東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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閑古鳥は勝手に鴉だと思っていましたが、実際はカッコウなんですね。


第126季/冬 迷いの竹林with岩傘暗殺真犯人②

 ヒュウ、と隙間風が店の戸を鳴らします。幻想郷を厳しい冬が覆って、もうずいぶんと経ちました。現在、幻想郷は冬真っただ中。窓から見える天気は悪く、雨こそ降っていませんが、今にも空が落ちてきそうな曇天です。

 

 こうも寒いと、人里の住人も妖怪も、そうそう外を出歩きません。私の羅万館も、()()()客の姿はなく、静かなものです。おかげで、私は妹紅さんの小屋に置く天狗酒や食料の準備を終えることが出来たので、満更でもなかったのですが。

 

 それにしても、寒くなってくると、どうにも人肌が…いえ、誰かとの温かいお茶が恋しくなるものです。今日の羅万館は、相変わらず閑古鳥がカッコウ、カッコウと鳴いていますし、店番はもう十分でしょう。この後は、妹紅さんにバレないように食料を置き…ついでに永琳たちに顔を出しに行きましょうか。なんなら、ご飯も食べれると嬉しいです。…そのためにも、妹紅さん用ではないお酒諸々を持っていきましょう。

 

 私は、冷えた手を擦り合わせながら、ふう、と白い息を吐きました。

 

「よし、それじゃあ、行きますか」

 

 私は、羅万館の扉に「閉店中」の札をかけると、冷たい冬の空気の中へと、一歩、足を踏み出しました。目指すは迷いの竹林。その奥深くに隠された永遠亭です。

 

◆◆◆

 

 迷いの竹林は、相変わらず気味が悪いほどに、静まり返っていました。

 

 冬枯れの竹林は、墨で描かれた水墨画のようです。見上げて見える空は鉛色に低く垂れ込め、時折、乾いた竹の葉が、カサリと音を立てるだけ。ここは、人の方向感覚を狂わせ、二度と外へは出さないという、恐ろしい場所。この竹を植えた私自身が言うのも妙な話ですが、まったくもって面倒な場所です。

 

 それに、今日はなんだか、いつもより霧が濃くて…いえ、これ煙ですね。竹林の奥の方から何かが焦げるような匂いと、薄っすらとした煙が漂ってきています。永遠亭に火事でも起きたんですかね。それとも妹紅さんの小屋?

 

 何かあったのかと考えていると、竹の隙間から野兎が一羽、ぴょこんと顔を出しました。野兎は私を認識すると、いつもと違って案内する素振りも見せず、慌てたように竹林の奥へと消えていきます。

「どうしたのか?」と首を傾げていると、さほど待つこともなく、兎が去った方向から二つの足音が近づいてきました。一つは慌ただしい足音、そしてもう一つは、やけにゆったりとした、聞き覚えのある足音。

 

 やがて、竹林の影から現れたのは、二人の兎でした。いえ…二羽でしょうか?

 

 一人は、赤い瞳を怯えで揺らしている鈴仙・優曇華院・イナバさん。その長い耳は、まるで警戒アンテナのように、ぴんと張り詰めています。そして、もう一人は、その後ろを、こんな寒い日でも散歩は楽しいとでも言うように、のんびりとついてくる幸運兎こと、てゐ。こちらは対照的に、いつもの飄々とした笑顔を浮かべて、まるで他人事のようです。

 

「うわ!てゐ、本当にいましたよ、どうしましょう」

 

 鈴仙さんは私を見つけるなり、何故かてゐさんの背後にさっと隠れました。

 むむ、なんだか、歓迎されていないご様子。せっかく、美味しいお酒を持ってきたと言うのに。私は、背中の籠を抱えなおし、内心で首を傾げました。私、鈴仙さんに何かしましたっけ?

 

「夕雲様…来てくれたのは嬉しいんだけど、タイミングが悪いね。ちょうど姫様と妹紅さんがいつものじゃれあいをしてるんだ」

 

 なるほど、別段珍しいことではないような気がしましたが、それがどうしたんでしょう?

 

「そう、珍しい事では無いんだが、今回は姫様が妹紅さんを揶揄って、いつもより殺し合いが激しいんだよ。と言うわけで、今日の迷いの竹林は危険ってわけさ」

 

 自然と私の内心を当たり前のように読み取るてゐ。言われてみれば、確かに。よく耳をこらすと、竹林の奥の方からごう!と炎が燃え盛る音と、何かが爆発する音が断続的に響いてきています。私が霧だと勘違いした煙も妹紅さんの仕業というわけですか。

 

「なるほど、ちなみにどんな揶揄いをしたんです?」

 

「あー、ほら、あの天狗の新聞。月都万象展の記事を毎年書いてくれる…『文々。新聞?』そう、それ!」

 

 文々。新聞の名前を思い出せて、スッキリしているてゐに変わって、鈴仙さんが説明を続けます。

 

「どうやら、今日送られてきたその新聞の記事が問題だったらしく、妹紅さんが顔を真っ赤にして怒ってるのですよ」

 

「…へぇ、どんな記事だったんですか?」

 

「そこまでは把握してないんですけど。輝夜様、私たちが読む前に新聞を持って行っちゃいましたから」

 

 もしかしなくても、私が情報提供した記事ではないでしょうか。なんだか嫌な予感がしますが、文には私の名前を出さないように頼んだはず。それに、寝顔を撮影したのも妹紅さんにはバレていないはず。寝てましたし。うん、きっと大丈夫。

 

「とりあえず、永遠亭に案内するよ。夕雲様、ついておいで」

 

「ええ、お願いします」

 

 そうして、てゐの案内で私は永遠亭に向かうことになりました。当初の目的では、妹紅さんの小屋によるのが先でしたが、まぁ、そんな変わりはありません。

 歩いてあると、いつのまにか先ほどまでの喧騒が嘘のように、竹林の奥深くは静まり返っています。おそらく、既に激しかったじゃれあいは決着がついたのでしょう。

 

 私の隣で、鈴仙さんがまだ「まったく妹紅さんは!」「姫様の魔法で、備品は壊れないんですが、クレーターを直すのは私たちなんですよ」と慌ただしく愚痴をこぼしているのを、私は苦笑いしながら聞いていました。

 

 やがて、煙の晴れた視界の先に永遠亭の扉が見えてきました。あと少しですね。そして、その単調な道行きを破ったのは、先導していたてゐの不自然な静止でした。

 

「どうかしたんですか?てゐ」

 

「夕雲様、あれ」

 

 てゐが指をさした先、永遠亭の玄関がゆっくりと開き、一人の人影がゆらりと出てきました。ところどころ服が焦げ、煤で汚れていますが、その姿は見間違うはずもありません。 輝夜さんとのじゃれ合いが終わったばかりの妹紅さんです。

 

 一瞬、例の記事のことが一瞬よぎりましたが、まあ大丈夫だろうと高をくくり、いつものように声をかけました。

 

「あれ、妹紅さん。この間ぶり…どうしたんですか、そんなに怒った顔して……って、うわっ!?」

 

 私が声をかけた瞬間、妹紅さんの肩がピクリと震えました。ゆっくりとこちらに向けられた顔は、疲労などではなく、純粋な、煮えたぎるような怒りに染まっています。

 

「夕雲ァ!!!!」

 

 地獄の底から響いてくるかのような低く冷たい声。その凄まじい殺気に、てゐが「おっと」と私の後ろにさっと隠れました。鈴仙さんも「ひぃっ!」と小さく悲鳴を上げ、顔を真っ青にして私の服の袖を掴みます

 

「言い訳を聞かせてもらおうか。情報提供者のY氏さんよぉ…!」

 

 あ、文のやつ!私の名前を出さないようにって伝えたと言うのに。…Y氏は私ではなく、紫って事に…ダメですね。紫がそんな事をするメリットがなく、妹紅さんともそれほど繋がりはないので、不自然極まりない。

 

「あ、あの妹紅さん!落ち着いて!落ち着いてください!」と鈴仙さんが震える声で必死に間に入ろうとしますが「うるさい!鈴仙ちゃんはあっちに行っときな!」という妹紅さんの雷のような一喝で、彼女は「ひぃ!」と小さな悲鳴を上げてその場にへたり込んでしまいました。

 

 私は頭を「回し」必死に活路を探ります。…まあ無理ですね。どう考えても私が悪い。妹紅さんの寝顔写真を文に横流しさえしなければ…。いや、そもそもあんな無防備な寝顔を晒していた妹紅さん自身にも非があるのでは?

 

(それは流石にないですね。…万策尽きましたか、、、いえ…)

 

 たった一つだけ残った策があります。それも、とっておきのやつが。

 

 妹紅さんの様子を見て下さい。外傷は殆ど無いようですが、額には玉のような汗が浮かび、銀色の髪は乱れています。そして何より、彼女の肩は、荒い呼吸に合わせて大きく上下していました。

 

 そこが付け目です。

 

 ここから導き出される結論…妹紅さんはかなり疲労しています。輝夜さんとの殺し合いは、不死身の肉体を持つ彼女にとっても、おそらくは精神とスタミナを削る消耗戦だったはず。

 

「妹紅さん。疲れている時は、無理をしないのが一番ですよ」

 

「あ?」

 

 妹紅さんが、私の言葉の意図を測りかねて、一瞬、怪訝な顔をした、その隙でした。

 

「それでは、お先に失礼します!」

 

 戦略的撤退!逃げるんですよ!!!

 

 私は、脱兎のごとく踵を返し、背負ってる籠をそこらに放って、着物と前掛けを翻し、全力で地面を蹴りました。賢者の威厳? 店主の品格? そんなものは、今の私には不要です。必要なのは、この竹林を駆け抜ける脚力のみ!逃走(闘争)こそ我が人生!

 

「なっ…!?」

 

 背後で、妹紅さんの驚愕の声が聞こえました。ですが、すぐにごうっ!と空気が燃える音と、地獄の底から響くような怒号が追いかけてきます。

 

「逃がすかよォ! 夕雲、待ちやがれ!!」

 

 誰が待つもんですか!

 

 …

 ……

 ………少女逃走中

 

 

 最初の3分は、まだ希望がありました。ここは迷いの竹林。人の方向感覚を狂わせる天然の要害です。いかに竹林の案内人である妹紅さんといえど、本気で逃げる私を捕まえるのは容易ではないはず。私は、視覚を惑わす竹の配列を逆手に取り、ジグザグに、不規則にルートを変えながら、彼女を撹乱しようと試みました。

 

 ですが、5分が過ぎた頃、私はある致命的な事実に気づきました。  背後の気配が、遠ざかるどころか、近づいているのです。それも、道を辿ってくるのではありません。  バキバキバキッ!と、竹をへし折り、焼き払い、最短距離を一直線に突き進んでくる、破壊音が聞こえるのです。  迷路など関係ありません。壁があるなら壊せばいい、道がないなら作ればいい。それが、不死鳥の論理。

 

 7分後。私の呼吸が乱れ始めました。運動による息切れではありません。周囲の酸素が、薄くなっているのです。妹紅さんの放つ熱気が、竹林全体の空気を焼き、私の肺を、じりじりと締め上げていく。逃げれば逃げるほど、熱さは増し、視界は揺らぎ、思考が鈍っていきます。

 

 そして、運命の10分後。 前方に、永遠亭が見えました。出口に向かっていたはずですが、永遠亭に帰ってきたようです。ですが、あそこで永琳に助けを求めれば、妹紅さんも手出しはできないはず…!

 

「見えた…!助けて。えーりん!!!」

 

 ガシッ!

 

 私の肩を、熱を帯びた何かが、万力のような力で掴みました。それは人の手。しかし、とうてい人間が出せるような温度ではありません。

 

「…捕まえた」

 

 耳元で、囁くような声がしました。同時に、背中全体に、焼けるような熱さと、柔らかい感触が押し付けられます。振り返る必要すらありません。妹紅さんが、私の背後から、逃がさないとばかりに、私を抱きすくめるように捕まえたのです。

 

「随分と、楽しい鬼ごっこだったな…で?次はどこへ逃げるつもりだ?」

 

 震える首を、ぎぎぎ、と回して後ろを見ると、そこには、煤で汚れ、髪を振り乱し、そして、この世のものとは思えないほど極上の笑顔を浮かべた妹紅さんの顔が、至近距離にありました。

 

「あ、あの、妹紅。話し合えば、きっと分かると…」

 

「問答無用」

 

 彼女の腕に、凄まじい力が込められます。 そして、彼女の全身から、抑えきれない怒りの炎が、一気に噴き上がりました。

 

「蓬莱【凱風快晴-フジヤマヴォルケイノ-】!」

 

 私の視界が、そして世界が、茜色に染まりました。 言い訳も、悲鳴も、全てが、ゼロ距離からの紅蓮の炎に飲み込まれていきます。熱い、という感覚すら通り越して、私はただ、自分が一本の薪になったかのような、不思議な浮遊感を感じていました。

 

 やがて、熱波が引き、黒い煙がゆっくりと晴れていきました。 不思議と痛みはありません。ええ、彼女は、手加減をしてくれたのでしょう。殺す気はなかったと言う事です。ただ、最大級の「お仕置き」をするつもりで…。

 

「…ぷっ」

「…くくく…」

 

 背後で、必死に笑いを堪える因幡たちの声がします。 私は、何が起きたのか分からりませんでした。背後から感じるてゐたちの視線が、私の頭に向いてると感じる、それとなく自分の頭に手をやりました。

 そこにあったのは、いつものしっとりとした手触りはなく、代わりにごわごわとした乾燥し、異常に膨らんだ何か。

 

 そう、私の髪は、見事なアフロヘアーへと変貌を遂げていたのです。  

 

 しかも、ところどころから、ちりちりと、香ばしい煙が上がっています。永琳から貰った月の髪飾りも、アフロの頂上で、かろうじて埋もれながら引っかかっているだけ。

 

「…ふん」

 

 妹紅さんは、私の間抜けな姿を一瞥すると、煤で汚れた顔を拭いながら、満足げに鼻を鳴らしました。 その表情は、憑き物が落ちたかのように、晴れやかです。

 

「…これで、手打ちはしてやるよ。次だ。次はねえからな」

 

 彼女は、それだけ言うと、ポケットに手を突っ込み、悠然と、自分の小屋の方へと去っていきました。

 

「…………」

 

 後に残されたのは、灰の舞う静かな竹林と「ひっ、ひっ、あはははは!だ、大丈夫ですか、夕雲様!その髪型、すっごく、斬新ですよ!」 「こ、こら、てゐ!笑うんじゃありません!…ぷっ、くく…」と、腹を抱えて笑い転げる兎たちの楽しげな声だけ。

 

「………」

 

 私は、煙を上げる自分の頭を、虚ろな目で空を見上げながら、そっと撫でました。




これが幻想郷を裏から操る賢者の姿か?ついこの間まであんなにウジウジしてたと言うのに。でも、これが作者の思う夕雲さんなんです。ちゃっと抜けたことがある変なしがないお姉さん。

心綺楼が始まるのが128季で絶望してます。配分がへたっぴだよ。この間まで100話までに新章だな!とか思ってたんですけど。

いつになったら幕間を書けるんだろう。

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