東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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…どうしようかなぁ!
今話、ミスしてそうで怖すぎる。

早く日常編を書きたいなぁ。


第126季/春 後戸の国with賢者s

 後戸の国は異様な空気に包まれていました。

 

 それはそこに集う四人の賢者が放つ、あまりにも色の違うしかし、一つの結論へと収束していく、意思の気配そのものでした。

 

 紫は、扇子の向こうで、この茶番の結末をとうに知っているかのように、ただ楽しげに目を細めています。

 

 華扇はと言うと、腕を組んだまま険しい表情で虚空を見つめ、これからの幻想郷の行く末を真剣に憂いているかのようです。

 

 そして、この盤面を整えた主催者、隠岐奈は、全てが自らの筋書き通りに進んでいることに、満足げに微笑んでいます。

 

 ちなみに、私はこのあまりにも理不尽な状況に、隠す気もなく不満げな表情で眉を顰めていました。

 

 私以外の三人の賢者の間では、「私が今回の異変を対処する」と決まってしまったらしいです。この会談の決定には、流石の私でも逆らえません。

 

 私は「はぁー」と、本日何度目か分からない、深くて長いため息を吐きました。ですが、ただで転ぶ私ではありません。少しでも、この面倒な仕事に、有利な条件を引き出すための、ささやかな抵抗を試みることにします。

 

「それで、私が博麗の巫女を支援するのは、わかりました。やり方は私の好きな方にしていいですよね」

 

 私は、敢えて強い要望を要求します。どうせやるのならば、好きにやらせてもらいましょう。じゃなきゃ、割にあいませんからね。

 

 もちろん、この強気な要望が、そのまま通るとは思っていません。これは、外の世界の心理学の本で読んだ、「ドア・イン・ザ・フェイス」という、ささやかな交渉術。まずは、大きな要求で相手を揺さぶり、それを断らせた上で、本命の小さな要求を通すという算段です。ついでに、私は不満ですよアピールもしておきましょう。

 

(そうですね。私以外の手伝いを増やすのが最高ですね。そして、そいつに霊夢との付き合いを任せればいいです)

 

 しかし…

 

「うん、そうですね。やり方は夕雲に任せましょう。私たちは夕雲が援護を欲しがっていれば、手助けをするという感じでいかがでしょうか?」

 

 最初に口を開いたのは、意外にも、一番真面目な顔をしていた華扇でした。

 

「じゃあ、夕雲が援護を欲しがっているときの合図が欲しいわね、何にする?」

 

 華扇の言葉に、紫が楽しげに答えます。こいつ、ずっと楽しそうですね。羨ましい。

 

「そうだな、夕雲が、その月の髪飾りに触るとかはどうだ?」

 

(……あれ?)

 

 おかしいですね。私の、完璧なはずだった交渉術が全く機能していません。それどころか、私の一番大きな要求が、何の抵抗もなく、あっさりと通ってしまいました。…まぁ、自由度が増えると言う意味では、それはそれでいいんですけど。あまりにもトントン拍子で事が運びすぎている。こいつら、さては打ち合わせをしたんじゃないでしょうか。…ここは、もう流れに身を任せた方が良いでしょう。

 

「…分かりました。それで結構です」

 

 私が、狐につままれたような気持ちで、そう答えると、紫が満足そうに、ぱちりと扇子を閉じました。

 

「決まりね。では、夕雲には、博麗の巫女の『支援』という名目で、今回の異変に介入してもらうわ。もちろん、貴女の正体は隠してね。無論、私たちも援護するから安心しなさい」

 

「それにしてもだ」

 

 妙に微笑んでいた隠岐奈が、心底感心したというように、口を開きました。

 

「まさか、夕雲がそこまでやる気があるとは驚いた」

 

(そう言う見方も、出来ましたか…)

 

 どうやら、私のささやかな抵抗は、この食えない賢者たちの前では、ただの「やる気の表明」にしか、見えなかったようです。

 

 やれやれです。

 

 私は、もはや何も言う気になれず、ただ後戸の国の奇妙な空を見上げるしかありませんでした。

 

⋈◀「うーん、不安しかありません」▶⋈

 

 

「いつの間にか話がズレていましたけど、最近の状況について話しますか」

 

「とはいえ、何を話す?」

 

「幻想郷、最近異変が起きすぎ問題ですよ。博麗神社に間欠泉と共に、怨霊が湧いたり、船が空を飛んだり、そして今回の神霊騒ぎ、最近の幻想郷はあまりにも異変が起きすぎです。私たちの推測では、数年に一度程度のはずでしょう?」

 

 私がそう切り出すと、それまで楽しげに揺れていた紫の扇子が、ぴたりと止まりました。場の空気が、先ほどまでの和やかなものから、すっと張り詰めたものへと変わります。華扇は眉間の皺を深くし、隠岐奈は微笑みを保ったまま、その瞳の奥に怜悧な光を宿しました。後戸の国の、無数の扉が沈黙する空間に、賢者としての真の貌が覗く。肌を刺すような密度の濃い緊張感。ここから幻想郷をどのように運営すべきか、ある意味は幻想郷の今後を決める、命運の懸かった会議です。

 

「確かに、些か立て込みすぎているわね」

 

 最初に口を開いたのは紫でした。扇子を閉じ、その先端でとん、と自分の膝を叩きます。

 

「けれど、それは幻想郷が活性化している証拠とも言えないかしら?外の世界から忘れられたモノたちが、新たな安住の地を見つけて流れ着いている。そうね…いわば、摩擦熱のようなものよ」

 

「その摩擦熱で、幻想郷の秩序が焼け爛れては本末転倒でしょう。私は、何者かが意図的に幻想郷のバランスを崩そうとしている可能性を危惧しています」

 

 華扇の厳しい意見。それは賢者として当然の懸念です。ですが、私の胸の内には、別の種類のざわめきが渦巻いていました。異変、異変、異変、異変を解決したら、また異変。その度に、たった一人の少女に全ての責務が圧し掛かっています。面倒くさがりなあの子は、大丈夫でしょうか?

 

(…いけませんね。感傷的になっています)

 

 私は内心でかぶりを振り、胸に去来した感傷を意識の底に押し込めます。今は、より大きな視点で物事を捉えねば。

 

「まずは事実の確認から。最近の異変、その原因と結果を改めて共有しませんか? 私たちの認識に齟齬があっては話になりません」

 

 私がそう提案すると、華扇が「ええ、それがいいわ」と頷きました。

 

「まずは地霊殿の異変について。これは、守矢神社の主神である八坂神奈子が、地獄鴉に八咫烏を憑依させ、暴走させたのが原因です。どうやら、八咫烏の核エネルギーを利用して、人間の里で更なる信仰を得ようとしていたとのこと」

 

「ふむ、どうして八坂神奈子は地底の存在を?」

 

 隠岐奈の純粋な疑問。その問いに、私は内心冷や汗が流れます。

 

「……天狗たちが教え『夕雲、嘘は駄目よ。貴女が教えたんじゃない』ぐぬぬ」

 

 紫が、扇子の向こうで、にやりと笑いながら言います。私は、その揶揄いを無視するように、咳払い一つで強引に話を変えました。面倒な詰問からは逃げるに限りますからね。

 

「ごほん、それはそれとして、私が地底に行く原因となった、あの異常気象の異変は、結局、誰が起こしたんです?紫に教えてもらうつもりが、聞きそびれていましたよ」

 

「…あれは、比那名居天子の暇つぶしが原因よ。幻想郷中を異常気象で満たして、自分の力を誇示していたわ。天界での退屈な暮らしに飽き飽きしたお嬢様が、『自分も異変を起こしてみたい』なんて、子供じみた我儘を爆発させた結果よ」

 

 紫のその言葉に、最初に反応したのは、華扇でした。

 

「なるほど、比那名居…確か要石を護る一族でしたね。私は今のところ会ったことありませんが、彼女が不良天人と言われているのは聞いたことがあります」

 

 不良天人…興味深いですね。私は天人連中があまり好きではない…むしろ、嫌ってさえいるのですが、不良と言われるほどの天人ならば仲良くできるかもしれませんね。

 

私も少しあってみたいですね。今度、折を見つけては会いに行ってみましょうか。まぁ、それはともかく、私は地底に行き、地霊殿に滞在しました。それから、先々代巫女の霊暮の問題を解決するために、神奈子さんに助けを求め、ついでに地底の存在について教えたというわけです」

 

「なるほど、なるほど。では、聖輦船はどうなんです?」と問いかける華扇。

 

「それも、後始末をした私が答えましょう。聖輦船の連中の目的は、魔界に封印された聖白蓮の復活です。どうやら、地霊殿での異変の際に生じた間欠泉に乗り、地上に帰還したとのこと。つまり、元を正せば、地霊殿での異変が問題と言えますね」

 

「…その地霊殿の異変が起こった遠因は夕雲で、夕雲が巻き込まれた原因は比那名居天子の異変と…」

 

 紫は、そこで、わざとらしく言葉を切りました。扇子をゆっくりと開き、その向こうで、まるで美しい数式が解けたかのように、うっとりとした笑みを浮かべているのが透けて見えます。

 

「…全部、綺麗に繋がっているじゃない。面白いわね。夕雲」

 

 あまりにも楽しげな、この混沌とした幻想郷を心から愛でるかのような結論。私は、いつの間にか私の背後に現れていた椅子に深く腰掛け、同じく、いつの間にか手の中にあった温かい茶を一口すすります。

 

「…やれやれ。その理屈で言うのなら、紫。貴女が、あの神社の出現を事前に察知していながら、あえて静観していたのが、全ての始まり、ということになりませんか?どうせ『面白いことになりそう』と、扇子の向こうで、笑っていたのでしょう?」

 

「あら、半分正解で半分間違いよ」

 

 彼女は、悪びれる様子もなく、あっさりと認めました。

 

「確かに面白そうだと思って、手出ししなかったのは事実。けれど、そもそも幻想郷は全てを受け入れる場所。あの吸血鬼でさえも受け入れたわ。ならば、山の神程度受け入れてあげなくてどうするの」

 

 私たちだけには本音を隠さない態度こそが、彼女なりの甘えであり、信頼の証なんですよね。

 

「結局、私たちは今後の異変に対して、どのような姿勢を取るかですよ」

 

 華扇が、腕を組んだまま憂いを帯びた声で、言葉を続けました。

 

「一つの綻びが、次なる綻びを生み、それが、また次の綻びへと繋がっていく。…今の幻想郷はそれだけ、脆い均衡の上にあるということなのかもしれません。ですから、私はこれからの異変は抑えていくべきだと思いますね」

 

 華扇の憂慮。しかし、その言葉を、隠岐奈はまるでそよ風のように軽やかに否定しました。

 

「脆い、か。いや、むしろ逆だな。次から次へと新しい演目が生まれ、新たな役者が舞台に上がる。我らが創ったこの舞台は、実に良い役者に恵まれたということよ」

 

 後戸の国の主(能楽の神)は、空に浮かぶ無数の扉を、どこか、愛おしそうに見つめながら、言葉を続けます。

 

「一つの出来事が、次の物語を生む。因果の糸が、目まぐるしく紡がれていく。…我らが創ったこの舞台は、実に、退屈させん場所になったものだ。私としては、このままの幻想郷が好ましいと感じています」

 

「その点については同意しますね」と、私は、いつの間にか隣に現れていた小さな台に湯飲みを置きます。カタリ、という硬質な音が、この奇妙に静かな空間に響きます。それが、この議論の終わりを告げる合図でした。

 

「止まった水が淀むように、世界もまた停滞すれば緩やかに死へと向かう。その点において、スペルカードルールはこの幻想郷に絶えず新しい波紋を生み出す、良い刺激になっています。何せ、世界の終わりを避けるために、穢れをこの手で組み込んだ私が言うのですから。間違いありません」

 

 そう。変化は必要だ。異変は、ある意味で幻想郷の健全さの証左ですらある。…ええ、分かっています。理屈では。ですが、その結論として『では、今回の件は夕雲にお願いするわね』と、扇子の向こうで笑う紫に全てを押し付けられるのは、また別の話です。最近、私の仕事多すぎ問題。

 

「それじゃあ、私はこれで」

 

 話は終わりましたし、私は羅万館に戻ることにしましょう。

 すっくと立ち上がり、くるりと三人に背を向けます。先ほど決まった「私が今回の異変を対処する」という決定に、不満を示すためのポーズです。勿論、本気で拒否するつもりはありません。ですが、このくらいの反抗を示しておかなければ、賢者たちはどこまでも私を良いように使うでしょうから。

 

 ですから、彼女のスキマを通って帰るなど、もってのほか。私は周囲に浮かぶ無数の扉に目を向けました。絢爛な装飾の施された扉、禍々しい気を放つ扉、光そのものでできたような扉…。その中で、私の目は、まるで忘れられたように佇む、一番近くの何の変哲もない木の扉を捉えました。

 

 私は、わざとらしく、ぷいとそっぽを向くと、他の賢者たちの視線を背に感じながら、その木の扉へと、ずかずかと迷いなく歩いていきました。

 

「おい、その扉は…」

 

 なにか隠岐奈が言っていますが、私はそのまま勢いよく、その扉を開け放ち、外へと踏み出しました。

 

⋈◀「…どうする、紫、華扇。あの馬鹿、何の策も立てず…」▶⋈

 

 扉を抜けた私の目に映ったのは、見慣れた、しかし、今、最も見たくなかった光景でした。

 後戸の国のあの奇妙な空間とは違う、穏やかな春の気配を孕んだ山の上の空気。鼻を掠める木材と線香の香り。苔のむした石段。古びた賽銭箱。そして、私のすぐ目の前にある一対の大きな狛犬の後ろ姿。

 

 ここ、博麗神社です。

 

(??????????)

 

 一瞬、私の思考は、完全に白紙になりました。なんだってこんな目に。

 

 私は、あの無限に思えるほどの扉の中から、偶然にも、よりにもよって、博麗神社に繋がる扉を選んでしまったというのでしょうか。…あっ、そういえば、さっき、私が扉に向かって歩き出した時、隠岐奈が何かを言いかけていたような気がします。あれは、もしかして、この扉の行き先を教えてくれようとしていた…?

 

(とりあえず、霊夢に見つからないように…!)

 

 私は自らの運の悪さを呪い、内心で悪態をつきながら、音を立てぬように、そっと狛犬の影から身を引こうとした、その時でした。

 

「ん?誰かいるの?」

 

 聞き慣れた、そして、今、最も聞きたくなかった、呑気な声。

 

 ひょこりと、狛犬の横から顔を出したのは、紅白の巫女服を纏った博麗の巫女、その人でした。

 

「……」

「……」

 

 時が止まりました。

 

 私と霊夢の視線が、春のうららかな日差しの中で交差します。

 

 彼女のいつもはどこか眠たげな瞳が、驚きに、大きく、大きく、見開かれていきます。そのスローモーションのような光景を、私は呆然と見つめることしかできませんでした。私は、内心で絶叫しながら、先ほど決まったばかりの合図を、実行しました。震える指で、自分の側頭部にある月を模した、小さな髪飾りに触れます。ひんやりとした、金属の感触。

 

(――助けてください、皆さん!!!)

 

 声にならない、しかし私の人生で最大級の必死の思いを込めた悲鳴。願わくば、あの楽しげそうにしていた賢者たちが、このあまりにも早すぎる最大の窮地から、私を助けに来てくれることを祈るばかりです。

 

 




最後の部分を書きたかったから、こうしました。

夕雲はただのポンコツじゃありまそん。弩級のポンコツ。ドポンコツです。
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