東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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自分の脳内でまとめるのは流石に無理が出てきたので、ようやく資料っぽいのを作り始めました。百話記念もこれの廉価版にしよ


第126季/夏 博麗神社with独り百万鬼夜行(魔理沙視点)

 霊暮のページを端から端まで舐めるように読み尽くす。

 どれくらいの時間、そうしていただろうか。

 蔵の中の濃密な静寂を破ったのは、私の腹の虫の音だった。ぐぅ、と情けない音が響き渡り、それで私たち二人とも、ようやく呪縛から解き放たれたようにハッとする。

 

「…と、とりあえず、だ。小鈴、この本、借りてってもいいか?」

 

 我に帰った私は、すぐさま本を自分のものにしようと手を伸ばす。こんなとんでもない代物、一刻も早く自分の工房でじっくりと読み解きたい。

 

 だが、その私の手は、小鈴によってやんわりと、しかし力強く制された。

 

「だ、駄目です! 魔理沙さん!」

 

「なんでだよ! 私が見つけたんだぜ!?」

 

「見つけたのはそうかもしれませんが、これは鈴奈庵の蔵書です! それに…」

 

 小鈴は専門家の目で、その黒い革表紙の本をじっと見つめる。

 

「見てください、この装丁の傷み具合。ページの端も脆くなっていますし、綴じ糸も緩んでいます。こんな状態で外に持ち出したら、それこそバラバラになってしまいます!」

 

 本の虫の顔から、一人の貸本屋の娘の顔へ。彼女の言うことは、もっともだった。悔しいが、反論できない。

 

「じゃあどうするんだよ! 私は今すぐこれが読みたいんだ!」

 

「ですから、私がこれから補修します! 大丈夫、ちゃんと読めるようにしてあげますから!」

 

 小鈴はきっぱりと言い放った。その瞳には、本に対する強い愛情と使命感が宿っている。

 

「補修って…時間がかかるだろ」

 

「ええ、かかります。…なので」

 

 小鈴はそこで一旦言葉を区切り、私の目をじっと見つめて、悪戯っぽく笑った。

 

「私が補修しながら、先に読ませていただきます!」

 

「そりゃないぜ!」

 

「だって仕方ないじゃないですか! それに、こんなに面白そうな本、私だって読みたいです! …大丈夫ですよ。ちゃんと読めるようにして、全部読み終わったら、一番に魔理沙さんにお貸ししますから。約束します」

 

 そう言って小指を差し出す小鈴に、私はぐぬぬ…と唸ることしかできなかった。確かに、この本を一番安全に、かつ確実に読めるようにしてくれるのは、目の前の本の専門家だ。しぶしぶ、といった体で私は彼女の小指に自分の指を絡める。

 

「…約束だからな。絶対だぞ」

 

「はい!」

 

 満面の笑みを浮かべる小鈴に本を託し、私は蔵を出た。外に出ると、傾きかけた太陽の光が目に眩しい。すっかり昼時を過ぎている。

 

 腹は減ったし、頭の中は『博麗 霊暮』のことでぐちゃぐちゃだ。

 こんな時、行く場所なんて一つしかない。

 

 私は箒にまたがると、一直線に空を目指した。思考を整理するにも、情報を共有するにも、アイツの顔を見て話すのが一番だ。

 

 

 博麗神社の縁側は、今日も平和そのものだった。

 私が勢いよく境内に降り立つと、巫女服の楽園の素敵な巫女様は箒を持って、境内を掃除していた。

 

「よぉ、霊夢。今日も暇そうだな!」

 

「あら、私が暇なのは良い事よ。幻想郷が平和だってことだしね」

 

 霊夢は掃き集めた埃をちりとりに収めると、箒を片付けながらじろりと私を一瞥した。

 

「まぁ、その平和もなくなりそうな気がするけど…。あんたがそういう顔で来る時は、大抵ろくなことじゃないもの。で、今日は何をしに来たの? 面倒事はごめんよ?」

 

「ま、それもあるが、まずは腹ごしらえだ! 昼飯、まだだろ? 何か食わせてくれ!」

 

「はぁ…。私、あんたを養うために巫女やってるんじゃないんだけど」

 

 文句を言いながらも、霊夢は立ち上がって台所の方へ向かう。なんだかんだで世話を焼いてくれるのが、こいつのいいところだ。やがて、ありあわせの漬物と、ほかほかの白米に味噌汁という、質素だが美味い昼食が縁側に並んだ。

 

「…で、本題は?」

 

 お茶碗を片手に、霊夢が促す。縁側を吹き抜ける風が、神社の風鈴をちりん、と鳴らした。私は白米を頬張り、一度ごくりと飲み込んでから、箸を置き、少し真面目な顔つきで切り出した。

 

「ああ。霊夢、以前の博麗の巫女の話だ」

 

「は?以前の?」

 

 きょとん、と霊夢が目を丸くする。予想外の言葉だったのか、その顔には「何よ藪から棒に」と書いてあった。

 

「鈴奈庵で、私たちの一個前の幻想郷縁起を見つけたんだ。そこに、お前の知らないだろう博麗の巫女の名前が載ってた」

 

 博麗の巫女の名前は何故だが知らないが、誰も覚えていない。私も少し交流があったはずだが、先代の博麗の巫女の名前も、姿形でさえも思い出すことが出来ない。

 

 霖之助曰く、「先代は巫女としか呼ばれていなかったのだ。名前も忘れてしまった」とのこと。あいつは物持ちも記憶力も良い方だっていうのに。

 

 まるで、幻想郷そのものが「博麗の巫女に個人名は必要ない」とでも言っているかのようだ。先代は「博麗の巫女」という役割に徹し、その役目を終えた瞬間、個人としての全てが世界から綺麗に漂白されてしまった。そんな気味の悪い感覚だけが、思い出そうとする私の頭の中に残っている。

 

 私の言葉に、霊夢の興味なさげだった表情がわずかに変わる。「博麗」という単語に、無意識に反応したのだろう。

 

「…へぇ、面白いじゃない。なんて名前よ」

 

 普段の気だるげな様子とは違う、静かで、少しだけ低い声。私は味噌汁を一口すすって喉を潤してから、はっきりと告げた。

 

「『博麗 霊暮』。…結構やんちゃな巫女だったみたいだな」

 

 その名前を口にした瞬間、縁側の空気が変わった気がした。

 霊夢の動きが、ぴたりと止まる。手に持っていた湯呑みの中で、お茶が微かに揺れた。そして、何か遠い記憶の糸を手繰り寄せるように、ふっと眉をひそめる。

 

「…レイボ(霊暮)…? 同名ってわけじゃなさそうね」

 

 その呟きは、ほとんど独り言のようだった。だが、私にははっきりと聞こえた。

 

「! お前も知っているのか!?」

 

 まさか霊夢が知っているとは思わず、私は思わず身を乗り出す。霊夢は私の勢いに少し驚いたように肩をすくめると、湯呑みを縁側に置いた。

 

「ええ、この間の異変で助けられたわ。ほら、神霊廟の連中が起こした、あの面倒な異変よ」

 

 霊廟の異変。本当に最近起きたらしい異変だ。私はレイボをとっちめるための魔法の開発で、異変解決には乗り出せなかったが…あいつ、そんなところでも首を突っ込んでいたとは

 

「あいつ…紅魔館のメイド以外にそんな仕事もしていたのか」

 

 確かにメイド長である咲夜も何度か異変解決しているし、不思議な話ではない。そんな、私が知っている情報をぽろりと口にすると、今度は霊夢が首をかしげた。

 

「えっ? メイド? …違うわよ。私は紫の手下だって聞いたけど。服はいたって普通の服だったわ」

 

 八雲紫。

 

 その名が出た瞬間、私の眉がぴくりと動く。レミリアは「賢者たちが出張ってくる」と言っていた。少なくとも霊暮と賢者たちの間に何かしらの関りがあるのは確かだ。

 

 一方、霊夢もまた、私の言った「メイド」という言葉が信じられないといった顔で、目を細めている。元であっても、博麗の巫女が吸血鬼の館で下働き? 冷静に考えれば、あり得ない話だ。だが、私は確かに紅魔館であいつに会った。

 

 空気が一瞬で張り詰まる。遠くで鳴いていた蝉の声が、やけに大きく聞こえた。

 

 お互いが、相手の言っていることが理解できない。自分の知っている情報こそが真実で、相手が何か勘違いをしているのではないか。そんな探るような視線が、縁側の上で無言のまま交差する。

 

「「はぁ?」」

 

 私たちの声が、神社の静かな境内に、綺麗に響き渡った。

 

◆◆◆

 

 気まずい沈黙が縁側に落ちる。

 

 霊夢は疑うような目で私を見て、私は訳が分からないという顔で霊夢を見つめ返す。紅魔館のメイド。賢者の手下。そして先々代の博麗の巫女。三つの相容れない情報が、夏の気怠い空気の中で混沌と混ざり合う。

 

「いや、だって私は確かに紅魔館で会ったんだぞ。あいつは、メイド服を着てた。…いや、まぁ、レミリアと咲夜は『そんな人は紅魔館で一度も雇ったことがない』って言っていたが…」

 

「私は紫の使いだって聞いたわよ。あいつがしてるような前掛けの黒色のやつを着てて、橙色の服だったわ」

 

 私たちが互いの記憶の食い違いを必死にすり合わせようとした、その時。どこからともなく、ふわりと酒の匂いを含んだ黒い霧が私たちの足元に纏わりつくように現れた。

 

「なっ…!?」

 

「この気配…萃香!?」

 

 霊夢の言う通り、霧は意思を持つかのように一つの場所に集まり、徐々に人の形を成していく。現れたのは二本の大きな角を生やした小さな鬼、伊吹萃香だった。彼女は大きな瓢箪を片手に、にやにやと実に楽しそうな顔でこちらを見ている。

 

「よう、二人とも。何やら面白い話をしてるじゃないか」

 

「萃香! あんた、どこから湧いてきたのよ!」

 

「んー? その辺から?」

 

 萃香は「まぁ、どこからだっていいじゃないか」とけらけらと笑い、縁側にどかりと腰を下ろした。

 

「それよりさっき聞こえたよ、『霊暮』ってな。もしかしてあんたたち、あいつの話をしてたのかい?」

 

 私と霊夢は顔を見合わせる。

 

「萃香、あんた、霊暮を知ってるのか!?」

 

 私が身を乗り出すように尋ねると、萃香はきょとんとした顔でこちらを見返した。

 

「知ってるも何も、私はあいつと一番仲がいいと自負してる。最高の飲み仲間だからな」

 

「「はぁ!?」」

 

 飲み仲間? あの妙に落ち着き払った得体のしれない女が、この底なしの酒飲み鬼と? 信じられない。人は見かけによらないものだな。…あぁ、ある鬼ってこいつの事か。

 

「嘘でしょ!? あんたが一番嫌いそうなやつじゃない!ほら、あんた、胡散臭くて何を考えてるか分からないような奴嫌いでしょ?」

 

「いや、違うだろ霊夢! あいつはただのドジなやつだ! 私が戦った時も結構慌ててたし…」

 

 私と霊夢の食い違う人物評に、今度は萃香が心底不思議そうな顔をした。

 

「…何言ってんだか。確かに力は馬鹿みたいに強いけど、酒にはもっと強い、面白い飲み仲間だよ。よく天狗から酒をふんだくったりしてたなー。それに、正直者だ」

 

 面白い酒仲間。

 私たちの頭に、三つ目の全く新しい「霊暮」像が浮かび上がった。

 そして三つの像は、どれ一つとして重なることがない。

 

 メイド。

 賢者の使い。

 先々代巫女。

 そして、鬼の飲み仲間。

 

 一体どれがあいつの本当の顔なんだ?

 私と霊夢はただ呆然と見つめ合うことしかできず、萃香は瓢箪を傾けながら、不思議そうな顔をしている。けたたましい蝉の声だけが、深まっていく謎を掻き立てるようにやかましく響いている。

 

 話が進まないと感じたのか、それとも自分が喋りたかっただけなのか、萃香が口を開いた。

 

「しょうがないな、私がアイツの話をしてやろう。今でこそお役所働きみたいだが、昔は結構やんちゃでなぁ。闇の太陽とやらを一緒に倒したり、いつの間にか幻想郷に潜り込んだ自称妖怪の総大将とやらと戦ったりもした」

 

 お役所働き…幻想郷の運営…さっき霊夢が言っていた紫の手下ということか?少なくともメイド暮らしではなさそうだ。

 

「まあ、今は随分と丸くなっちまったがな。昔はもっとこう…ギラギラしてた。自分の気に入らないものを見つけては片っ端から首を突っ込んで引っ掻き回し、満足そうに笑ってるような、とんでもない奴だった」

 

「まあ、アイツが死んじまってからは、あんまり会えてないけどね」

 

 そのあまりに突拍子もない一言に、夏の空気が凍りついた。縁側を撫でていた生温い風が止み、やかましい蝉の声だけが耳に突き刺さる。

 

「「待って!!!!」」

 

 私と霊夢の絶叫にも似た声が綺麗に響く。

 

「ん? どうしたぁ?」

 

 萃香は私たちがなぜそれほど動揺しているのか全く理解できない様子で、大きな瓢箪からぐいっと酒を呷った。

 

「霊暮が死んだって話だよ!」

 

 私が身を乗り出して叫ぶが、萃香は顔を赤らめたまま続ける。

 

「霊暮は巫女とはいえ普通の人間だ。そう百数年も生きてられるわけないだろ」

 

「いや、それはそうだが…ほら、私たち魔法使いの捨虫の魔法みたいな方法で長生きしてるとか…」 

 

「そうよ! あいつ、自分の事をしがない人間って言ってたけど、雰囲気は永遠亭の連中みたいだったわ。あんたが言う百数年って話にも妙に現実味が出てくるじゃない」

 

 霊夢の指摘に、萃香はぴたりと瓢箪から口を離した。酔いで潤んでいたはずの瞳が、すっと真剣な光を宿す。

 

「…いや、あいつは確かに人間だった。そして、確かに死んだんだ」

 

揺るぎない、確信に満ちた言葉。私と霊夢はもはや何も言えなかった。

 

「だって私自身が、この手で看取ったんだからな」

 

 萃香はけらけらと笑う。だがその声色は、どこか寂しげに響いた。あまりに衝撃的な告白に、私と霊夢はただ呆然と立ち尽くす。

 

「百数年前の冬の日だったかな。あいつは結構無茶する奴でね。さっき言った黒い太陽、それを倒せばいいのに、わざわざ新しい名前を与えて、封印してね。その結果、魂が傷つき、力を失い、命の灯火が吹き消えた」

 

 淡々と語られる真実。私の知るドジな新人メイドの姿とも、霊夢の知る胡散臭い支援者の姿とも重ならず、幻想郷絵巻に描かれた傲岸不遜な巫女の姿だけが重なる。

 

「…じゃあ」霊夢がか細い声で呟く。「今いるあいつは…一体、なんなのよ…」

 

「さあな」萃香は瓢箪の酒をぐいっと呷った。

 

「私の知ってる『霊暮』は、とっくの昔に死んでこの神社からいなくなった。今いるそのレイボやらが何者かなんて、当の本人に直接聞いてみるのが一番早いんじゃないかい?」

 

 その言葉に、私と霊夢は再び顔を見合わせる。

 メイド。

 賢者の使い。

 先々代博麗の巫女

 鬼の飲み仲間。

 そして、百数年前に死んだはずの人間。

 

 謎は深まるどころか混沌とし、私たちの頭の中をかき混ぜていく。

 

「…とにかく、だ」私は混乱する頭をなんとか整理して切り出した。

 

「あいつが、ただのメイドでもただの使いっ走りでもない、とんでもない奴だってことだけは分かったぜ」

 

「ええ、そうみたいね」

 

 霊夢もどこか遠い目をして頷いた。

 

「面白いじゃないか」

 

 私はにやりと口の端を吊り上げる。

 

「ますます、あいつの正体が知りたくなってきたぜ!」

 

 私の魔法使いとしての純粋な探求心に、霊夢はやれやれと肩をすくめ、そして萃香は実に楽しそうに笑った。

 

 けたたましい蝉の声が、これから始まる新たな冒険を祝福するかのように、いつまでもやかましく響いていた。

 

 

 

「そういや、霊夢。博麗神社の祭神ってなんなんだ?」「…私も知らないわよ。一応、それっぽい名前はあるんだけど、神話に記述がないから、ありゃデマね」

 

 

 

 

 




「大丈夫かな、これ」と思いながら、先の展望に思いを馳せている作者。

魔理沙が考える先代の話は今までの賢者の「博麗の巫女はシステムであってはならない」という考えと矛盾するように思えますが…先代だけは特別です。



もし、読みたいならどの異変が読みたい?

  • 赫灼異変
  • 終わらない酒宴
  • 独月異変
  • 永昏異変
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