東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

77 / 142
現在、十月中旬に投稿される話を書いてるのですが、ようやく物語が進んでとても楽しい。


第126季/春 夢殿大祀廟の洞窟with死体大好き邪仙さん

 物言わぬ死体となったキョンシーに背を向け、私たちは、今度こそ、全ての欲望が渦巻く洞窟の奥深くへと足を踏み入れました。ひんやりとした湿った空気が、肌に纏わりつきます。そこは、自然が作り出した洞窟ではありませんでした。壁は、人の手によって滑らかに削られ、床には等間隔に石畳が敷かれています。察するに、遥か昔に打ち捨てられた誰か(聖徳王)のための壮麗な参道。

 

「…気味が悪いわね。さっきの墓地より、よっぽど」

 

 霊夢が、お祓い棒を握り直し、警戒を強めながら呟きます。

 

「ええ。ですが、この先に、今回の異変の元凶がいることは、間違いなさそうですよ」

 

 私は、壁に刻まれた見慣れない文様を指でなぞりながら、答えました。これは、この国の様式ではありません。もっと古い、大陸の…道教の思想に基づくものでしょうか。先ほどのキョンシーと言い…ふむ、華扇に後で聞いてみましょう。

 

 私たちが、さらに奥へと進んでいくと、やがて、少し開けた空間に出ました。

 不気味な空間。言うなれば、巨大な肺のような空間。これまで以上に濃密な神霊たちが、音もなく、渦を巻いています。幻想郷中の欲望を吸い込んでいるかのようです。

 

「おー、侵入者かぁ?」

 

 先ほど霊夢が倒したはずのキョンシー。彼女は、まるで主の帰りを待つ忠実な犬のように、その場に、静かに佇んでいました。額には先ほどと同じお札が貼ってあります。

 

「なっ…!あんた、なんで!?」

 

 霊夢が、驚きと苛立ちの声を上げます。ですが、キョンシーは何の反応も示しません。ただ、先ほどと同じく虚ろな瞳で、こちらを見つめているだけ。

 

 その不気味な静寂を破ったのは、どこからともなく響いてきた鈴を転がすような、しかし、どこか、ねっとりとした、甘い声。

 

「先ほどは私の可愛い部下がお世話になったみたいで……」

 

 声と同時に、何もないはずの滑らかな壁面にポツリと綺麗な円の穴が空きます。そして、その穴から一人の女性が姿を現しました。

 

 波がかった青色の髪に、大陸風のきらびやかな衣装と半透明な羽衣。その手には、壁を通り抜けるための道具でしょうか?不思議な力を持つ奇妙な簪が握られています。

 

(…流れからして、彼女がキョンシーの術者でしょう。服装やキョンシーを操る事から、大陸方面なのは確実。無論、ブラフの可能性もありますが…)

 

「…あんたが、こいつの飼い主?」

 

 霊夢の率直な問いに、その女性は楽しげに笑いました。その笑みは無知な子供の問いに答えてやる教師のようで、それでいて詐欺師のような…何というか、とても胡散臭いです。

 

「飼い主だなんて。人聞きの悪いことを言うものではありませんわ。この子は、私の最高傑作よ。死というつまらないしがらみから解放された、自由な肉体。素晴らしいでしょう?」

 

「可愛い部下?腐った部下の事?」

 

「ええ、腐ってて可愛いでしょ?」

 

「霊夢、彼女はおそらく『邪仙』と言われるものです。博麗神社にも最近仙人がきているでしょう?彼女をうんと悪くしたような連中の事ですよ」

 

 私の解説に、邪仙さん(推定)はうふふと手で口元を隠すようにして、楽しげに笑いました。

 

「あらあら、そちらのお嬢さんは博識なのね。そう、私…なんでか知らないけど、天に仙人と認められないのよね」

 

(絶対…その性根のせいですよ)

 

「…よくわかんないけど、あんたが死体を操っていたのね。悪趣味で無意味な番人なんか置いて、ここで何をやっているのよ」

 

 霊夢は、心底うんざりしたようにお祓い棒を肩に担ぎ直します。

 

「悪趣味で……無意味?」

 

 邪仙(確定)さんの眉が、ぴくりと動きました。

 

「あらあら、それは聞き捨てならないわね。この子が、無意味ですって?」

 

 霊夢の言葉が、どうやら、彼女の逆鱗に触れてしまったようです。邪仙さんの額にうっすらと血管が浮き出ています。そこから一拍空けた邪仙さんが「それが無意味じゃないのよねぇ」と呟き、キョンシーに新たなお札を貼ります。

 

「ほいよ」

 

 それまで、虚ろな瞳で立ち尽くしていたはずのキョンシーが、眼の光を取り戻し、主の言葉に応えるかのようにその腕を振り上げました。

 

「ほら、私のキョンシーはタフさが売りだもん。貴女が一度倒したくらいでは、傷一つ付かないわ」

 

「……やられたら一回休みって事が理解できないのね。まぁ、さっきとやることは同じだわ。さったさと退治してあげる」

 

 霊夢は、面倒くさそうにお祓い棒を構え直します。

 

「さあさあ、もう一戦交えます?廟に集まる神霊を、たっぷり吸収した、この娘と」

 

 邪仙さんのからかうような言葉を合図に、周囲を渦巻いていた神霊たちが磁石に吸い寄せられる砂鉄のように、一斉にキョンシーの体へと吸い込まれていきました。彼女の体が、淡い光を放ち、先ほどまでとは比べ物にならないほどの、禍々しい気配を、その身に纏います。

 

「言われないでも!これで、はっきりしたわ!この神霊騒ぎは、あんたたちの仕業だってね!」

 

「あらあら、どうかしら?」

 

 邪仙さんは、くすくすと笑うと、ふわりと宙に浮かび、その背後の壁の中へと再びその姿を溶かすように消していきました。壁の中から、彼女の声だけが楽しげに響き渡ります。

 

「さあ、芳香。あのお嬢さんたちにおもてなししてあげなさいな」

 

(壁の中を切り抜いたますね。幽霊と違って、すり抜けるわけではないのでしょう。物理で殴れそうです)

 

 私がそんなことを考えていると、力を増した芳香さんが、凄まじい速度で私たちに襲い掛かってきました。

 

「霊夢、私が邪仙を受け持ちますので。貴女はキョンシーの対処をお願いします」

 

「わかったわ、遅れをとらないようにね!」

 

 霊夢の信頼に満ちた背中を見送り、私は改めて、壁と一体化するかのように佇む邪仙さんに向き直りました。彼女は壁の中から、まるで舞台女優のように、ゆっくりと、しかし完全には姿を現さずに、上半身だけをぬっと覗かせています。

 

「さて、と…博識なお嬢さん。あなたのお相手は、この私で、よろしいのかしら?」

 

「…多分、私の方が年を食ってますよ。邪仙さん」

 

 私の挑発的な言葉に、邪仙さんは扇子の影で笑いました。その直後、私の立っていた足元の石畳が、まるで粘土のように隆起し、鋭い石の穂先となって突き上げてきました。

 

「!」

 

 咄嗟に後方へ跳んでそれを回避します。しかし、追撃はそれだけでは終わりません。左右の壁、天井、ありとあらゆる場所から、無数の石の槍が、時間差で私を襲います。まるで、洞窟そのものが、彼女の意のままに動く一つの生き物になったかのようです。

 

(空間全体に道力が張り巡らされている。おそらくはそれが作用して…なるほど、壁を通り抜けるだけではないのですね)

 

 私は、迫りくる石の槍を最小限の動きで見切りながら、思考を回します。この中で一番面倒なのは、彼女の持つあの簪。あれが壁抜け能力の源であることは間違いないでしょう。ならば、狙うべきは…。

 

「あらあら、お上手だこと。まるで舞を踊っているみたい」

 

「お褒めにいただき、光栄です。ですが、そろそろ、その壁の中から出てきていただかないと…こちらの舞も、単調になってしまいますので」

 

(こちらは何とかなりそうです…さて、霊夢は…)

 

 一方、霊夢は、神霊を吸収し禍々しいオーラを纏った芳香さんと、激しい攻防を繰り広げていました。

 

「でやぁっ!」

 

 霊夢が放った霊符が、芳香さんの体に次々と着弾しますが、以前のようにその動きを止めるには至りません。神霊のオーラが、まるで鎧のように彼女の体を守っています。

 

「ちっ、さっきよりもずっと硬くなってる…!面倒だわ!」

 

 芳香さんは、霊夢の悪態など意にも介さず、ただ主の命令に従う忠実な人形のように、その剛腕を振り回し、凄まじい力で霊夢に襲い掛かります。空気を切り裂く轟音と共に振るわれた腕を、霊夢はひらりとかわしますが、その一撃が床の石畳を粉々に砕くのを見て、さすがに顔を顰めています。

 

「いちいち、物を壊さないでくれる!?後で弁償しろって言われたら、あんたが払うのよ!」

 

 もちろん、芳香さんからの返答はありません。ただ、虚ろな瞳が、次の獲物として、霊夢を捉え続けるだけです。

 

「…話が通じない相手は、力ずくで黙らせるしかないわね!」

 

 霊夢は覚悟を決めると、お祓い棒を強く握りしめ、その身に神聖な霊力を集束させ始めました。

 

「覚悟なさい!博麗神社の巫女の力、とくと味わわせてあげるわ!」

 

(あちらはなんとかなりそうですね。さて、それでは私の方ですが…)

 

「よそ見は、感心しないわねぇ」

 

 青娥さんの声と同時に、私の背後の壁から彼女の持つ簪が、音もなく突き出されていました。冷たい切っ先が、私の首筋を捉える、その寸前。私は振り返ることなく、髪飾りを握り、静かに呟きました。

 

「――面倒なので、壁を破壊しますか」

 

招雷 土雷神

 

 私の呼びかけに応じ、大地そのものが咆哮を上げました。古代、雷は一年を土中で過ごすと信じられていた――その伝承の通り、天からではなく、足元の石畳から凄まじい稲妻が迸ります。金色の亀裂が壁面を駆け上がり、八雷神が一体、土雷神の振るう雷槌にも似た破壊の力が、邪仙さんが潜んでいた壁を内側から爆砕しました。

 

「きゃああ!?」

 

 私の背後を狙っていたはずが、勢いよく雷撃を浴び、無防備な姿を晒す邪仙さん。私はその隙を逃さず、一気に距離を詰め、その手から力の源である簪を叩き落としました。パリン、と軽い音を立てて、簪が石畳の上に転がります。

 

 これで終わり、とはいかないでしょう。案の定、ショックから体勢を立て直した彼女の顔に、焦りの色はありませんでした。むしろ、その唇には、余裕の笑みさえ浮かんでいます。

 

「あらあら、手荒い人ね。でも…生身の人間が…生身の人間よね?貴女」

 

 彼女は、簪を失った手を軽く振り、言いました。

 

「……まぁ、いいわ。残念だけど、私はその程度の攻撃では傷一つ付かないわ。錬丹で鍛え上げたこの体は、鋼より硬いのよ」

 

(壁が衝撃を受け止めただけのような気もしますけど)

 

 その言葉を証明するかのように、彼女の体からは、先ほどまでとは比較にならないほどの邪気が、奔流となって溢れ出します。

 

「見せてあげる。本物の仙術というものを!」

 

 彼女が高らかに宣言し、両手を掲げました。

 

 邪符『ヤンシャオグイ』

 

 周囲の空間から、無数の青白い鬼火が生まれ、それらは人の形をした呪詛の弾幕となって、一斉に私へと襲い掛かってきました。

 

(なるほど、邪仙の放つ弾幕は、これほど禍々しいのですね。記録しておきましょう)

 

 私は冷静に分析しながら、迫りくる弾幕の群れを、最小限の動きで捌いていきます。しかし、青娥さんの攻撃は、それだけでは終わりません。

 

 入魔『ゾウフォルゥモォ』

 

 弾幕の性質が、さらに変化しました。鬼火は、より高速で追尾性の高い、紅黒い光の矢となり、私の回避経路を完全に塞ぐかのように、縦横無尽に空間を飛び交います。

 

「どうかしら?避けられるものなら、避けてみなさいな!」

 

 楽しげな声とは裏腹に、その弾幕には、触れたものの魂魄ごと削り取るような、凶悪な呪いが込められているのが、肌で感じ取れました。

 

 物理的な攻撃は、効果が薄い。ならば――打ち消すのみ。

 

 神桃『意富加牟豆美命』

 

 私がその神の名を紡ぐと、私の前方の空間に、淡い桃色の光が満ち溢れました。それは、やがて一つの巨大な桃の幻影を形作ります。ただの幻ではありません。先ほど召喚した土雷神たちや黄泉の軍勢さえも退けた、神聖な破魔の力をこの場に呼び出します。

 

 ふわり、と。

 戦場には不釣り合いな、甘く清浄な香りが辺り一面に広がりました。縦横無尽に飛び交っていた紅黒い呪詛の矢が、その甘い香りに触れた途端、まるで陽光に晒された霧のように、消滅していきます。

 

(この隙ですね)

 

 呪詛の嵐が晴れた静寂の中、私は動きました。甘い浄化の香りが満ちる空間には、もはや私を遮るものは何もありません。石畳の上を滑るように距離を詰め、仙術による反撃の隙さえ与えず、一息に彼女の懐へと踏み込みました。

 

「お馬鹿さんね!私に近接戦を挑むなんて!」

 

 彼女は、私の接近を待ち構えていたかのように、仙術の力を凝縮させた掌底を、自信に満ちた表情で繰り出してきます。

 

 鋼鉄をも砕くであろう、その一撃。

 私は、それを紙一重でかわすと、すれ違いざまに、彼女の体に、そっと、触れました。

 

「外が硬いのなら、内側から回せばいい。ただ、それだけの話です」

 

「!?」

 

 私の手が触れた瞬間、青娥さんの表情が、初めて、驚愕と苦痛に歪みました。

 

「がっ…あ…!?な、にを…したの…私の、仙力が…!」

 

 彼女の体内で、生命と力の源として淀みなく循環していた「気」と「霊力」。私がやったのは、その流れを、強制的に、滅茶苦茶に、乱回転させただけです。

 どれほど頑強な肉体であろうと、内部からの破壊には耐えられません。力が逆流し、暴走し、彼女は、立っていることさえできずに、その場に膝から崩れ落ちました。

 

「貴女の力は確かに本物。ですが、その力の循環を止められれば、それはもはや、猛毒を抱えただけに過ぎません」

 

 私は、静かに手を離し、荒い息を繰り返す彼女を見下ろします。ちょうどその時、芳香を完全に沈黙させた霊夢が、こちらに合流しました。

 

「こっちは終わったわ…そいつも、もう大丈夫そうね」

 

「ええ、おそらくは」

 

 邪仙さんは、呼吸を整えながら、信じられないものを見る目で、私を見上げました。

 

「…あなた、一体、何者なの…」

 

 その瞳には、先ほどまでの余裕はなく、ただ、底知れないものへの畏怖だけが浮かんでいます。

 

「私は、幻想郷の賢者の一人…の手下です。私の名前よりも貴女の負けですよ」

 

 やがて、彼女は、ふっ、と自嘲するように笑うと、最後の力を振り絞り、何かを呟きました。

 

「…ええ、ええ、わかったわ。今回は…私の負け。このことは、必ず太子様にお伝えしますから…!」

 

 その言葉を最後に、彼女の姿が陽炎のように揺らぎ、次の瞬間には、跡形もなく消え失せていました。おそらくは、幻術を用いた戦略的撤退でしょう。

 

「逃げたか…まあいいわ。大物を叩けば済む話よ」

 

 霊夢が、忌々しそうに、しかし、前を向いて言います。

 

 私たちは、今度こそ、全ての障害が取り除かれた霊廟のさらに奥深くへと、決意を新たに足を踏み入れたのでした。

.




ここぞとばかりにオリスペカを出していくスタイル。…オリジナル考えるの難しいから、神様の名前を使えばいいじゃん!となりました。
次は外伝です、黄昏酒場の続きですね。かーなり重要な情報入れます。よく言う、物語の根幹に関わる情報ですね(言いたいだけ)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。