東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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薄い内容なので、読み飛ばしても大丈夫です。


死が無い蓬莱人のある一日。

 竹林の朝は、いつも同じだ。

 

 差し込む木漏れ日で目を覚まし、まずは小屋の外に出してある漬物樽の様子を見る。きゅうりが、ちょうどいい塩梅に浸かっていた。ポリ、と一本かじりながら、今日の予定を考える。

 

 …と言っても、やる事なんて、いつもと変わり映えしないが。

 

 適当に時間を潰した後、昼過ぎからは、竹林の見回りも兼ねて、食料の確保に出向く。つまるところ、狩りとなんか食べれそうな物の採取だ。

 

「…うぅ…ひっく…」

 

 歩いていると、この場には不似合いな子供の泣き声が聞こえた。…ったく、面倒な。私は音のした方へ向かう。そこには案の定、人里の子供が一人迷子になって座り込んでいた。確か、慧音の寺子屋で見たことがあるような気がする。となると、尚更放っておかない。

 

「おい。こんな場所で何してる。さっさと帰らないと、妖怪に食べられるぞ!」

 

「ひっ!で、出たー!」

 

 私の真っ白な髪の毛を見て驚いたのか、子供は走って逃げようとするが、襟首を掴んで捕まえる。…慧音や夕雲は私の髪を綺麗だと言ってくれるが、やはり怖い物なのだろうか?山姥にでも見えるのかねぇ。

 

「安心しろ、別に食いやしねぇよ…里は、こっちだ。ついてきな」

 

 私はそう言って、先に立って歩き出すと、子供はおずおずと、私の後をついてきた。

 

 どうやら、今日の狩りはもうおしまいみたいだ。この子を里に送るついでに、なんか買い物でもするかねぇ。予定にはなかったが、慧音にも顔を出しておこう。

 

「ねぇ、お姉ちゃん」

 

「ん?なんだ?」

 

 次の予定を考えながら歩いていると、子供から声をかけられる。

 

「……いや、なんでもないよ」

 

「?そうか、ならいいんだが…そういや、なんで迷いの竹林なんていたんだ?大人や慧音に注意されてないのか?」

 

 私の問いに、子供は俯いてしまった。歩きながらだと話しにくいのかと思い、私も一度足を止める。

 

「………寺子屋の友達と、肝試し、しようって……」

 

「肝試し?」

 

「竹林の奥には、火を吹く鳥がいるって……それを見たら、良い事が起こるって……」

 

 消え入りそうな声で、子供がぽつりぽつりと事情を話す。火を吹く鳥、ねぇ。そりゃあ、私のことを指しているんだろうが、生憎と他人の運気を上げる方法なんて知らない…にしても、どこからそんな噂が?

 

「…はぁ。馬鹿馬鹿しい。そんな噂を信じたのか」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

「別に私に謝ることじゃねぇだろ。…大方、他の奴らは怖くなって逃げ帰って、お前一人だけが残ったってところか」

 

 図星だったらしく、子供はさらに小さくなる。

 

「…ったく。慧音に言いつけて、説教してもらわねぇとな」

 

「うぅ…それだけは…」

 

 子供が泣きそうな顔で私を見上げる。さっきまで私をあんなに怖がっていたくせに、現金なものだ。

 

「まぁ、今日のところは勘弁してやる」

 

「ほんと!?」

 

「ああ。ただし、二度とこんな無茶はするな。いいな?」

 

 そう言って、私は子供の頭をガシガシと撫でる。

 

「うん!わかった!」

 

 さっきまでの怯えはどこへやら、子供は元気よく返事をした。

 

 そうこうしているうちに、鬱蒼としていた竹林が途切れ、見慣れた人里の入り口が見えてきた。

 

「ほら、着いたぞ。さっさと帰れ」

 

 私がそう言うと、子供は、さっきまでの怯えが嘘のように、満面の笑みで、私の服の裾をぎゅっと掴んだ。

 

「お姉ちゃん、ありがとう!」 「…!」

 

 子供は何故か向日葵みたいな笑顔で、私を見上げてくる。やけにキラキラした目はまるで星のように輝いている。

 

「お姉ちゃん、強くて、かっこいいね!それに可愛い!みんなの言う通りだった!」

 

(……ん?)

 

 私が…可愛い?それに、みんなの言う通り?

 

「…おい、ちょっと待っ『じゃあねー!妹紅お姉ちゃん!』…なんだよ」

 

 私が疑問を呈する前に、子供は走り去ってしまった。…しかも、私の名前知ってるのかよ。慧音から聞いたりでもしたのか?

 

 微かな疑問を胸に残しながら、私は人間の里に入った。気を取り直して、食料を買っていると、そこでも奇妙な出来事は続いた。

 

「おや、妹紅さん!今日は、良い肉が入ってますよ!これ、おまけね!」

 

「あら、妹紅ちゃん。大根、一本、持ってきな!サービスだよ!」

 

「…どうも」

 

 何なんだ、こいつら。 いつもは、遠巻きにヒソヒソと噂話をするだけの連中が、今日はやけに馴れ馴れしい。それに、私を見る目がどこか、こう…温かい。気味が悪い。鳥肌が立ってきた。

 

 私は、早々に、買い物を済ませると、この訳の分からない違和感の正体を突き止めるべく、一番、落ち着く場所…慧音の寺子屋へと向かった。だが、そこでも異常事態は続いた。

 

「あ!妹紅だ!」

「妹紅、遊んでー!」

「お酒好きなのー!妹紅!」

 

「ちょっ…なんだ、お前ら!離れろ!」

 

 寺子屋に近づくと、その周辺で遊んでいる子供たちに群がられた。手を振って、追い払おうとするが、子どもは、私のそんな威嚇などどこ吹く風。

 

「ねえねえ、妹紅は、なんで髪が白いのー?」

「お酒、美味しいの?私にも飲ませてー!」

「わー!妹紅だー!」

 

 このままでは窒息して、慧音の行くところではなくなってしまう。そう思った私は、子供たちの群れを強引に突き抜け、寺子屋の中へと逃げ込む。

 

「慧音!何なんだ、外の子どもは!それに、里の連中も今日はなんだかおかしいぞ!」

 

 私がそう言うと、部屋の奥で、何か書き物をしていた慧音が、びくりと肩を震わせた。

 

「…ああ、妹紅か。いや、今日は、その…天気が、良いからな」

 

 慧音は、絶対に私と目が合ったはずなのに、ぷい、とあからさまに気まずそうに、顔をそむける。

 

 …何か知ってるな。

 

 私は、慧音の顔を覗き込み、綺麗な瞳をじっと見つめる。目を逸らされる。逸らした方向に顔を移し、また見つめる。そんなことを数回続けていると、慧音は観念したかのような顔をして、言葉を続けた。

 

「すまない、この事態を起こしたのは私が弱いからだ」

 

「…どう言うことだ?」

 

 私が再度問い詰めると、慧音は、うっと言葉に詰まり、視線を泳がせた。弱い?寺子屋の教師であり、里の守護者でもある芯の通ったお前が? 何の話をしているんだ。

 

「まぁ、いい。話せるようになったら、話してくれるか」

 

「すまない、迷惑をかけるな」

 

「とりあえず、害は無いからからな」

 

 とは言え、このモヤモヤは消えない。 里の連中も、子供たちも、慧音も、全員が何か私に隠し事をしている。このじっとりとした気味の悪い空気。イライラするし、むしゃくしゃする。

 

 私は慧音に背を向け、寺子屋を飛び出した。 一度、自分の小屋に戻り、里で買った食料を乱暴に床へ置く。だが、このままじっとしていられるほど、私の頭は冷えていなかった。

 

 …こうなったら、行く場所は一つしかない。 私は、小屋を飛び出し、再び竹林を駆け抜けた。

 

「輝夜ァ!!!」

 

 この訳の分からない鬱憤は、あの忌々しい天敵を派手にぶっ飛ばして晴らすことにした。

 

 

 永遠亭への道は私の怒りを燃料にするかのようにあっという間だった。 竹林を抜け、巨大な屋敷の門を私はもはや叩くこともせず蹴り開ける。

 

「輝夜!殺し合いの時間だぞ!」

 

 私の怒号とも言える宣戦布告に、屋敷の奥からくすくすと間の抜けた笑い声が聞こえてきた。

 

「相変わらず威勢がいいわね、妹紅。良いわ、相手にしてあげる」

 

 縁側に月の姫、蓬莱山輝夜が優雅に姿を現した。だが、今日のあいつはいつもと様子が違った。私の剥き出しの殺気を受けても、いつものように涼しい顔で受け流すのではなく、扇子で口元を隠し、必死に笑いを堪えているのだ。その肩がぷるぷると震えている。

 

「…何がおかしい」

 

「い、いえ…?別に…?ただ、ふふ、今日の貴女はなんだか、とても『可愛い』と思ってね」

 

 その忌々しき言葉。子供たちに言われるなら困惑するだけだが、こいつに言われるとすごいムカつく。

 

「…てめえ」

 

 私の怒りの導火線が音を立てて燃え尽きた。

 

「ふざけるのも大概にしろよ!」

 

 私は炎を纏った拳を、輝夜のその笑いを堪えている顔面に叩き込んだ。 だが輝夜はそれをひらり、とまるで舞でも舞うかのようにかわしてみせる。

 

「あははは!待ちなさいよ、妹紅!そんなに怒らないで!今日は貴女に、見せたいものがあるから」

 

「うるさい!今日という今日はそのふざけた顔が元に戻らなくなるまで殴ってやる!」

 

 私の猛攻はしかし、その全てが空を切る。 輝夜は本気で戦おうとしない。ただひたすらに避け、そして腹を抱えて笑い転げている。

 

「ひぃっ…!だ、駄目…!面白すぎる…!これ、これよ!」

 

 輝夜はそう言うと懐から一枚のくしゃくしゃになった紙を、私に投げつけてきた。 見覚えのあるあの天狗の新聞。 私はその紙を乱暴に掴み取った。

 

 そして、その一面に躍る見出しを見た。

 

『――不死鳥の素顔に迫る!酒に酔い、友人に担ぎ込まれた無防備な寝顔!』

 

 その下には一枚の大きな写真。私が慧音の家でぐっすり寝ていた時の写真。…それは、あの日、慧音の家で、酒に酔って、ぐっすりと眠りこけている私の姿だった。 担ぎ込まれている写真ではない。だが、それ以上に屈辱的だ。布団をかけられ、何の警戒心もなく、だらしのない顔で、実に気持ちよさそうに眠っている。

 

 だが、地獄はそれだけじゃなかった。 私の目が、その写真の横にある特集記事の見出しを捉える。

 

『独占インタビュー!謎の知人「Y氏」が語る、不死鳥の「可愛らしい」素顔とは?』

 

「…は?」

 

 思考が止まった。それでも、脳みそが勝手に、その記事本文へと視線を落とす。

 

『…今回、我々は、妹紅を古くから知るという謎の人物、Y氏(仮名)との接触に成功した。

 Y氏曰く、「彼女は、普段はぶっきらぼうに振舞っていますが…」と前置きした上で、こう語ってくれた。

「本当は寂しがり屋ですし、良い子なんですよ。永遠亭に病人を送り届けたり、竹林で護衛してもらった事がある里の人間も多いんじゃ無いですかね?まぁ、怖がらないであげてください。結構、可愛いところもあるんですよ」

 一体、彼女のどのようなところが…』

 

 そこまで読んだところで、新聞を燃やし尽くす。

 

「…………」

 

 思考が止まる。いや、止まっていたのはほんの一瞬で、次の瞬間には、沸騰するような怒りと、それ以上に顔が燃え上がりそうなほどの羞恥が全身を駆け巡った。

 

(な、な、な…!)

 

 「Y氏」だぁ?絶対に夕雲だろ!あいつ、天狗に何をベラベラと喋ってやがる! しかも何だこの記事は!「寂しがり屋」?「良い子」?「可愛いところもある」?

 

「ふざけんなァァァ!!」

 

「あはははは!ひぃっ、お腹痛い…!」

 

 私の絶叫と同時に、輝夜の堪えきれない笑いが屋敷中に響き渡る。腹を抱えて蹲る姿は、いつもの優雅さなど欠片もない。

 

「そ、そんなに怒らなくても…!い、いや、怒ってる顔もまた、記事の通り『可愛い』わね…!くくっ!」

 

 「可愛い」だと? その言葉の連呼と、私の羞恥を心の底から楽しんでいる輝夜の態度に、脳の血管が何本かブチ切れる音がした。

 

(コイツ…!まずはお前からだ!)

 

「笑ってんじゃねえよ!輝夜ァ!」

 

 私は炎を最大に纏った拳を叩き込む。

 

「あはは!無理よ、妹紅!だって面白すぎるもの!貴女の寝顔、傑作だったわよ!あの天狗、良い仕事するじゃな…」

 

 輝夜はいつものように、私を嘲笑しながらひらりとかわそうとする。だが、笑いすぎたせいで、その動きがほんの一瞬、致命的に鈍った。

 

 私は、その隙を逃さない。

 

「黙れっ!!!!」

 

 怒りの全てを込めた炎の拳が、無防備に笑う輝夜の顔面ど真ん中を捉えた。

 

「ごふっ…!?」

 

 輝夜は、笑い顔のまま固まり、信じられないという顔で一瞬私を見る。 次の瞬間、白目を剥き、縁側から屋敷の奥まで派手に吹っ飛んで壁に激突。そのままズルズルと崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。

 

「…チッ。まずは一人。少しはスッキリした」

 

 私は、燃え上がる拳を握りしめたまま、気絶した輝夜を冷たく一瞥する。 息を整え、改めて新聞の内容と里での出来事を思い返す。

 

(だが、元凶はコイツじゃねえ…!)

 

 怒りの矛先は、この記事を書いた天狗、そして何より…余計なことを吹き込んだ「Y氏」こと、夕雲だ。

 

(夕雲…アイツ、どこにいやがる…!)

 

 輝夜を殴り倒した勢いのまま、私は永遠亭の門を飛び出した。慧音のあの態度も気になる。まずは人里に向かって、慧音を問い詰め、それから夕雲をとっちめる。

 

 そう決意し、怒りを燃やしながら竹林を突っ切ろうとした、その時だった。 永遠亭の入り口へと続く道の先から、見覚えのある人影が三つ、こちらへ向かってくるのが見えた。

 

 一人は、永遠亭の兎の鈴仙ちゃん。もう一人はてゐ。そして、二人の兎に何かを話しかけられ、苦笑いを浮かべながら歩いているのは…

 

(あ…)

 

 探していた張本人――「Y氏」こと、夕雲だった。

 

 私はピタリ、と足を止める。 向こうも、殺気を放つ私に気づいたようだ。

 

「あれ、妹紅?この間ぶり…どうしたんですか、そんなに怒った顔して……って、うわっ!?」

 

 夕雲が間の抜けた声を上げるのと、私が再び拳に炎を宿すのは、ほぼ同時だった。

 

「夕雲ァ!!!!」




新聞の経緯は次回です。ちなみに、里では「不死鳥の寝顔を見たら、運気が上がる」という噂がしばらくあったそうな。

輝夜と妹紅が〇しあってる場面って、実際に原作にありましたっけ。ほとんど想像になっちまいました。あるとしたら、小説版東方儚月抄かな。
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