東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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長かったら、夕雲視点だけで良いです。


第124季/春 命蓮寺with殴りモンク

 数日後。今回の異変…というより事件の最終的な結末。

 

 巫女は無事に魔界から幻想郷に戻ることが出来、今は博麗神社でのんびりしていると藍に聞きました。無事でなによりです。

 

 そして、私が宝舟だと考えていた飛行船は、どうやら聖輦船と呼ばれる舟だったようです。今回の異変の元凶である、魔界に封印されていた大僧侶の聖白蓮さんの封印を解くために、飛んでたとのこと。ちなみに、聖輦船は、元は飛倉だったそうです。飛倉時代は、金銀財宝の数々を積まれていたらしいのですが、今回の異変の元凶である聖白蓮さんが魔界に封印される際に、散らばりになったそうです。…どっかに探したら無いですかね。

 

 それにしても、本当に飛倉ってあるんですね。物語上の創作だと思っていましたが、あの作品がノンフィクションだと知ったことが、ここ最近で一番驚きました。

 

 

 そして、現在、聖輦船はお寺へと生まれ変わりました。

 

 

 正直、意味が分かりません。『もともと飛倉だったから、お寺になってもおかしくはないでしょう』と藍は言っていましたが、頭が理解するのを拒んでいます。持ち主の願望によって、姿を変えるなんて、私が時折使う天地初発時代の遺物みたいだとは思うのですが、流石に船が寺になるのはどう考えてもおかしいでしょう。

 

 とはいえ、幻想郷は常識に囚われてはいけないのが、長年生きている私が一番分かっています。私は理解しがたい現実を飲み込みながら、件の「お寺」――命蓮寺の境内で聖白蓮さんを待っていました。

 

 異変が終わり、諸々の後始末や宴会を終わらせた後、私は藍を聖白蓮さんの元に使いを出しました。

 

 今日がその日、私が彼女たちを見極める日です。幻想郷で彼女たちが何を為すのか、私的にも興味があります。

 

 

⋈◀「それにしてもお寺ですか。私の商売敵じゃないですかー」▶⋈

 

 

 命蓮寺の境内は、不思議な活気に満ちています。人間の参拝客と多種多様な妖怪たちが、ごく自然に同じ空間を共有しているその光景は、一見すると平和そのものですが、その実、極めて危うい矛盾を内包しているように、私の目には映りました。

 

 

 やがて、本堂から現れた尼僧――聖白蓮さんが、私の存在に気づき、厳し気な表情を浮かべて近づいてきました。

 

 

「貴女が、私たちの沙汰を決める、幻想郷の賢者様でしょうか?」

 

「ええ、一応はこの幻想郷で賢者をやっています。私は夕雲、ただの、しがないだけの人間です」

 

「…とりあえず、本堂へ案内いたします」

 

 私たちは、言葉少なに本堂の一室へと移動します。通された部屋は、華美な装飾のない、大きな仏像と曼荼羅があるだけの静謐な空間でした。聖白蓮さんは、お茶を淹れるでもなく、私の正面に座り、真っ直ぐに私を見つめています。裁きを待つ罪人のようでもあり、自らの信条を訴える殉教者のようでもありました。

 

「では、早速始めますか。単刀直入にお聞きします、聖白蓮さん。貴女はこの幻想郷で何を為しますか?」

 

 ヴラドは娘の幸せを願い、神奈子さんと諏訪子さんは信仰と早苗さんのために。新たな来訪者たちはそれぞれ「願い」をもって、幻想郷に辿り着く。

 

 ですから、私は聖白蓮さんの願いを知りたいです。私の愛する幻想郷で、彼女は何を為そうとしているのか。

 

「私の願いはただ一つ、妖怪の救済です」

 

「ほう、それはまた…詳細を伺っても?」

 

「もちろんです。幻想郷には身分や力の弱い妖怪たちが不当に扱われている妖怪は少なくはありません。私は彼らを救いたいのです」

 

 なるほど、それであの境内の様子ですか。妖怪は人間を害さず、人間はそんな妖怪たちと安心して接している、あの博麗神社にも似た空間。だが、あれは巫女の絶対的な力があってからこそなるもの。博麗神社とこの命蓮寺では似ているようで、根本的に違う。

 

 となれば、次に私が問うのは…

 

「少し話は変わりますが…貴女は、妖怪の『本質』を、どうお考えですか?」

 

 私の問いに、彼女は臆することなく、はっきりと答えました。

 

「妖怪が、人間からの畏怖や恐怖を糧として成り立っている存在であることは、理解しております」

 

 流石にそこまでは知っていましたか。

 

「理解した上で、この寺を建てたと? 人間と妖怪が手を取り合う、恐怖のない世界を目指すと? それが、どれほど残酷なことか、分かって言っているのですか」

 

 私は、敢えて声に冷たさを帯びさせ、霊力を解放させます。

 

「貴女の理想が完全に実現した時、人間からの恐怖を失った妖怪たちは、その存在理由を失い、妖怪としてのアイデンティティは崩壊する。貴女は、妖怪たちを救うために、彼らを『妖怪ではない何か』に変えてしまうかもしれない。その結末を、貴女は受け入れる覚悟がおありですか?そして、彼らはそれを納得しているのですか?」

 

 私の追及に、聖白蓮さんは少しも揺らぎませんでした。その瞳には、既に答えが定まっている者の光が宿っています。

 

「はい、私たちにその覚悟はできています。恐怖によってしか己を保てないというのなら、それはあまりにも悲しい在り方。私は、恐怖に代わる新しい存在の証明を、この幻想郷で見つけたいのです。畏怖が敬意に。不可解が信仰に。たとえその道が、彼らを『妖怪ではない何か』に変えてしまうとしても…私は、彼らが存在を否定され、誰からも忘れられて消えていくより、新しい存在として、胸を張って生きていける未来を選びます」

 

 その言葉に嘘はないのでしょう。彼女は、自らが抱える途方もない矛盾とその先にあるかもしれない残酷な結末を、全て理解した上で、それでも茨の道を進むことを選んだのです。

 

 私は、ゆっくりと立ち上がりました。

 

「そうですか。見事な覚悟ですね」

 

 私の声には、あえて何の感情も乗せません。裁定は下されました。

 

「貴女の考えも、それを信奉する妖怪たちも、そして、その危うい夢物語も私たちは許容します。他の賢者曰く…幻想郷は全てを受け入れる、らしいですから。なんとも優しい話でしょう?」

 

 私は彼女の正面に立ち、表情を変えて、にこやかに笑います。

 

「聖さん、貴女の理想が潰えない事を願っていますよ。私には無理でしたから」

 

「…?無理だったとは…この幻想郷は人間と妖怪が共存しているはず」

 

「ふふ、対象が違うだけです。とにかく、私は貴女の青臭い理想を気に入りました」

 

 私の言葉に、白蓮さんはますます困惑した表情を浮かべています。彼女からすれば、先程まで厳しく追及してきた相手が、突然、好意的な言葉を口にしたのですから、無理もありません。

 

「…気に入った、ですか?」

 

「ええ。あまりにも真っ直ぐで、脆くて、そしてだからこそ、眩しい。まるで出来立てのガラス細工のようです。ですが、忘れないでくださいね、聖さん」

 

 私は一歩、彼女に近づき、その瞳を覗き込むようにして、静かに告げます。

 

「貴女の理想は、貴女だけの力で成し遂げられるものではありません。貴女を信奉する妖怪たち、貴女の寺を訪れる人間たち、そして何より、貴女自身の心の強さがなければ、あっという間に砕け散ってしまう。そのことを、ゆめゆめお忘れなく…とは言え、貴女は大丈夫でしょうけど」

 

 それは、裁定者としてではなく、同じように、かつて大きな理想を抱き、そして、それに破れた者としての、心からの忠告でした。

 

「…肝に、銘じます」

 

 白蓮さんは、私の言葉の重さを正確に受け止め、深く、深く、頷きました。

 

「さて、私の用件は、これで済みました。長々とお引き止めして、申し訳ありませんね」

 

 私はそう言うと、彼女に背を向け、部屋の出口へと向かいます。もう、これ以上、話すことはありません。

 

「あの…夕雲殿!」

 

 背後から、白蓮さんの声がかかります。

 

「貴女は、一体…」

 

 私は、振り返り、ウインクをしながらただ一言だけ、返しました。

 

「言ったでしょう? 私は、ただのしがない人間ですよ。…貴女の理想の行く末を、楽しみに見ている、ただの観客です」

 

 その言葉を最後に、私は一度も振り返ることなく、命蓮寺の境内を後にしました。

 

 私の理想は、あの無常な爆弾で、全てが無くなって潰えてしまいました。ですけど、そんな私でも、わかることがあります。

 

 それは彼女の覚悟と、理想の大きさは、間違いなく本物だという事。

 

(…さて、どうなることでしょうね)

 

 あの青臭い理想が、この気まぐれで、残酷で、そして、どこまでも優しい幻想郷で、どのような形を結ぶのか。それを特等席で見物できるのですから、これだから人間は楽しい。

 

 かつての私の国に捧げる、手向けのようになれば良い。そんなことを、ぼんやりと考えました。

 

 

 

⋈◀「私の忠告なんて、それこそ釈迦に説法でしたね」▶⋈

 

 

 

 数日前、八雲藍殿が私の元を訪れ、こう告げました。『近々、賢者様の一人が、貴女がたの今後について、お話を伺いに参ります』と。

 

 その言葉で、私は全てを悟りました。魔界から帰還し、この地に寺を構えた私たちの存在が、幻想郷を管理している者たちから、正式な裁定が下るのだと。私は、仲間たちに動揺が伝わらぬよう、ただ静かにその日を待っていました。

 

 そして今日、その「賢者」様が、いらっしゃいました。

 境内に佇むその方の姿を見つけた瞬間、私は息を呑みました。藍殿からは、お姿について何一つ聞いてはいませんでしたが、一目で分かりました。他の誰とも違う、静かでありながら、底知れない存在感。まるで、悠久の時そのものが、人の形をとってそこに立っているかのようでした。

 

 私は、覚悟を決め、その方へと歩みを進めます。

 

「貴女が、私たちの沙汰を決める、幻想郷の賢者様でしょうか?」

 

 私の問いに、その方は、ふわりと、まるで花が綻ぶように微笑まれました。ですが、その瞳の奥は、一切笑ってはいません。

 

「ええ、一応はこの幻想郷で賢者をやっています。私は夕雲、ただの、しがないだけの人間です」

 

 人間…? その言葉に、私は内心の動揺を隠せませんでした。確かに気配そのものはただの人間でしょう。ですが、私の勘、本能ともいうべき部分がそれは間違いだと叫んでいます。それに、幻想郷の賢者ともあられる方が、ただのしがない人間なはずがありません。いや、しがない…?

 

 私は一度、思考を止め、夕雲殿を本殿へ案内することにします。

 

「…とりあえず、本堂へ案内いたします」

 

 言葉少なに、本堂の一室へとお通しする。この部屋には、ご本尊の毘沙門天様と、世界を表す曼荼羅が飾られています。私たちの覚悟と理想を見守っていただくには、ここが最も相応しい。

 

 向かい合って座ると、彼女――夕雲殿は、静かに口火を切りました。

 

「では、早速始めますか。単刀直入にお聞きします、聖白蓮さん。貴女はこの幻想郷で何を為しますか?」

 

 その声は、穏やかでありながら、私の心の奥底まで見透かすような響きを持っていました。

 

「私の願いはただ一つ、妖怪の救済です」

 

「ほう、それはまた…詳細を伺っても?」

 

「もちろんですとも。幻想郷には身分や力の弱い妖怪たちが不当に扱われていることは少なくはありません。私は彼らを救いたいのです」

 

 私の答えに、彼女は、ただ静かに頷きます。ですが、その目は、私の信念のさらに奥深くを、探っているようでした。

 

「少し話は変わりますが…貴女は、妖怪の『本質』を、どうお考えですか?」

 

「妖怪が、人間からの畏怖や恐怖を糧として成り立っている存在であることは、理解しております」

 

私がそう答えると、彼女の纏う空気が、スゥッと冷え込んでいくのを感じました。

 

「理解した上で、この寺を建てたと? 人間と妖怪が手を取り合う、恐怖のない世界を目指すと? それが、どれほど残酷なことか、分かって言っているのですか」

 

 彼女の言葉と同時に、部屋の空気が鉛のように重くなります。ただの人間、と名乗ったその身から放たれているとは思えない、圧倒的な霊力。それは、私の覚悟を試すような、苛烈な圧。

 

「貴女の理想が完全に実現した時、人間からの恐怖を失った妖怪たちは、その存在理由を失い、妖怪としてのアイデンティティは崩壊する。貴女は、妖怪たちを救うために、彼らを『妖怪ではない何か』に変えてしまうかもしれない。その結末を、貴女は受け入れる覚悟がおありですか? そして、彼らはそれを納得しているのですか?」

 

 …ええ、分かっています。その矛盾こそが、私が生涯をかけて向き合わなければならない、重い枷なのです。私は、霊圧に屈しそうになる心を叱咤し、震えそうになる声を意志の力で抑えつけ、顔を上げました。この方から、目を逸らしてはならない。

 

「はい、私たちにその覚悟はできています。恐怖によってしか己を保てないというのなら、それはあまりにも悲しい在り方です。私は、恐怖に代わる、新しい存在の証明を、この場所で見つけたいのです。畏怖が、敬意に。不可解が、信仰に。たとえ、その道が、彼らを『妖怪ではない何か』に変えてしまうとしても…私は、彼らが存在を否定され、誰からも忘れられて消えていくより、新しい存在として、胸を張って生きていける未来を選びます」

 

 私の言葉を、彼女はただ静かに聞いていました。そして、ゆっくりと立ち上がり、ふっと、先程までの霊圧を霧散させます。

 

「そうですか。見事な覚悟ですね」

 

 その声には、何の感情も感じられません。ただ、私の答えを受け取った、という事実だけがありました。

 

 そして、次の瞬間、彼女は、ころりと表情を変え、にこやかに微笑んだのです。

 

「貴女の考えも、それを信奉する妖怪たちも、そして、その危うい夢物語も私たちは許容します。他の賢者曰く…幻想郷は全てを受け入れる、らしいですから。なんとも優しい話でしょう?」

 

「聖さん、貴女の理想が潰えない事を願っていますよ。私には無理でしたから」

 

 そう言い、夕雲殿はどこか眩し気な顔をして私を見つめます。その突然の変化に、私は戸惑いました。厳しく私を追及していた先程までの姿は、どこへ行ったのでしょう。

 

 それよりも、理想が潰えたとは?幻想郷はこの通り、人間と妖怪が共存しているはず。

 

 思わず、声が漏れていたんのでしょう。私の思考を読んだかのように夕雲殿は答えます。

 

「ふふ、対象が違うだけです。とにかく、私は貴女の青臭い理想を、気に入りました」

 

「…気に入った、ですか?」

 

「ええ。あまりにも真っ直ぐで、脆くて、そしてだからこそ、眩しい。まるで出来立てのガラス細工のようです。ですが、忘れないでくださいね、聖さん」

 

 彼女は一歩、私に近づき、その瞳で私を覗き込むように、静かに告げました。

 

「貴女の理想は、貴女だけの力で成し遂げられるものではありません。貴女を信奉する妖怪たち、貴女の寺を訪れる人間たち、そして何より、貴女自身の心の強さがなければ、あっという間に砕け散ってしまう。そのことを、ゆめゆめお忘れなく…とは言え、貴女は大丈夫でしょうけど」

 

 その言葉は、裁定者のそれではなく、同じように、何か大きなものを背負い、戦ってきた者の、心からの忠告のように聞こえました。

 

「…肝に、銘じます」

 

 私は、深く、深く、頷きました。

 

「さて、私の用件は、これで済みました。長々とお引き止めして、申し訳ありませんね」

 

 彼女はそう言うと、私に背を向け、部屋の出口へと向かいます。

 

「あの…夕雲殿!」

 

 私は、何を聞きたいかもわからず、ですが、思わず呼び止めてしまいます。

 

「貴女は、一体…」

 

 彼女は、振り返り、悪戯っぽくウインクをしながら、ただ一言だけ、返しました。

 

「言ったでしょう? 私は、ただのしがない人間ですよ。…貴女の理想の行く末を、楽しみに見ている、ただの観客です」

 

 扉が閉まり、部屋には私一人が残されました。

 嵐が、過ぎ去った後のようでした。彼女が「賢者」であることは間違いありません。ですが、それと同時に、彼女は、何か途方もない喪失を経験した方でもある。

 

「対象が違うだけです」…彼女は、一体、何を救おうとして、そして、何に破れたというのでしょうか。

 

 ただの観客、と言い残した彼女。その言葉とは裏腹に、私は、あの賢者に、常に見守られているような、そんな不思議な感覚に包まれていました。

 

 幻想郷は全てを受け入れる。その「優しさ」の本当の意味を、おそらく私はこれから、この身をもって知っていくことになるのでしょう。私は、背筋を伸ばし、心を新たに、決意を固めました。彼女の期待に、応えるためにも。

 

 




これで、聖蓮船は終わりです。始まるのが長くて、終わるのは早かったですね。ちなみに、実際の聖輦船は妖怪たちの改装によって、お寺へと生まれ変わっています。夕雲は勘違いしているだけです。
自分が書きたかった話はこんなんだったか…と苦悩しながらもお出しします。

次は久しぶりの番外編からです。
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