちゃんが指差すカウンターの上には、数冊の他愛のない小説と、古びた『妖魔本』が数冊置かれている。ついさっきまで、あの強力な気配の主が、そこに立っていた。そして、私が来た途端に、姿を消した。

 

「常連さん…ねぇ」

 

 あの気配の質は、ただの妖怪や人間のものではない。もっと根源的な…そう、紫のような『賢者』と呼ばれる、面倒な類いの連中。

 

「……はぁ」

 

 私は大きなため息を一つついて、頭を掻いた。

 

「また、面倒なのが里をうろついてるわね…」

 

 どうせ、私に面倒事を持ち込みたくないか、あるいは持ち込まれたくないかのどっちかでしょう。どちらにせよ、私の仕事が増えないなら、それでいい。

 

 私は、問題のカウンターへと歩み寄る。そこに残された数冊の本は、普通の娯楽小説と、それとはあまりにも不釣り合いな、古びた『妖魔本』。妖魔本自体に封じられている妖怪は低レベル、それにとんでもない強固な封印が施されている。魔理沙が紅魔館から盗ってきたグリアモールの封印を解いた私でも無理だとわかるレベル。

 

「で、その常連さんは、どんな奴なのよ」

 

 苛立ちを隠しもせずに尋ねると、小鈴ちゃんは「えっ、えーっと…」としどろもどろになりながらも、ぶんぶんと首を横に振った。

 

「い、いくら霊夢さんでも、お客様の個人的な情報をお教えするわけにはいきません!お店の信用問題ですから!」

 

「……そう」

 

 小鈴ちゃん、こういうところは妙に頑固なのよね。これ以上聞いても無駄でしょう。

 まあ、いいわ。賢者が一人増えようが二人増えようが、私のやることは変わらない。賽銭を入れてくれるなら、むしろ歓迎したっていいくらい。

 

 私は気配の残滓と面倒な思考を頭から追い出すと、すっかり忘れていた本来の目的を思い出した。

 

「もういいわ。それより小鈴ちゃん」

 

「は、はい!」

 

「この辺で美味しいお茶菓子を売ってる店、知らない?お茶請けが何にもなくて、困ってるのよ」

 

 私の急な話題転換に、小鈴ちゃんは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐにぱっと表情を輝かせた。

 

「それでしたら、角を曲がったところの甘味処がお勧めですよ!お醤油の香ばしい匂いがするお団子がおすすめです!」

 

「お団子、ね。悪くないわ」

 

 団子。昔、神社で食べた団子が美味しかったのが記憶に残っている。最近はあまり食べていないし、うん、良さそうだ。

 

「そうね、あとは…アガサクリスQの新作出てる?」

 

「ええ、ついさっき何冊か返ってきましたよ。確か…霊夢さんはこれはまだ読んでいませんよね?」

 

 私は一つ頷き、何冊か本を借り、小鈴ちゃんに礼もそこそこに、鈴奈庵の戸を開けた。

 

 賢者のことなんて、今はどうでもいい。今はとにかく、美味しいお団子とお茶に、本。今日の私の仕事は、それで終わりだ。

 

 私は、傾きかけた西日の中を、団子のことだけを考えて歩き始めた。

 

「…ん?この甘味処…見覚えがあるわね」

 

 まぁ、気のせいか。




これから霊夢視点増えます、増えまくります。それと、前話で燃え尽き症候群+ネタ切れです。なんとかなれ〜

小ネタ回収解説会でもしようかな。
第二十五話 迷いの竹林with幻想郷一のロリババアの
「ん?曲がった竹とは珍しいですね。前回はこんなのありましたっけ?」
は原作緋想天の鈴仙の会話に出てくる
「地震の事です。神社近辺はもう落ち着いてきちゃったみたいですが、竹林に曲がった竹が生えてきたりして……大地の心配は未だ晴れないのです」
を参考にして出した小ネタとか。

問題は作者も全ての小ネタを把握してないことですけど、メモすれば良かったんだぜ!
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