聖さんとの対話を終え、私は命蓮寺を後にしました。
(ふむ、情報を纏めましょうか)
一つ、今回の異変は聖徳王の仕業です。彼女の能力は不明ですが、元部下であった隠岐奈曰く、『人間の里を支配する』が目的である可能性が高いため、今回の異変で力を付けさせてはいけません。幻想郷の崩壊につながりますからね。
二つ目に、今回の異変である聖徳王が今、どこにいるかについて。おそらくは命蓮寺の墓地の地下。命蓮寺は元々、その地下深くに眠る、正体不明の「何か」を封じ込めるための、巨大な楔として建てられたとのこと。今、地上に溢れ出しているおびただしい数の神霊は、その封印が揺らぎ、力が漏れ出している何よりの証拠です。つまり、聖徳王は、ただ地下に隠れているのではありません。命蓮寺の墓地の下で復活し、力を蓄えているのだと考えられます。
三つ目に、今回の異変の「仕組み」について。鍵となるのが、幻想郷各地に現れた神霊ですね。その正体は人間の欲望そのものが、形を成したもの。では、何故こんな数の神霊が出現しているのか。もしかすると、聖徳王の復活、もしくは力を増すために必要なものなのかもしれません。憶測にすぎませんが、神霊は消しながら進んだ方がよさそうですね。
最後に、私の行動指針について。霊夢に私の正体がバレないように、レイボとして彼女のサポート。賢者たちも手助けしてくれますし、そう簡単にはバレることはないはずです。
そして、霊夢に伝えるべき情報は、先ほど命蓮寺で手に入れた情報…『今回の異変の元凶がどこにいるか』だけに留めておきます。
幻想郷における異変解決は、ただの妖怪退治ではありません。異変解決は、博麗の巫女がその異変の本質を見極め、自らの判断で戦う、というもの。もし、私たち賢者が最初から「黒幕はこの人物です」と答えを教えてしまえば、巫女はただ、言われた通りの相手を倒すだけの「道具」、「システム」になってしまいます。それでは、妖怪と人間のバランスが崩れちゃいます。それに、博麗の巫女としての役割…幻想郷の調和が出来ているとは言えません。
思考が一段落着いたところで、私は陰陽玉の在りかに意識を集中させます。霊夢は一体どこに……おや、結構遠くにいますね。少し遠いですから、ズルしちゃいましょう。
私が髪飾りを触れると、近くにスキマが生まれました。流石は紫、私が欲していることをよく分かってます。そのまま、私はスキマを潜り抜け、霊夢の近くまで移動しました。
命蓮寺の墓地は、奇妙な光景に満ちていました。
そこかしこから、人の欲望が形になっただけの、白く、儚い神霊たちが、ふわふわと漂っています。その光景は、死者の眠る場所というよりは、むしろ叶わなかった願いの巨大な吹き溜まりのようでした。それらを能力でひとまとめにして、霊力で消し飛ばしながら歩くと、私の視線の先に、見慣れた紅白の姿が見えてきました。
「お疲れ様です、霊夢」
私がそう声をかけると、霊夢は、少しだけ驚いたようにこちらを振り返りました。
「あんたか。遅かったじゃない。こっちはもう妖怪を一人、片付けたわよ」
その声にはどこか得意げな響きが混じっています。見れば彼女の足元には、傘の付喪神だと思われる…小傘ちゃんじゃないですか。あー、確か人間を驚かせるために、墓地に良く行くと聞いた覚えがあります。まぁ、災難だったという事で。
「ええ、お見事です。その間に私も少しばかり収穫がありましたよ」
私がそう言うと、霊夢は興味があるような、ないような曖昧な表情で先を促します。
「それで、収穫というのは?」
「住職に話を聞いたところ、この騒ぎの中心は、この墓地のさらに下にあるようですね」
「下?どうやって行くつもりよ?地面でも掘る?」
「そんな事しなくても、おそらくは神霊が多い方に進めばいいかと、どうやら神霊たちは異変の原因に集まっているようですから」
私は神霊たちがひときわ濃く渦を巻いている、墓地の奥の一角を指差しました。
「おそらく、あそこでしょう。全ての欲望が吸い込まれていく先。その下に何が眠っているのか、それを確かめに行くのが私たちの次の仕事ですね」
私の言葉に、霊夢はもう一度、心底面倒くさそうに大きなため息をつきました。ですが、その瞳には既に、博麗の巫女としての揺るぎない光が宿っています。
「はいはい、分かったわよ。…全く、紫もとんでもないのを寄越したものね」
「それは“頼りになる”という意味でのとんでもなさですよね?」
その悪態とも信頼とも取れる言葉を嬉しく思いながら、私たちは次なる舞台へと二人並んで進み始めました。
…
……
………少女たち移動中
「どうやら、ここが当たりみたいね。そして、門番っと」
霊夢が警戒を強めながら、お祓い棒を握り直します。その視線の先、洞窟の入り口に、ぼんやりと佇む人影が一つ。暗い藤色の髪をしたどこか大陸の古風な装いをした少女です。しかし、その肌は生気を感じさせない青白さで、額には奇妙なお札が貼られていました。
私たちが数歩近づいた、その時。
「ちーかよーるなー!」
少女が硬直した動きでこちらを向き、抑揚のない声で叫びます。
「これから先はお前達が入って良い場所ではない!」
「あん? あんたがここの番人か何かなわけ?」
霊夢が面倒くさそうに問い返しますが、少女は構わず続けます。
「我々は崇高な霊廟を守るために生み出された
「キョンシー…? 聞いた事ないわね」
霊夢が眉をひそめたところで、私は彼女の横から補足します。
「大陸に伝わる、死してなお動く屍のことです。意味はそのまんま硬直した死体。術者によって、額のお札で操られていることが多いとか。恐らく、彼女は術者にこの場所を護るように命じられているのでしょう」
私の説明を聞いて、霊夢は合点がいったように頷きました。
「なるほどね。つまり、ただのゾンビってことね」
「そうゾンビでーす」
少女は、あっさりと肯定しました。そのどこか気の抜けた返答に、私たちの緊張感が少しだけ緩みます。キョンシーにしては、どこか血色が良いような気がしますね、よく手入れでもされているのでしょうか。
「あなたたち、墓参りに来た人間か?」
「見て分かるでしょ。異変の調査に来た巫女とその補助よ。あんた、この辺の神霊について何か知らない?」
「神霊? 何それ吸いやすいの?」
ふむ、どうやら、彼女に情報を求めるのは無駄なようです。霊夢は大きなため息をつくと、お祓い棒を少女に向けました。
「話にならないわね。だったら、力ずくで通らせてもらうだけよ」
その敵意を感じ取ったのか、少女の雰囲気が変わります。
「何にしても、この辺をお寺の連中から護る為に私は蘇ったのだ! 我々の仲間になるが良い! 深き眠りから覚めた弾幕で!」
その台詞と共に、少女から、毒々しい色の弾幕が放たれました。ですが、その動きは直線的で、お世辞にも洗練されているとは言えません。
霊夢は飛んでくる弾幕を最小限の動きでひらりとかわすと、呆れたように肩をすくめました。
「なんだ。あんた、あんまり強くないわね」
言葉通り、キョンシーの攻撃は単調で避けやすいです。現に、霊夢はあっという間にその懐に潜り込むと、お祓い棒を横薙ぎに叩きつけました。鈍い手応えと共に、キョンシーの身体がくの字に折れ曲がります。普通なら、それで勝負は決まるはずだったのですが…
「…なっ!?」
霊夢の驚きの声が響きます。キョンシーは、何事もなかったかのようにゆっくりと身体を起こすと、再び腕を振り上げてきたのです。痛みも衝撃も、まるで感じていないかのように…死体だからでしょうか。
「効いてない…!? なんなのよこいつ、硬すぎるでしょ!」
「恐らく死体だから痛みを感じないんですね」
「あんたは楽でいいなぁ!」
霊夢は叫ぶのと同時に、追撃のお札を数枚、キョンシーの胴体に叩き込みます。お札が当たった部分の服が破れ、肌が抉れますが、それでも彼女の動きは止まりません。
死体…血液も回っていなければ、頭も回っていない
そうして、何度か攻防が繰り返され、さすがのキョンシーも動きが鈍り始めたかと思った、その時でした。彼女はおもむろに近くを漂っていた白い神霊の一つをその手で掴むと、躊躇なく自らの口へと放り込みます。
バリボリと、神霊を食べているとは到底思えない異様な音が響き、霊夢の攻撃で抉れたはずの身体が、みるみるうちに再生していきました。
「なんですって!? 回復した…!?」
「神霊を…食べた? なるほど、そういうカラクリでしたか。この異変で溢れた人間の欲望は、彼女のような存在にとっての糧になるのですね。これではいくら攻撃してもキリがありませんよ、霊夢」
霊夢が忌々しげに舌打ちをします。その間にも、キョンシーは再び霊夢に襲いかかってきました。
「毒爪『ポイズンマーダー』」
「おっと、危ない」
私は瞬時に彼女の前に立ち、印を結ぶと、桃色の結界が展開され、毒々しい弾幕を防ぎます。ついでに、キョンシーの弾幕を防いでいる間に、霊夢に話しかけます。
「闇雲に攻撃しても回復されるだけみたいですね。キョンシーはお札を取ると、動きが止まる説がありますので、試してみましょう。まぁ、逆に狂暴化する事が多いですけど」
「そんなこと、あんたに言われるまでもないわよ!」
悪態をつきながらも、霊夢の瞳は鋭くキョンシーの額を見据えています。私の結界を盾に体勢を立て直した彼女は、今までとは明らかに違う、一点突破を狙う動きに変わりました。
狙いが分かったのか、キョンシーも額を腕でかばうような仕草を見せます。ですが、博麗の巫女の勘と技は、そんな付け焼刃の防御でどうにかなるものではありません。
霊夢は低く姿勢を沈めると、一直線にキョンシーへと突貫します。腕による防御をフェイントで誘い、がら空きになった懐へと滑り込むと、しなやかな動きでキョンシーの背後に回り込みました。
「もらったわ!」
霊夢の指が、寸分違わず額のお札を捉え、勢いよく引き剥がします。
その瞬間、ぴたり、と。
今まであれほど執拗に動き続けていたキョンシーの身体が、まるで糸の切れた操り人形のように全ての力を失い、直立するのみとなりました。
「…ふぅ。全く、変なのに時間を食ったわ」
霊夢は剥がしたお札をひらひらさせながら、息をつきます。
「霊夢、そのお札なんて書いてあるか読ませてくれません?」
「いいわよ、はい」
霊夢に断りを入れて、なんで書いてあるかを読みます…普通は勅令陏身保命なんすけど、遠目から見た限りもっと細かく書いていたんですよね。ええっと、やることリスト?… 大祀廟を守る?
「それで、なんで書いてあるのよ」
「そんな深い意味はありませんでした、このキョンシーのやることリストが書いてあるだけです」
私の言葉に、霊夢は心底呆れたという顔で眉をひそめました。
「やることリストですって? 巫女をからかってるなら、あんたにも一発お見舞いするわよ」
「いえ、本当にそう書いてあります。『大祀廟を護ること』『侵入者を撃退すること』『芳香ちゃん、お腹が空いたら神霊を食べていいからね』…などと。どうやら、術者はかなり丁寧な性格のようですね」
私が淡々と読み上げていると、それまで直立不動だったキョンシー――芳香ちゃん?の身体が、ふらりと動きました。敵意はありません。まるで、長い眠りから覚めた夢遊病者のように、おぼつかない足取りで一歩、二歩と歩き出すと、ふと、満天の夜空を見上げました。
その青白い顔に、先程までの虚ろな表情はありません。どこか遠い過去を懐かしむような、静かな知性の光が瞳に宿っているように見えました。やがて、彼女の唇から、凛とした声が紡がれ始めます。
「……いくとせを」
それは、歌でした。
目覚めし宵の 風の冷たさ
死者の視点から詠まれたであろうその歌は、あまりに美しく、そして物悲しく、私と霊夢は思わず言葉を失いました。墓場を吹き抜ける夜風が、彼女の古風な歌声と相まって、幻想的な雰囲気を醸し出しています。
「……なんなのよ、急に。さっきまでのゾンビと同一人物とは思えないわね」
霊夢が我に返ったように、困惑した声を漏らします。
「……生前の記憶、でしょうか。お札が剥がされたことで術者の命令から解放され、かつての自分の一端を取り戻しているのかもしれません」
(生前は歌を詠むのが上手かったんでしょうね。おそらくは…何らかの詩人。ん?聖徳王の時代に和歌はそこまで詠まれていないはず…それにキョンシーという事は道教関係。どうにもキナ臭いですね)
私が思考を止めると、歌を詠み終えた芳香は、どこか満足したような安らかな表情を浮かべていました。そして、その場に静かに座り込み、微動だにしません。まるで、役目を終えたかのように…
「…もう襲ってはこなそうね。気味が悪いけど、放っておきましょう」
「ええ、それがよさそうです」
私たちは顔を見合わせると、静かに頷き合いました。
謎は深まるばかりですが、立ち止まっている時間はありません。私たちは物言わぬ詩人となったキョンシーに背を向け、今度こそ、全ての欲望が渦巻く洞窟の奥深くへと足を踏み入れました。
「ああ……ついに、大祀廟(だいしびょう)の扉が開かれる……」
宮古芳香は都良香説を採用しています。華扇と会うかどうかはわかりません。
にしてもですよ。…和歌考えるの辛かった。
個人的解釈(独自設定)みたいなもんですが、博麗の巫女の役割に幻想郷の調和があると考えています。新たな妖怪や人間、元々幻想郷にいたけど知られなかった(忘れられていた)有力者が異変を起こしますが、それはいわば、閉ざされた生態系に新たな種が放り込まれるようなものです。外から来た者は、幻想郷のルールの外にあります。強すぎる力(神霊廟組)を持っていたり、既存の妖怪の領域(守矢神社)を侵してしまったりと、その存在自体が調和を乱す要因となります。
博麗の巫女の異変解決とは、この「外来種」がもたらす影響を査定し、生態系を破壊する危険がないかを見極めるプロセスでもあるのかなーと。
そして賢者は、新参者が幻想郷の中で適切な「居場所(ニッチ)」を見つけられるよう、間接的に導いていく。ある者には有力者を紹介し、ある者には人里離れた土地を黙認したりして、幻想郷という名の庭のバランスを保っている…まぁ、妄想です。紺珠伝とか最新作は全然違いますしね。聞いているか、月ッパリ。