東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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次の回で、魔理沙探求編は終わりです。書いてて楽しかったよ。


第126季/夏 鈴奈庵with妖魔本大好き少女④(魔理沙視点)

「はぁ?お前もレイボについて、何も教えないつもりかよ!約束と違うじゃないか!」

 

 思わず声を荒らげた私に、レミリアは焦げ付いたドレスの裾を払いながら、やれやれといった風に肩をすくめてみせた。その顔色はまだ少し悪いが、吸血鬼の回復力か、あるいはただの強がりか、態度は既にいつものカリスマ然としたものに戻っている。

 

「わかってちょうだい。これでも最善の方法を取っているのよ。貴女が彼女の正体に近づきすぎると、必ずと言っていいほど、幻想郷の賢者たちが出張ってくるわ」

 

 賢者。

 

 その言葉に、私の脳裏に浮かぶのは、胡散臭い笑みを浮かべたスキマ妖怪の顔だ。八雲紫…あいつが出てくるような案件だっていうのか? どういう…いや、そういう事か。幻想郷のバランスに関わるような、重大な秘密が、レイボにはある。

 

「…あいつは、ただの家出少女や、迷い込んだ外来人じゃない。普通の人間じゃないってことか?」

 

 私の問いに、レミリアは「正解」とばかりに、くすりと唇の端を吊り上げた。その赤い瞳が、まるで全てを見通しているかのように、細められる。

 

「まぁ、詳しくは書物で調べなさいな。自分の足で掴んだ情報こそ、貴女の力になるでしょう? とはいえ、うちのパチュリーの図書館にはないわ。あの子は魔道書には詳しいけど、幻想郷の歴史、特に忘れられた人間の記録なんて専門外だから」

 

 話したりしているうちに、もう日が沈んだらしい。

 レミリアは執務室の窓枠に腰掛け、月明かりを背に受けながら、言葉を続けた。その姿は、まるで舞台役者のようだ。

 

「人間の里に行きなさい。そうね…稗田家はリスクが高いし、香霖堂は…いや、貸本屋…確か、名前は鈴奈庵だったかしら」

 

「鈴菜庵に…?」

 

「ええ。そして、先に言っておくわ。これは重要なことよ」

 

 レミリアは人差し指を立て、私の目をじっと見据える。

 

「探すのは、最新の文献じゃないわ。今、里で当たり前に読まれている歴史書や記録集には、彼女の痕跡は綺麗に消されているでしょうから。貴女が探すべきなのは、幾つか前のもの。忘れられ、埃を被り、誰も見向きもしなくなった古い古い書物。…そうね、例えば、何代か前の稗田家が残した記録とか、そのあたりかしら」

 

 レミリアは、意味深に微笑む。その言葉は、レイボという存在が、幻想郷の歴史の澱の中に、意図的に沈められた存在であることを示唆していた。

 

 幾つか前の稗田家か。とんでもなく古い話だぜ。

 御阿礼の子は代替わりする。その記録は、代替わりの度に整理され、編纂されるはずだ。だが、その過程で「消された」記録がある。つまり、レイボの存在は、幻想郷の公式な歴史から、意図的に抹消されたということだ。

 

「…ヒント、ありがたく受け取っておくぜ。借り一つ、だ」

 

 私はレミリアに背を向け、彼女が腰掛けていた窓枠に足をかけた。もう、この吸血鬼に用はない。

 

「あら、もう行くの? お茶ぐらい飲んでいけばいいのに」

 

「生憎、猫舌なんでな。それに、やるべきことができたんで、長居は無用だ」

 

 私は、にやりと笑って振り返る。

 

「次に会う時は、お前が隠した秘密、全部暴いてやるからな!」

 

「ふふ、無理だと思うけどね。とりあえずは楽しみにしてるわ」

 

 不敵に笑う吸血鬼の女王に見送られ、私は夜の闇へとその身を投じた。

 

 窓枠を蹴った瞬間に感じる、ふわりとした浮遊感。直後、箒がぐんと体を持ち上げ、紅魔館の尖塔をあっという間に追い越していく。ひんやりとした夜気が、レミリアとの弾幕ごっこで火照った肌を撫で、燃え上がった思考を心地よく冷ましていくのが分かった。

 

 眼下には、宝石箱をひっくり返したようにきらめく紅魔館の灯り。風がびゅう、と耳元で叫び声を上げる。私は箒の柄を強く握りしめ、ぐんぐんと高度を上げた。湿った土と草いきれの匂いを乗せた風が、私の髪を激しく後ろへとなびかせる。

 

(賢者が隠す秘密。歴史から消された存在…か)

 

 レミリアの言葉が、風の音に混じって頭の中で反響する。面倒なことに首を突っ込んじまった。それは確かだ。だが、それ以上に、私の魂が、魔法使いとしての本能が、歓喜に打ち震えていた。誰も知らない真実。忘れ去られた物語。それをこの手で暴けるのなら、どんな危険だってスパイスでしかない。私、霧雨魔理沙の探求心は誰かによって、止められるようなものではないのだ

 

「面白くなってきたじゃないか…!」

 

 思わず口の端が吊り上がるのを止められなかった。眼下に広がる湖は、まるで黒い海のようだ。その海を渡った先に、私の目指す港――人間の里の灯りが見えてくる。

 

 目的地は貸本屋、鈴奈庵。

 

 待ってろよ、レイボ。

 お前が誰だろうと、どんな秘密を抱えていようと、この霧雨魔理沙様が、必ず見つけ出してやるぜ!

 

 夜空に浮かぶ月が、まるで舞台のスポットライトのように、燦々と煌めいていた。それは、私の進むべき道を、まっすぐに照らし出しているかのようだった。

 

 

 

 

 

 普通に鈴奈庵は閉まってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 出鼻を挫かれた。鈴奈庵に行くのはまた今度にしようと思う。

 

 家に着き、ベットに飛び込み、ゆっくりと体を休める。咲夜とレミリアと言う強敵二人との弾幕ごっこは普通に疲れた。今日ばかりは、ご飯を作る気にもならない。いっそ、このまま、泥のように眠ってしまいたい。…ああ、里で何か、食べておけば良かったな。

 

「これ、ご飯はちゃんと食べろ。大きくならないぞ」

 

 眠りに就こうとした瞬間、懐の魔導書から声が聞こえてきた。師匠だ。その声は、いつも通り、厳しいものだったが、不思議と温かみがあった。

 

「とは言え、飯を作る気にもならないわ。師匠どうにかしてくれー」

 

…「ですわー」とは相当疲れてるな。よし、私に任せな」

 

 師匠のやけに頼もしい言葉に、私は、ベッドの上でうつ伏せになったまま、返事をする気力もなく、ただ、こくりと頷いた。すると、懐に忍ばせていた師匠の魔導書が、ひとりでに、ふわりと宙に浮かび上がる。

 

 そして、墨で塗りつぶされたかのような表紙から、まるで、染み出すかのように、黒い霧がもくもくと溢れ出てくる。霧は、やがて人の形を取った。その姿は、黒いマントを着ていて、レミリアよりも吸血鬼っぽい。

 

「そんなわけないだろ。いつもは青いマントだ」

 

 どうやら、心の声が漏れていたらしい。師匠は、呆れたようにそう言った。

 

「この間まではメイドにやらせてたんだが、いつのまにかどっか逃げちゃったからな。今日は特別に私が作ってやる。人間界の神(うそ)が直々に作ってやるんだ。残すんじゃないぞ」

 

「逃げたって…師匠、メイドがいたのか?」

 

 突っ込みどころが多すぎるが、いつものこと。私はスルーして話を続ける。神(うそ)とか、メイドがいたとか。いつものことだが、私は、一番、気になったことを、尋ねてみた。…レミリアも咲夜がいるし、やっぱり師匠は吸血鬼なのでは?

 

「昔の話だ。忘れろ。それに、私は悪霊だ」

 

 師匠は、それ以上は語る気がないらしく、散らかった台所に向かい、何かを探し始めたらしい。やがて、とんとんと、小気味良い包丁の音が聞こえてきた。そして、じゅー、という何かを炒める食欲をそそる音と、香ばしい匂い。

 

 いや、待て。音は聞こえるが、うちの台所にまともな食材などあっただろうか。大抵は、その辺で採ってきたキノコくらいのはずだが…。

 

 私が、不思議に思って、こっそり台所を覗き込むと、そこには、信じがたい光景が広がっていた。師匠は、宙に浮かんだまま、腕を組んで、そこにいるだけ。

 

 だというのに、彼女の周囲では、包丁が、まな板が、フライパンが、まるで意思を持った生き物のように、ひとりでに、踊るように動き、料理を作り上げていた。

 

(…本当に、何者なんだよ、師匠。それに魔法の無駄遣い感がすげぇー)

 

 やがて、ひとりでに動いていた調理器具が、ぴたり、と動きを止めると、宙に浮かんだお盆の上に食事が盛り付けられていった。そのお盆が、私の元へと、ふわりと飛んでくる。湯気の立つ、ほかほかの白米と、具沢山の味噌汁。そして、見るからに食欲をそそる、豚の生姜焼きが並べられていた。

 

「さあ、食え。そして、明日への英気を養うのだ」

 

 師匠の不器用だけど、妙に気づかいを感じられる言葉に、私は、思わず笑みがこぼれる。

 

「…サンキュ、師匠」

 

 私は、差し出された食事を、夢中で、頬張る。

 ああ、うまい。

 こんなにうまい飯は、久しぶりだぜ。

 空っぽだったはずの魔力が、腹の底から、満ちてくるのを感じた。

 

 腹が満たされれば、気力も湧いてくる。

 私は、決意を新たに、空になった食器を、机の上に置いた。皿を洗うにはまた今度にしよう。今はとにかく、睡眠!

 

「よし!ありがとうな、師匠。お腹いっぱいだぜ!」

 

 そう言うと共に、布団に入り込んだ私に向かって、師匠が言う。

 

「それはよかった。寝る前に風呂に、歯磨き、皿洗い、諸々の家事は忘れずにな」

 

 なんとも締まらない夜だった。

 

 

 翌日。

 私は、いつになく早い時間に目を覚ました。師匠の作ってくれた飯のおかげか、昨日までの疲労は、嘘のように消え去っている。私は、箒にまたがると、一直線に、人間の里へと向かった。

 

 目的地は、貸本屋「鈴奈庵」。

 里にあるこぢんまりとした、しかし、どこか歴史を感じさせる佇まいの店だ。もちろん、昨日閉まっていた引き戸は、今日は開いている。

 

「おーい、小鈴いるか―?」

 

 私がそう声をかけると、店の奥から、ぱたぱたと、軽やかな足音が聞こえてきた。

 

「はーい!いらっしゃいませ!」

 

 顔を出したのは、この店の看板娘、本居小鈴。普通の女の子だ。

 

「よう、小鈴。今日は、客として来たぜ」

 

「おや、魔理沙さん!お店に来るなんて珍しいですね!何か求めの品でも?

 

「あぁ、今日はそう…何と言うか、こう…歴史書みたいなものを探しに来たんだぜ」

 

「歴史書、ですか?」

 

 意外な言葉だったのか、小鈴はきょとんと目を丸くした。

 

「ああ。幻想郷の歴史みたいなやつだ。知り合いにここをお勧めされたのだが…」

 

 小鈴は首を捻り、何かと考え始めた。

 

「そうですね、幻想郷に歴史は無いんですよ。長い年月を生きる当事者…まぁ、要するに妖怪たちが歴史を歪ませてしまいますから」

 

「へぇ、詳しいな」

 

 思わず感心した声が出た。貸本屋の娘が言うには、随分と本質を突いた言葉だ。妖怪が歴史を歪ませる。まさに、レミリアが言っていたことと繋がる。

 

「ええ、私の師匠に教えてもらいましたから!」

 

 小鈴は、えへん、と少しだけ得意げに胸を張った。

 

(…師匠?)

 

 また師匠か。私の師匠も大概だが、この娘にも師匠がいるとはな。一体、どこの誰だか。お勧めの本を紹介し合っているのだろうか?

 

「なるほどな。じゃあ、私が探してるのはここにはないか?何世代か前の稗田家の記録みたいなのを探してるのだが…」

 

 私の言葉に、小鈴の目がキラリと輝いた。本の虫の好奇心に火が点いたらしい。

 

「何代か前の稗田家の記録ですか…原書は稗田家の倉に…!!!いえ!!うちにも何冊かありますよ!」

 

 小鈴は興奮した様子で、私を手招きする。

 

「こっちです! お店の奥の蔵に、まだ整理できていない古い書物がたくさんあるんですよ。もしかしたら、その中に…!」

 

 案内されたのは、店の裏手にある薄暗い蔵だった。埃と古い紙の匂いが混じった、独特の空気が鼻をつく。そこには、天井まで届きそうな本棚が所狭しと並んでいる。床にも読み終えられたのか、あるいはまだ整理されていないのか、本の山がいくつもできていた。

 

「うわっ、埃っぽいな…。小鈴、本当にこの奥にあるのか?」

 

「ありますって! たぶんですけど…ふふ、それにしてもここ、初めて入りました。いつもは禁止されてるんですけど、お客様が言うならしょうがないですね。うーん、私の勘があっちだと言ってます!」

 

 小鈴の「こっちですよー」と私に呼びかける。そして、私と小鈴は、鈴奈庵の薄暗い倉庫の奥で、積まれた古い書物の山を漁り始めた。ランプの灯りが、無数の埃をきらきらと宙に舞わせている。

 

「うわ…こりゃまた、すごい量だな」

 

「ええと、古いものですよね。おそらく、こちらの棚全てが百年前のものですかね」

 

 小鈴は慣れた様子で脚立を運び、一つの棚を指さした。二人で手分けして、古びた書物を一冊一冊手に取っていく。だが、どれもこれも違う。ただの日記だったり、妖怪の絵物語だったり、なかなか目的のものは見つからない。

 

「うーん…」

 

 どの本を探してもレイボの文字は見当たらない。レミリアの言っていた事は本当だったのか?

 

 陽が傾き始めた頃、私が棚の最上段の、そのまた奥に手を伸ばした時、指先に固い背表紙が触れた。引きずり出してみると、それは他の本とは明らかに違う、黒い革で装丁された分厚い書物だった。積もった埃を手で払うと、色褪せた金文字が見えた。

 

『幻想郷縁起 第八改訂版』

 

 幻想郷縁起。稗田家が何代も書き連ねているものだ。第八…と言う事は阿求の一つ前の代のものだろう。私たちが出たものの一個前のやつだな。

 

 本を開き、目次を確認する。

 

 ・妖怪図鑑

 

 ・英雄伝

 

 ・危険地区案内

 

 ・未解決資料

 

 ・独白

 

 私の目は、自然と「英雄伝」の三文字に引き寄せられた。歴史から意図的に消された存在。それが、ただの妖怪や人間であるはずがない。きっと何か大きなことを成した、英雄だったに違いない。

 

 英雄伝に向けて、震える指で、ページを捲る。一枚、また一枚と、歴史の層を剥がしていくかのように。私の知らない逸る気持ちを抑え、私は食い入るように、その頁に並んだ名前の列を目で追っていく。

 

 そして、ついに。私の目は、ある一点で、ぴたりと、止まった。

 

「!!!!あったぞ!小鈴!!!」

 

 私の叫び声に、小鈴がびくりと肩を震わせる。

 

「ほ、本当ですか魔理沙さん!?」

 

「ああ! 見ろよ、ここに…『霊暮』って書いてある!」

 

 そこには私が追い求めていたレイボこと、霊暮の文字が見えた。間違いない、この名前だ。

 さて、苗字は…

 

 私は、ごくりと息を飲み、その二文字の左隣へと、ゆっくりと視線をスライドさせた。

 そこに書かれていたのは、幻想郷において、他のどんな名前よりも重く、そして神聖な意味を持つ、二つの漢字。

 

「博麗!?!?」

 

 小鈴も、信じられないといった様子で、私の手元にある本を覗き込む。彼女の瞳が、驚きに見開かれていた。

 




稗田家は夕雲について隠しているという点については(賢者たちと)グルです。

幻想郷縁起、120年から160年ぐらいの周期らしいですので、先々代ならギリ入りますかね?原作の先代が時系列まとめるとおかしくて…なんなのあの人

もし、読みたいならどの異変が読みたい?

  • 赫灼異変
  • 終わらない酒宴
  • 独月異変
  • 永昏異変
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