ストック無くて笑ってます。どうしよ
長いようで短い、実に騒がしい紅魔館での一ヶ月が終わりました。
思い返せば、やけに色んなことがあったような気がします。
咲夜に毒味を頼まれる日もあれば、美鈴さんと柔らかな日差しの中で共にうたた寝をする、穏やかな午後もありました。レミリアの無理難題にパチュリーさんと頭を突き合わせたり、彼女の実験の後片付けに追われたり、絶えず何かを起こす妖精メイドたちのフォローに奔走したりもしました。フランとも毎日のように遊びましたね。
本当に楽しく、騒がしい日々でした。偶には、あのように触れ合うのも悪くはないのかもしれません。
そんな紅魔館のメイド生活も、もう終わりです。時折、人間の里に買い物に出かけ、小鈴ちゃんに会ったりしましたが、一度も羅万館に戻る事はありませんでした。確かに楽しかったですが、流石に我が家が恋しいのも事実。
と言う事で、私の身を包むのは、もう、紅魔館のメイド服ではありません。いつもの着慣れた橙色の服と、黒い前掛け。やはり、これが一番、身も心も安らぎます。
そうして、私は紅魔館の皆さんに別れを告げて、我が安住の地に戻りました。
⋈◀「あぁ…落ち着きます…メイド服もいいですが、やっぱこれです」▶⋈
羅万館は破壊されていました。
具体的に言うのならば、隕石のような物が羅万館の屋根を突き破り、一階のカウンターの、ちょうど真ん中に突き刺さっています。長年の使用で、私の体の形に馴染んでいたはずの椅子は吹き飛ばされ、カウンターの木製の天板は、まるで巨大な獣に喰い千切られたかのように、無残に裂けています。その惨状の中心で、全ての原因であろう「それ」は、まるで、自らが王であるとでも言うかのように、堂々と鎮座していました。
(?????)
私は、しばし、呆然と、その光景を眺めます。
やがて、静かな怒りが、腹の底から、ふつふつと湧き上がってくるのを感じました。私の、聖域。私の、安住の地。それを、こうも無造作に破壊されたことに対する、純粋な怒りです。
しかし、その怒り以上に、私の心を占めたのは、目の前の、あまりにも不可解な物体に対する、純粋な知的好奇心でした。
それは、土台と球体、塔の三部分で構成しており、大きさとしては手のひらで持てるサイズ。球体は黄色に輝いていますが、中心には青色の何かが封じ込められています。
おそらくは神力でしょう。とはいえ、何処の神の物かは分かりません。塔の部分からして仏教の神のようなものだと思いますが…私、その辺の神様に対しては知り合いがおらず、彼らについては一般的な知識しか持ち合わせていません。
(宝塔を持つ仏となりますと、毘沙門天、それと弥勒菩薩…といったところでしょうか)
とりあえず、私はこの惨状一帯を、一つの『記録』として捉えます。そして、そのフィルムを、記録していた元のフィルムまで巻き戻す。私の能力が発動すると、砕けた瓦は元の場所へと戻り、折れた梁は音もなく繋がり、散らばった本のページは、ひとりでに、元の書架へと収まっていきました。
数秒後、そこには、何事もなかったかのような、いつもの羅万館の姿がありました。……ただ一点、あの宝塔だけを、除いて。私はそっとカウンターを指でなぞり、記憶通りであることを確認して、小さく安堵の息をつきました。
「それにしても、宝塔ですか…」
装飾品としての宝塔は、様々な意味を持つとされますが、持ち主によって、大きく二種類に分けられます。一つは、弥勒菩薩の方。端的に言うならば、未来の救世主を意味するものです。そのような大事なものはこんなところに落ちてたりしないでしょう。となれば、もう一つの方…毘沙門天の方でしょうか。
確か意味するものは、智慧でしたっけ。毘沙門天は、妻の吉祥天と子の善膩師童子と共に家族神であることから、父親の役割を持ちます。その役割は、鎧兜に身を固めて外敵から家族を守り、宝塔の中の智慧を駆使して家族の幸せを生み出すというもの。我が家を破壊しておいて、家族の幸せとは…まぁ、最も私が欲しい物ではあります。
(とりあえず…そうですね)
私は、この小さな宝塔を乱雑に布で包み、一冊の封印された妖魔本を抜き出し、再び、店の扉を開けました。
向かう先は、森の入り口。あの、経営下手な物好きが営む、香霖堂です。
◆
私が香霖堂に向かう、道すがら。
私が、今後の計画を頭の中で組み立てていた、その時でした。道の先の茂みから、がさがさ、と、何かが忙しなく動き回る音が聞こえてきたのです。
「……おや?」
私が足を止めると、茂みの中から、一人の小さな少女が姿を現しました。灰色の髪に、大きな鼠の耳。その手には、二本の金属の棒が握られています。見慣れない顔ですが、その佇まいには、ただの妖怪にはない、どこか知的な雰囲気が漂っていました。
彼女は、私の姿を認めると、その手に持った日本の棒が、まるで意思を持ったかのように、ぴん、と、私が担ぐ宝塔の方を指し示しました。
「おや。これはこれは……ようやく、見つけた」
その鼠の妖怪は、私を、値踏みするかのように、上から下までじろりと眺めると、どこか気取った、中性的な口調で、話しかけてきました。
「君が持っている物、少し見せてもらっても良いかい?どうやら、私の探し物は、君が持っているようだからね
見事なまでの慇懃無礼な物言い。私をただの人間だと思い、下に見ているのがわかります。
「…見せるも何も。この宝塔が、私の家を破壊したのですが」
私は、表情から、一切の感情を消し去り、静かに、彼女に問い返します。
「君の家?ふむ、それは災難だったね。だけど、残念ながら私の知ったことではないかな」
彼女は、心底、どうでもいい、というように、肩をすくめました。
「それよりも、その宝塔を渡して貰おうか。これは、私のご主人様の大切な物でね。これ以上、手間をかけさせないでくれると、助かるのだが」
主…?宝塔を持つ神は幻想郷にはいないはず…となると、その従属した妖怪、あるいは化身でしょうか。しかし、毘沙門天と鼠は全く…いや、同僚の部下と言うことでしょうね。
「お断りします」
私は、きっぱりと、そう言いました。
「この宝塔は、私の家を破壊した、何よりの証拠品です。持ち主からの、正式な謝罪と、修繕費の支払いがなされるまで、お返しするつもりは、毛頭ありません」
まぁ、修繕は終わっているのですが、私の羅万館を壊した事は事実です。謝るのならば、許す事も考えていましたが、この調子からして許す事は出来なさそうです。
「ふむ…話の通じない相手か」
話が通じないのはどちらでしょう。私、推定貴女の上司の上司ですよ?そう考えていると、彼女の表情から、笑みが消えました。
「私は、あまり戦いは好まないのだが…しょうがないな」
彼女がそう呟くと、周囲の茂みから、無数の鼠たちが、赤い目を光らせながら、一斉に飛び出してきました。ですが、鼠たちが私に触れる事はありませんでした。
「――え?」
彼女が、初めて間の抜けた声を上げます。原理は簡単。私にとって、大気は循環するもの、つまり回っているものです。私は地面から竜巻のような突風の障壁を張り巡らせ、鼠たちはそれを突破する事が出来ず、弾き飛ばされたと言うわけです。
「…さて」
私は、ゆっくりと、一歩、前へ踏み出しました。
「まずは、君から。貴女の主とやらの代わりに、謝罪の言葉を、聞かせてもらおうか」
私が出す怒りのオーラに、彼女は顔を引きつらせます。
「…君、一体、何者なんだい?」
「私は、ただの、家を壊されて、少し怒っているだけの、しがない人間ですよ」
私は、彼女の細い腕を掴むと、にっこりと、穏やかな笑みを浮かべました。そして、一気に回転させるように引っ張ります。
「そーれ!」
「うわあああああああ」
鼠妖怪は、私の言葉の意味を理解するよりも早く、まるで意思を持たない木の葉のように、その場で、凄まじい速度でくるくると回り始めます。
やがて、力が尽きた独楽が倒れるように、彼女は「キュー」という、実に可愛らしい断末魔を最後に、糸が切れた人形のごとく、地面に崩れ落ちました。
私は、気絶した鼠の妖怪と、その周りで、ただおろおろと右往左往する、主を失った鼠たちを見下ろします。
(やりすぎちゃいました…どうしましょ?この子達)
結局、香霖堂まで背負って、寝かせてもらう事にしました。流石に一応、コスプレしたとは言え、部下の部下にあたる妖怪、身内かもしれない相手を野外に放置するわけにはいきません。
それと、霖之助さんには今度、お礼をしに行かなければ…
ついでに魔理沙さんに渡す妖魔本を霖之助さんに渡せました。あんの悪霊、妖魔本に封印して結構経ちますが、流石に反省したでしょう。性格的にも魔理沙さんの事を気に入りそうですし、良い師匠になってくれたら幸いです。
⋈◀「あの悪霊、話してみると面白いやつなんですけど、自分が何者かわからなくなっている時があるんですよね。たまには自分のことを省みて貰わないと、消えちゃいます。自省してもらうためにも封印しました。それでも時折勝手に出てたみたいですけど。よく羅万館でリングを見てました」▶⋈
サブタイトルは大黒天(大国主)の部下ってことです。
ナズーリンの過去は少し難しいですよね。今作では、寅丸の監査役として、毘沙門天が同僚の大黒天にナズーリンを借りた…みたいに思っています。他部署への応援見たいな?
けど、原作では毘沙門天の腹心なんだよなぁ…