東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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第126季/秋 妖怪の山withパパラッチ天狗②

長かった秋もそろそろ終わり、冬の木枯らしが吹き始めそうな幻想郷。年を追うごとに、秋の滞在が長引いているように感じます。外の世界では、秋が忘れられたりでもしているのでしょうか?そのおかげで秋の美味しいご飯を長く楽しめるので、私としては嬉しいのですが。

 

 ですが、これには一つ困ったことが。あの暑くて忌々しい夏が終わり、季節が秋へと移ったばかりの頃、秋姉妹が羅万館の前に、籠いっぱいの葡萄やお芋などの山の幸を置いていってくれました。

 ええ、もちろん。その時の私は大満足でした。…この異常に長い秋が、来るまでは.秋が長引いたせいで、秋の味覚は底を尽きました。私の冬ごもりのための大切な蓄えは、もうありません。

 

「…やれやれ。仕方ありませんね」

 

 私は、羅万館の扉に「休業中」の札をかけると、再び、あの実りの山へと、足を運ぶことにしました。秋姉妹に感謝の意を伝えるためのお礼参りするために。

 

 

 

 

 妖怪の山は、未だ秋色に染まっていました。秋姉妹の元を訪れると、彼女たちは「ええ!?もうないんですか!?」「夕雲さんの胃袋は、どうなってるんです?」 と、それはもう驚愕していましたね。ですが、そこは、流石の豊穣の神々。私の切実な訴えに、根負けし、再び籠いっぱいの栗や茸を分けてくれました。いやぁ、助かります。ルーミアやこいしちゃんにいっぱい食べさせたりしましょう。…霊夢に差し入れするのもいいですね。

 

(ふふ、取り敢えず、今日は栗ご飯です)

 

 私は、ほくほくとした気分で、籠を背負い、羅万館への帰路についていました。

 

 澄み切った秋空の下に、陽の光を浴びて、きらきらと輝く川の水面。そして降り注ぐ紅葉。これほどまでに、穏やかない秋の日があるでしょうか。

 

 …と、思っていたのですが。山の天気とは、実に移ろいやすいものです。さっきまで、あんなにも穏やかだった風が、急にその向きを変え、ざわざわと周囲の木々を激しく揺らしました。 ひやりとした鋭い空気が私の頬を撫でていきます。

 

(…この風)

 

 ただの風じゃありませんね。そこには、明らかに意思を持った誰かの「気配」が乗っていました。風を操る私の知り合いと言うと、神奈子さんや早苗さんでしょう。あとは…まぁ、彼女ですね。

 

 私が諦めたように足を止めた、その時でした。 その風は、一陣の凄まじい「突風」となって私の目の前に舞い降ります。

 

「――見つけましたよ、夕雲さん!」

 

 その声と同時に、凄まじい突風が巻き起こり、私の目の前の地面に見慣れた天狗の装束の少女が、現れました。…毎度思いますが、土埃がすごいです。私の大切な籠の中身に、砂が入ってしまったではありませんか。

 

「こんにちは、文。残念ながら、今日の私はただの秋の味覚を求めた、しがない一般人ですよ。それに私の事を記事にするのはダメでしょう?」

 

 私が、籠を抱え直しながらそう言いますが、彼女――射命丸文のその赤い瞳に宿る好奇心は未だ輝いています。そして、その怪しい輝きは、いつものただのスクープ欲とは少し違う、どこか確信に満ちたような粘質な光でした。

 

「あやや!とぼけないでくださいよ、夕雲さん!」

 

 彼女は、ビシッ!と、私に指を突きつけてきました。

 

「この間、夕雲さんが夜雀の屋台でとんでもない姿になっていたのを、この私、しかと目撃しているのですよ!」

 

「…!あらら、見られちゃいましたか」

 

「ええ!」と、文は続けます。

 

「私たち天狗は確かに夕雲さんに関する記事を書くことは禁止されています。で・す・が!夕雲さんから話を聞くのは別に禁じられていません!…ふふ、夕雲さん。貴女、おそらく大変な目に遭られたのでしょう?そう…!例えば、幻想郷の危機を一人解決したとか!危険な妖怪を退治したとか!それで、疲れのあまりお酒を飲みすぎてしまった。貴女がお酒で潰れることなんて、早々ないですし、なんなら私は見たことがありません!…さぁさぁ、何があったんです?この清く正しい射命丸に教えてくださいよー」

 

 そう言い、ペンと手帳を私に向けてくる文。その瞳は、スクープへの期待で爛々と輝いています。私にとっては、記憶が失われるかもしれないという、みっともない恐怖からくる酒でしたが、幻想郷全体で見ればそんな大したものではありません。喋ることなど、何も。

 

「…お生憎様ですが、文さん。ただの飲みすぎですよ。貴女が記事にするほどの面白い話は、何一つありません」

 

 私が、きっぱりとそう言って、会話を打ち切ろうとした、その時でした。

 

「ふむ…そうですか。それは、残念」

 

 文は、心底残念そうに肩をすくめると、懐から、一枚の別の写真を取り出します。

 

「あやや、手が滑りましたー」

 

 棒読みで、彼女が落としたのは何枚かの写真。そして、そこに映っているのは縁側で、だらしなく、大あくびをしている博麗の巫女。私の愛しい娘、霊夢の気の抜けた無防備な写真でした。私が見たことのない写真です。

 

「あやや?どうかしましたか?夕雲さん。ふむふむ、どうやらこちらの写真に大変ご興味がある様子…」

 

 文は、私の表情の変化を見逃さず、にやりと天狗らしい悪戯っぽい笑みを浮かべます。

 

「何か教えてくれたら、この写真をあげようかなーって」

 

 汚い…さすが天狗汚い!何ともズル賢いやつです、ほんと。ですが、残念ながら文の思惑通りではなく、本当に大したことはないです。しかし、そうしてしまうと私が写真を受け取れない。

 

 頭を「回して」考えた結果…

 

「しょうがないですね、文。貴女には参りましたよ。それでは、私の持つ特ダネについてお話ししましょう」

 

「…ほぅ、ようやく観念しましたか!」

 

「ええ、観念しましたとも。話す前にその写真を頂いても?」

 

 私はそう言って、穏やかに、しかし有無を言わさぬ笑みで、そっと手を差し出しました。文は、私の手をじっと見つめ、一瞬だけ、疑わしそうに目を細めます。

 

「持って逃げたりしませんよね?」

 

「流石の私でも、幻想郷最速の文相手に逃げるのは難しいですよ。それに、今後の取引で臍を曲げられたらこちらが損です」

 

「…確かに、夕雲さんはそんな短慮な方ではないですもんね、はい、こちらが写真です」

 

「はい、ありがとうございます。確かに頂戴しました」

 

 私の言葉に、文さんはようやく納得したのか、「仕方ありませんねぇ」と呟きながらも、霊夢の写真をようやく渡してくれました。私は、その写真を、貴重な美術品でも扱うかのように、そっと懐に仕舞い込みます。これで目的の半分は、達成ですね。

 

「と言っても、文が思うような事はなかったですよ」

 

 文は、私のその言葉に、ぴたりとペンを止めました。その赤い瞳が、再び、私を値踏みするかのように、じろりと細められます。

 

「…騙そうとしてます?」

 

「いえ、本当です。私が、潰れるまで飲んだのは個人的な事情でして。幻想郷の危機も危険な妖怪もなにもありません」

 

「むむ!」と、文は、あからさまに不満そうな声を上げました。彼女は、手帳とペンを懐に仕舞い込み、私に手を伸ばします。

 

「じゃあ、写真返してくださいよ!その話に、スクープとしての価値はありません!」

 

「まぁまぁ、話は最後まで聞きなさいな。私が泥酔した理由は個人的なものですが、泥酔した後の話は十分記事にできそうなものですよ」

 

「…話してみてください」

 

「とはいえ、貴女も見てたんでしょう?妹紅さんの話ですよ。そうですね、あの時に何があったか話しますか。あの日、屋台で一人で飲んでいたところ、偶然妹紅さんもいらっしゃいまして。……まぁ、お互い、少々ヤケ酒気味だったのかもしれませんね」

 

「ヤケ酒、ですか。あの不死鳥が?それはまた珍しい」

 

「詳しい事情までは、流石の私もお互い様ということで聞いていませんよ。ただ、二人で飲むうちに、いつの間にか飲み比べのような流れになってしまいまして……気がつけば、二人揃って見事に意識を失っていました」

 

「あやや!あの夕雲さんと、あの藤原妹紅が、二人揃ってですか!」

 

 文の目が、再びカッと見開かれます。彼女にとって、それはそれで十分「特ダネ」の匂いがするのでしょう。まだ、本題には入っていないんですけどね。

 

「ええ、お恥ずかしながら。そして、次に私が目を覚ました時、そこは羅万館の布団の上ではありませんでした。見覚えのある、けれど久しぶりな天井を見上げていたのです」

 

「と、言いますと?」

 

「慧音さんの家ですよ」

 

 私は、やれやれと肩をすくめました。

 

「私と妹紅が、夜雀の屋台で突っ伏して倒れているのを、慧音さんが見つけてくれたそうで。私たちまとめて、彼女の家まで運んで介抱してくれたというわけです」

 

「なるほど、なるほど。里の守護者まで来ていたとは!私、夕雲さんたちが潰れたところまでしか見ていなかったんですよね」

 

「あやや!それはまた、面白いですね!それでどうしたんです?」

 

 文の目がきらきらと輝いています。 私は、声を潜め、この話の一番美味しい部分を、彼女に語り聞かせました。

 

「ええ。それで、私が先に目を覚ましたのですが…私の隣には、妹紅さんが、それはもう屋すら直に眠ったんですよ」

 

「ほう!それは珍しいですね。私、妹紅さんの寝顔を激写しようと何度試してるのですが、なかなか上手く行かず…」

 

 文は、それまでの半信半疑な態度から一転、ものすごいご機嫌な様子。彼女の赤い瞳が、獣のように爛々と輝いています。

 

「そうでしょう。彼女、いつぞやの酒の席で、『私は、片膝を立てて座り、背中を壁に押し当てて眠る癖がある』などと格好いい事言ってましたから」

 

 私は、慧音さん宅での妹紅さんを思い出し、思わずくすくすと笑みがこぼれます。

 

「とはいえ、この間は何のことはない普通の布団の上で、実に気持ちよさそうに、寝息を立てていましたけどね」

 

「いやぁ、面白うそうな話ですね!十分記事になりそうですね。…タイトルは『――不死鳥の素顔に迫る!酒に酔い、友人に担ぎ込まれた無防備な寝顔!』うん!これです!」

 

 文は、手帳を取り出すと、凄まじい勢いでペンを走らせています。もう、彼女の頭の中では、明日の新聞の一面が出来上がっているのでしょう。ですが…

 

「ですが、文。貴女も、お分かりでしょう?その記事には、決定的な『何か』が、足りていません」

 

 私は、あえて彼女の熱狂を冷ますかのように、静かに、そしてどこか勿体ぶった口調で言いました。すると、ペンを走らせていた彼女の手が、ぴたり、と止まりました。私のその一言に、文の、興奮に満ちた表情が、一瞬で、真顔へと変わります。熱に引いた声で文は言います。

 

「ええ、わかっていますよ。『証拠』ですよね。とはいえ、入手は難しいでしょう。はたての力を借りるわけにはいきませんし…」

 

「そう、貴女が聞いたのは、私の証言だけ。それだけでは、あまりにも信憑性が薄いです。おや、そう言えばこんなものが…」

 

 私は、懐から、あの決定的な証拠写真を取り出しました。慧音さんのために印刷したものの残りです。

 

「いただきます!」と文が、私の手から写真を、ひったくろうとします。が、私は、それを手首のスナップだけでひらりとかわしました。

 

「お待ちください、文。タダで、とはいきませんよ」

 

「うぐっ…!霊夢さんの写真ならあげたじゃないですか」

 

「それは、特ダネとの交換でしょう?写真とは別です」

 

「き、汚い!汚いですよ!夕雲さん!」

 

 失礼な。これは貴女たちに教わって方法だというのに。

 

「お褒めにあずかり、恐悦至極でございますよ。それで?どうします?私としては、この話はこのままなかったことにしても、一向に構いませんが?」

 

 私がそう言って、写真を懐に仕舞おうとすると、文は、慌てて、私の手を制しました。

 

「わ、分かりました!分かりましたよ!何を差し出せば、それを譲ってくれるんです?」

 

 文は、私の手を掴まんばかりの勢いで、必死に食い下がります。その瞳は、先ほどまでの狡猾な輝きは消え、ただただスクープを渇望する獣のそれでした。私は、そんな彼女の様子に満足げに頷くと、穏やかな笑みを深めました。

 

「簡単なことですよ、文。貴女にとっては、造作もないことでしょう」

 

「な、何でしょう…?」

 

 ゴクリ、と文が喉を鳴らすのが分かりました。まさか、天狗社会にとって不利になるような要求をされるとでも思っているのでしょうか。別にいりませんよ、そんなもの。紫が勝手に集めるだろうし、文が知っているものもたかが知れているでしょう。そんなものよりも私は…。

 

「貴女が持っている、とっておきの天狗酒。あれを樽で一つ、譲ってほしいのです」

 

「……え?」

 

 文は、私のその言葉に、きょとん、と目を丸くしました。あまりにも予想外の、そしてあまりにも個人的な要求に、拍子抜けしたようです。

 

「て、天狗酒ですか?それだけでいいんですか?もっとこう…天狗の機密情報を寄越せとか、そういう…」

 

「あらら、私がそんな強欲に見えますか?」と、私はくすりと笑います。

 

「ええ、この通り、秋の味覚はたっぷりと手に入れたのですが…」 私は、背負った籠を軽く揺らしてみせました。

 

「これに合わせる極上のお酒がなくて、どうにも物足りなかったのですよ。それに、冬ごもりの蓄えとしては、美味しいお酒も必要ですからね。この栗や茸と合わせれば、さぞかし美味い酒の肴になるでしょう?」

 

「あ、あやや…!そうでしたか!」

 

 私の物欲に忠実な答えに、文はようやく納得したのか、「仕方ありませんねぇ!」と、今度は、別の意味で呆れたような、それでいて、世紀の取引が成立したことに歓喜する声を上げました。

 

「分かりました!その取引を飲みましょう!酒樽一つで、あの妹紅さんのスクープが手に入るなら、安いものです!」

 

「ふふ、交渉成立ですね」

 

 私は、懐から証拠写真を取り出すと、文は「あやや!ありがとうございます!」 と、私の手から、その写真を、ひったくるように奪い取りました。

 

「ああ、素晴らしい!なんとも素晴らしい寝顔ですね。妹紅さんがまるで」

 

 彼女は、その写真を、まるで宝物でも見るかのように、うっとりと眺めています。うへぇ、ものすごい恍惚とした表情。…もしや、私が霊夢の写真を見ているとき、私もこんな顔してるのでしょうか。今度、紫に聞いてみましょう。

 

「そ、それで、夕雲さん!この記事について、何か、コメントは…!」

 

「コメント、ですか。そうですね…」

 

 私は、これで今夜の酒の肴も手に入ったと、すっかり上機嫌になって、こう語り始めました。

 

「『彼女は、普段はぶっきらぼうに振舞っていますが、本当は寂しがり屋ですし、良い子なんですよ。永遠亭に病人を送り届けたり、竹林で護衛してもらった事がある里の人間も多いんじゃ無いですかね?まぁ、怖がらないであげてください。結構、可愛いところもあるんですよ』…とでも、書いておいてくださいな」

 

「…承知いたしました!いやあ、夕雲さん!貴女は最高の情報提供者ですよ!」

 

「ふふ。では、そういうことで。…ああ、それと、私の名前はくれぐれも伏せておいてくださいね。それと、お酒は羅万館の前に置いといてください」

 

「了解しました!」

 

 文は、嵐のように現れた時と同じく、一陣の風のように消え去っていきました。

 

 一人、静けさを取り戻した山の中で、私は、手に入れた霊夢の写真をそっと眺め、秋の味覚が詰まった籠を抱え直します。さて、と。 これで、私が泥酔していた本当の理由は、この面白いゴシップ記事の影に隠れ、文はスクープを手に入れ、私は霊夢の写真と美味しいお酒を手に入れました。…まあ、一人だけ、とんでもないに不利益を被ることになりましたが。今度、彼女が留守の時を見計らい、籠の茸や栗、天狗酒も半分ぐらう置いときましょう。

 

(…ふふ。たまには、良い薬でしょう。あの子はもう少し人と関わるべきです。寿命の差もありますが、どうせ輪廻の果てに会えるでしょうし)

 

 私は、これから幻想郷を駆け巡るであろう、あの不死鳥の怒りに満ちた絶叫を想像しながら、くすくすと笑いをこぼしてしまうのでした。




夕雲がインタビューを受けるだけの話だったのに、すごく長くなりました。

ちょっと良い案を思いつき、第○話という表記をやめて、第○期にしました。
ついでに妖夢回の後書きにあった妖忌の設定は忘れてください。ボツになりました。
星蓮船と神霊廟の異変のスパンを一週間から二年に変更しました。もとより、自分のミスだったんで原作に戻る形です。…125季君は犠牲になったのだ…作者のガバの…その犠牲にな。どうにかカバーします。多分、番外編でどうにかこうにかエピソードを作り出す事になります。
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